T H E S E C 0 N D M A C H I N E A G E ーアの法則が働いて未来のバクスターのコストが一時間二ドルさらには一ドルに下がり、こな せる仕事も増え、かつ手際もよくなるようなら、労働者の賃金は悲惨なことになるだろう。だ が、経済学の理論からすれば、労働者の賃金が上がる可能性も十分にある。とくに、ロポット の作業を人間が補ってやる必要がある場合には、その仕事をする労働者の需要は高まるだろう。 加えて技術の進歩によって労働生産性が向上すれば、雇用主には賃金を引き上げる余地が生ま れるはずだ。その分は賃金や福利厚生に直接反映されることもあるだろうし、モノやサービス の値段が下がって結果的に実質賃金が上がることもあるだろう。このように、生産性が向上し 労働者一人当たりのアウトブットが増えても、労働者の所得は増える場合と減る場合がある。 いずれにせよ、残りは資本家の懐に人る。 改めて言うまでもなく、多くの国が技術革新を通じて労働を資本財で置き換えてきた。たと えば一九世紀半ばには、農業労働力人口のまるまる三〇 % が自動脱穀機に置き換えられている。 カール・マルクスやデービッド・リカードをはじめとする一九世紀の経済学者は、機械化によ って労働者の生活は苦しくなり、最終的には最低生活賃金しか得られなくなるだろうと予想し * 引 た。たしかに二〇世紀を通じて、工業化はすさまじいペースで進行している。 では機械化とともに、資本家と労働者の利益の取り合いはどうなったのだろうか。歴史を振 り返ると、生産技術が大幅に変化したにもかかわらず、合計に占める労働者の取り分は 意外なほど安定していたーー・すくなくとも、ごく最近までは。その結果、賃金と生活水準は、 ち 2
T H E S E C O N D M A C H I N E A G E 策の改革である。要は、外国生まれの労働者や市民の合法的な受入数をもっと増やすことだ。 寛容な移民政策は経済学の教科書でも推奨されている。多くの経済学者が、そうした政策は移 民自身に恩恵をもたらすだけでなく、受入国の経済にも好影響を与えると強調する。 なるほど中には、受人国の一部の労働者、とくに低スキル労働者は移民と競合するため賃金 が下がると指摘する研究もある。しかし、異なる結論に達した研究もある。たとえば経済学者 のデービッド・カードは、一九八〇年に発生したマリエル事件 ( フィデル・カストロがマリエル港を開 放して出国を容認したところ、一二万人以上のキ = ーパ人がマイアミに渡った ) がマイアミの労働市場に与えた 影響を調べた。この事件でマイアミの労働人口は一年足らずで一気に七 % 増えたにもかかわら ず、「低スキル労働者の賃金にも失業率にもほとんど影響はなかった。事件以前にアメリカに 定住していたキューバ移民の労働者への影響も認められなかった」という。 ロシアおよび旧ソ連からイスラエルへの大量移民について調査した経済学者のレイチェル・ フリートベルクも、ほぼ同じ結論に達している。一九九〇—九四年に同国の人口は一二 % も増 えたのだが、イスラエルの労働者にさしたる影響はなかった。 同様の結論に達した研究がほかにもあるにもかかわらず、アメリカでは「移民に雇用を奪わ れる」という見方が根強い。とくにメキシコなど中南米から多くは不法人国する低スキル労働 者のせいで、国内の労働者は経済的打撃を被ると考えられている。しかし二〇〇七年以降の不 法移民の純増はほぼゼロと推定されており、むしろ流出が流入を上回っている可能性もある。 354
