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検索対象: 週刊文春 2017年4月13日号
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1. 週刊文春 2017年4月13日号

泣ぎたい』気、持ちにさえならない。 こ , フやつでまた、終わってしま , フのか、と思ってみる。 して、と女からせがまれて、ます ます興奮を覚える男だって世の中に はいるはずだけれど、一般論では語 れない。大林が、長く一緒に暮らす 女とセックスをする気にならない質 だったとしても、それはそれで仕方 。カ子′ . し だが、一切働かないのならせめ て、たまに色めいたスキンシップく らいサービスしてもよさそうなもの ではないか。外を歩くときに手をつ ないだり、たまにばんばんと頭を撫 でたりしておけば、女の中に荒ぶる ものをなだめておけるとでも考えて いるのだろうか。なめんなよ、と、い では思うのに、言えない。 つい一時間ほど前まで、自分の上 にいた男のことを思い起こす。 どんなに激しく長く抱かれても、 一やはり体をつなげている間に達する ことは出来なくて、最後は例によっ て〈ふり〉をしてしまったけれど、 今これほど満たされているのは前後 の触れ合いが充分だったからだ。 大前提として金銭と引き替えでは 【前回までのあらすじ】脚本家の高遠奈津は〈ヒ モ〉の大林一也と暮らしながら、元恋人・岩井 良介と逢瀬を重ねている。夫・省吾と離婚した 後、演劇界の大物・志澤一狼太と再び会った奈 津は、志澤が勧めた媚薬でこれまでにないほど 深く達する。岡島杏子に媚薬を岩井と試すよう に勧められ、奈津は岩井に連絡を取るも、会え なかった。持て余した奈津は男優・白崎卓 也のサロンを初めて訪れた。丹念なマッサージ 8 に奈津は外側で一度達し、白崎にも奉仕する。

2. 週刊文春 2017年4月13日号

謎の少 97 年に同棲を始めた 2 歳上の A 子さんよ・ SMAP であるがゆえに結婚を許されなかった彼女ど : 解散後、 香取はデートを繰り返している。←方で我が子のうに愛する 40 歳を機に、悲恋の物語、に終止符は打たれるのか ~ 了東京・広尾のカフェダイ金を精算し、当たり前のよ がニング。二月下旬のあるうに運転席に乗り込んだ小 。よよ ( ん夜、元の香取慎吾柄な女性は、慣れた手つき と ほ ( ) はご機嫌の表情を見でエンジンをかけた。 月せていた。グループ解散ま この小柄な女性こそ、香 ′はでのメンバー「 司の確執と事取が二十年以上にわたって 務所との暗闘の中で、心身連れ添っている恋人の子 取ともに疲れ果てていると報さんだ 9 二歳年上の子さ そうこう 香 じられる香取だが、この晩んは、香取の″糟糠の妻 4 は終始リラックスムード。 とも言える存在。警戒心が 席を立ち、赤のニット帽に強い香取がこれまでほとん サングラスをかけ、キャメど一緒に外出せず、近年は ルのコートを羽織り、店をその存在すら芸能マスコミ 後にする。左手に持った大が確認できていなかった、 ーバッグから ″幻の女性 4 である。 さ用のキャリ 子 は、白の小型犬が顔を覗か「解散騒動の際、香取は改 めてジャニー ( 喜多川 ) さ 払せていた。 を 金工から出てきたのは二人のニーさんに『ューってガー で女性だ。一人は小柄で、花柄ルフレンドいるの ? 』と聞 。しします』と ンのワンピースに黒い毛皮のかれ、『ま、、、 一口ングベストを合わせ、下香取ははっきり答えた。彼 ンはジャージにスニーカー 女は二歳年上で、二十年以 イ コもう一人は長身でグリーン上交際をしていること。さ のコート。小柄な女性はそらに『一緒に暮らしていま す』と同棲していることも そくさと香取を追い抜き、 駐車料金を支払っている。 正直に話したそうです。そ 近くのコインバーキングにれを聞いたジャニーさん 止まっていたのは一台の は、『健全な男だもの。女 香取の愛車・黒のポ性と一緒にいて当たり前だ ルシェ・カイエンだ。長身よ』と納得していたといい 大とともに後部座席へ。料子さんは、素早いハン っ ~

