ロンドンでは多数の日本企業がやってきて取引をしていた。ロンドンでワラント債を発行する のも日本企業なら、それを購入するのも日本企業といった取引も多く見られた。わざわざロン ドンまで出かけて行って取引をするのは、そもそも日本ではできないことをやれるからである。 また税負担を軽くしてもらえるなど、東京のマーケットにはないメリットが受けられる。取引 のク座敷クを提供するロンドンとしても、それで大いに潤うことができる。オフショア・マー ケットにおける外外取引の典型的イメージはこれである。 、カ 何 オフショアのニつのタイプ レ」 ンオフショア・マーケットには、次のような二つの類型がある。 ①オンショアとオフショアが明確に区別されているもの へ ②オンショアとオフショアの区別がないもの ス ッまず、①のようなオフショア・マーケットが別に設けられている、いわば分離型を説明しょ タ ンキング・ファシリティ ) がそれであ 、つ。たとえばニューヨークの ( インターナショナル・バ 章 る。東京にも特別国際金融取引勘定というオフショア・マーケットが設けられている。 第 さきに「オフショア・センターとは何かを理解するには、まず規制行政の重要性を念頭に置
②群小のオフショア金融センター ③ロンドンとニューヨーク という一二つのカテゴ 1 丿ーに分けて考えることにしよう。この章では最後に、これら三つのカテ ゴ丿ーに分けられるタックス・ヘイプンが、世界経済にどんな害悪を及ばしているかを見てい くことにする。 椰子の茂るカリブの島 まず、椰子の茂るカリプの島について検討してみよう。 第 1 章でも述べたように、たしかに椰子の茂るカリプの島は、富裕層に税金逃れの場所を提 供しているという意味で、まじめに働いている人々の税負担を増やしている。少なくともそう いうことに手を貸している。また、マネー・ロンダリングやテロ資金の隠蔽という点では、椰 子の茂るカリプの島は、凶悪な犯罪を幇助している。 さらに、非常に重要なことは、これらの島々をマネーが通過すると、そこから先のマネーの 行き場所がわからなくなってしまうことである。ヘッジ・ファンドは椰子の茂るカリプの島を 巧妙につかい、資金の流れの全貌がっかめないようにしている。こうして椰子の茂るカリプの ほ・つじよ 178
新世紀の租税制度の設計 日本の税制に関しては、基幹税として消費税を選ぶか、所得税を選ぶかという問題がある。 所得課税かもっとも優れた税制であることは、価値判断としては多数の支持を受けるであろ う。公共経済学の分野においても所得税単税論がもっとも優れた財政理論として唱えられた時 期もあった。 しかし、所得課税の累進制を強化して所得分配の公平・公正を達成しようとすれば、所得は 海を越えて課税当局の手の届かないところに行ってしまう。逃げた税金のツケがどこに回るか は、これまで縷々述べてきたとおりである。そうした本末転倒な状況では、消去法で必然的に、 基幹税は消費税ということになる。 原理原則論に従って、あくまで所得税を基幹税にしようというならば、シティズンシップ課 税を導入するしかあるまい。ブッシュ減税による富裕層の負担軽減が、第二期オバマ政権で問 題となっているが、富裕層への課税が可能なのはシティズンシップ課税があることが大きい。 注意すべきは、人的に出国してしまう以外にも、所得の源泉を国外に移す方法ならいくらで もあることである。タックス・ヘイプンが存在するからである。従来型の租税理論はもはや、 現代のグロ ーバル・エコノミーにおいてはそのままでは成り立たない。税制は国際的視野で設 220
ただ、ケイマン投資信託の場合、所得収支として債券利子の流入が把握されている分、まだ しも救いはある。問題は、どこか税負担の少ない場所で信託などを利用して滞留し、日本に帰 ってこない所得である。ケイマンに投資した資金や証券投資した資金は、ケイマンに留まって いるわけではない。ケイマンを経由してどこかの先進国に流れて行って、そこで投資され、利 子や配当を生んでいるはずである。そうして新たに生み出された所得は、どこかの先進国のタ ックス・ヘイプンで、信託などを利用して無税で滞留しているであろう。 対策がまったくないわけではない。平成二四年度三〇一二年度 ) の税制改正によって、国外 財産調書制度というものが導入された。これは所得税と相続税に関して国外財産の申告漏れが 増えているので、国外財産の保有者に「国外財産調書」というものを提出してもらおうという 制度である。暦年末日で国外財産の価額の合計が五〇〇〇万円を超える個人が対象になる。加 算税についてのアメとムチの特例があるほかに、一年以下の懲役または五〇万円以下の罰金と いう罰則までついている。ただし、抜け穴だらけの制度である。 また、国際租税の領域で唯一の多国間条約である「税務行政執行共助条約」というものがあ る。これは、情報交換、徴収共助、文書の送達などについての国際協力を約束する条約である。 条約の略称から読み取れるとおりである。
