T H E S E C 0 N D M A C H ー N E A G E えた人の介護などがこれに該当する。 ・「オーガニック」表示などと同じような具合に「メイド・、ハイ・ヒューマン」表示を行 う。また、カーポンオフセットを励行する企業を表彰するように、人間の雇用に積極的 な企業を表彰する。消費者が人間の労働者の雇用増を本気で望んでいるなら、こうした 表示や表彰にはきっと効果があるはずだ。 ・衣食住など必需品についてバウチャー ( 無料引換券 ) を配り、極度の貧困を撲滅する。た だし、それ以上の所得を獲得することについては市場に委ねる。 ・大恐慌当時の失業対策として行われた市民保全部隊 ( 若年労働者がキャンプ生活を送りながら国有 林の保全、自然保護区の整備、河川の浄化などに従事した ) に倣い、政府が環境浄化、インフラ建設 などの公共事業を企画し、雇用を増やす。また、福祉給付に労働を義務づける「ワーク フェア」を強化する。 これらのアイデアには、有望な点もあるが問題点もある。繰り返しになるが、大切なのは自 由な発想である。ほかにももっとよいアイデアがきっとあるはずだ。 とはいえ、議論しているだけでは埒が明かない。おそらくいちばんいいのは、政策実験を行 い、アイデアを組織的にテストして成功と失敗から学ぶことだろう。セカンド・ マシン・エイ ジの経済学を考えるヒントは、いろいろなところに転がっており、多くの教訓を学ぶことがで 390
第 13 章 政策提言 またブルッキングス研究所が行った調査によると、いまや教育水準の高い移民の流入数がそう でない移民を上回るという。二〇一〇年には移民の三〇 % は大学を出ており、高校卒業と同等 の資格を持たない移民は二八 % にとどまった。 アメリカでは、ハイテク関連分野を中心に、移民による起業がきわめて活発である。近年の アメリカの人口に占める外国生まれの比率は一三 % 以下だが、ワドワ、サクセニアンらの調査 によれば、一九九五—二〇〇五年に設立されたエンジニアリング・テクノロジー系企業では、 共同創立者の一人以上が移民というケースが二五 % を突破した。これらの企業の二〇〇五年の 売上高は合計で五一一〇億ドルを上回り、雇用数は四五万人に達する。移民政策改革を訴える民 ・ニュー・アメリカン・エコノミーによれば、一九九〇—二 間団体パートナーシップ・フォー 〇〇五年に最も成長率の高かった企業の二五 % は、移民が創業者だという。経済学者のマイケ ル・クレマーが、いまや古典となった論文で指摘したとおり、移民技術者の数が増えた結果、 国内技術者の賃金は下がるどころか上がっている。移民の参入によって、その業界や商圏全体 に創造性や活気がもたらされるからだ。互いに補い合うスキルを持った技術者が大勢いるシリ コンバレーで腕のいいエンジニアの給料が他地域より高めになるのは、この理屈による。 移民はこうした重要な役割を果たしており、アメリカの手続きや政策が邪魔をしているにも かかわらず、アメリカ経済に多大な恩恵をもたらしている。アメリカへの移民手続きは非常に 時間がかかり、面倒かっ非効率で、ひどく官僚的だとよく言われる。ブルッキングス研究所の 355
第 13 章 政策提言 ではない。トーマス・エジソン、ヘンリー・フォード、ビル・ゲイツといった気宇壮大な起業 家たちは、農業部門で失われた大量の雇用を補ってあまりある新産業を出現させた。経済が転 換期にあるいまも、起業によって多くの雇用機会を創出できるはずだ。 あの偉大なヨーゼフ・シュンペーターが二〇世紀半ばに代表作『経済発展の理論』 ( 邦訳岩波 文庫刊 ) を発表して以来、経済学の教科書は起業家精神を重んじてきた。同書の中でシュンペ ーターは資本主義と革新 ( イノベーション ) の本質を論じ、イノベーションを「単なる技術的発 明にとどまらず、技術的あるいは組織的革新性を市場が受け入れること」と定義した。