3. 週刊文春 2017年4月13日号

2017. イ .13 週刊文春 も伊勢湾台風のときも一緒でした。野阿川生活が嫌い ? 緒にいて苦しくないという人のそばにアナウンサーになられたいきさつは ? 下重言葉が好きだったから本当は新際さんは女優志望、私は文章を書く仕下重若い頃の話ですけど、ご飯を作 いたら : 下重お互い自意識過剰で彼女のそば聞、出版業界など活字の世界に行きた事をしたいと思って九年で辞めるんでったり、掃除をしたりということが嫌 いで。付き合う男性や一緒にちょっと にいるのも苦しかったですよ。彼女はかったのですが、当時は女性を採用しす。それ以上いると辞める勇気がなく 話す男性には、芸術の話をしたり浮世 なると思ったから。 一筋に小説を書いていて、私は詩を書てなかったんですね。 阿川本当は最初から書く仕事をされ阿川そこからは文章の仕事をメイン離れして地面から足を離してる人間が くと言いながら何も書けない。 多かった。地面に足をつけると地面が 阿川それもウッウッか、難しいなあたかったんですか ? ( 笑 ) 。じゃ、大学を卒業しての下重そうです。放送局だけは民放が下重すぐに書く仕事があるわけでは見えなくなっちゃうでしよ。 そういうものですか ないので、生活のため、初めは民放局阿川う : 出来たのもあって、女性アナウンサー を必要としていまして。最初に決まつのキャスターも少しやらせてもらった たのがだから入局して。り。そのときにいまの " つれあい。と下重うん。でもつれあいが、私が馬 では後に女優になった野際陽子さんの出会うんです。民放のテレビ局で働い鹿にしていた生活というものが意外に 意味のあるものなのかもと思わせてく ちょうど一期下。野際さんとは転勤先ていたから。 れたの。たまたま向こうのうちで飲ん の名古屋放送局でも一年重なってお世阿川ご主人様ですね。 話になりました。二人とも「荒田寮」下重うちでは、ご主人様とも旦那様でいたときに、台所に立って、トント という寮暮らしで、毎晩のように男性とも言わない。つれあいと言ってまンと包丁でなにかを刻んでいる後姿を よりお酒を飲んでいたから「荒田のオす。元々結婚もしたくなかったから。見たことで、こういう人だったら私で ロチ」なんてあだ名をつけられたくら阿川失礼しました ! ( 笑 ) 結婚願も一緒に暮らせるかもしれないと 望がなかったのは若い頃からですか ? いで。 下重そうです。私、生活が嫌いな阿川あ、お料理が得意なんですか。 阿川荒田のオロチ 下重いまはテレビ局の後につとめた 下重ええ。野際さんとは六〇年安保、の。 十代に共感する奴はみんな嘘つき最果タヒ 女子高生カズハの 2 日間。ー。 0 感情は艾フカル「現象はエンタみ つまり、愛はサブカルで、セックスはエンタメ。 ・定価 ( 本体 12 。 0 円十税 ) 漫画家西島大介 絶賛の 最新小説 ! 文藝春秋 〒 102-8008 東京都千代田区紀尾井町 3 -23 http://www.bunshun. CO. jp 127

