418 2 力は引き合う 西洋列強はいま、日本を激しく糾弾している。日本が「凶暴で貪欲」であったことは明 白な事実だが、だからといって、列強自身の責任は、彼らが思っているようには、免れる ことはできない。日本の本当の罪は、西洋文明の教えを守らなかったことではなく、よく 守ったことなのだ。それがよくわかっていたアジアの人々は、日本の進歩を非難と羨望の 目で見ていた。 日本と他のアジア諸国の地位の違いは、人間としても国家としても、はっきりしていた。 日本は「有色」人種の中でただひとり、ほぼ完全平等の地位を与えられていた。中国人は 自分の国にいながらクラブや租界に人れなかったのに、日本人は事実上「白人」として受 さげす け人れられていた。開港地の中国人苦力は蔑まれていたが、日本人の召使は「ポーイさ ん」と呼ばれていた。インドシナの住民登録簿には、日本人は「ヨーロッパ人として記 載されたが、中国人は「原住民」だった。 国家としての日本は西洋の基準をよく守り、よく報われた。小さい日本が大国として認 められ、中国では白人の特権を分け与えられた。不平等条約の恩恵にもあずかっていた。 そうでなければ、満州と華北で行動できなかったろう。大中国は西洋の基準が守れなかっ たために、自国の河川にいる外国の軍艦、主要貿易港に駐留する外国軍隊、自国政府と財 どんよく せんぼう 1 = Ⅳ
「われわれが考える、ように日本を変えるというなら、私たちがどういう日本を考えてい るか、だけでなく、日本はどうであったかも明確かっ具体的に知っていなければならない。 実験室の科学者は、自分の知らない化学薬品をつかって実験したりはしない。知らない 物質をつかって実験を始める場合は、危険な爆発に備えるだろう。ところが、私たちは日 本の社会を改革するにあたって、権威ある立場の人間が目的と方法について著しく違う意 見をもっていても、アメリカ人がすることはすべて正しい結果にいたるという奇妙な論理 を貫こうというのだ。 、ったい、普遍的に正しい経済原則などというものがあるのだろうか。国民が自分たち の問題、条件、能力をある程度理解し、豊富な資源をもち、他国に依存する必要はまった くないアメリカでさえ、完全に機能する経済原則は一セットも与えられていない。そんな ことは、新聞を読んでいるものなら誰でも知っている。 アメリカが、国民の望む生活を、原則としてだけでなく、現実に達成するまでは、アメ リカはすべての答えをもっているとはいいきれないし、他国の人に信じてもらえるなどと 考えるべきではない。日本を「改革」することで、私たちは危険にも自ら目立っ場所に立 ってしまった。日本列島とアメリカの条件は、あまりにも違う。だから、アメリカのアメ ことだ、と考える姿勢は間題で リカ人にとっていいことは、日本の日本人にとってもいい ある。経済、そして文明を破壊することは、それをつくって動かすより、ずっと簡単なこ とである。
アンプロポークド 言葉で考えなおす必要があるようだ。これは「世界征服を企む野蛮人による「一方的」 で裏切りの攻撃だったのか。あるいは、圧倒的に強い国とのカのゲームに引きずり込まれ たと思っている国が、経済封鎖に対して挑んだ攻撃だったのか。この違いはきわめて大き どうやらパール、 ーバーは戦争の原因ではなく、アメリカと日本がすでに始めていた戦 争の一行動にすぎないようだ。したがって「なぜ日本はわれわれを攻撃したか」を考える なら、「なぜわれわれは、すでに日本との戦争を始めていたか」について考えなければな らない。そうでなければ、。、ール、 ーという難問を解くことはできないのだ。 この危機の時代の対外関係については、公式説明と事実との間に大きな食い違いがある。 いま、占領国日本に向かう一アメリカ人は、やがてこの食い違いを思い出しては不安にな ることだろう。多くの間題がここにかかわっている。私にとって最も重要なのは、平和を 希求する戦後世界でアメリカがいかなる指導的役割を担っているかである。政策担当者が、 よその国のみならす自国民をもミスリードするなら、平和は達成されるはずがない。 すべ アメリカ人はいまだに統一された国家政策を決定する術を見出していないし、そのため しいましてや、アメリカより に事実を正しく把握する術さえも見出していないといって、 恵まれず、発展も後れている国の国民が自分たちの指導者の政策をどうしてコントロール できただろうか。 日本がなぜ攻撃したかについて、いまだに開かれた議論がない。私たちが知るかぎり、