すぐれ て今日的な定義である。しかもシュンペーターは、革新とは本質的に組み替えのプロセスだと 考えており、革新は「新しい組み合わせから生まれる」と述べている。私たちもまったく同意 見だ。 シュンペーターはまた、先行企業を押しのけようとする新しい会社のほうが、既存企業より イノベーションを生む可能性が高いと主張する。「一般に新しい組み合わせは、 : : : 古い業界 に属す企業ではなく、その周辺で事業を興す新しい企業が実現する : : : 鉄道を作るのは、駅馬 * 貶 車の所有者ではない」。このように、起業はイノベーションの原動力にも、雇用創出の源泉に もなる。じつのところアメリカでは、起業は雇用創出の唯一の源泉と言ってよい。カウフマン 財団のテイム・ケーンは、国勢調査局のデータを使って全米企業をスタートアップと存続企業 ( 一年以上存続した企業 ) に分けて分析した結果を二〇一〇年に発表した。それによると、一九七
THE SECOND MACHINE AGE て進まないことはよく承知している。最大の理由は、いったん握った権力を規制当局が手放そ うとしないことだ。そのうえ規制で保護される企業や業界は、執拗なロビー活動を展開して特 権的地位を守ろうとする。しかもアメリカの場合、連邦、州、地方自治体でそれぞれ異なる規 制を設けていることが多く、包括的な改革がきわめてむずかしい。アメリカ憲法には、商取引 に関する権限の大半は州に帰属すると定められているため、起業家は当分の間、丿 州ごとに対応 を迫られることになろう。それでも、規制の重荷を減らし、起業にとって好ましい事業環境を 整える努力を諦めるべきではない。 なにもアメリカ全土がシリコンバレーのようにならなくてもよいが、起業環境を整え起業家 を支援・育成するために、政府、企業、個人にできることはもっとあるはずだ。その魅力的な 例として、ここではスタートアップ・アメリカ・ ートナーシップを挙げておこう。このパ トナーシップは、雇用創出の観点からオバマ政権がスタートアップ企業への官民支援を提唱し たことを受けて、 0 *-a の共同創立者スティーブ・ケースとカウフマン財団の共同出資により 発足した。初代理事にはアメリカで最も成功した起業家たちが名を連ねる。スタートアップと 協賛企業 ( フォーチン五〇〇級の大手企業スポンサー ) との「お見合い」の場を全米一一三地域で設定 し、マ 1 ケティング、製造、流通面で支援していくという。
第 13 章 政策提言 3 求人と求職のマッチングを強化する コム (Monste 「 . com ) や、大学生と企業のマッ 世界最大の就職情報サイトであるモンスター ) 、世界最大級のビジネス特化型ソーシ チングを図るアフターカレッジ・コム (Afte 「 college ・ com ャルネットワーキング・サービスのリンクドイン ( Linked1n ) などが登場して、求人側と求職 側のマッチングは従来と比べずいぶん容易になった。それでも新卒者の大半は、いまだに友人 知人のクチコミや教授からの推薦に頼って職探しをしている。求人側と求職側の摩擦やすれ違 いを減らし、就職活動に伴う不必要な苦労の負担を減らすためにも、よりよいマッチング方法 を見つけなければならない。 リンクドインの手がける求人マッチング・サービスでは、企業の求人条件の詳細内容をリア ルタイムでデータベース化し、求職者が受けた専門教育や保有資格と照合できるようにした。 履歴書の言葉遣いを変えるだけで、うまく条件に合致するケースも少なくない。こうした工夫 により、求職者には最適な就職先を、求人側には最適な人材を紹介することをめざす。 ーバルレベルで整備されたら、 求人側と求職側を結びつけるデータベースが地域、国、グロ 双方に満足な結果が得られるにちがいない。とかく企業は一握りの有名大学卒業生を獲得する ことに躍起になり、もっと適性があって能力も見劣りしない他の大勢の候補者に気づかない傾 347