T H E S E C O N D M A C H I N E A G E 以降、中国自体の製造業の雇用も減っているからだ。しかも偶然にも二五 % 減っている。絶対 数で言えば三〇〇〇万人だ。生産高は七〇 % も増えているのに、である。だから、中国の労働 者がアメリカの労働者を駆逐しているわけではない。アメリカの労働者が減ったのも、中国の 労働者が減ったのも、原因は自動化にある。その結果どちらの国でも、より少ない労働者でよ り多くを生産するようになっている。 長期的に見れば、自動化の影響を最も強く受けるのは、おそらくアメリカなど先進国の労働 者ではなく、現時点で安価な労働力を強みにしている発展途上国だろう。ロポットを導入する などして自動化を推進し、方程式から労働コストの大半を取り除くことができれば、安い人件 費という競争優位はあらかた消えてしまう。この動きはすでに始まっている。フォックスコン 9 の創業者テリー ・ゴウは、人間に代えて数十万台のロポットを導入した。しかも今後数年にわ たり、ロポットをもっと増やすつもりらしい。ゴウが最初にロポットを導人したのは中国と台 湾の工場だが、業界全体に自動化が浸透すれば、人件費の安い国に生産拠点を置く意味はあま りなくなる。それでもサプライヤーが密集して部品の調達がしやすいなど、ロジスティックス 上の利点は活かせるかもしれない。しかしいずれは輸送時間の一段の短縮によってそうした利 点も打ち消され、顧客、技術者、教育水準の高い労働者に近い立地、さらには法の支配が整備 された立地が有利になると考えられる。となれば、製造業がアメリカに回帰することも大いに あり得るだろう。現にロッド・ブルックスなど多くの起業家がそう考えている。 * 四
第 9 章 セカンド・マシン・エイジの格差 ・図 9.2 アメリカ人男性労働者 ( フルタイム、通年雇用 ) の賃金の推移 大学院卒 4 大学卒 0 0 卒 大学人学者数は一九六〇—八〇年に七五万八 退 大卒中 期校校司〇〇〇人から一五八万九〇〇〇人へ、倍増し * 四 ているのである。つまり高学歴労働者の供給 は大幅に増えた。通常であれば、供給の拡大 は価格の下落を招く。だから大学・大学院卒 業者の供給が増えたら、賃金水準は相対的に オそうはならな 下がっておかしくない。どが、 かった。 供給が増えたのに賃金が上がったとなれば、 説明は一つしかない。高スキル労働者の需要 が供給を上回るべースで拡大した、というこ とである。同時に、高校中退者でもこなせる ような仕事の求人は急減し、突如としてこの 種の労働者は、絶対数が減っているにもかか わらず供給過剰になった。高度なスキルを持 たない労働者に対する需要の激減は、賃金の 低下に直結する。低スキル労働者の賃金水準 0 職種調整後の実質週給 0 0 0 1963 1973 1968 1998 2003 1993 1988 1983 1978
第 9 章 セカンド・マシン・エイジの格差 中国の工場に三万台のロポットを導入した。このとき彼は、労働者を資本財で置き換えたと言 える。音声自動応答システムの導人により人間のコールセンター・オペレーターが不要になっ た場合にも、労働者は資本財に駆逐されたことになる。起業家や経営者は、インブットの相対 コストを天秤にかけるとともに、品質や信頼などアウトブットへの影響を勘案したうえで、 この種の決断をひんばんに下している。 ・ブルックスによれば、第 2 章で取り上げた愛すべきヒ ロポット工学の権威であるロドニ 1 ノクスターのコストは、すべて込みで一時間約四ドルだという。と ューマノイド型ロポット、ヾ なれば、工場経営者がバクスタ 1 でこなせる仕事に人間を雇っていて、その人間に一時間四ド ル以上を払っていた場合には、この労働者を資本財 ( バクスター ) に置き換える経済的誘因が存 在する。この場合、バクスターに置き換えてもアウトブットが同じであって、製造、管理、営 業などに新たな雇用を必要としないのであれば、インブットにおける資本労働比率 ( 資本ストッ クを労働者数で除した比率 ) すなわち資本集約度は高まる。 、ハクスターが導入されてから人間の労働者の賃金が上がるか下がるかは、ケースパイケース だ。ロポットに置き換えられる仕事に従事していた労働者の賃金には下押し圧力がかかる。ム ※経済全体における資本労働比率への影響は、他産業・他企業の反応次第である。ロポット製造・導人企業のアウトブット は増えると考えられ、これらの企業の資本集約度に応じて経済全体の資本集約度の動向が決まる。くわしくは第章で扱 231