4. 週刊文春 2017年4月13日号

全身を包むけだるさが心地よい だ。いつまで待っていても上がってさなくてはならない膨大なやりとり腿を踏みしめている。 白崎も、もう眠っただろうか。こん や手続きを考えると気が遠くなった全身で甘えてくれるこの猫さえい こないので業を煮やしたらしい 3 ど岩井良介に会ったら、自分はこの けれど、実際に一つずつ進めていくれば、いつでも再び独りに戻れる。 「おいで、環さん」 4 ことを話すのだろうか。 ソフアに座って呼ぶと、膝に飛びうちに、不可能ではないことがわかそれはきっと、確かなことだった。 いわいりようすけ 猫を抱えて目をつぶった。 似乗ってきた。甘え声でしきりに文句っていった。離婚が成立した時も、驅の寂しさは、岩井良介やあるいは 一瞬の後には朝になっていた。大 を言いながら、額を奈津の胸にこす膝から崩れ落ちるような脱力感はあ今夜会った白崎卓也など、その時々 りつける。 ったものの、別れが悲しいというのの相手で理めることもできるだろ林が帰ってきたのにもまったく気づ う。大林と二人で暮らすことで心のかなかったが、隣を見ると壁のほう とは違った。思っていたよりずつ 「独りにしてごめん。どうしたの、 寂しさを増やしてゆくより、独りのを向いた背中があって、時計は八時 体が冷たいよ。お布団に入ってなかと、淡々としたものだった。 を回っていた。 もしかすると自分は、誰と深く付ほうがまだマシだとも言える。 ったの ? 」 : 思ってから、 どうして目が覚めたかと言えば、 いつ、話そう。 ひんやりとした毛並みを撫でてやき合っても、最後には別れてしまう 自分の気持ちがすでにそこまで進ん枕元の携帯が鳴ったからだった。一 るうちに、ふと、胸の隙間にも冷た人間なのかもしれない。 旦ゃんだが、手を伸ばすなりまた鳴 勝手に我慢して、勝手に呑み込んでしまっていることに驚いた。 いものが流れ込んできた。 で、けれど呑み込みきれなくなると大林が帰ってくるまで、起きて待り出す。 ( 潮時なのかもしれない ) 音量は最小にしてあるものの、大 っていようか。いや、そんなに急い 思ったとたん、頭の芯が醒めてゆ突然、星一徹みたいに卓袱台をひっ で決めることもないかもしれない。 林を起こすまいと反射的に気遣い / 、り返してし士つ。 くのを感じた。 いつでも独りに戻れるのなら、それ慌てて音を消しながら開いてみる だったら途中で我慢できないと言 ( そろそろ、ほんとうに ) と、着信は姪の由梨からだった。兄 今夜、大林が一緒に呑むと言ったえばいいのに、相手の怒りが怖くてが今日でなくても別にかまわない。 のところの長女で、つい先だって結 言えないのだ。どうせ最後に失うな「寝よっか。疲れたし」 〈友だち〉は、果たして男なのか、 ささやきかけると、環は応えるよ婚してからは、夫とともにこの近く 女なのか、訊くこともできなかつら、それを覚悟でふだんからぶつか 、ものを。 うに鳴いて、さっそく膝から飛び降に住んでいる。 た。いつのまにかこんなにも、遠慮ればいし 環が、濡れた鼻の先で、こちらのりた。奈津が一階の明かりを消すの何の用事だろう。一緒に買い物に の塊になって我慢ばかりしている。 ずっとこれが続くのだろうか。す顎を突き上げるように押す。喉はゴを待って、先に階段を駆け上がって行こうよとか、そういう類いの誘い なら、今日は遠慮したい。 ぐ隣で寝ている男の体に、うつかり口ゴロと盛大な音をたて、前肢は足ゆく。 こちらの体が触れてしまうたびには踏みをするかのように交互に奈津の風呂には入ってきたから必要なか電話はまた切れて、そのあとすぐ った。部屋着に着替え、歯を磨いてにもう一度鳴り始めた。 っとして、違うの、そうじゃないの、 さすがにおかしい。ペッドを下り、 ペッドに潜り込む。 と弁解したくなるような関係が。 バスルームへ行ってから耳に当てた。 今ここに、大林がいて欲しい、と 泣きたい気持ちにさえならない。 Q) 「もしもし ? 」 思わないことが、すべての答えなの こうやってまた、終わってしまうの かもしれない。それともただ、自分「ああ、なっちゃん、やっと出た ! 」 か、と思ってみる。 しよう ) 」 で思うより気が立っているだけだろ由梨の声は切羽詰まっていた。 夫の省吾との別れを意識し始めた 〇 うか。今夜はそれなりに緊張もした「何、どうしたの ? 」 レ 時も、最初はこんな感じだった。こ ノ 「ババが : : : 心臓の発作で倒れて、 し、新しい経験もたくさん味わった の男と別れるなど、言いだすことさ ( つづく ) から。 救急車で運ばれたの」 えとうてい無理だと思ったし、交わ M i 1 k

