第 14 章 長期的な提言 労働が高くつくようになるほど、雇用主としてはマシンに切り替える誘因が強まる。おまけに 給与税が人間の労働者のコストを一段と押し上げるとなれば、切り替えを急ぎたくもなるだろ う。雇用主が従業員に健康保険を提供しなければならないといった義務にも同様の効果がある。 保険料の負担は税と同じように作用するため、他の条件が等しければ人間よりマシンを選びた くなるだろう。 といっても、社会保障や健康保険をやめろと言いたいのではない。どちらも大切な制度であ り、今後もぜひとも維持してほしい。ここで指摘したいのは、これらのプログラムは、その一 部または全部を労働者に対する税金で賄っているということである。このやり方は、大半の仕 事の担い手として人間に代わるものがなかった頃には適切だったかもしれない。だがいまやそ うではなくなっている。人間の労働者に代わる機械が高性能化するにつれて、税や雇用主の義 務は、人間の雇用にとってますます不利に働くようになる。 従って、負の所得税を通じて補助金を出すだけでなく、労働への直接間接の課税をなくすと ともに、雇用主の負担や義務を減らして、雇用を支援すべきである。とはいえ、経済学を具体 的な政策に応用するのは、毎度のことながら「言うは易く行うは難し」となる。労働に課税し ないとしたら、社会保障や健康保険といった金のかかるプログラムの資金手当をどうすればい いのか。雇用主が提供しないとしたら、誰が健康保険を用意するのか。 これらはきわめて重大な質問であり、私たちは正解を持ち合わせていない。それでも、課税
第 14 章 長期的な提言 マンが提唱した負の所得税と比べると、制度としては小粒だ。二〇一二年の時点では、適格の 子供 ( 一九歳未満または二四歳未満の学生などの条件を満たす ) 三人以上の世帯で六〇〇〇ドル足らず、子 供のいない世帯では五〇〇ドルにも届かない。しかも、所得がゼロの人は対象にならない。そ ードのラジ・チェティ、ナサニエル・ヘンドレ ノ うは言っても、それなりの効果はある。 ノ ンとカリフォルニア大学バークレー校のパトリック・クライン、エマニュエル・サ工ズの共同 研究では、勤労所得税額控除が手厚い州では世代間の社会的流動性が高いことがわかった。 勤労所得税額控除の対象を拡大し、負の所得税の全面的な導人に踏み切るべきだと私たちは 考えている。また、制度をよりわかりやすくすべきだ。制度の対象となる納税者の約二〇 % が、 制度の存在自体を知らないか、申請が面倒だという理由から利用していないとみられる。 勤労所得税額控除は、実際には労働者への補助金であり、勤労所得に対するポ 1 ナスにほか ならない。となれば、古い経済学の教えを実践したものと言える。すなわち、減らしたいもの には税金をかけ、増やしたいものには補助金を出す、ということだ。だからタバコや燃費の悪 い車には税金をかけ、ソーラ 1 パーネルの設置には補助金を出す。税金は望ましくない活動 ( タバコを吸う、ガソリンを大量消費する ) の費用を高くするので、そうした活動を抑制できるとの考 えからだ。一方、補助金には正反対の作用が期待できる。そして雇用に関して言えば、私たち は、失業は「市場の失敗ーあるいは外部不経済の一種だという—のトム・コチャンの意見 に賛成だ。裏返せば、雇用の増加の恩恵は、犯罪率の低下、投資の拡大、共同体の絆の強化な 379
T H E S E C O N D M A C H I N E A G E はもともと低かったため、この変化によって賃金格差はますます拡大することになった。 スキル偏重型技術変化と組織変革 スキル偏重型へと変化する過程で重要な役割を果たすのは、単なる機械の導人よりも、企業 文化や組織構造の幅広い変革や再設計である。エリック、スタンフォードのテイム・ブレスナ ハン、ウォートンスクールのロリン・ヒット、—のシンキュウ・ヤンによる共同研究から、 企業がデジタル技術を活用して、意思決定、報奨制度、情報フロー、採用システムなど経営や 組織の重要部分を改革していることがわかった。