働きかけによって、全外国資産に及ぶ先例となるものと期待されている。 ジョージ・オルムステッド准将率いる米軍部隊は、外国資産に関する問題で、軍事的 見地から作戦行動が必要となる場合は、アメリカなど各国外交団と密接に連絡を取りな がら行動することにしている〔注〕。 現在までの米中関係を振り返ると、私たちの政策は米国国民、中国人民のいずれの利益 も増進させはしなかったという結論に行き着かざるをえない。私たちの政策立案者の本意 はともかく、現実の政策はいつも、アメリカ国民全体の利益より、ごく一部のグループの 利益を守ることに気を配ってきたように思える。この切り抜き記事がよく表わしているよ 栄 うに、中国のアメリカ資産に執心する議論が、アメリカの威信をいかにおとしめたか、計 共 のり知れない。中国にあるアメリカ人の個人資産が、戦争や他の思惑にもかかわらす、守ら の れるべぎものであるというのなら、一般市民の財産を買い上げて、私たちが支援する中国 誰 政府に与えたほうが、私たちの利益に適っていたと思う。 九上海のような大都市に必要な公共施設 ( どちらにしても、普通なら外国人が所有できる ようなものではない ) をアメリカ人の所有と経営にもどすべきであるという主張は、すべ ての中国人が執拗な外国支配に対して抱いてきた根深い怒りを活性化させ、燃え上がらせ ることになるのだ。
当たり前のことになった。 私たちの間題は空間を征服し、富を開発することだった。私たちの行動様式、価値観、 習慣、経済・政治制度は、エネルギッシュで何物にも依存しない人間たちが広い大陸を開 発していくのにあわせて、自ずと育まれたものである。私たちは何よりも物事を速く成し 遂げること、スピードを重んじた。私たちにとって「実際的ーとは、物事を成し遂げるの に何か新しい方法を見つけだすことであった。私たちは変化を信じ、「進歩」を信じ、自 分たちの物理的環境を自分たちの目的に合わせてつくり変えることを信じた。 前近代の日本人にとっては、事情はまったく違った。私たちと違って、彼らは、速く、 そして遠くまで行くことはなかった。先住者たちは、おおむね、著しく非活動的で成り行 きに従う人たちだった。彼らは環境を征服したり、変えたりするよりは、自分を環境に順 応させることを選んだ。彼らの新天地は、気候も、空間も、富も人の意欲をかき立てるよ 性 略 うなものではなかった。 的島は自然の産物に恵まれなかった。今日、最も日本的と考えられているもの、たとえば 伝茶、絹も、アジアから輸人しなければならなかった。土地は肥沃だったが、多くの火山に 四さえぎられ、しばしば地震、津波、台風といった自然の猛威にさらされた。農耕や牧畜に 第 適した広い平地がなかった。なにがしか野生の獲物や鳥はいたから、最初の移住者はそれ をとって食べた。それでも、量は非常に限られていただろう。だから、五、六世紀、肉食 を戒める仏教の教えも、何の抵抗もなく受け入れていった。このように戒律を実行する素
ではない。、 ノワイ、サンフランシスコを取ってもまだ十分ではない。われわれはワシン トンまで攻め入って、ホワイト・ハウスで条約に調印する以外に道はない。わが国の政 治家は、果たして開戦がもたらす結果に確信をもっているであろうか、そのために支払 うべき犠牲を覚悟しているであろうか。 私たちの戦争に関する説明と平和計画は、こういう「証拠」の上に成り立っている。 もろ ーバー以前は、経済封鎖に対する日本の脆さを知っている人なら、日本が大国 にとって軍事的脅威になるなどということを、誰も本気で考えたことはない。日本は近代 戦のための重要物資をすべて輸人しなければならないのだから、物資の補給が遮断されれ ば、戦争機関は自動的に停止してしまう。しかも、日本は食糧も輸人しなければならない 0 0 、 1 レ、 のだから、海上輸送路が遮断されれば、通常の国内経済は立ちゅかなくなる バー以前の日本軍には、事実上無防備の中国なら十分やつつける力はあったろう。長征部 隊の奇襲攻撃や暴発的反抗なら叩くことはできただろうが、大国相手の本格的長期戦に勝 てるとは考えられていなかった。 ーバー以前の日本の軍事力が基本的に弱かったのは、日本軍が「日華事変」に 苦労していたことからも明らかだ。この戦争の五年間、日本の戦争機関はイギリス、オラ ンダが中国内にもっ鉱山から、あるいはアメリカに助けられて物資を補給していた。 イギリスはビルマ鉄道を封鎖するなどして側面から援助していたし、華北でもさまざま
の局の責任者が大きな権限をもっていたから、さまざまの局が相矛盾する政策を進めてい たようだ。 、ほとんど光のような速 何千万人の生活に重大な結果をもたらさずにはおかないことカ さで決定されていた。こういう 決定は日本に経済的混乱を引き起こすかもしれないと疑間 をさしはさむと、「だって、彼らは戦争に負けたんだろう ? 」とか「卵を割らなきや、オ ムレツはできないよ」という答えが返ってきた。私たちが壊そうと努力してきたのは、こ ういう社会観だったはずだ。どちらの答え方にも、その社会観がよく表われていたが、誰 もそれを認めなかったばかりか、熱弁をふるって否定するのだった。 