牧田 - みる会図書館


検索対象: サラバ! 上
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1. サラバ! 上

クシュアルだったのだ。ただ、牧田さん自身、自分のセクシュアリティをこれまで分 かってはいなかったようだ。姉といると、とても気が楽だった。セクシュアリティの 部分ではノーマルだったが、姉自身のアイデンティティが、マイノリテイだったから ヾ、」 0 つまりふたりはマイノリティの魂同士で、共鳴し合ったのだ。 なんとなくモゾモゾとした感情を抱えながら、牧田さんは日々を過ごした。姉とい ると心地よかったが、皆がからかうような感情を、姉に対して持っことは出来なかっ そしてある日、牧田さんは自分のセクシュアリティを知ることになったのだ。 あの雑誌で。 驚くなかれ。僕と向井さんが音楽室に隠したあの雑誌を見て、牧田さんは自分のセ クシュアリティに目覚めたのである。 図らずも僕は、間接的に、姉の恋を終わらせてしまったのだー 牧田さんがあの雑誌をどうして見つけることになったのかは、牧田さん自身が教え てくれた。 「あの雑誌、歩君が持ってきたんでしよお ?

2. サラバ! 上

と笑われ、悪いときには、 「牧田さんの弟だ。お兄さん元気 ? 」 そうからかわれるのだ。 自分の姉の恋を、こんなに狭い世界で目撃するのは苦痛だったし、時々牧田さんが 僕を見つけて、家族のように親しげに笑いかけてくるのも、気持ちが悪かった。 ク僕から見ても、牧田さんはいい男だった。すらっと背が高くて、肌は滑らかで、 マつもこざっぱりとした服を着ていた。なんていうか、「貴族」って感しだった。僕に は、牧田さんが姉のような人間と一緒にいたがる理由が全く分からなかった。母の選 イぶ綺麗な服を着ていても、姉はやはり「ご神木」といった感しだったし、姉のクラス カ にも、他のクラスにも、姉より可愛い女の子はたくさんいた。姉はどこにいても、正 直「一番可愛くない部類」に属する女の子だった。そんな姉が、牧田さんと、雛鳥み プ ジこ、にいつもくつついているのだ。 僕は、恋愛の不思議を思わすにいられなかった。 一一牧田さんといるときの姉は、よく笑い、熱心に話し、家にいるときとは全然違った。 姉も、圷家の「不穏」には、もちろん気づいていた。 母はもはや、僕らの前でも憚らす泣くようになった。母の隣にはいつもゼイナプが

3. サラバ! 上

残念ながら、僕らは、成長していたのだ。 僕と向井さんは、お互い手紙を書こうと約束して別れた。しかしその約束も、反古 こよっこ。 原因は、牧田さんだった。 姉は、相変わらす牧田さんとくつついていた。だが、今まで彼らの間に漂っていた ク「世界はふたりだけのもの」感は去り、代わって老齢の夫婦にあるような乾いた空気、 、レぶしつけ マ不躾な雰囲気が支配するようになっていた。 特に変化したのは、牧田さんだった。 イ元々、とてもノーブルでフ = ミニンな雰囲気があったが、それに拍車がかカった カ というより、過剰になった。例えば姉と一緒にいるとき、牧田さんはよく笑ったが、 笑うときにロに手を当て、体をくねらせるようになった。校内で僕に会ったときも、 プ ジ ロ角をあげて優雅に笑うのは変わらなかったが、僕に積極的に話しかけるようになっ 工 た。こんな風に。 章 一一「歩君、元気なのお ? つまり、そういうことだった。 牧田さんは、僕とヤコブのような精神的ホモセクシ = アルではなく、真性のホモセ

