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検索対象: 夏目漱石全集 9
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1. 夏目漱石全集 9

彼岸過迄 あた った。しかし実際を聞いてみると、なるほど当ってい 与えた。 「矢来のはおっても会わんほうで、これは仕方がござるところもあるように思われた。田口は昔あるお茶屋 いませんが、内幸町のはいないでも都合さえ付けば馳へ行って、姉さんこの電気燈は熱りすぎるね、もう少 たち けて帰ってきて会うといったふうの性質でございますし暗くしておくれと頼んたことがあるそうだ。下女が から、今度旅行から帰って来さえすれば、こっちから怪訝な顔をして小さい球と取り換えましようかと聞く ル J 、 い、えさ、そこをちょいと捻って暗くするんたと なんとも言ってやらないでも、向うできっと市蔵のと 真面目に言い付けるので、下女はこれは電気燈のない ころへなんとか申してまいりますよ。きっと」 ち小い こう言われてみると、なるほどそういう人らしいが、田舎から出てぎた人に違ないと見てとったものか、く ひわ たんな おとな それはこっちが大人しくしていればこそで、さっきのすくす笑いながら、旦那電気はラン。フと違って捻 0 た ように。ふん / \ 怒ってはとうていものにならないに極って暗くはなりませんよ、消えちまうだけですから。 まっくら り切っている。しかしいまさらそれを打ち明けるわけほらねとばちッと音をさせて座敷を真暗にしたうえ、 にはゆかないので、敬太郎はたゞ黙っていた。須永のまたばっと元どおりに明るくするかと思うと、大きな みかけ 母はなお「あんな顔はしておりますが、見懸によらな声でばあと言った。田口は少しも悄然すに、おや′ど、 びようきんもの い実意のある剽軽者でございますから」と言って一人また旧式を使ってるね。見つともないじゃよ、 うち この家にも似合わないこった。早く会社のほうへ改良 で笑った。 を申し込んでおくと可い。順番に直してくれるから。 とさももっともらしい忠告を与えたので、下女もとう とう真に受けたして、ほんとうにこれじや不便ね、た 3 いち点けっ放しで寐る時なんか明るすぎて、困る人が ひょうきんもの ことば ふうさい 剽軽者という言葉は田口の風采なり態度なりに照り 合わせてみて、どうも敬太郎の腑に落ちない形容であ むこ しかた ねえ

2. 夏目漱石全集 9

、札 と間 と高 に丸 ル と前 か等 を を日乍 い東 えも 本 扉与お いす だや をらん う花藤き た髪ち へけ 継 ナ崇わの 、ん着 ぎ が車 い右 足 た来 し帰 いを し る下宗言し 十广 いを て 鉄 / 、た かき の 出白 いあなにう場だ 環わし てけ の時 ど子 の よ う ょや そにう封〇徘はあ 直フ - ヾ な いり も の松印殿徊 3 : り だて の の十 いを っか っ下 棺てた灰 いた ロし っそれれ て白 てれを等 ろ端「 生 き - 上 れあ 針は る歯 る 。は と き ま拾箸にな は 呂ろし ひ にそ カ : 翦壷 ほ ー脳本置 力、 の 帛て よ し聞篩れ り も 0 文 : し , 黒る に交 た かぜ ん焼 で出拾を せ そそしと おれ い持 つ の い の ら も 、や し も ら が ま 〇蹊箱 り 見 る あ る ま ま し う と 、 : レ て し、 鉄 の で黒左ぽか に 。の開鍵わ 、奥 は の薄ち な 力、 に 色 ん う が せれ金隙弯た 。風ふ出な載 と っ て う らた入明あみ 。れけ て か や と を さ せ ふ た 言封く 印 と し、 ら が構少 ん凋ぼ の 中 に て た い載入 へ の く と ん , ら へ し、 ふ を間まをす くせ に 目 ん あ る 容 - い積た を の少お な く る 取 後 に 脳 を ィ丁五務丘まよ 男 ・がぎ 出 て て に 力、 ら か っ て や カ : へ時事 よ う 。な も の を せ びる 日 の 分 ろ に カ ; の う ぼ ん っ 号 の 上 た て っ ゞ に 高 く な ・つ て し、 ま た の へ る と る が お う に ん で あ る 0 そ し な い に 0 よ 奇 な が つ て し、 る 0 し と 並 と い う の つ ね 聞 て い 人 と 髪 と さ 番 目 に は に 角 し、 う て ぼ退こん 屈豸が帯ま安物 の孟身か 。は藪鍵真ら 言がも 力、 鍮 3 焼 て ま を し 女 た銭男 ほ の とご か り の の い茶麦誓るけ る屋畠第。れ〇中間 でけ向誓ば〇 て来先薪も が ま た た の も る カく 山 の け て く れ つ し、 て く る 見腹な ん顎を別 〇 と か し、 た は 彳麦 に な さ い を し て し る 白 の 中 に ま し ょ う を べ た の は男を活第 つ 分まて壷言 と の だ 力、 力、 ら オよ り ま し よ う と に さ の か て 敷トて 人り つ む 車 へ の る 時 は 自 分 の れ を 結 く れ る ま ナこ の 付つ い た い手脳 を か け ま の と と も 。に 0 よ く し や り と で の て袋葢葢中いす は腸あ の と を う の 力、 ら と の 中 に る も の で と の く け 思たあ だ か 白 を 選え り け い よ う を く し や と つ ぶ て 中 ら し に な さ い ま す カ、 と し、 て か歯残 を し と い う と 、ろ へ っ た り と を す つ に し ら た う よ ノ、 を た 込木 い が ら ん箸入後オ ロ い あ る 弌、を張ば 出 し て は に う の し り の よ う ぶ 破せ骨 て を 力、 き て の と吾の し等ら上て顔 はに て篩をち っか てら 持頭 っと まの 342