技術と密接に結びついた組織変革は、生産性 を大幅に向上させると同時に、高スキル労働者の需要を押し上げ、低スキル労働者の需要を押 し下げる方向に作用する。その影響は、コンビュータを使う仕事にとどまらず、一見するとテ クノロジーとは無縁の職業にもおよぶ。たとえばア。ハレル企業がデジタル技術を導人して、最 新のトレンドに即応できる多品種少ロット生産方式を確立した場合には、トレンドを巧みに取 り人れられる器用なタイプのデザイナーの需要が高まるだろう。一方、空港のチケット販売窓 ロの係員は、存在すら知らなかったインターネットのウェブサイトに駆逐される羽目になる。 さきほどの研究では、投資一ドルにつき、補完的な投資 ( 組織資本、教育・研修、雇用、業務プ ロセスの再設計など ) 一〇ドルが誘発されることもわかった。この過程で注文人力など多くの定型 作業が自動化され、判断やスキルや訓練を要する高度な仕事だけが残る。
T H E S E C 0 N D M A C H ー N E A G E を持たない労働者の供給が減れば、その賃金にかかる下押し圧力は多少なりとも和らぐだろう。 その一方で、高スキル労働者の供給が増えれば、人手不足は緩和される。適切な教育環境が整 い創造性が養われるなら、生徒本人はもちろん、社会全体の未来も明るくなると信じる。 とはいえ、新しい教育技術の活用に関しては、現実的にならなければなるまい。現在すでに 利用可能なオンラインの教育リソースから最大のメリットを享受できるのは、まちがいなく、 やる気満々の自学者である。一例を挙げるなら、一二歳で大学の講義を受けている子供がいる。 この年齢の子供が大学の講義にアクセスするなど、従来は考えられなかったことだ。その一方 で、こうしたものにとんと関心を示さない子供もいる。これでは、両者に大きな差がつくこと は目に見えている。従って、オンライン教育を広く浸透させる努力を大人がしなければならな い。教育のデジタル化が自動的に格差縮小につながるわけではない。 起業環境を整備する 私たちは起業を大いに応援している。もちろん、猫も杓子も会社を興すべきだとは考えてい ないが、起業しやすい環境を整えることが雇用創出への最善の道だと信じている。自動化され る仕事が増え、労働需要が乏しくなる現在、新たな雇用や新たな産業を創出しなければならな いことははっきりしている。この要求に応えられるのは前向きな起業家であって、役人や学者
第 11 章 ゆたかさと格差は何をもたらすか ハイムらが二 とがわかった。この調査は経済学者のジェイソン・デバッカー、ブラッドリー 〇一三年に行ったものだが、階層間の入れ替えはほとんどないうえ、世帯所得の格差は同時期 * 9 ・。ハットナムが興味深い調査を行 に拡大しているという。また最近では、社会学者のロバ っている 。パットナムは生まれ故郷であるオハイオ州ポート・クリントン市 ( 人口六〇五〇人 ) の社会的流動性を調べた結果、高卒の両親を持っ子供の経済状況や将来見通しが悪化している ことを突き止めた。かっては安定したブルーカラー雇用が潤沢にあったこの町では、いまやエ 場が閉鎖され雇用が失われてしまった。この町は、スキル偏重型の技術変化が加速すればどん な運命が待ち受けているかを如実に物語っている。 多くのアメリカ人は、まだ自分たちが希望の国に生きていると信じている。立身出世のチャ ンスはいくらでもあるのだ、と。だが現実にはそうではない。エコノミスト誌は「一九世紀の アメリカは、ヨーロッパよりはるかに社会的流動性が高かった。だが今日ではそうは言えなく なった。一世代の社会的流動性、具体的には父親の相対所得と成年の息子の相対所得との相関 性を調べてみると、アメリカは北欧諸国の半分にすぎず、ヨーロッパで最も低いイギリスやイ タリアと同水準となっている」と指摘する。つまり格差は拡大するだけでなく、自己増殖し、 従って恒久的に続く。低 5 中所得層はいつまでたってもそのままであり、何世代にもわたって その階層に止まる。これは、経済にとっても社会にとっても健全なことではない。 そのうえ格差はゆたかさを損なう方向に作用するとなれば、ますます悲惨なことになる。不 * 川
