秘密口座が明るみに出てしまった。名簿の中にはドイッチェ・ポストのツムヴィンケル総裁の 名前もあり、一大スキャンダルとなった。総裁は辞任に追い込まれた。 ドイツの課税当局がドイツの脱税者を追及したのは当然であるが、さらにドイツ政府はリヒ テンシュタインに圧力をかけて、ドイツの納税者がリヒテンシュタインを利用して租税回避す ることを防止するよう措置を求めた。当然ながらプライベート・ ハンキングにある秘密口座に 関する情報提供がその中心であったであろう。軍事外交の権限をスイスに委ねているような小 国のリヒテンシュタインとヨーロッパ・ナンバー 1 の経済大国ドイツとの交渉である。ドイツ かいかに居丈高であったかは想像に難くない。 リヒテンシュタインの皇太子は、このようなドイツによる圧力に悲鳴を上げて、「大国によ る小国の弱い者いじめだ」と泣かんばかりの抗議をした。新聞によると本当に泣かんばかりで あったらしい。リヒテンシュタインがプライベート・バンキングで栄えるタックス・ヘイプン であることはさきに述べたとおりである。国家の命運がかかっていたわけである。 ドイツ自身の税制やその執行は健全であるとしても、周辺には高額所得者にとって魅力的な 国々がひかえている。たとえば、隣国オーストリアにも銀行秘密保護法がある。これはナチ ス・ドイツの苦い経験の遺産で、憲法上の拘束力が背後にあることから、オーストリアは現在
くも強いプレッシャーになるのである。 図中の太い四角に囲まれているのは、いわば「一番悪い国と地域」である。この図にあるコ スタリカ、フィリピン、ラプアン島、ウルグアイは、当初は「プラックリスト、何するもの ぞ」という態度をとりつづけていた。ところが、いざプラックリストが公表されてみると、自 分たちだけが取り残されて、一番悪い国と地域にされていることに気がついた。どこも飛び上 がって驚き、たちまち恭順の意を表して、国際基準に従うことに合意した。このため、最初の か公表から五日後の四月七日に改訂されたリストでは、この部分は空白になった。 一番悪い国・地域の欄が空白になったことは、結果的にはまずかったように筆者には思われ A 」 ン る。「これからはい、 し子にしていますーと口約束さえすれば見逃してもらえるという観測が、 プ タックス・ヘイプンの間で流れはじめたからである。しかも、プラックリスト公表後は幻首 へ 畄会義も興味を失ってしまったようである。タックス・ヘイプンの専門家諸氏の間では、この ス月一三ロ ップラックリストの実効性については懐疑的な論調が多い。その一方で、締結された情報交換協 タ 定の数だけは着実に増えている。 章 第
第 1 章タックス・ヘイプンとは何か では、②と③の基準だけが重視されており、①と④の基準はほとんど無視されている。 ここで重要なのは、タックス・ヘイプンといえば無税国ないし軽課税国であるという理解が 一般的であるのにもかかわらず、①のような租税負担に関係する基準が除かれたことである。 つまり、 OC-@OQ 租税委員会は、タックス・ヘイプンの真の問題は、租税や金融取引に関する 情報が何も出てこないという、その不透明性、閉鎖性にあると指摘したのである。 「有害な税の競争」報告書 では、その「有害な税の競争」報告書が公表された経緯を少し詳しく見てみよう。タック ス・ヘイプンの問題を取り扱う上では、この報告書について語らないわけにはいかない 「有害な税の競争」報告書は一般にタックス・ヘイプン対策のものとして受け止められてい るが、必ずしもそうではない。むしろ、この報告書の本当の狙いは、先進国の勝手な行動を抑 止する点にあった。 報告書が作成される発端となったのは、アイルランドでの税率引き下げである。経済停滞に 苦しむアイルランドは、一九九二年に、法人税率を引き下げて海外からの直接投資を引き寄せ ようとした。この動きを受け、の最高意思決定機関である理事会で各国は、アイルラ