3. 夏目漱石全集 9

え病院から出るとすぐまた一人殖える、これじゃ遣りした。 切れないと考えた。ところがまた月経があると聞いて〇夕方になると妻が急に下腹がつっ張るとい つつば それでは妊娠じゃなかったのかと思って大いに安心ししまいには腹のほうまで突張ると、う。 しお産の軽いの っ ちつき た。もっともいつものように亜 ( 阻はちっともなく飯はをするような痛み方だという。なか / \ 落付そうもな も 平常のごとく食っていたから不思議たと思っていた。 し、腰のあたりをさすったり揉んたりしたが心配で不 〇音楽会へ行こうかと思って本郷へ行って切符を買お可ない。 うかと思ったが、みまつに刧符を売る様子がないので、 中島襄吉さんを頼むことにして、電話を山田さんの こども 聞く気にもならす、また電車で上野まで行って山の手ところで頼んで掛けると、中島さんは子供が病気で来 につぼり こばたすも 線に乗り換えた。日暮里、田端、巣鴨などを通って新られない代診ならすぐ行くという。代診でいい悪いと おおくぼお ( 3 ) ぬけ 宿まで米てまた阜武線へ乗換えて大久保で下りた。抜 いう議論が始まった。妻は水原を呼んでくれという。 べんてん 弁天の坂の途中の古道具屋に虎の二幅対があって、そけれども下女は代診でもいいからすぐ来てくれとん ( 4 ) えちんのかみがんく それじゃとにかくそれを待って、 の画が気に人ったので、越前守岸駒とあるのがほんとでしまったという。 うか偽かは論。 ーせす、価を聞いてみる気になったからでその模様でまたほかの人を呼ぶことにしようとなった。 ある。音楽会へ行く時妻に金をくれといったら「は時計を見ているがなか / \ 来ない、十時過になってく くちもと い」といって十円渡したので、またひやかす気が起っ る。あるいは流産だろうという鑑定である。口元にあ しゃふつ たのが、本で音楽会のほうを已めてわざ / \ 山の手線るのを器械で出してくれる。器械を金誌へ入れて煮沸 へ乗り換えたようなものである。ところが停車場を降さして、それから薬をひたして、脱脂綿をひたして、 りてそこへ来てみると岸駒の画はもうなかった。 治療にかゝった。なか / \ 手間が人るので十一時半ご 〇朝は久しぶりで矢野義二郎が朝鮮から出てきて話をろになった。 ひとりふ や け