5. 週刊文春 2017年4月13日号

独占告白 100 分 、、、っと思って生き母はいつも安心感を与えてばかり考えていました。妹 」てきました。本くれる存在でしたから。でのほうが絶対ショックなの もそのとき母は『今回は大 に、泣いて妹の家に行って 一当の宝物みたい 丈夫じゃないと思う』と言も何にもならないと」 いました。 そこまで言うと、麻耶は 麻耶はサラリ 、と笑顔で、そう 後日、母から妹のがんをあふれる涙を抑えようと、 オを》言ってのけた。伝えられたときには衝撃的鼻をつまんで笑った。 》最愛の妹のが過ぎて、妹に連絡もできま「次の日の夜か、その次の んがわかったのせんでした。どうしても涙日の朝に妹の家に行ったは は、二〇一四年が止まらなくて。こうしてずです。でも二週間とか、 月のことだ。 十 インタビューを受けられる一カ月くらい会っていない 央「妹とは、未来のことは話その頃、二人は姉妹でマイほどになった今なら、泣いかのように長く感じまし たしません。今度どこに旅行クロソフトのイベントに出て『悲しいね』と言って、 た。妹は自分のことよりも 、場に行きたいとか、そんな先席した。結婚後初めての姉『でも頑張っていこう』と私や母のことを気にかけて にのことを考えられる状態で妹一緒の仕事だった。麻耶言えたと思うんです。で いるようで、『心配しない ンはありません。大事なのは はショッキングピンクの派も、その当時はまだ自分のでね、大丈夫だから。治す イ今生きているということ。手なワンピースで、麻央は感情を出してはいけないとね』と」 ト今日、生きています、点滴落ち着いた着物姿だった。 を打。ています、ご飯を食妹が姉を宿母さん」と呼マスイ、マスイ べられています : : 、以べば、姉は「伯母さんじゃ ク イ 上。それが有難いことです」ない。ねえねえです ! 」と麻央は後にプログで告知知から一年八カ月先のこ マ 進行性の乳がんで闘病中ムキになって言い返す。誰されたときの気持ちをこうと。それまで病は家族だけ 月 の妹・小林麻央 ( ) につい の目にも幸せな仲良し姉妹綴っている。 の秘密にされていた。 年 0 て、自らも体調不良で昨年に映っていた。 〈家族は悲しむだろう 「がんが治ってから、『実 五月から休養中の小林麻耶「そのときは妹の検査の結な。。。ごめんね。病気になは妹は闘病していました』 っちゃった妻で。病気になと皆さんに伝えたいと考え 、 ( ) が初めてインタビュー果待ちのタイミングでし に答えた。麻央が市川海老た。あの頃の私は『大丈っちゃった娘で。病気になていました。『今は健康に テ蔵 ) と結婚するまで、夫、大丈夫、大丈夫』とい っちゃった妹で〉 ( 一六年九戻りました。本当にご迷惑 二人はずっと一緒に暮らう言葉を心の中で何度も何月二十三日 ) をおかけしました』と。そ さ し、風呂も一緒に入るよう度も繰り返していた。実がんを公表するのは、告れが思いのほか、簡単には な仲睦まじい姉妹だった。 は、母も乳がんになったこ 昨年五月、生放送中に倒れて緊急搬送され、 一「『私は麻央ちゃんのためとがあったので『大丈夫だ 長期休養に入っていた小林麻耶。「過労」の なら命を投げ出せる』とずよね ? 』と聞いたんです。 主因は乳がんで闘病中の妹・麻央への心痛だ 138