・ロンダリングの取締まりが大幅に強化された。二〇〇八年に創設された幻首脳会議では、 ーマン・ショックで果たしたタックス・ヘイプンの役割に注目が集まり、タックス・ヘイプ ンを取り締まる動きが活発化している。 ただし、相手は手強い。 タックス・ヘイプンそのものについては、これまでにいくつかの書 籍や論文がさまざまな角度から切り込んできた。しかし、タックス・ヘイプンの秘密のヴェー ルに阻まれて、具体的なデータをもとに、その実像を明らかにすることまではできていない いろいろな断片的情報をかき集めては、ジグソ 1 ・パズルを解くような地道な作業を続けてい くほかはないのが現状である。 タックス・ヘイプンの真の問題は、タックス・ヘイプンの存在そのものであるだけでなく、 そのタックス・ヘイプンを舞台に行われている悪事、そして、その悪事によって不必要な金融 危機が世界的規模で繰り返し引き起こされていることである。現在、国際機関や専門家のグル ープが、日々この問題に取り組んでいるが、各国の諜報機関さえ見え隠れするこの問題では、 国際機関といえども実態を把握するのは難しい 世界の金融取引に汗く根を張るタックス・ヘイプンの存在は、国益にも直結する重大問題で ある。国際機関の内部では、実態解明を妨害されることすらある。たとえば、ある旧宗主国は、
ある。デリバテイプについては、商品先物取引委員会 ( ) の管轄である。保険行政はそ もそも連邦レベルのものはなく、 州政府の所管であるから五〇もの監督当局がある。 このように規制機関が乱立気味だからといって、規制や監督が効率的でないとまでは言わな い。ただ、そのお膝元で、 O 、スタンダード・チャータードなどのマネー・ロンダリン グ事件が多発しているのは事実である。もっとも、当局に調査する能力があるからこそ、そう した事件が明るみに出ているともいえる。なにしろ、麻薬カルテルとテロ組織は、アメリカ国 内で旺盛に活動しているのである。 9 11 のあとでアメリカは、情報機関の分立と連携の悪さが非常に問題であると考えた。 このため、多数の法執行機関が統合されてホームランド・セキュリティ省 ( 国土安全保障省 ) が 作られた。金融行政当局もやがて統一されることになるかも知れない。 ウォール・ストリートは政治力が強いことも考慮しなければならない。その資金力を駆使し て、連邦政府、連邦議会に政治的影響力を行使する。クリントン政権のルービン財務長官はゴ ールドマン・サックスから政権入りして、退任して民間に戻るときにはシティ・グループに入 った。 世界貿易センター ・ビルは、ウォール・ストリートとは何プロックも離れていなかったから、 186
( 情報技術 ) は新しい成長要因として期待が高まった。とくに、二〇〇〇年の問題 で中央銀行が大量に資金供給をしたことが貢献して、関係の株式が高騰した。いわゆる— e バブルである。しかしながら、—e が巷間もてはやされるほどの企業利益効果を生まないと わかると、潮は瞬く間に引いて行って、バブルは崩壊した。 バブル崩壊の最中にエンロンの不正経理問題が露見した。アメリカの会計基準 ( ) は、 きわめて細部まで厳格に定めてあるがゆえに、かえってその裏をかきやすい面がある。エンロ ンはこれを利用し、デリバテイプ取引などを利用して粉飾を行っていた。ケイマンはその重要 機 危な舞台であった。エンロンは最終的に、二〇〇一年にチャプター ・イレプンを申請した。チャ 金プター・イレプンとは、日本の会社更生法に該当する規定である。 す この不正会計操作に加担していたアーサー・アンダーセンも解散のやむなきに至った。アー 来 てサー・アンダーセンは世界のビッグ 4 ないしビッグ 5 の一角を占める名門会計事務所であった 続にもかかわらず、解散の憂き目に追い込まれたのである。 この騒動の教訓は、会計基準の透明性がないかぎりは正確なデータが得られないから、どの 5 ような処方箋も無意味であるということである。 169
たのだが、まったくだめだった。国際機関の連携も何かと難しいものである。 個人的な見解を述べさせてもらうと、筆者はに対しては不信感をいだいていた。そ れは、諜報機関の関与についての皮膚感覚が根源にあるからである。第 1 章でも紹介したよう に、旧宗主国はその会議の席上、旧植民地国のタックス・ヘイプンをあからさまに擁護するよ うな態度と行動をとることがある。タックス・ヘイプンでは、諜報機関が犯罪収益を利用する ようなダーティなことをする場合もある。 ( 中央情報局 ) によるイラン・コントラ事件は その一例である。 置日本のマネー・ロンダリング対策 浄日本は、ほばの勧告に従う形で国内的立法措置をとっている。犯罪収益移転防止法 の は「四〇の勧告」の二〇〇三年改訂版に対応するものである。犯収法などと略称される。これ 資 は従前の本人確認法と組織犯罪処罰法を統合した形でできた法律で、一一〇〇八年から施行され ている。さらに、第三次対日審査を受けて、犯収法の改正法が二〇一三年四月一日から施行さ 4 れる。 第 幾関における本人確認義務や疑わしい取引の届け出義務などは、日常的に見聞すること 金融 127