4. サラバ! 上

280 僕とヤコプが蜜月を重ねていくように、姉と牧田さんも、その頃には学校中の噂に なるほど、仲の良いふたりになっていた。 牧田さんは、僕らと同しバス停を使っていた。姉と牧田さんはバス停で会うと、当 然のようにふたりで並び、バスに乗り込んだ後は、隣同士で座った。そしていつまで も話し続けていた。 同じクラスで授業を受けているというのに、休み時間も、いつもふたりでいた。お 互いがトイレに行くときは、トイレの前で待ち、帰りのスクールバスでも、隣りあっ かげ て座った。バス停で降りた後は、ほとんど日が翳ってくるまでふたりで話し込み、と きには家の電話を使っても話し続けた。あまりの濃厚さに、大人びた生徒たちでも、 さすがにふたりをからかわすにはおれなかった。 姉は幸せだっただろう。だが僕にとっては迷惑な話だった。廊下で誰かに会うと、 「あ、圷さんの弟だ。」 うわさ

5. サラバ! 上

おそらく、僕の家のリビングだったと思う。姉がどうしてその場にいなかったのか は、覚えていない。台所にジュースを入れに行っていたのか、自分の部屋に何かを取 りに行っていたのか、とにかく僕と牧田さんは、ふたりきりだった。 驚き、黙りこんだ僕に、牧田さんは優しかった。 「違う違う、責めてるんじゃないよ ? あの雑誌、僕が読んだあと、きちんと隠さな ク かったから、先生にバレちゃったんだよね。それを謝りたくって。」 レ マ どうしてあの雑誌のことを知ったのか、とか、そういうことを訊いたのだと思う。 ザ でも僕は、それを聞く頃にはもう、分かっていた。 ロ 「向井さんが、教えてくれたのー。」 イ カ 僕は向井さんに、一度も手紙を書かなかった。僕と向井さんとの友情は終わったの だ。そしてそれは同時に、姉と牧田さんとの恋の終わりでもあ 0 た。 ジ 向井さんのことをきつばり忘れ、僕はますます、ヤコプに没頭した。ヤコブの家で 工 かつぼ 家族のように過ごし、ヤコブと手を繋いで街を闊歩した。 一一圷家の 3 人は、それそれに暗い時期を過ごしていた。僧侶のような父と、その父を 許さない母、初めての恋に破れた姉。僕は 3 人を、避けて過ごした。ヤコブと離れる 駟と、僕は「サラバ」の結界を張った。圷家の静けさに、からめとられてしまわないよ

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244 何より姉には、牧田さんがいた。姉の恋は、のちのち悲しい結果を迎えることにな るのだが、姉にとって牧田さんは、姉を初めて人間として認めてくれた人であり、カ イロは、その牧田さんに出会ったロマンチックな土地なのだった。 日本に帰ることが出来ないことを、一番悲しんでいたのは、僕だ。 カイロ生活は楽しかった。楽しすぎると言っても良かった。でも、僕にとってやは り日本はれつきとした故郷だったし、楽しい思い出のある土地だった。 日本に帰ることが出来ない代わり、僕の望郷の念を満たしてくれるのは、夏枝おば さんや祖母が送ってくれる荷物だった。特に夏枝おばさんは、母や父にというより、 明らかに僕と姉に宛てて荷物を選んでくれていた。大量のお菓子、日本で流行ってい るアニメのビデオや、僕が愛読している漫画の最新刊、などだ。 時々、気まぐれに好美おばさんからも荷物が届いた。好美おばさんの荷物は、夏枝 おばさんとは対照的に、ほとんど母や父向けの荷物だった。母はいちいちお礼の手紙 を書くようなタイ。フではなかったが、ハンハリ リやザマレク地区の店で買ったエジ 。フトらしい珍しい民芸品や絨毯、大きな絵などを、気まぐれに送ったりしていた。 ある日、好美おばさんから送られてきた荷物の中に、別包装の荷物が入っていた。 電気屋さんの紙袋に入っていて、ガムテー。フで頑丈に止めてある。紙袋には好美おば