6. 週刊文春 2017年4月13日号

2017.4.13 週刊文春 」で緊急生謝罪。香取は 一行は定番の観光スポッ ごめんなさい』とだけ説明が、これを最後に二人の熱 ン芸能記者が話す。 愛報道はピタリと止む。そト・アラモアナショッピン「皆様と一緒に、また今日 「一度は地元に一軒家を購がありました」 入したのに、都心に引っ越〇六年には、香取の実家れから十年以上、ツーショグセンターでも目撃されてからいつばい笑顔を作って ットが撮られたことはない。 いた。香取は少年に靴を買いきたいと思っています」 した。その理由は、香取にを訪れ、花火大会を楽しむ ″隠し子みができたからだ子さんの目撃情報が、「週″謎の少年についての情 、高級時計店では五百万と涙を浮かべて述べた。 そして三月、香取は子 という話もありました。そ刊女性」に掲載されている報が伝えられたのは、それ円近い時計を < 子さんと一 さんと少年と再びハワイへ 緒に見ていたという。 からちょうど十年後だ。 もそも鶴見の一軒家付近で ( 〇六年八月十五日号 ) 。だ も最後のほうは、子さん 旅行代理店関係者が話す。向かったのである。 冒頭の広尾デートから約 「香取さんが初めてカハラ が子供を連れているという ハワイに現れた少年と香取 のホテルを利用したのは十二週間後の今年三月五日日 目撃情報もありました。 いくら郊外でも、一軒家昨年三月末、ハワイで香ルだ。アメリカの歴代大統年以上前。当時は日本人の曜日、本誌はこんな光景を では、マスコミの目から隠取が少年と一緒にショッピ領や各国のセレプが訪れる利用客も少なく、香取さん目の当たりにした。 はハワイに来るときは必ず午後七時頃、香取の自宅 れて子育てするのにも限界ングアーケードを歩く写真ハワイ屈指の高級リゾート と言っていいほど宿泊してマンションから愛車のポル がある。やはりセキュリテがツィッターに上げられ、 として知られ、フロアには シェが出てきた。助手席に イが万全な都心の高層マン一部で話題になった。香取この宿を訪れた著名人の写いました。〇五年あたりか ションのほうが人目につきは濃紺の半袖シャツに短バ真がところ狭しと掲げられらでしようか、日本人の利乗っていたのは子さんで にくい。当時、各社は競いン、サングラスに麦わら帽ている。オバマ大統領やマ用客が増え、香取さんもすはなく、その少年だった。 二人が行きついた先は後 合うようにこぞって取材を子。少年は見た目、中学生イケル・ジャクソンらと並つかり足が遠のいていたん 始めましたが、結局どこもくらいだろうか。黒いキャび、香取も笑顔にピースサです。久々に来たのが一昨楽園の遊園地「東京ドーム ップに白地のプリント e シインで写真に収まっている。年の冬頃。立て続けに昨年シティアトラクションズ」 真実を掴めぬまま、噂はい 三月にも滞在していまし だった。日曜の夜で園内は ャツ、手には買い物のビニ〇二年の宿泊時のものだ。 っしか風化していきました」 客もまばら。子供連れは少 たた、引っ越しして数年ール袋。二人は親しそうに現地の目撃者が語る。 一昨年の冬といえば、独なく、カップルが大半だっ 「昨年三月、シンゴはガー 後、転居先のマンション管話をしている。 たか、このハワイ ~ 打きに ルフレンドと子供と一緒立騒動が表沙汰になる前た。 理会社には、″ある苦情〃 で、ファミリーそのものだ だ。飯島氏が退社の意向を「サンダードルフィンに乗 が寄せられていた。 は香取と少年だけでなく、 りたいな」 < 子さんも同行していた。 ったよ。三人でビーチ沿い事務所に伝えたのが十月。 不動産関係者の証言。 「五人と独立す車を降りてまもなく、少 「香取さんの部屋の下に住今回、本誌取材班が改めてのレストランで名物のロー る」という″計画″が水面年は目を輝かせながら香取 ルバンケーキを食べてい んでいた住人から苦情があ現地を取材すると、様々な に向かってこう言った。香 た。シンゴはサングラスを下で進行中だった。 りました。上の部屋の『子事実が浮かび上がった。 だが周知の通り、年明け取は微笑み、静かに頷く。 供の足音がうるさい』と。 香取の常宿であるザ・カしていたけど、カハラの だからすぐ分かる。滞早々、このクーデターは鎮少年は、見るからにオー そのときは香取さんと一緒ハラ・ホテル & リゾートは ーサイズのヨット。ハーカ に住んでいらした女性からワイキキから車で十五分の在中は何度もそのレストラ圧される。昨年一月十八日 ーを着ている。十万円をゆ ンで食事をしていたね」 『お友達の子供が来ていて高級住宅街にある老舗ホテ