4. 夏目漱石全集 9

はしょ 父をとう / 呼び起した。叔父は天気などはどうでも っそく立って浴衣の尻を端折って下へ降りた。姉弟三 好いといったような眠たい目をして、空と海を一応見人もそのま、の姿で縁から降りた。 まえたち 渡したうえ、なにこの模様なら今にきっと晴れるよと 「お前達も尻を蜷るが好い」 言った。吾一はそれで安心したらしかったが、千代子「厭なこと」 けすわむきた ( 1 ) しすかご は当にならない無責任な天気予報たから心記だと言っ 僕は山賊のような毛脛を露出しにした叔父と、静御 へ せんかさ かっこうむぎわらばう て僕の顔を見た。僕はなんとも一一 = ロえなかった。叔父は、前の笠に似た恰好の麦藁帽を被った女二人と、黒い兵 うけあ こおひ なに大実夫 / \ と受合って風呂場の方へ行った。 児帯をこま結びにした弟を、縁の上から見下して、ま 食事を済ますころから霧のような雨が降りだした。 ったく都離れのした不思議な団体のごとく眺めた。 わるくち それでも風がないので、海の上は平生よりもかえって「市さんがまたなにか悪口を言おうと思って見てい 穏やかに見えた。あいにくな天気なので人の好い母はる , と百代子が薄笑いをしながら僕の顏を見た。 みんなに気の毒がった。叔母は今にきっと本降になる 「早く降りていらっしゃい」と千代子が叱るように言 から今日はにしたが好かろうと注意した。けれども若った。 「市さんに悪い下駄を貸してあげるが好い」と叔父が いものはことる、く行くほうを主張した。叔父はじゃ お婆さんだけ残して、若いものが揃って出掛けること注意した。 僕は一も二もなく降りたが、約東のある高木が来な にしようと言った。すると叔母が、ではお爺さんはど いので、それがまた一つの間題になった。おおかたこ っちになさるのとわざと叔父に聞いて、みんなを笑わ の天気たから見合わしているのたろうというのが、み 岸「今日はこれでも若いものの部たよ」 んなの意見なので、僕等がそろ / 、歩いてゆくあいた かけあし力し 叔父はこの言葉を証拠立てるためたかなんだか、さに、吾一が馳足で迎に行って連れてくることにした。 4 」いい」」 - っふ す ふろば ほんぶり じ、 いや ゆかたしり かふ みおろ きようだい

5. 夏目漱石全集 9

ふなべり よっぽど妙です あった。彼女は両手で桶を抑えたま、、船縁から乗りますか、ちょっと来てごらんなさい、 ( 1 ) どう 出した身体を高木の方へ捻じ曲げて、「道で見えな そばすわ たわむ いのね」といったが、そのま、水に戯れるように、両 高木はこう言って千代子を招いたが、傍に坐ってい 手で抑えた桶をぶく / \ 動かしていた。百代子が向うる僕の顔を見た時、「須永さんどうです、蛸が泳いでい おもしろ わか の方からお姉さんと呼んた。吾一は居所も分らない蛸ますよ」と付け加えた。僕は「そうですか。面白いで をむやみに突き回した。突くには二間ばかりの細長い しよう」と答えたなりすぐ席を立とうともしなかった。 女竹の先に一種の穂先を着けた変なものを用いるので千代子はどれと言いながら高木の傍へ行って新らしい ある。船頭は桶を歯で銜えて、片手に棹を使いながら、座を占めた。僕は故の所から彼女にまだ泳いでるかと さがあ 船の動いてゆくうちに、蛸の居所を探し中てるやいな尋ねた。 おもしろ や、その長い竹で巧みにぐにや / \ した怪物を突き刺 「え、面白いわ、早く来てごらんなさい」 そろ 1 レこ 0 蛸は八本の足をまっすぐに揃えて、細長い身体を一 ふないた 蛸は船頭一人の手で、何疋も船の中に上がったが、 気にすつど、と区切りつ、、水の中を一直線に船板に いすれも同じくらいな大きさで、これはと驚ろくほど突き当るまで進んでゆくのであった。なかには烏賊の みんなめず のものはなかった。はじめのうちこそ皆珍らしがって、ように黒い墨を吐くのも交っていた。僕は中腰になっ もど のぞ 捕れるたびに騒いで見たが、しまいにはさすが元気なてちょっとその光景を覗いたなり故の席に戻ったが、 叔父も少し飽きてきたとみえて、「こう蛸ばかり捕っ千代子はそれぎり高木の傍を離れなかった。 しかた むか 叔父は船頭に向って蛸はもうたくさんたと言った。 過ても仕方がないね」と言いだした。高木は烟草を吹か ふなぞこ たけかゴ えのなが 岸 しながら、舟底にかたまった物を佻めはじめた。 船頭は帰るのかと聞いた。向うの方に大ぎな竹籃のよ 「千代ちゃん、蛸の泳いでるところを見たことがあり うなものが二つ三つ浮いていたので、蛸ばかりで淋し おさ ひとり おけャさ なんひぎ さお おど なこ さむ

