( 1 ) はんえり に刺繍をした女の半襟を、いつまでも眺めていた。そ謨風船を膨らましている。それが膨れるとしぜんと達 のうちにちょうど細君に似合そうな上品なのがあ 0 た。磨の恰好にな 0 て、好加減なところに目口まで墨で書 買っていってやろうかという気がちょっと起るやいな いてあるのに宗助は感心した。そのうえ一度息を入れ ぜん かんがえあと や、そりや五六年前のことだという考が後から出てきると、いつまでも膨れている。かっ指の先へでも、手 おもっき しりすわ ようし て、せ 0 かく心持のい思い付をすぐ揉み消してしまの平の上〈でも自由に尻が据る。それが尻の穴〈楊枝 った。宗助は苦笑しながら窓硝子を離れてまた歩きだ のような細いものを突っ込むと、しゅうっと一度に収 つま したが、それから半町ほどの間はなんだか詰らないよ縮してしまう。 だれ うな気分がして、往来にも店先にも格段の注意を払わ忙がしい往来の人は何人でも通るが、誰も立ち留っ よ、つこ 0 て見るほどのものはない。山高帽の男は賑やかな町の まわり ふと気が付いて見ると角に大きな雑誌屋があって、 隅に、冷やかに胡坐をかいて、身の周囲に何事が起り その軒先には新刊の書物が大きな字で広告してある。 つ、あるかを感ぜざるもののごとくに、え、お子供衆 梯子のような細長い枠へ紙を張 0 たり、ペンキ塗の一 のお慰みと言っては、達磨を膨らましている。宗助は 枚板へ模様画見たような色彩を施こしたりしてある。 一銭五厘出して、その風船を一つ買って、しゆっと縮 なまえさくぶつ 宗助はそれをいち / \ 読んだ。著者の名前も作物の名ましてもら 0 て、それを袂〈入れた。綺麗な床屋〈行 前も、一度は新聞の広告で見たようでもあり、またま って、髪を刈りたくなったが、どこにそんな奇麗なの ( 2 ) かぎ ったく新奇のようでもあった。 があるか、ちょっと見付からないうちに、日が限って この店の曲り角の影にな 0 た所で、黒い山高帽を被きたので、また電車へ乗 0 て、宅の方へ向 0 た。 あぐら った三十ぐらいの男が地面の上へ気楽そうに胡坐をか 宗助が電車の終点まで来て、運転手に切符を渡した 5 こどもしゅう いて、え、お子供衆のお拊みと言いながら、大きな護時には、もう空の色が光を失いかけて、湿 0 た往来に、 かど ぬり すみ ひや いゝかげん どま
ど味いながら、表の音を聴くともなく聴いていたが、 「どうも字というものは不思議だよ」とはじめて細君 急に思い出したように、障子越しの細君を呼んで、 の顔を見た。 よね 「お米、近来の近の字はどう書いたつけね。と尋ねた。 「なぜ」 やさし 細君は別に呆れた様子もなく、若い女に特有なけたゝ 「なぜって、、 しくら容易い字でも、こりや変だと思っ わらいごえ うた こんにちこん ましい笑声も立てず、 て疑ぐりだすと分らなくなる。このあいだも今日の今 おうみ、、 「近江のおうの字じゃなくって」と答えた。 の字でたいへん迷った。紙の上へちゃんと書いてみて、 なが 「その近江のおうの字が分らないんだ」 じっと眺めていると、なんだか違ったような気がする。 細君は立て切った障子を半分ばかり開けて、敷居のしまいには見れば見るほど今らしくなくなってくる。 ものさし 外へ長い物指を出して、その先で近の字を縁側へ書い お前そんなことを経験したことはないかい」 て見せて、 「まさか」 「こうでしよう」と言ったぎり、物指の先を、字の留「己たけかな」と宗助は頭へ手を当てた。 ったところへ置いたなり、澄み渡った空をひとしきり「貴方どうかしていらっしやるのよ」 なが 眺め入った。宗助は細君の顔も見すに、 「やつばり神経衰弱のせいかもしれない」 じようたん 「やつばりそうか」と言ったが、冗談でもなかったと 「そうよ」と細君は夫の顔を見た。