第 9 章 セカンド・マシン・エイジの格差 一般に、多額の投資を行った企業ほど大規模な組織変革を実行している。しかしその効 果が最大限に現れるまでには、通常五年から七年を要する。高スキル労働者の需要を押し上げ るのは、こうした企業だ。投資効果が表れるまでにタイムラグがあるのは、システムの使い方 に習熟するまでに時間を要するからである。動力源としての電気の導人と工場レイアウトの項 で論じたように、単にシステムを導人しただけでは生産性は上がらない。新技術を活かすため 投資には、創造性と組織変革・再設計 に組織や経営のあり方を見直すことが必要になる。 が欠かせないのである。 このように、新技術を活用する最善の方法は、文字通り人間を機械で置き換えることではな く、組織やプロセスを見直し、再編し、再設計することにある。そうは言っても、不要になる 労働者 ( 多くは低スキル労働者 ) と求められる労働者 ( 多くは高スキル労働者 ) があり、その結果は否 応なく賃金構造に反映されることになる。単純に既存業務を自動化する場合とは異なり、組織 そのものが変わっていく過程では、経営者にも管理職にも労働者にも創造性が求められる。だ から変化が完了するまでに時間がかかるが、いったん完了すればめざましい生産性の伸びを謳 歌することができる。経済における生産性の伸びの大半は、こうした企業が担っているのであ る。 ※ここではまさに、電化と生産性の関係性が再現されたと言える。デジタル技術の場合と同じく、工場の再設計が完了し、 新しい機械を直接は扱わない労働者にまで影響が波及してようやく、生産性はハイベースで伸び始めた。
第 9 章 セカンド・マシン・エイジの格差 第一の勝ち組ーーー高スキル労働者 経済学者が技術の影響を説明するために使う最も基本的なモデルでは、技術を単純乗数とし て扱い、生産性の伸びはすべての人に均等に当てはまると考える。このモデルは、等式で表す ことが可能だ。「技術の進歩という上げ潮は、すべての船を浮かばせる」という見方は、この モデルに基づいている。つまり新しい技術が導入されればあらゆる労働者の生産性が高まるの で、どの労働者の価値も高まるという。この見方は直観的に理解できるし、ごく最近までは当 たっていた。技術が乗数として機能するなら、労働を含むインブットが同じままでも、アウト ブットは増えると期待できる。そしてすべての労働者が等しく技術の影響を受けるなら ( この モデルではそうな。ている ) 、どの労働者も労働時間一単位につきより多くの価値を生み出すはずだ。 もうすこし複雑なモデルでは、技術がすべてのインブットに等しく作用するとは考えず、仕 事によるちがいを考慮する。近年では、給与処理ソフトなどの業務処理ソフト、ファクトリ ・オートメーション、コン。ヒュータ制御による機械・設備、自動在庫管理、文書処理ツール 等々が定型的な作業に幅広く導入され、事務や製造現場などで人間にとって代わっている。こ のようにある種の仕事では人間が駆逐される一方で、ビッグデータの処理・分析、高速コミュ ニケーション、簡便なプロトタイプ制作といった技術はますます重用されるようになった。こ うした技術に必要とされるのはより抽象的な思考やデ 1 タに基づく推論であり、工学的な知識、 創造性、デザインカなどを備えた人材の価値が高まっている。 221
第 14 章 長期的な提言 労働が高くつくようになるほど、雇用主としてはマシンに切り替える誘因が強まる。おまけに 給与税が人間の労働者のコストを一段と押し上げるとなれば、切り替えを急ぎたくもなるだろ う。雇用主が従業員に健康保険を提供しなければならないといった義務にも同様の効果がある。 保険料の負担は税と同じように作用するため、他の条件が等しければ人間よりマシンを選びた くなるだろう。 といっても、社会保障や健康保険をやめろと言いたいのではない。どちらも大切な制度であ り、今後もぜひとも維持してほしい。ここで指摘したいのは、これらのプログラムは、その一 部または全部を労働者に対する税金で賄っているということである。このやり方は、大半の仕 事の担い手として人間に代わるものがなかった頃には適切だったかもしれない。