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210 「そうなん ? 」 そんな風に言っているのを見ると、虫唾が走った。 姉も、さすがに僕に見られるのは恥すかしいのか、視線の端に僕の姿を捕えると、 口をつぐんだ。だが、いっしかそれにも慣れ、学校では関西弁、家では標準語という、 およそあり得ないスタイルを手にした。 そして、当然といえば当然の結果ではあったが、姉は牧田さんに恋をしたようだっ た。もちろん、姉が僕に直接そう言ったのではなかった。だが姉が、おかしな服を着 ることをやめたのが、その証拠だった。姉は自分を自然に認めてくれるひとりの男の 子と出会ったことで、これまでのポリシーをあっさり捨ててしまったのだ。 その変化を、母はもちろん喜んだ。 姉が、どこで見つけてきたのか分からないポロポロの作業着や、父のワイシャツを ちぎったものではなく、母が選んだ服を着るようになったのだから。母は張り切った。 頻繁に買い物に出かけ、真っ白い麻の。フラウスや、赤いタフタのスカートなどを見つ けてきた。 変化があったとはいえ、姉と母の関係が劇的に良くなることはなかった。姉は相変 わらす母には素っ気無かったし、夕食もぼつぼっとしか食べなかったが、姉が母の購 むしす

8. サラバ! 上

という生き物なのではなく、「教師になった人」なのだと知ることになった。だから なのか、先生たちは皆、僕たち生徒を大人扱いしてくれた。さんづけで呼ぶやり方が そうだったし、授業の進め方や学校生活に関して、あらゆることを僕たちに相談して くれた。 大人に真剣に相談されたら、子供は大抵嬉しい。そしてその信頼に応えようとして、 ク必死で自分の頭で考え始める。だから日本人学校に 1 年もいれば、大抵の子供たちは、 マ大人びてゆくのだった。 まきた 姉の服を、全く大人のやり方で褒めてくれた男の子、牧田さんは、だから特別な生 イ徒ではなかった。姉のクラスメイトは、姉を「ご神木」などと言ってからかうことは カ なかったし、姉の少しおかしな標準語を揶揄することもなかった。 姉は、自分があまりに速やかに受け入れられたことに、初め戸惑っていたが、それ プ ジ をきちんと喜べるくらいには、大人になっていた。もちろん、相変わらす、マイノリ 工 ティでいたい願望を持ち続けていた姉ではあったから、クラスメイトが皆標準語を話 二すことが分かると、自分は関西弁を話すようになった。 時々廊下で見かけた姉が、 「知らんがな。」

9. サラバ! 上

のだ。 幸い、終日の外出禁止令は数日で解け、一日数時間の禁止令になり、やがて夜間だ けの外出禁止令になった。だが、エジ。フトで暮らしていて一番恐ろしかった時期に、 父が家にいなかったことで、母は父への不信を決定的なものにした。父からは何度も 電話があったが、その度母が、これ以上ない辛辣な言葉を浴びせていた。当然、僕た クちには決して代わってくれなかった。 マ 一日のうち、数時間だけ外出禁止令が解かれるときも、母は、僕たちの外出を許さ なかった。僕はヤコ。フに会いたくてたまらなかった。家の中の空気は、決定的に悪く イなっていた。姉は部屋でずっと牧田さんと電話をしていたし、母はあらゆる場所で、 カ すっと泣いていた。僕は息が詰まりそうだった。せめて外の空気を吸いたくて、毎日 べランダに出た。 プ ジ ある日、いつものようにべランダから外を見ていると、人影が見えた。 工 ヤコプだった。 一一ヤコプは外出禁止令の合間を縫って、僕に会いに来てくれたのだー 僕はほとんど、ロミオに恋をしているジリエットの気分だった。ヤコプは僕に手 を振り、僕もヤコ。フに手を振り返した。それだけだった。でも、僕は毎日、ヤコプが しんらっ