夫はようやく立ち みえて、別に笑もしなかった。細君も近の字はまるで上った。 いとくず 気にならない様子で、 針箱と糸屑の上を飛び越すように跨いで、茶の間の ひとごと ふさ 「ほんとうに好いお天気だわね」と半ば独り言のよう 襖を開けると、すぐ座敷である。南が玄関で塞がれて ひなた に言いながら、障子を開けたま、また裁縫を始めた。 いるので、突き当りの障子が、日向から急にはいって ひとみ ひさし すると宗助は肱で挾んだ頭を少し擡げて、 来た眸には、うそ寒く映った。そこを開けると、廂に あじわ わらい わか しごと とま ふすま おれ
ふたり って宗助を導いた。二人は庫裡に下駄を脱いで、障子 宜道はこの時改めて遠来の人に対して自分の不在を を開て内へはいった。そこには大きな囲炉裏が切って託びた。この大きな庵を、たった一人で預かっている ねすみもめん ほねお やっかい あった。宜道は鼠木綿の上に羽織っていた薄い粗末なさえ、相応に骨が折れるのに、そのうえに厄介が増し くぎ 法衣を脱いで釘に懸けて、 たらさぞ迷惑たろうと、宗助は少し気の毒な色を外に 「お寒うございましよう」と言って、囲炉裏の中に深動かした。すると宜道は、 く埋けてあった炭を灰の下から掘り出した。 「いえ、ちっとも御遠慮には及びません。道のためで おちっ この僧は若いに似合わずはなはだ落付いた話振をすございますから」と床しいことを言った。そうして、 うけこた あと る男であった。低い声でなにか受答えをした後で、に 目下自分のところに、宗助のほかに、まだ一人世話に ( 1 ) こじ やりと笑う具合などは、まるで女のような感じを宗助なっている居士のある旨を告げた。この居士は山へ来 に与えた。宗助は心のうちに、この青年がどういう機てもう二年になるとかいう話であった。宗助はそれか そ ひょうきん 縁の元に、思い切って頭を剃ったものだろうかと考えら二三日して、はじめてこの居士を見たが、彼は剽軽 ( 2 ) らかん て、その様子のしとやかなところを、なんとなく憐れな羅漢のような顔をしている気楽そうな男であった。 ・こちそう こっこ 0 細い大根を三四本ぶら下げて、今日は御馳走を買って きよう しすか 「たいへんお静なようですが、今日はどなたもお留守きたと言って、それを宜道に煮てもらって食った。宜 しようばん なんですか」 道も宗助もその相伴をした。この居士は顏が坊さんら ( 3 ) とき 「いえ、今日に限らず、いつも私一人です。だからしいので、時々僧堂の衆に交って、村のお斎などに出 用のあるときは、構わず明け放しにして出ます。今も掛けることがあるとか言って宜道が笑っていた。 ちょっと下まで行って用を足してまいりました。それ そのほか俗人で山へ修業に来ている人の話もいろい あきな がためせつかくお出のところを失礼致しました」 ろ聞いた。なかに筆墨を商う男がいた。背中へ荷をい わたくし げた ろり ぶり あわ るす わ ほか で
てぎわ しい手際はあるかもしれないが、とぐろの中に巻き込入った姆き法といわなければなるまい。舞踏でも音楽 しろうと まれる素人はぼんやりしてしまうだけである。 でも詩歌でも、すべて芸術の価値はこ、、に存している わか さしつかえ しばらく哲学者の言葉を平民に解るように翻訳してと評しても差支ない。 まと みると、オイッケンのいわゆる自由なる精神生活とは、 けれども学者オイッケンの頭の中で纏め上げた精神 こんなものではなかろうか。ーー・我々は普通衣食のた生活が、現に事実となって世の中に存在しうるやいな めに働らいている。衣食のための仕事は消極的である。やに至ってはおのずから別間題である。彼オイッケン 換言すると、自分の好悪撰択を許さない強制的の苦し自身が純一無雑に自由なる精神生活を送りうるやいな ぶんみよう みを含んでいる。