6. 夏目漱石全集 9

おど せなかあわ 「ついでに君の分も聞こうじゃないか」と切り込んで ちろん妻君も驚ろいたという話がある。次に背中合せ しらがあたま はたち の裏通りへ出ると、白髪頭で二十ぐらいの妻君を持つみたが、須永はふんと言って薄笑いをしただけであっ きようのど によう た高利貸がいる。人の評判では借金の抵当に取った女た。その後で簡単に「今日は咽喉が痛いから。と言っ 洋 - くちうち 房たそうである。その隣りの博奕打が、おおぜい同類た。さも小説は有っているが、君には話さないのだと あいさっ ちまなここす いわんばかりの挨拶に聞えた。 を審せて、互に血倶を擦り合っている最中に、ねんね おんなど・た おぶ 敬太郎が二階から玄関へ下りた時は、例の女下駄が 子で赤ん坊を負った上さんが、勝負で夢中になってい ていしゅむかえ る亭主を迎に来ることがある。上さんが泣きながらどもう見えなかった。帰ったのか、下駄箱へ仕舞わした き うかいっしょに帰ってくれというと、亭主は帰るにはのか、または気を利かして隠したのか、彼にはまるで りよう 帰るが、もう一時間ほどして負けたものを取り返して見当が付かなかった。表へ出るやいなや、どういう料 けん から帰るという。すると上さんはそんな意地を張れば簡か彼はすぐ一軒の烟草屋へ飛び込んだ。そうしてそ くわ こから一本の葉巻を銜えて出てきた。それを吹かしな 張るほど負けるたけだから、ぜひ今帰ってくれと縋り すだちょう きっ 、や帚れといって、 付くように頼む。いや帰らない、しリ がら須田町まで来て電車に乗ろうとするとたんに、喫 こお あたりねむりおど えんことわ まんせいはし 往来の氷る夜中でも四隣の眠を驚ろかせる。 烟お断りという社則を思い出したので、また万世橋の 須永の話をだん / 、聞いているうちに、敬太郎はこ方へ歩いていった。彼は本郷の下宿へ帰るまでこの葉 うう実地小説のはびこるなかに年来住み慣れてきた巻を持たすつもりで、ゆっくり / \ 足を運ばせながら し ! 、 須永もまた人の見ないような芝胖をこっそり遣って、 なお須永のことを考えた。その須永は決していつもの 口を拭って済ましているのかもしれないという気が強ように単独には頭の中へははいって来なかった。考え 岸 くなってきた。もとよりその推察の裏にはさっき見たるたびにきっと後姿の女がちら / \ 跟いてきた。しま とおめ謇ね のぞ 後姿の女が薄い影を投げていた。 いに「本郷台町の三階から遠鏡で世の中を覗いてい っ かみ じ あと たばこや ほんごう お っ

7. 夏目漱石全集 9

そ住 寧詫をた どす ア松頼 の 実にま打 時 人 ロ な ん 変 ち 、説て ク 本 か調 ま と はしる 貴てた 明敬 の イ匕 明し はれ ら セ で た頼聞たも っ方帰けけ を る は ン め 起 て郎聞彼 ま き てのれで じ ト ら松後ば は き カ : め れ返に し を て誰た 本を好よ詫 な ま 面ナ 置 し の 跟、。かま お倒れ、な の た に と い て少 。松の顏け た う ぜ ろ と て うて し す 本 江 で を か と 、見わと聞決 は ら わ戸 ざ ぬ川 ほ 敬 る 心、 と 太 は : 吾れ し の ん郎 でか終 をな た は案江極きけ り 点 ど ひ た の も ま 外戸 めれ い の ま と す に川 っ ば っ松 た し で 安も も 一心本乗 ま 心、予 お ら で の ク ) 並矢 辞じれ し期来 目めた よ よ た 儀ぎた く 付竃の う よ た し 。た ら万 り を を か の 、事舅 強 緩 丁 で ほ ー利きは ぐ 立始すな う し ロ ら わ り ーコ ぐ気 来だそ ど と も め で な 往 し た / ょ て の 、沈 は 敬 い ヾ て小 が う か さ う う オこ ( よ ひ と怒ぎ も 円太 つも筋 : じ 4 けめ思 をを郎 の至電町 じ君す る 思句 り た で いだ せき 通 る し た に や は の の し、 々 か 。定さ感す遮れ、る が 、停 々 あわ る ま で : こ 、今間 めれ情様 ぎ 力、だ で江留 り ら か 戸所敬 を子 ら 、ぎ たな ま け い ん の を眞川へ 奴豸 し、 害はな松 太 り で の見み郎 た す し 見 か本避 目 う め ん田 の はけ的を終張は経 る ち ら ね っ 力、 冫こ に結な 点 に田過 た話 れ と た に包 の 主早果カ あ に 出 て の ま ロ を の 人 く で誇す 着 の っ話進 の話ゆ た 詫は の 行 、張 い冒速 く 状 し た 田 。済すし な 時 ほ ま た は ち て よ ロ カ 、敬 て間む明後の便 う り る と ん し ろ 太 け の第 が ろ に を ま 力、 で い は ら越こう 郎か 受う た雨 う る そ ん て 男 突 あれ布ふ。の節取とほ 自 僕 は ら し か 主 ほ衍竟も は 然 も な目 た と い の ロ こ推人 、だ ど てカ ; のと かか 、楽ほ のす一掛で熕よ のら 察 そ を と 「実は田口さんに頼まれたのです」 「田口とは。田口要作ですか」 2 22