流入してくる債券利子が伸びている。その最大の理由は、個人マネーがケイマン籍の投資信託 に流れているからである。 いろいろと複雑な仕組みを工夫することによって、全体としての租税負担を減らすことがで きるのが税金の世界である。したがって、課税当局はそこに不正が潜んでいないかどうか、た えず目を光らせることになる。しかし、ダッチ・サンドイッチやケイマン・サンドイッチのよ うに、その仕組みの中にタックス・ヘイプンが組み込まれると、全容解明はどうしても難しく かなってくる。国境を越えたマネーの流れを追及しようとしても、それには限界があるからであ こういう状況では、いかに所得課税が基本であると言っても、単なる理想論になってしまう。 イたとえば、高額所得者がタックス・ヘイプンを使って所得や資産を国外に逃してしまえば、当 局は捕捉しようがない。捕捉できなければ、どんなに立派な税制を作ったとしても意味がない それどころか、国外に資産を逃すほど富裕でない中所得層・低所得層にツケが回されてくるこ とになる。国境を越えた金融取引があり、タックス・ヘイプンがある限りは、所得課税の公平 そのものが保たれないどころか、逆進課税にさえなってしまうわけである。 所得税の増税を主張する論者は、この問題に明確な答えを出せるようでなければならない。
ところである。また、近代が現代となり、国家が福祉国家となるにつれてこの傾向は増してい る。このように租税負担が重くなれば、それを回避する方法をあれこれと考え始める者が現れ るのは止めようかない また、経済のポーダーレス化ということが重要である。貿易は経済の発展をもたらすから、 国際貿易の量は増大することはあっても減少することはない。一方、租税の賦課などのような 公権力の行使は、「公法は水際で止まる」という国際公法の大原則があるので、国家の領域を 越えて及ばすことは原則としてできない。したがって、国境を越えて税を免れるという方策を 考え出すことは自然の流れである。椰子の茂るカリプの島であるケイマン諸島などは、そのよ うな知恵者によって生み出された一種の「作品」である。 タックス・ヘイプンがタックス・ヘイプンであるためには、一定程度のインフラが必要であ るから、どこでもタックス・ヘイプンになれるというわけではないヾ ノンガポールは、昔はた だの貧しい漁村であった。ある英国人の船乗りの優れ者がその地の利に目を付け、時を経てシ ンガポールは世界の一大中継貿易港に発展した。金融街シェントン・ウェイの高層ビル群は東 洋のマンハッタンである。天の時と地の利が必要なのである。 また、逆にタックス・ヘイプンとなることに国家としての生き残りの道を見出そうとするケ
それはさておき、この外国税額控除制度は仕組みが複雑なため、ある程度の概算にもとづき 控除限度額を設定し、税額控除の頭打ちをする。この限度額は概算に過ぎないから、場合によ っては税額控除の枠に余裕が出ることがある。三銀行のうちの一行の例をとると、その余裕枠 を利用して、シンガポール支店を使った節税スキームを作った。 このからくりも複雑であるが、要するに、ニュージーランドの旧属領であるクック諸島とい うタックス・ヘイプンにある貸付金利子に対する一五 % の源泉税を免れるためのスキームであ る。ここでは、同じくタックス・ヘイプンであるシンガポールに源泉税がないことを利用する。 第三国間の取引の間に自行のシンガポール支店を割り込ませて、自行の外国税額控除の余裕枠 でクック諸島の源泉税の肩代わりをしてやって、取引相手の税負担を減らすのである。 この事件で銀行は、自分が納めるべき税金の総額を減らしたわけではない。 タックス・ヘイ プンを舞台に税金を操作して、本来なら日本の国庫に納付するはずの税金 ( この銀行の場合では 一五億円ほど ) を、クック諸島に納付しただけのことである。ただ、その過程で他国の納税者の 納税義務を免れさせて、自分はその手数料としていくばくかを稼いだとされている。 当然、銀行は利益を上げているわけだが、本来であれば日本の国庫に入ってくるはずの税金 一五億円が外国税額控除として使われているから、日本の国庫から見れば法人税額は減収とな