T H E S E C 0 N D M A C H I N E A G E ・・シュナイダー ルディ、ダニエル ヒター・トユファーノは、「三〇日以内に二〇〇〇 ドル用意できますか ? 」というアンケート調査を二〇一一年に実施した。その結果は大いに懸 念すべきものとなった。なにしろ「アメリカ人の二五 % は、それだけの金額を用意できなかっ た。さらに一九 % は、少なくとも一部を調達するのに持ち物を質に入れるか売り払うか、でな ければ消費者金融を利用しなければならなかった : : : 言い換えれば、アメリカ人の半分近くは 財政的に脆弱である : : : 中流と目されるアメリカ人の相当数が : : : 自分の財政状態はかなり危 * 8 ういと認めている」というのだ。 貧困率、医療へのアクセス、フルタイム雇用を望みながら。ハートタイム雇用に甘んじている 人の数といった他のデータからも、テクノロジーがもたらすゆたかさは格差の大幅拡大を打ち 消すには不十分であることがわかる。こうした格差拡大は、今回の大不況だけが原因ではない し、また一時的な現象であるとも思われない。 多くのアメリカ人の所得が横這いか落ち込んでいるというのは、それだけでも気の滅入る事 実だが、そのうえいまや社会的流動性も乏しくなっている。格差の下のほうの層で生まれた子 供が、生きて働いている間に上へ這い上がるチャンスが減っているのである。誰にでも地位向 上のチャンスがあるというアメリカン・ドリームは、前世代までは現実的な夢だった。しかし 近年の調査結果を見ると、そうではなくなったことがわかる。ほんの一例だが、一九八七—二 〇〇九年の納税申告書の調査では、三万五〇〇〇世帯がほぼずっと同じ階層に止まっているこ
T H E S E C 0 N D M A C H I N E A G E どの形で社会全体におよぶのであって、雇用契約の当事者である雇用主と被雇用者にとどまる ものではない。雇用の恩恵が大きく、失業が外部不経済をもたらすとなれば、雇用に報いるべ きであって、雇用に税金をかけるべきではない。 だが、これを実行するのはそう簡単ではない。アメリカ政府は現に労働に税金をかけている が、これは労働を減らしたいからではなく、なんとかして歳入を確保しなければならないから だ。所得税と給与税はそのための手段として長らく愛用されてきた。所得税が初めて導人され たのは南北戦争の最中であり、一九一三年には合衆国憲法修正第一六条により恒久化された。 二〇一〇年の時点では、連邦政府の歳人は八〇 % 以上を個人所得税と給与税に依存している。 給与税は二種類に分けられる。第一は、雇用主が従業員の給与から差し引いて収める税金であ る。第二は、従業員一人につき雇用主に課される税金である。健康保険や社会保障や失業保険 に充当される給与税は、一九五〇年代初めには連邦税収の一〇 % 程度だったが、今日では四 〇 % 近くになり、個人所得税に匹敵する水準に達している。 所得税には就労や雇用を減らす意図はないにしても、現実にはやはりその効果を持つ。給与 税もそうだ。しかも制度設計上、低—中所得層のほうが大きな影響を受ける。企業は人を雇う 必要が発生したとき、国内でのフルタイム雇用を避け、アウトソーシングあるいはパートタイ ム労働者を選択するだろう。そのうえデジタル技術が着々と新たなスキルを獲得していけば、 企業にはもう一つの選択肢が生まれる。人間に代わってデジタル労働者を使うことだ。人間の 380