そういうふうにほかから圧し付けらやを想像してても分明な話ではないか。間断なきこ ごじん れた仕事では精神生活とは名づけられない。、 しやしくの種の生活に身を託せんとするまえに、吾人は少なく も精神的に生活しようと思うなら、義務なきところに とも早くすでに職業なき閑人として存在しなければな むか らないはすである。 向ってみすから進む積極のものでなければならない。 はす とうふや 東縛によらずして、己れ一個の意志で自由に営む生活豆腐屋が気に向いた朝たけ石臼を回して、心の機ま ( 2 ) でなければならない。 ないときは決して豆を挽かなかったなら商買にはなら たれ つま こう解釈した時、誰も彼の精神生活を評して詰らな ない。さらに進んで、己れの好いた人だけに豆腐を売 アン - 一ユイ 、とはいうま コムトは倦怠をもって社会の進歩をつて、いけ好かない客をことみ \ く謝絶したらなおの うな 促がす原因と見たくらいである。倦怠の極已を得すしこと商買にはならない。すべての職業が職業として成 ともしつ すて仕事を見付け出すよりも、内に抑えがたきあるもの立するためには、店に公平の灯を点けなければならな わだか 出 が蟠まって、じっと持ち応えられない活力を、自然の 公平という美しそうな徳義上の言葉を裏から言い 思いきおい 勢から生命の波動として描出し来るほうが実際実の直すと、器械的という醜い本体を有しているにすぎな 、 0 おの アンニュイ おさ やむ お っ かに おの いしうす 233
でも学者に勿体ながられなければ政府の威信に関する倒が起るのならば、この面倒が再び起らないように、 わすらわ というような考えは、当局者だってそう鋭角的に維特どうか御工夫を煩したいと思います。学位令のうちに する必要もないでしよう。実は先例があるとかないとは学位褫奪の個条があるそうですが、授与と褫奪が定 かいわれては、少し迷惑するので、私は博士のうちにめられていながら、辞退について一言もないのはちと 親友もありますし、また敬愛している人少くはない変だと思われます。それじや学位をやるぞ、へい、学 ら わだち こうろ のですが、必ずしも彼等諸君の轍を追うて生活の行路位を取上げるぞ、へい、というだけで、こっちはまる がんぐ を行かねばならぬとまでは考えていないのであります。で玩具同様に見做されているかの観があります。褫奪 先例のとおりに学位を受けろと言われるのは、前の電という表面上不名誉を含んだものを、ぜひとも頂かな くつつ 車と同じように、あとの電車食付いて行かなければければ済まんとすると、いっ火事になるか分らない油 ならないようで、まるで器械として人から取扱われると薪を背負されたようなものになります。大臣が認め ような気がします。博士を辞する私は、先例に照してて不名誉の行為となすものが必すしも私の認めて不名 なんどき 見たら変人かもしれませんが、だん / \ 個人々々の自誉となすものと一致せぬかぎりは、いっ何時どんな不 すうせい 覚が日増に発展する人文の勢から察すると、これか名誉な行為 ( 大臣のしか認める ) をあえてして褫奪の うんぬん らさきも私と同様に学位を断る人がだいぶ出てくるた不面目を来たさないともかぎらないからです。云々 ろうと思います。私が当局者に迷惑を掛けるのははな ( 明治四四・三・七「東京朝日新聞」 ) はだお気の毒に思っているが、当局者もまたこれ等未 りよう 来の学者の迷惑を諒として、なるべくはその人々の自 とりま加らい 由意思どおり便宜な取計をされたいものと考えます。 なおまた学位令に明記がないために、今回のような面 ひまし もったい ちだっ