の「検証対象」とは、課税当局から見た調査の対象という意味である。この図の検証対象法人 は、 < 国にいる関連者 ( 子会社 ) との間で取引をして、商品を一一〇万円で売っているとする。 商品の仕入れ値は国内の第三者から買って一〇〇万円であるから、利益は一〇万円である。国 の実効税率が四〇 % であるから、この検証対象法人は日本の国庫に四万円の法人税を納めなけ ればならない。他方、 << 国の関連者は、この商品取引で四〇万円の利益を上げているとする。 < 国の実効税率が三五 % であるから、関連者は < 国に一四万円の法人税を納めなければならな さて、独立当事者間で通常行われている取引 ( 上図 ) では一二〇万円なのに、なぜ関連者 ( 親子 、。果見当局としては、こ 会社間 ) との取引 ( 下図 ) では一一〇万円という価格になるのであろうカ言不 のような疑いを抱くわけである。実効税率が低い < 国の方に利益を付け替えて、企業グループ 全体としての合計税負担を減らしたのではないか、というわけである。もしその疑いが正しい と証明できれば、検証対象法人に対して移転価格税制を適用する。検証対象法人は一一〇万円 ではなく、一二〇万円という価格で売ったとみなし、四万円ではなく八万円の法人税を課すの である。これが移転価格税制の本質である。 ところが、これでは検証対象法人は困ったことになる。日本での法人税額が増やされたのに、 112
アメリカにおける企業の租税回避 しかしながら、一九六〇年代ころから必ずしもそうとはいえない状、冫か目立ってきている。 とくに、アメリカの企業に租税負担をできるだけ少なくしようという動きが目立つのである。 その理由のひとっとして、一般の大衆株主や年金基金などの機関投資家には、企業に短期的 な業績を上げさせ毎期に多額の配当を求める傾向が強いことがあげられる。日本では株式の持 ち合いが通常で、「もの言わぬ株主」が主流だった時代がある。アメリカの株主は、それとは 異なる「もの言う株主」だということである。「もの言う株主」への対応によってコストの削 減を強いられる中で、法人所得税も削減すべきコストの一部としかみなされないようになって いったのである。 ーバル化とともに、企業のクロスポーダーの取引 ( 国境をまたぐ取引 ) が増え また、経済のグロ て、それが多国籍企業の発展につながったことも大きな理由としてあげられなくてはならない。 現在では、国際貿易に占める多国籍企業の企業内取引の割合は、三分の二に上るとさえいわれ ている。これは移転価格税制 ( 後述 ) の専門家の間での実際感覚である。 このような状況であるとすると、多国籍企業が企業内取引を利用して租税回避を図るケース
の根の深さ、難しさも反映しており、とくに「注」の部分にそれが現れている。やや深入りす ることになるが、国際的な議論の舞台裏をうかがう意味で、少し詳しく見てみよう。 ます最も重要なものは、注 1 である。非常に意味の取りにくい訳文になっているが、要する にこの注は、タックス・ヘイプンの判断基準が、情報交換と透明性の欠如だけに絞られたこと を示している。すなわち、税負担が低いということは、タックス・ヘイプンの基準の第一順位 からすべり落ちているのである。この点は、タックス・ヘイプン問題を取り上げるうえで最も 重要な点である。 何 は注 2 は、中国の特別行政区 ( ) である香港とマカオがリストから除かれている理由であ ン る。「中国政府の猛反対により、この二つはリストから除外することになった」とは書けない プ ノー ので、中味をばかして書いてある。香港は、言わずと知れたアジアのタックス・ヘイプンの雄 へ である。マカオは、このあと第 4 章で触れる北朝鮮の秘密口座事件の舞台である。ただし、現 ス ク 在では二つともリストに載せられている。 タ 注 3 は、「税の有害な競争」報告書とプログレス・レポ 1 トの示す基準で選ばれた、以下の 1 国・地域がタックス・ヘイプンであると言っている。これを読むと当初の四つの基準がまだ生 きているよ、つにも受け取れるので、注 1 と矛盾するようにも思える。しかも、プログレス・レ