T H E S E C O N D M A C H I N E A G E はもともと低かったため、この変化によって賃金格差はますます拡大することになった。 スキル偏重型技術変化と組織変革 スキル偏重型へと変化する過程で重要な役割を果たすのは、単なる機械の導人よりも、企業 文化や組織構造の幅広い変革や再設計である。エリック、スタンフォードのテイム・ブレスナ ハン、ウォートンスクールのロリン・ヒット、—のシンキュウ・ヤンによる共同研究から、 企業がデジタル技術を活用して、意思決定、報奨制度、情報フロー、採用システムなど経営や 組織の重要部分を改革していることがわかった。技術と密接に結びついた組織変革は、生産性 を大幅に向上させると同時に、高スキル労働者の需要を押し上げ、低スキル労働者の需要を押 し下げる方向に作用する。その影響は、コンビュータを使う仕事にとどまらず、一見するとテ クノロジーとは無縁の職業にもおよぶ。たとえばア。ハレル企業がデジタル技術を導人して、最 新のトレンドに即応できる多品種少ロット生産方式を確立した場合には、トレンドを巧みに取 り人れられる器用なタイプのデザイナーの需要が高まるだろう。一方、空港のチケット販売窓 ロの係員は、存在すら知らなかったインターネットのウェブサイトに駆逐される羽目になる。 さきほどの研究では、投資一ドルにつき、補完的な投資 ( 組織資本、教育・研修、雇用、業務プ ロセスの再設計など ) 一〇ドルが誘発されることもわかった。この過程で注文人力など多くの定型 作業が自動化され、判断やスキルや訓練を要する高度な仕事だけが残る。
T H E S E C O N D M A C H I N E A G E 私たちは、研究の成果と結論をあちこちでいろいろな人に話してきた。相手は企業経営者か らラジオ番組の聴取者にいたるまでじつにさまざまだが、どの人からもまずまちがいなく「う ちには子供がいるのだが、あなた方の言う将来に備えて何かしてやれることはあるだろうか」 と質問されたものである。その子供は幼稚園児の場合もあれば大学生のこともあるが、親が発 する質問は同じだった。いや、セカンド・マシン・エイジの職業について心配しているのは親 だけではない。学生自身も、彼らを雇う企業も、教育者も、政策担当者も、それ以外の大勢の 人も、機械が進化し続けてもなお人間がひけをとらないスキルは何だろうかと頭を悩ませてい る。 近年の経緯を見る限り、この質問に答えるのはむずかしい。二〇〇四年に書かれたフラン ク・レビーとリチャード・ マーネインの共著『新しい分業』は、この問題に関して現時点で最 もすぐれた研究だが、同書では人間が機械を上回る領域としてパタ 1 ン認識と複雑なコミュニ ケーションが挙げられていた。だがこれまで見てきたとおり、もはや必ずしも人間が上とは言 えなくなっている。では技術の進歩に伴い、あらゆる分野とは言わないまでも、ほとんどの分
T H E S E C 0 N D M A C H I N E A G E どの形で社会全体におよぶのであって、雇用契約の当事者である雇用主と被雇用者にとどまる ものではない。雇用の恩恵が大きく、失業が外部不経済をもたらすとなれば、雇用に報いるべ きであって、雇用に税金をかけるべきではない。 だが、これを実行するのはそう簡単ではない。アメリカ政府は現に労働に税金をかけている が、これは労働を減らしたいからではなく、なんとかして歳入を確保しなければならないから だ。所得税と給与税はそのための手段として長らく愛用されてきた。所得税が初めて導人され たのは南北戦争の最中であり、一九一三年には合衆国憲法修正第一六条により恒久化された。 二〇一〇年の時点では、連邦政府の歳人は八〇 % 以上を個人所得税と給与税に依存している。 給与税は二種類に分けられる。第一は、雇用主が従業員の給与から差し引いて収める税金であ る。