だがいまやそ うではなくなっている。人間の労働者に代わる機械が高性能化するにつれて、税や雇用主の義 務は、人間の雇用にとってますます不利に働くようになる。 従って、負の所得税を通じて補助金を出すだけでなく、労働への直接間接の課税をなくすと ともに、雇用主の負担や義務を減らして、雇用を支援すべきである。とはいえ、経済学を具体 的な政策に応用するのは、毎度のことながら「言うは易く行うは難し」となる。労働に課税し ないとしたら、社会保障や健康保険といった金のかかるプログラムの資金手当をどうすればい いのか。雇用主が提供しないとしたら、誰が健康保険を用意するのか。 これらはきわめて重大な質問であり、私たちは正解を持ち合わせていない。それでも、課税
第 13 章 政策提言 いかに驚異的であっても、デジタル労働者が人間の労働者を完全に駆逐する日はまだまだ先と 考えられるからだ。ロポットとコンピュータは、なるほど強力で有能になった。だが人間の仕 事をいますぐ全部奪いはしない。グーグルの自動運転車は、あらゆる道路、あらゆる交通状況 で走行できるわけではない。早い話が、道路の真ん中に警察官が現れて手動で交通整理をはじ だからといって、自動運転車が走り続けて警察官を跳ね飛ばすわけではな めたら、どうしていいかわからない ( い。完全に停止して、事態の正常化を待っ ) 。ワトソンはじつに優秀であり、その技術はいまでは医療、 金融、カスタマー・サービスなどさまざまな分野に応用されてはいるものの、現時点で一番す ぐれているのは、やはり「ジェパディ ! 」で勝っことだ。 企業は顧客満足度を高め、業績を伸ばすために、いまなお人間の労働者を必要とする ( 長期 的な問題については次章で論じる ) 。たしかに、デジタル技術は研究室から飛び出して現実のビジネス の世界に侵人している。それでも、人間の出納係、苦情受付係、弁護士、運転手、警察官、看 護士、管理職等々はまだたくさん働いている。彼らの仕事が一瞬にして消えてなくなることは あり得ない。二〇一三年一二月の時点で、アメリカの労働力人口は一億四二〇〇万人である。デ ジタル労働者ではなく ( またはデジタル労働者に加えて ) 、これだけの人間が雇われているわけだ。 商用コン。ヒュータの実用化から五〇年、パーソナル・コンビュータの誕生から三〇年、インタ ーネットの導人から二〇年が経ったにもかかわらず、である。今後はデジタル労働者を選ぶ企 業が増えるとしても、それは来年や再来年の話ではないし、すべての職場に当てはまるわけで * 1
T H E S E C 0 N D M A C H I N E A G E 義を奉じるからといって、そうした暴動が起きないという保証は何もないのである。また、ほ とんどの国のほとんどの人について、物質的な生活条件は長い目で見れば向上するという保証 もない。馬たちは経済からお払い箱になる事態を黙って受け人れた。もし馬と同じ運命が人間 を襲ったら、おとなしく受け人れるとは思えない。 労働の役割が小さくなる 経済政策を巡る現在の議論は、雇用と賃金の見通しをいかに明るくするかということが中心 になっている。ロポットと人工知能が人間のあらゆる仕事を習得できる日が来るとしても、そ れはまだだいぶ先なのだから、これは正しい。現状で労働者を助ける最善の方法は、有効なスに キルに習熟する機会を与えることと、経済成長を促すことである。したがって政府は教育改革 と移民政策の改革に取り組み、起業しやすい環境を整え、インフラや基礎研究への投資を増や すべきだ。また賞金、コンテスト、優遇措置などを総動員して、人間の労働者に取って代わる のではなく、人間の労働者を奨励・支援するソリューションの開発を促すことが望まれる。 とはいえ、人間の労働者が未来永劫最も重要な生産要素であり続けると考えるのは楽観的に 過ぎる。レオンチェフが馬の例を挙げて指摘したように、技術の進歩は流れを大きく変える可 能性を孕んでいる。そうなったときには、人間と馬とのちがいが重大な意味を持つようになる。 多くの人が、いや大半の人が労働所得の減少を目の当たりにしたら、資本の所有構造や資本収