7. 週刊文春 2017年4月13日号

阿川ははあ。解放されたのだから、 、 0 大学で教えるのも終阿川その背中を見たときに恋心が芽か ? わって、料理は全部生えたんですか ? 下重それもあるかもしれません。あ今後ますます書いてくださいませ。 向こうが作ってま下重いやいや、恋心はその前に使いと、キャスターやアナウンサーという下重時間は限られていますからね。に 仕事って、人にあんまりみつともない阿川さんはもうずいぶん前から物書き す。一時期、私も手果たしてましたので。 を出したことがあるんですが、つれあ阿川今回のご本のなかにも大失恋しところを見せられない部分があるじゃとしてスタートラインに立ってらっし ないですか。自分自身無理をしてたんやいますけど、私はこれから。だから いのほうが才能があるのに、その才能た過去があるということはお書きにな ってましたけど : だと思います。 私は若者なんです。若者っていうのは を私が奪っちゃいけないなって ( 笑 ) 。 , 阿川アハハノ 下重に入ってすぐくらいから阿川優等生という世間的イメージでこれからの人ということだから。 、 ) 下重生活の大事さを言葉で説明する十年間くらい大恋愛したすえの大失恋生きていかなき、ならなか 0 た ? んじゃなくて、背中というか、態度でがあったんです。一緒にいたいけど、下重優等生は大っ嫌い ( 笑 ) 。なの 一筆御礼 一の 教えてくれたのがよかったんでしよう一緒にいると苦しくて苦しくて。惚れにそれを装って長い間生きてきてしま ったのかもしれない。辛かったですね下重さんが不本意に思われるのもご ね。向こうが一言でも「大事なんだるってそういうことでしよう ? よ」なんて言ったら、私はすぐ反抗し阿川まあ、そういう場合もありますえ。特にの場合、あの四角いテもっともなことばかり。失礼ながら、 ますから ( 笑 ) 。 レビ画面に出てくると、誰でも優等生たしかに私も下重さんのことを「元 Z に見えるのよ。 アナウンサー」の「優等生」とい 阿川見えます、見えます ( 笑 ) 。 うイメージから抜けないままでおりま 優等生を装って長い間生きてきたのかもしれない。 下重先ほどもお話ししたとおり、私した。しかし、それほどの強い自我 下重でも、当時から私は結婚したくやめてくださいよ ! ( 笑 ) そうやつはアナウンサー時代から酒飲みで、反と、人知れぬコンプレックスを幼少よ はなかった。向こうも、一緒に生活すて、を辞められたあと、文筆業抗的で、全然優等生じゃなかったの。 り抱きながら、七十歳を過ぎて「よう に主軸を移して、これまで百冊近い本でも作家になっても″元 Z のアナやく解放された」とおっしやったと る女性が必要になるよね。それなのに 私は自分を変えることができなかったをお書きになっていますが、今回のウンサーの″って言われる。これは私き、なんだか得も言われぬ勇気を与え にとって一番嫌な形容詞なんです。しられた気がしました。あらゆることが 。我々の恋愛を生活のレベルなん『若者よ、猛省しなさい』で個人的に へストセラーにな かに引き下げてたまるかっていう思い衝撃を受けたのは、。 かも″元″っていまは何もないってこスピードアップをし、成果と結果を早 く出さないと置いてきばりにされそう った『家族という病』を書くまで、本とじゃないですか。 が当時はあったんでしようね。 阿川そんないい男だったんですか ? 当の意味で自分をさらけ出すことは出阿川のアナウンサーというイな今の時代、「若者は暗いのが当たり いメージに苦しめられて : 前」とか「迷っていればいい」と、下 下重いい男でしたよ。いまでも私の来ていなかったとお書きになって て。 恋人は彼しかいないと思ってるくらい 下重もちろん、私が物を書かせてい重さんのような人生のべテランに言い で。いずれフィクションの形で文章に下重そうなんですよ。十年ぐらい前ただくきっかけに元 Z という部分切っていただくと、若者は、いや若者 出来ればとも思ってるんですけど。 から思ってることをはっきり言っておがあったのも確かだから、まったく悪だけでなく多くの人がホッとするに違 阿川ということは、結構、名の知れ いありません。落ち着いた美しい声で くべきだという考えになったのです いことばかりじゃない。回り道を繰り た方なんですか ? が、二年前の『家族という病』までは返してきたかもしれないけど、七十歳ピシリと断定しつつも、ときおり「辛 それがインどこかきれい事でしたね。 を超えて、ようやくスタートラインに かったわあ」などと溜め息をつかれ 下重いやあ、まあ : ・ タビュアーのコツですか ? ( 笑 ) 阿川それはこの年齢になったから、 立てたのかなという思いがいまはありる。次回は酔っ払ったときのお姿も拝 見したいものでございます。 , いえいえ。もう大先輩ったら、好きなことを言えるようになったとますね。