にも宗助にもそれがよく分っていた。夫婦は日の前に切った。包丁が足りないので、宗助ははじめからしま 笑み、月の前に考えて、静かな年を送り迎えた。今年 いまで手を出さなかった。力のあるたけに小六がいち まぎわ ももう尽きる間際まで来た。 ばん多く切った。その代り不同もいちばん多かった。 とおりちょう かどなみそろいしめかざり みかけ 通町では暮の内から門並揃の注連飾をした。往来なかには見掛の悪い形のものも交った。変なのができ の左右に何十本となく並んだ、軒より高い笹が、こと るたびに清が声を出して笑った。小六は包丁の背に濡 ぶきんあて ・ことく寒い風に吹かれて、さら / \ と隝 0 た。宗助も布巾を宛がって、硬い耳のところを断ち切りながら、 くぎづけ 二尺余りの細い松を買って、門の柱に釘付にした。そ「格好はどうでも、食いさいすれば可いんた」と、う そなえ れから大きな赤い橙をお供の上に載せて、床の間に据んと力を入れて耳まで赤くした。 すみえ はまぐりかっこ・つ げいねんしたく ( 1 ) ごまめ えた。床には如何わしい墨画の梅が、蛤の格好をした そのほかに迎年の支度としては、小殿原を熬って、 にしめじゅうづめ おおみそか 月を吐いて懸っていた。宗助にはこの変な軸の前に、 煮染を重詰にするくらいなものであった。大晦日の夜 わか あいさっ 橙とお供を置く意味が解らなかった。 に入って、宗助は挨拶かたみ、屋賃を持って、坂井の りようけん し / しこり・や、、ど、 ) い、 ) 了見だね」と自分で飾り家に行った。わざと遠慮して勝手口へ回ると、摺硝子 なが まいとし 付けた物を眺めながら、お米に聞いた。お米にも毎年へ明るい灯が峡って、中はざわ / \ していた。上り框 かけとり こうする意味はとんと解らなかった。 に帳面を持って腰を掛けた掛取らしい小僧が、立って 「知らないわ。たヾそうしておけば可いのよーと言っ 宗助に挨拶をした。茶の間には主人も細君もいた。そ かたすみしるしばんてん でいり て台所へ去った。宗助は、 の片隅に印袢天を着た出入のものらしいのが、下を向 ち こしら わかざり そばゆすりは 「こうしておいて、つまり食うためか」と首を傾けて いて、小さい輪飾をいくつも拵えていた。傍に譲葉と うらじろ はさみ お供の位置を直した。 裏白と半紙と鋏が置いてあった。若い下女が細君の前幻 のしちよなべまないた つりせん 伸餅は夜業に俎を茶の間まで持ち出して、みんなでに坐って、釣銭らしい札と銀貨を畳に並べていた。主 っ わか まじ すりガラス あががまち よ ぬれ
さしつかえ あったことを憶い出すと、時日の割には非常にしく こう差支ない。お前のほうが己よりよっぽどえら、 とんざ よ」と兄が言ったので、話はそれぎり頓挫して、小六来たこの変化が自分にも恐ろしく映った。 はとう / , 、本郷へ帰っていった。 それでも日に一度ぐらし冫 、よ、小六の姿がぼんやり頭 ばんめし 宗助はそれから湯を浴びて、晩食を済まして、夜はの奥に浮いてくることがあって、その時だけは、彼奴 近所の縁日へお米といっしょに出掛けた。そうして手の将来もなんとか考えておかなくっちゃならないとい ・ころ ふたはち 頃な花物を二鉢買って、夫婦して一つずつ持って帰っ う気も起った。しかしすぐあとから、まあ急ぐにも及 がけ てきた。夜露に中てたほうが可かろうというので、崖ぶまいぐらいに、自分と打ち消してしまうのが常であ かぎひ った。そうして、胸の筋が一本鉤に引っ掛ったような 下の雨戸を明けて、庭先にそれを二つ並べておいた。 蚊帳の中へはいった時、お米は、 心を抱いて、日を暮らしていた。 「小六さんのことはどうなって」と夫に聞くと、 そのうち九月も末になって、毎晩天の河が濃く見え 「まだどうもならないさ」と宗助は答えたが、十分ばるある宵のこと、空から降ったように安之助が遣って きた。宗助にもお米にも思い掛けないほど稀な客なの かりの後夫婦ともすや / \ 寐入った。 