第 9 章 セカンド・マシン・エイジの格差 は、アセモグルとオーターの研究を援用して、仕事の二極化と「雇用なき景気回復」の関連性 を突き止めた。雇用なき回復とは、直近三回の景気後退期に特徴的な現象である。一九世紀と 二〇世紀の大半を通じて、不況が終われば雇用は力強く持ち直すのがふつうだった。だが一九 九〇年代以降、雇用が急回復を示さなくなっている。ここでもまた、コンピュータ技術の浸透 と不況後の雇用パターンの変化が同時に出現したのは偶然ではない。ジェモビッチとシューが 一九八〇年代、九〇年代、二〇〇〇年代を比較したところ、定型的な非肉体労働 ( 現金出納係、 郵便係、銀行の窓口係など ) と定型的な肉体労働 ( 機械の操作員、セメント作業員、縫製工など ) の需要が減 少傾向にあること、しかも減少ペースが加速していることがわかった。この種の仕事は、一九 八一—九一年に五・六 % 減、一九九一—二〇〇一年に六・六 % 減、二〇〇一—二年に二 % 減となっている。対照的に、非定型的な仕事は、肉体労働であれ、非肉体労働であれ、どの時 期にも増加を記録した。 どうしてこのようなことになるのだろうか。数年前、あるから本音の話を聞いた中か ら、答のヒントが浮かび上がってきた。この o 0 によれば、ここ一〇年ほどの情報技術の進 歩のおかげで定型的な情報処理業務に人間が不要になったことは、だいぶ前からわかっていた という。とはいえ、高業績のときに解雇しようものなら、面倒なことになりかねない。景気が 後退すれば、何か手を打たなければならないことが誰の目にもあきらかになるので、贅肉を削
THE SECOND MACHINE AGE 人間は馬と同じ運命をたどるのか ? テクノロジーが仕事、雇用、賃金におよぼす影響を巡る議論は、工業化が始まったときから 続いている。一九世紀後半にラッダイトと呼ばれるイギリスの繊維産業の労働者たちは、産業 革命初期に考案された自動織機に職を脅かされ、激しい抗議運動を繰り広げた。その後も新た 2 な技術が出現するたびに、大量失業を懸念する動きが起きている。 この議論の一方に陣取るのは、新技術は労働者を駆逐すると考える論者だ。蒸気機関の時代 を生きたカール・マルクスは、プロレタリアートの自動化は資本主義の不可避的な特徴だと述 べた。電気と内燃機関の実用化が始まった一九三〇年には、ジョン・メイナード・ケインズが、 こうした技術革新は物質的な繁栄を導くと同時に、「技術的な失業ーを蔓延させるだろうと予 言した。コンピュータ黎明期の一九六四年には、科学者と社会学者のグループがリンドン・ ジョンソン大統領に公開書簡を送り、サイバネーション革命により「生産能力がほとんど無制 限に拡大する一方で、人間の労働は次第に不要になっている」と警告した。そして最近では、 日大・ 版へ の序文に代え て
第 13 章 政策提言 ではない。トーマス・エジソン、ヘンリー・フォード、ビル・ゲイツといった気宇壮大な起業 家たちは、農業部門で失われた大量の雇用を補ってあまりある新産業を出現させた。経済が転 換期にあるいまも、起業によって多くの雇用機会を創出できるはずだ。 あの偉大なヨーゼフ・シュンペーターが二〇世紀半ばに代表作『経済発展の理論』 ( 邦訳岩波 文庫刊 ) を発表して以来、経済学の教科書は起業家精神を重んじてきた。同書の中でシュンペ ーターは資本主義と革新 ( イノベーション ) の本質を論じ、イノベーションを「単なる技術的発 明にとどまらず、技術的あるいは組織的革新性を市場が受け入れること」と定義した。すぐれ て今日的な定義である。しかもシュンペーターは、革新とは本質的に組み替えのプロセスだと 考えており、革新は「新しい組み合わせから生まれる」と述べている。私たちもまったく同意 見だ。 シュンペーターはまた、先行企業を押しのけようとする新しい会社のほうが、既存企業より イノベーションを生む可能性が高いと主張する。「一般に新しい組み合わせは、 : : : 古い業界 に属す企業ではなく、その周辺で事業を興す新しい企業が実現する : : : 鉄道を作るのは、駅馬 * 貶 車の所有者ではない」。このように、起業はイノベーションの原動力にも、雇用創出の源泉に もなる。じつのところアメリカでは、起業は雇用創出の唯一の源泉と言ってよい。カウフマン 財団のテイム・ケーンは、国勢調査局のデータを使って全米企業をスタートアップと存続企業 ( 一年以上存続した企業 ) に分けて分析した結果を二〇一〇年に発表した。それによると、一九七