昔からアメリカの目的は、社会問題にしろ、国際問題にしろ、「民主主義」と「アメリ カン・ウェ という一一「ロ葉で表現されてきた。そうした目的は厳密に定義づけされたこと ( ないが、それでもアメリカ国内でアメリカ国民に適用される場合は、きわめて具体的で 現実的なのだ。それは、私たちが社会と政府に求める目的の総合である。 すなわち、経済の面では、私たちは個人の能力を最大限に発揮できる機会と、生活水準 の向上を目指している。ジョーの息子はジョーが去ったところから始め、ジョーの孫はそ のあとをつづける。それが私たちの求めているものだ。大多数の人にとって、物事はこの ようにはいかないにしても、だからといって、それが私たちの基準であり、アメリカ人の 大部分がこの基準に届こうと努力していることに変わりはない。 政治の面では、「アメリカン・ウェー」は、すべてのものに政府批判の権利が認められ
りは、むしろ覆い隠そうとするものだった。きわめて重要な意味をもっ決定が、その問題 の意味について論議も、理解もされないまま、飛行機の速さで下されている。だから、下 された決定は、そうでなくてもわかりにくい状況を、ますますわかりにくくしてしまうの 山下を戦争犯罪人として罰したことは、アメリカ人が実際に考えている以上に重大な意 味をもっている。私たちとヨーロッパのナチスもしくはファシストとの関係は、基本的に いって、同じ文明から出てきた同一種類の人間との関係である。したがって、彼らを罰す ることによって、私たちは狂気に走った私たち自身の文明を罰しているのである。戦争行 為に贖罪の意味がこめられていた。しかし、山下が代表しているのはアジアである。彼は 「解放」の旗をかざしてアジアと太平洋の島々を駆け巡った「有色人種」の代表なのだ。 抑圧されたアジアの同胞と「有色植民地住民」を「白いー圧制者から「解放」するとい う山下たちの旗は、政治的には偽りであっても、心情的には真実である。日本は戦争宣伝 の中で、アジアの「原住民族」に次のように呼びかけている。白色人種は、抑圧された民 族を解放しようとする「有色人種」のいかなる試みも圧殺するために戦いを仕掛けてくる だろう。白色人種は占領国日本には、イタリアやドイツに対するより、ずっと厳しい扱い をするだろう。日本が大国として認められるまで、白色人種が占めていた元の場所に「有 色人種」を追いもどすのが、彼らの狙いなのである・ : 戦争の原因とその後の展開をこのように意味づけるのは、アメリカ人からみれば、きわ
436 スとアメリカは、具体的条件を出して、ソ連が特定の期日をもって不可侵条約を破棄する ぜんだ お膳立てをしたのだが、両国代表団はそれを「違法」とは考えてはいないのだ。その結果 として、アメリカは八月六日 ( 一九四五年 ) 原爆を投下し、ソ連は八月八日宣戦を布告、 翌九日に参戦した。 ソ連はこの行為によって、英米両国政府から日本の領土と財産、満州つまり中国の財産 を贈られた。イタリアがフランスに対して、まったく同じことをしたときは、両国から スタップ・イン・ザ・バック 「裏切り行為」として激しく非難された。 アジア人は一連の出来事をパワー・ポリティクスの最もひどい見本と思っているはずだ。 ぎまん アメリカ人に、それがわからないなら自己欺瞞である。ソ連が日本などの領土と財産を得 ることができたのはなぜか、政治意識をもつアジア人には、やがてはっきりするだろう。 つまり、ソ連はたまたまいいとき ( 強大国が敵との戦いで味方を探しているとき ) に、し い国 ( 強大国 ) として友邦 ( つまり、 いい国の側に立って戦うこと ) になっただけのこと なのだ。 ャルタ会談は、パワー・ポリティクスの実習としては画期的なものである。歴史はそれ 自体ではくり返さないかもしれない。しかし、いかにもくり返しているようにみせる。そ して満州の歴史は何度でもくり返すシナリオを提供してくれる。 時Ⅱ一九〇五年。場所Ⅱニューハ ンプシャー州ポーツマス。キャストⅡ「反動的」ッ
232 1 リーダーシップ 歴史は複雑である。戦争プロバガンダのために意図して歪曲されていなくても、同じ史 実が見るものによって変わってくる。日常の小さなことでも見方が食い違うことがある。 たとえば、客をタ食に招くさいにも、カキはジューシーでおいしいという人もいれば、気 持悪いという人もいることを知っておかなければならない。歴史の事実もそれと同じで、 必ずしも同じようには見えないのだ。 国家間の対立は、出来事、条約の条項、「国益」の定義をめぐる解釈の食い違いにすぎ ないことが多い。こうした食い違いは、それぞれの国が相手の誠意を信じなければ、妥協 無法、征服、破壊の巨大な力が「野放しの凶暴なけだもの」のように地球上を動き回 っている。この力はその野獣性からして、突き破れない壁にぶつかるまでは止まらない だろう。ハルはそう警告した。 米国務省「平和と戦争ー わいきよく