ただ、ケイマン投資信託の場合、所得収支として債券利子の流入が把握されている分、まだ しも救いはある。問題は、どこか税負担の少ない場所で信託などを利用して滞留し、日本に帰 ってこない所得である。ケイマンに投資した資金や証券投資した資金は、ケイマンに留まって いるわけではない。ケイマンを経由してどこかの先進国に流れて行って、そこで投資され、利 子や配当を生んでいるはずである。そうして新たに生み出された所得は、どこかの先進国のタ ックス・ヘイプンで、信託などを利用して無税で滞留しているであろう。 対策がまったくないわけではない。平成二四年度三〇一二年度 ) の税制改正によって、国外 財産調書制度というものが導入された。これは所得税と相続税に関して国外財産の申告漏れが 増えているので、国外財産の保有者に「国外財産調書」というものを提出してもらおうという 制度である。暦年末日で国外財産の価額の合計が五〇〇〇万円を超える個人が対象になる。加 算税についてのアメとムチの特例があるほかに、一年以下の懲役または五〇万円以下の罰金と いう罰則までついている。ただし、抜け穴だらけの制度である。 また、国際租税の領域で唯一の多国間条約である「税務行政執行共助条約」というものがあ る。これは、情報交換、徴収共助、文書の送達などについての国際協力を約束する条約である。 条約の略称から読み取れるとおりである。
の根の深さ、難しさも反映しており、とくに「注」の部分にそれが現れている。やや深入りす ることになるが、国際的な議論の舞台裏をうかがう意味で、少し詳しく見てみよう。 ます最も重要なものは、注 1 である。非常に意味の取りにくい訳文になっているが、要する にこの注は、タックス・ヘイプンの判断基準が、情報交換と透明性の欠如だけに絞られたこと を示している。すなわち、税負担が低いということは、タックス・ヘイプンの基準の第一順位 からすべり落ちているのである。この点は、タックス・ヘイプン問題を取り上げるうえで最も 重要な点である。 何 は注 2 は、中国の特別行政区 ( ) である香港とマカオがリストから除かれている理由であ ン る。「中国政府の猛反対により、この二つはリストから除外することになった」とは書けない プ ノー ので、中味をばかして書いてある。香港は、言わずと知れたアジアのタックス・ヘイプンの雄 へ である。マカオは、このあと第 4 章で触れる北朝鮮の秘密口座事件の舞台である。ただし、現 ス ク 在では二つともリストに載せられている。 タ 注 3 は、「税の有害な競争」報告書とプログレス・レポ 1 トの示す基準で選ばれた、以下の 1 国・地域がタックス・ヘイプンであると言っている。これを読むと当初の四つの基準がまだ生 きているよ、つにも受け取れるので、注 1 と矛盾するようにも思える。しかも、プログレス・レ
②情報交換を妨害する法制があること ③透明性が欠如していること ④企業などの実質的活動が行われていることを要求しないこと O 0 Q ( 経済協力開発機構 ) はもともと、アメリカのマーシャル・プランの受け皿としてヨー ロッパで設立された機関である。現在は、アメリカをはじめ、日本やカナダなど三四カ国が参 加し、「先進国クラブ」といった位置づけの国際機関となっている。統計調査から援助まで、 経済活動に関わるあらゆることを行っている。租税委員会は or-120Q の主要組織のひとつで、 国際貿易にともなう先進国間の二重課税を排除することを最大の使命に活動してきた。その拠 り所が、 OCI-ÄOQ モデル租税条約である。このような活動をつづけてきた租税委員会であるか ら、各国の税制の動向にはつねに注意を払っていた。 租税委員会が示したこの四つの基準は、序章で述べたタックス・ヘイプンの三つの特徴につ いての問題意識とも合致していることがわかるだろう。この基準はよくできており、タック ス・ヘイプンの問題の本質をよく表している。 租税委員会はその後も、「有害な税の競争ー報告書に引き続いてプログレス・レポートを公 表し、この判断基準の見直しを行っていった。興味深いことに、最後にたどり着いた判断基準