8. 夏目漱石全集 9

た。彼は光の抜けてゆく寒い空の下で、不調和な異な三分の余裕ができるので、それを利用しようと待ち構 しゅうじゃく 物に出逢った感じよりも、煤けた往来に冴々しい一点えるほどの執着はなかったにせよ、電車の通り越した くびあたり 相間々々には覚られないくらいの視力を使って常に女 を認めた気分になって女の頸の辺を注意した。女は敬 まとも からだむき こ、ろもち身体の向をの方を注意していた。 太郎の視線を正面に受けた時、 かめざわちょうゆき ほんごうゆき おちっ はじめ彼はこの女を「本郷行」か「信沢町行」に乗 変えた。それでもなお落付かない様子をして、右の手 るのだろうと考えていた。ところが両方の電車が一順 を耳のところまで上げて、鬢から洩れた毛を後へ摂ぎ そろ っこう乗る様子 遣るふうをした。もとより女の髪は綺麗に揃っていた回ってぎて、自分の前に留っても、い しな のだから、敬太郎にはこの挙動が実のない科としてのがないので、彼は少々変に思った。あるいはなりに込 み映ったのたが、その手を見た時彼はまた新たな注意み合っている車台に乗って、押し潰されそうな窮屈を さしひき がまん を女から強いられた。 我慢するよりも、少し時間の浪費を怺えたほうが差引 にけんによしよう 女は晋通の日本の女性のように絹の手袋を穿めてい 得になるという主義の人かとも考えてみたが、満員と かわせい なかった。きちりと合う山羊の革製ので、華奢な指を いう札も懸けず、一つや二つの空席は十分ありそうな つ、ましやかに包んでいた。それが色の着いたを薄のが回ってきても、女は少しも乗る素振を見せないの く手の甲に流したと見えるほど、肉と革がしつくり喰で、敬太郎はいよ / 、、変に思った。女は敬太郎から普 付いたなり、一筋の皺も一分の弛みも余していなかっ通以上の注意を受けていると覚ったらしく、彼が少し た。敬太郎は女の手を上けた時、この手袋が女の白い でも手足の態度を改ためると、雨の降らないうちに傘 手頸を三寸も深く隠しているのに気が付いた。彼はそを広げる人のように、わざと彼の観察を避ける準備を のりおり むか 岸れぎり目を転じてまた電車冫 こ向った。けれども乗降のした。そうして故意に反対の方を見たり、、あるいは向 1 一混雑が済んで、思う人が出てこないと、また心に二 うへ二三歩あるきだしたりした。それがため、妙に遠 っ しわ いちぶ かわ きやしゃ あいま あら そぶり むこ