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ず、居酒屋のか絶対食べない」と思ったングがジュワーツと口かられたまま呼吸するのはタブ国。 立賞 ーなのだ。目に星が飛ん独受 ェイヒレの匂人も肝だけは試すべきだろ喉、鼻と呼吸器に充満する のを いがする。何う。 のだ。飲み込んでも胃からだ。ちょっと貧血つばくな賞 ヶ月も掃除し続いて刺身。「すごく腐臭気が逆流してくるので、 って焦ったが、ロを開ける沁 てない小便器ったやっ」 ( 発酵がすごく進急いでマッコルリを流し込ともっと悲惨なことになる ので、必死でこらえてなん。フ のような臭いんだホンオを韓国ではそう言む。 う ) を頼んだ。しかし、結「なんじゃこりやに」こんとか飲み込んだ。 生土 一・ ( 一ーーのホンオにな はあ : ・ ( 一るか、エイヒ果は「うーん : : ・こ。さほ な食べ物、あるのか ? ど なんて恐ろしい食い物だ レになるかは うしてこんなものを食べよ ど刺激的な感じはしない ろう。まだ口が痺れているきド ごく小さな分し、アンモニア臭よりも魚うと思うのか ? で一フ 俄然おもしろくなり、二し、頭も痛くなってきた。 須かれ道らしの生臭さが鼻につく。 のマ ところが、またしばらノ、 臭さやまずさも中途半端回目は思い切ってガバッと 私たちは市で、わざわざこの遠い港町大量にすくって口に放り込間を置くと、なんとなくスた家 ラ場前に並ぶ料まで来て食べるほどのインんだ。すると、大変なことプーンがホンオに伸びてい バクトは感じないのだ。ホが起きた。舌とロ腔内へビる。あんなに激烈にますい 理屋にてきと リビリと電気が走り、直のに、一体なぜだろう。 店で出される料理としてうに入り、ホンオを頼んンオ、みんな大げさに言い まるで自分がホンオに支 すぎなのではないか ? 後、それは塩酸でもぶつか は世界で最もくさいと思わだ。今日は中・上級編だ。 けられたような全面的な衝配されつつあるような、ア れる韓国のアンモニア・スまずは「肝」。これには文だがまだ終わりではな というか、これからが撃となって口全体が焼けたンモニア・スパークリング ークリング・エイ料理字通り「度肝」を抜かれ 「ホンオ」。その本場は韓国た。絶品なのだ。ちょっと本番だった。締めにホンオだれていくような感覚に陥人間と化しているような、 不気味で倒錯的な魅力を感 南西部にある町・木浦 ( モ牛乳がかかったかのようにのチム ( 蒸し料理 ) を頼んった。 じてしまったのだった。 「うわっ ! 」 ッポ ) である。私は別の取白っぱい見てくれだが、食だ。大皿に、ネギ、ニンジ べてみても不思議とミルキン、ニラが入っており、遠火傷したときの習性で、 材のついでに、韓国人の ーな風味がある。ものすご目にはふつうの魚の蒸し料新鮮な空気を入れるべく口 ( でもホンオは嫌いな ) カン を開いたら : : : ドカーンー さんをなだめすかして、こく新鮮らしく、おばろ豆腐理に見える。だが、スプー ときた。入ってきたのは空 の町にやってきた。 のようにロの中でぶるぶるン一杯分の塊をとって口に 入れると強烈。湯気と一緒気じゃなくて毒ガスだっ 市場周辺はホンオ一色。震え、そのままヨーグルト にアンモニア・スパークリ た。そう、ホンオを口に入 市場の目抜き通りにはホンのように溶けそうなのに、 3 オの刺身を切って箱詰めす噛むとプチッという歯ごた 4 えがしつかりある。これが る店がずらりと軒を連ね、 0 ・ 小型のエイの開きが干してあの下品なアンモニア・ス連載・恐怖のスパークリング・エイ料理ホンオ 2 ある。面白いことに干した ークリング魚の肝とは到 ェイはアンモニア臭がせ底思えない。「ホンオなん ら′ヘンキョウ探検家 高野秀行の 食べもの 週刊文春 をミ I メッ第な 世界最凶の臭気を放つホンオの蒸し料理 103