翌日目が覚めて役所の生活が始まると、宗助はもうで、二人ともなにか用があっての訪間たろうと推した うち 、カ はたして小六に関する件であった。 小六のことを考える暇を有たなかった。家へ帰って、 つきじま のっそりしている時ですら、この間題をはっきり目の このあいだ月島の工場へひょっくり小六が遣ってき 前に描いて明らかにそれを眺めることをか 0 た。髪ていうには、自分の学資についての詳しい話は兄から の毛の中に包んである彼の脳は、その熕わしさに堪え聞いたが、自分も今まで学間を遣ってきて、とう / \ すき なかった。昔は数学が好で、ずいぶん込み入った幾何大学へはいれすじまいになるのはいかにも残念たから、 めいり、 4 、つ の間題を、頭の中で明瞭な図にして見るたけの根気が借金でもなんでもして、行けるところまで行きたいが、 した きん あま がわ
むそうさ びろ のに引き易えて、先生の書斎は耄け切った色で包まれ襯衣を着た上に、玉子色の薄いゴ月広を一枚無造作に引 とうほん ていた。洋書というものは唐本や和書よりも装飾的な掛けただけである。はじめから儀式ばらぬようにとの あた しの はで 背皮に学間と芸術の派出やかさを偲ばせるのが常であ注意ではあったが、あまり失礼に当ってはと思って、 るのに、 この部屋は余の目を射る何物をも蔵していな余は白い襯衣と白い襟と紺の着物を着ていた。君が正 なり かった。たゞ大きな机があった。色の褪めた椅子が四装をしているのに私はこんな服でと先生が最前いわれ 脚あった。マッチとエジプト烟草と灰皿があった。余た時、正装の二字に痛み入るばかりであったが、なる はエジプト烟草を吹かしながら先生と話をした。けれほど洗い立ての白いものが手と首に着いているのが正 ども部屋を出て、下の食堂へ案内されるまで、余はっ装なら、余のほうが先生よりもよほど正装であった。 余は先生に一人で淋しくはありませんかと聞いたら、 いに先生の書斎にどんな書物がどんなに並んでいたか 先生は少しも淋しくはないと答えられた。西洋へ帰り を知らずに過ぎた。 花やかな金文字や赤や青の背表紙が余の目を刺激したくはありませんかと尋ねたら、それほど西洋が好い なかったばかりではない。純潔な白色でさえついに余とも思わない、しかし日本には演奏会と芝居と図書館 の目には触れすに済んだ。先生の食卓には常の欧州人と画館がないのが困る、それだけが不便たと言われた。 うな 一年ぐらい暇を貰って遊んできてはどうですと促がし が必要品とまで認めている白布が懸っていなかった。 かぶ きれ ( 1 ) さらさがた その代りにくすんだ更紗形を置いた布がいつばいに被てみたら、そりやむろん遣ってもらえる、けれどもそ きれ ( 2 ) うち 生さっていた。そうしてその布はこのあいだまで余の家れは好まない。私がもし日本を離れることがあるとす ルに預かっていた娘の子を嫁づける時に新調してやったれば、永久に離れる。決して二度とは帰ってこないと ふとん 言われた。 一布団の表と同じものであった。この卓を前にして坐っ えりえりかざり ( 3 ) せんすじ 先生はこういうふうにそれほど故郷を慕う様子もな た先生は、襟も飾も着けてはいない。千筋の縮みの はな はいざら ンヤッ ひとりさび たまどいろ ひっ 2 引