第二は、従業員一人につき雇用主に課される税金である。健康保険や社会保障や失業保険 に充当される給与税は、一九五〇年代初めには連邦税収の一〇 % 程度だったが、今日では四 〇 % 近くになり、個人所得税に匹敵する水準に達している。 所得税には就労や雇用を減らす意図はないにしても、現実にはやはりその効果を持つ。給与 税もそうだ。しかも制度設計上、低—中所得層のほうが大きな影響を受ける。企業は人を雇う 必要が発生したとき、国内でのフルタイム雇用を避け、アウトソーシングあるいはパートタイ ム労働者を選択するだろう。そのうえデジタル技術が着々と新たなスキルを獲得していけば、 企業にはもう一つの選択肢が生まれる。人間に代わってデジタル労働者を使うことだ。人間の 380
T H E S E C 0 N D M A C H I N E A G E そしていま挙げたことは、社会が円滑に機能するために非常に重要である。システムとしての 資本主義は完璧とは言えないにしても、他の制度よりはずっとましだ。かってウインストン・ チャーチルは、「民主主義は最悪の政治体制である。これまで試されてきた他のあらゆる政治 * 2 制度を除いては、の話だが」と言った。同じことが資本主義にも当てはまる、と私たちは信じ ている。 資本主義経済において、この先最も変化する可能性が高く、かつ重大な問題となりそうな要 素が一つある。大方の人は労働を提供し、その対価で消費していることだ。つまり大半の人は 労働者であって、資本家ではない。だが私たちのアンドロイド思考実験が正しいとすれば、長 きにわたって続いてきた労働とお金の交換は成り立たなくなる可能性がある。デジタル労働者 の能力が向上し、広い範囲で普及すれば、企業は人間の労働者に従来通りの賃金を払おうとし なくなるだろう。それがいやなら、失業するほかない。曼性的な失業は経済にとってまったく 好ましくない。失業した人間は需要を生まないので、成長は鈍化する。需要不足は賃金水準を 押し下げ、失業率を押し上げ、人的資本と生産設備への投資を減らす。こうなったら経済は悪 循環に陥りかねない。 べーシック・インカムを復活させるべきか ? 多くの経済学者が、資本主義のこうした破綻はあり得ると懸念している。そしてその多くが 370
THE SECOND MACHINE AGE 七、二〇〇五年の期間中、七年を除き、存続企業の雇用は差し引きで減っている。それも、平 均して毎年約一〇〇万の雇用が失われているという。対照的にスタートアップでは、年平均三 〇〇万の純増を記録している。 ジョン・ ハルテイワンガー、ヘンリー・ ハイアットらが引き続いて行った調査では、若い企 業のほうがはるかにハイベースで雇用を創出していることが確かめられた ただし賃金は低 いが。またこの調査では、スタートアップでは転職がきわめて多いこともわかった。これは好 ましくない現象のように聞こえるが、必ずしもそうではない。よりよいチャンスを求めて労働 者が水平移動するのは、健全な経済においては当然のことだ。むしろ景気後退期になると、誰 しも現在の職を失うまいとして転職は大幅に減る。調査では、大不況中および不況後の転職件 数では若い企業が高い比率を占め、苦しい時期の労働者にとって頼みの綱となっていることが うかがえる。 アメリカの起業環境はいまなお世界の羨望の的であるが、現実には以前ほど起業しやすいと ート・フェアリーがカ は言えなくなっており、懸念すべき兆候が認められる。経済学者のロヾ ウフマン財団の支援を受けて行った調査では、新規起業のペースは一九九六—二〇一一年に加 速したものの、その大半が創業者一人の会社だったことが判明した。大不況中にはこのタイプ の起業が増えており、解雇されてやむなく起業した例が少なからずあると推測される。同時期 に、二人以上を雇うスタートアップの数は二〇 % 以上減っていることもわかった。