9. 週刊文春 2017年4月13日号

おみんが甲板に倒れ込む。 番所の門前に至った左内は、中へまち走り出す。 「やったなっ」 向かって大声で呼ばわった。 「御用心召されよっ」 信三郎様、お炎がすぐに参ります 3 立ち上がったおみんの両肩を、後「桑子左内じゃ、ここを開けよ」 どうかそれまで 背後で左内の声が聞こえたが、応 , ろから音次郎ががっしりと押さえすると門が開かれ、数人の小者がえている余裕もない。 かんば 0 る。 おそるおそる顔を出した。港の異変芦毛は思った以上の悍馬であっ 三十四 2 「羽衣の姐さんはこれから大事なおを察知しつつも、恐ろしさのあまり 人に逢いに行かれるんだ。野暮を言 門を堅く閉ざして隠れていたものと お炎の逸る心が乗り移ったか、夜港を駆け去るお炎と左内の後ろ姿 みえる。 っちゃあいけやせんよ」 空を流れる星にも劣らす、芦毛は蒼を確認し、与四松はゆっくりと冠城 おみんがはっとしたようにおとな「あっ桑子様、よくぞ御無事で」 い払暁の道を疾駆する。 弥十郎を振り返った。 しくなった。 「港で一体何がーー」 信三郎様ーーー羽衣お炎、最後の御「待たせたな」 たすけ 「お見苦しいところをお見せしやし「さきほど太助が急を知らせに挨拶に伺います 「一騎打ちでもしようと申すか」 た : : : 御勘弁を : : : 」 小木港にいた薩摩侍は椎原坊太錫杖を構え直す弥十郎に、 そして涙に濡れた顔をお炎に向口々に言い騒ぐ小者達に構わず、郎、川路有之助、大迫天馬、伊牟田「他に何があるってんだ」 左内はお炎を厩へと案内する。 巌の四人であった。 「与四松、うぬは思った以上の馬鹿 「姐御 : : : どうかお気をつけになっ 「さあ、こちらへ」 佐渡に渡ったという脱藩浪士は全のようじゃな」 厩には何頭かの馬がつながれてい部で十三人。うち十一人はすでに斃「今頃分かったってのかい。だった 「ありがとうよ、おみんちゃん。そた。 れた。残る二人は、おそらく御直山らてめえも俺とどっこいどっこいの れに御一統さんも」 左内はそこで初めて思い至ったよの地下でオドロ様と一緒に居ると思大馬鹿だぜ」 それだけを言い残し、お炎は桑子うに、 われる。 傲然とうそぶく与四松に、弥十郎 左内とともに板梯子を駆け降りた。 「お炎殿、馬にはーーー」 表向きの名目はオドロ様の警護でもまた不敵に嗤った。 「お急ぎを」 「もちろん乗れますよ。お武家様ほあろうが、事成りし暁には、オドロ 「よかろう。我が事は脆くも潰え 左内に従い、死屍累々の港を突っど上手じゃありませんが、娘の頃か様を始末せよと命じられているに違た。どうせ生きて国には戻れぬ身。 切って番所へと急ぐ。夜明けは近ら江戸一番のじやじゃ馬と一言われた あの世への道連れは、薩摩侍どもで 海からの湿気と冷気が熱く火照このあたしだ、お馬さんとは相性が証人はすべて消す、それが薩摩のなく、うぬに頼むと致そうか」 った頬を冷やす。 ようござんしてね、駿河の馬子衆にやり口だからだ。 「悪いがそいつは願い下げだな。弥 手ほどきを受けたこともございま残りの弾は四発きり。この四発だ十郎、あの世にはてめえ一人で行き けで、すべてを終わらせねばならな な。道連れが欲しいとは、図々しい いのだ。 「おう、それは頼もしい。要らぬ心 にもほどがあるぜ」 配であった」 できるか、自分に そして配下の一同に向かい、大声 「では、お借りしますよ」 夜明けは近いが、道の先はまだまで命じる。 最も精悍そうな芦毛に飛び乗っだ暗い。先へ先へと進むほど、闇の「いいか、この勝負、何があっても 深さが増していくよう。 てめえらは手を出すんじゃねえそ」 一声高くいなないて、芦毛がたち ( つづく ) まるで、御山の地下を走る坑道の レト M 1847 羽衣 っ ) 0 たお 102

10. 週刊文春 2017年4月13日号

小学生 u 和 ber の 付度のない質問会 CATC ~ 得意げな男児の横で、困っ 「得意な料理は何ですか ? 」 たような苦笑を浮かべるゆうといった無難な質問の後、こ「 . 。 、こりんこと小倉優子。三月三ー、 ~ ) んな忖度なき直撃が 十一日、イメージキャラクタ「一緒に食事したい男の人は、 ーに就任した子供向け栄養補いますか ? 」 ドキりんこしたゆうこりん 助飲料「アスミール」の発売 イベントでの一コマである。 は少し戸惑った後、「男の人 小倉は三月六日に離婚を発 ) 「は今は誰もいないです」とき 表したばかり。その発端とな、 : つばり回答。こうくん ( 写真 うたのは、小誌が昨年八月にご右 ) の「残念ですねえ」とい ) 、、一、。スクープした夫の「ゲス不 , 一うイジリに、「一」れ、本当に ア , 倫」だった。当時小倉が妊娠ーこうくんの質問 ? 」と、背後 中だったにもかかわらず、 ) 夫ーの大人の影を疑うのだった。 は彼女の事務所の後輩宅を イベント後の囲みで「こり 度々訪れていたのである ん星時代もふっ切れてたんで 離婚後初となった当イベンすけど、もう一度ふっ切れた「 トでは終始ニコニコに努感があります」と語った小倉。 →めていたが、姉弟 YouTube 「ニ人の子のシングルマサーとを擅 「キッスライン」からの質問して、がんばりんこといきた いところだ。撮影吉田暁史羊、 会でみ事件は起きた。 ー第こ庭笋しだ〃