ので、寒ければ巳を得ない、夜具を着るとか、毛布をまあ普通の小舅ぐらいの親しみはあると信じているよ がまん うなものの、こんな場合になると、つい実際以上にも 被るとかして、当分我慢しろと言った話を、宗助は可 笑しく繰り返してお米を笑わした。お米は夫のこの様気を回して、自分だけが小六の来ない唯一の原因のよ もど うに考えられるのであった。 子を見て、昔がまた目の前に戻ったような気がした。 あた 「高木の細君は夜具でも構わないが、おれはひとつ新「そりや下宿からこんな所へ移るのは好かあないだろ こしら 者 ~ いし J 、つ - うよ。ちょうどこっちが迷惑を感ずるとおり、向うで らしい外套を拵えたいな。このあいだ歯医者へ行った ら、植木屋が薦で盆栽の松の根を包んでいたので、つも窮屈を感ずるわけだから。おれだって、小六が来な いとすれば、今のうち思い切って外套を作るだけの勇 くづくそう思った」 気があるんだけれども」 「外套が欲しいって」 「あ、、」 宗助は男だけに思い切ってこう言ってしまった。け れどもこれだけではお米の心を尽していなかった。お お米は夫の顔を見て、さも気の毒だというふうに、 げつぶ 米は返事もせずに、しばらく黙っていたが、細い腮を 「お拵らえなさいな。月賦でーと言った。宗助は、 えり うわめ わび 「まあ止そうよ」と急に佗しく答えた。そうして「時襟の中へ埋めたまミ上目を使って、 わたくし に小六はいっから来る気なんだろう」と聞いた。 「小六さんは、まだ私のことを悪んでいらっしやるで 「来るのは厭なんでしよう」とお米が答えた。お米にしようか」と聞きだした。宗助が東京へ来た当座は、 きら は、自分がはじめから小六に嫌 . われているという自覚時々これに類似の質間をお米から受けて、その都度慰 ほねお があった。それでも夫の弟たと思うので、なるべくはめるのにだいぶ骨の折れたこともあったが、近来はま そりあわ 反を合せて、少しでも近づけるように / \ と、今日ま ったく忘れたようになにも言わなくなったので、宗助 で仕向けてきた。そのためか、今では以前と違って、 もつい気に留めなかったのである。 かぶ こじゅうと
ありさま 安井の消息を聞くまでの夫婦の有様であった。 ようにお米の耳に響いた時、お米は済まない顏をして、 すわ その夜宗助は家に帰ってお米の顔を見るやいなや、枕元に坐ったなり動かなかった。 「少し具合が悪いから、すぐ寐よう」と言って、火鉢「あっちへ行っていても可いよ。用があれに呼ぶか に倚りながら、帰を待ち受けていたお米を驚ろかした。ら」 「どうなすったの」とお米は目を上げて宗助を眺めた。 お米はようやく茶の間へ帰った。 宗助はそこに突っ立っていた。 宗助は夜具を被ったま、、ひとり硬くなって目を眠 宗助が外から帰ってきて、こんなふうをするのは、 っていた。彼はこの暗いなかで、坂井から聞いた話を めす はとんどお米の記憶にないくらい珍らしかった。お米何度となく反覆した。彼は満州にいる安井の消息を、 やぬし は卒然なんとも知れない恐怖の念に襲われたごとくに家主たる坂井のロを通して知ろうとは、今が今まで予 やぐふ 立ち上がったが、 ほとんど器械的に、戸棚から夜具蒲期していなかった。もう少しのことで、その安井と同 となあわ むか 団を取り出して、夫の言い付けどおり床を延べはじめじ家主の家へ同時に招かれて、隣り合せか、向い合せ ばんめしす た。そのあいだ宗助はやつばり懐手をして傍に立ってに坐る運命になろうとは、今夜晩食を済ますまで、夢 いた。そうして床が敷けるやいなや、そこ / 、に着物にも思い掛けなかった。彼は寐ながら過去二三時間 まくらもと を脱ぎ捨てて、すぐその中に潛り込んた。お米は枕元経過を考えて、そのクライマックスが突如として、 を離れ得なかった。 かにも不意に起ったのを不思議に感じた。かっ悲しく でき・こと うしろ 「どうなすったの」 感じた。彼はこれほど偶然な出来事を借りて、後から あしをら 「なんたか、少し心持が悪い。しばらくこうしてじっ断りなしに足絡を掛けなければ、倒すことのできない としていたら、能くなるだろう」 ほど強いものとは、自分ながら任じていなかったので 宗助の答は半ば夜着の下から出た。その声が籠ったある。自分のような弱い男を放り出すには、もっと穏 とん っ かえり ね ふところで とだな なが ひばち かふ 2