9. 夏目漱石全集 9

田口の玄関はこのあいだと違ってひっそりしていた。 取次に袴を着けた例の書生が現われた時は、少し極り 電話ロへ出てみると案外にも主人の声で、今すぐ来が悪かったが、まさか先たっては失礼しましたとも一言 えないので、素知らぬ顔をして丁寧に来意を告げた。 ることができるかという簡単な間い合わせであった。 」敬太郎はすぐ出ますと答えたが、それだけで電話を刧書生は敬太郎を覚えていたのか、いないのか、たゞは うけと ぶきぼう あいきよう るのはなんとなく打っ切ら棒すぎて愛嬌が足りない気あと言ったなり名刺を受取って奥へはいったが、やが がするので、少し色を着けるために、須永君からなにて出てきて、どうそこちらへと応接間へ案内した。敬 そら かお話でもございましたかと聞いてみた。すると相手太郎は取次の揃えてくれた上靴を穿いて、お客らしく は、え、市蔵から御希望を通知してきたのですが、手通るには通 0 たが、四五脚ある橇子のどれへ腰を掛け かす わたくし ました。じて可いかちょっと迷った。いちばん小さいのにさえ極 数だから直接に私のほうで御都合を伺がい まちがい やお待ち申しますから、すぐどうぞ。と言ってそれなめておけば間違はあるまいという謙遯から、彼は腰の ひしかけ はかまは り引込んでしまった。敬太郎はまた例の袴を穿きなが高い肱懸も装飾も付かないもっとも軽そうなのを択っ ら、今度こそ様子が好さそうたと思った。それからこて、わざと位置の悪い所へ席を占めた。 のあいだ買ったばかりの中折を帽子掛から取ると、未やがて主人が出てきた。敬太郎は使い慣れない切ロ あいさっ 来に富んだ顔に生気を漲ぎらして快豁に表へ出た。外上を使って、初対面の挨拶やら会見の礼やらを述べる には白い霜を一度に摧いた日が、木枯しにも吹き捲くと、主人は軽くそれを聞き流すたけで、たゞはあ / \ くぎり っこう られすに、穏やかな往来をおっとりと一面に照らしてと挨拶した。そうしていくら区切が来ても、 つつき いた。敬太郎はそのなかを突切る電車の上で、光をなんとも言ってくれなかった。彼は主人の態度に失望 ことば いて進 , むような感しがした。 するほどでもなかったが、自分の言葉がそう思うとお ひっこ んいよつ こがら けんそん よ

10. 夏目漱石全集 9

つかくいうものだから、承知したら大きなきたない奴 を四十五円しか取らない、それで三十円の妾が置ける はすがないのたから、そこを調べないでむやみに妾にがむやみにやってきて、めちゃ / \ に食ったり呑んた なったのが悪いんだといった。よく聞くと病院長かなりする。お作もつい飲んで〈べレケになって寐ていた。 にか知らないがなんでも出店の病院の長らしいのであ夜中に目がさめて寐返りをしようとすると後がっかえ る。それから十時が憲兵と病院長、お作を呼んで料理て動くことができない。見ると梅垣がそばに寐ていた。 さかすき 屋で御馳走をして、盃を回してそれを割ってこれで結起きようとすると、まあ傍へ寐るくらい勘弁しろとか なんとか言っている。そうして大ぎな手で抱きすくめ 末がついたと宣告して落着を告げた。 O ところがある時十時が三十円金を送ってきた。変たてしまった。 と思っていると、料理屋から呼びに来た。そうして自分〇あくる日梅垣が今日は桟敷をとって毛布を敷いてお なこうど が仲人にはいっておきながら、こんな話をするのはま酒と弁当を用意しておくから、せひ見に来てくれ、そ おれはりあい ことに変なものたがという相談である。しかるに十時うすると己も張合があって勝てるからと頼んで出て行 はチンのような顔をしている。十時はお作を妻に貰おった。お作は芝居の話を聞いて面白そうたったから、 うというのである。 宿のものを誘って芝居へ行って梅垣などのことは忘れ C そうこうするうちに相撲が来た。梅の屋には友の平ていた。すると相撲のほうでは梅垣がちゃんと用意を だの、白猫たの梅垣だのというのがとまった。白猫としてあるのにお作が来ない、それで負けてしまった。 いうのが顔はよかったが、梅垣というのが可愛らしか〇お作が余念なく舞台を見ていると、突然梅垣が来て った。その梅垣が宿の神さんに、あのうつくしいねえ襟がみを捉えてちょっと来いといって恐ろしい権幕を さんの室へ酒と肴を持って行って飲みたいと申し込んする。みんながこっちを見る。今に帰ると言って帰し だ。お作は相撲は嫌だから断ったが、宿の神さんがせたが、宿のものが帰ったらよかろうというので帰って へや さかな すもう ともひら えり おもしろ