志賀櫻 タックス・ヘイプン 逃げていく税金 Sakura Shiga 岩波新書 1417
に使われ、犯罪の収益やテロ資金の隠匿や移送に使われ、巨額の投機マネ 1 が繰り広げる狂騒 の舞台にも使われている。その結果、一般の善良かっ誠実な納税者は、無用で余分な税負担を 強いられ、犯罪やテロの被害者となり、挙げ句の果てにはマネー・ゲームの引き起こす損失や 破綻のツケまで支払わされている。 「税は文明の対価である」というならば、税を支払う者には逆に、その対価としての「文明」 か引き渡されなくてはならないはずである。ところが、タックス・ヘイプンはそうした「文 明」の引き渡しを妨げ、さらには「文明 , そのものに災厄をもたらしている。 本書では、タックス・ヘイプンがもたらす「文明」に対する災厄について、なぜそういう災 厄が起きるのか、どのようにして起こるのかを解明してきた。原因がわかっているのであれば、 解決方法は必ず見つかる。このあと残されているのは、税の対価としての「文明」を受け取る 立場にいる一般の納税者が、正しく問題の所在を理解することのみである。本書を刊行する目 的は、その一点に尽きる。
てくるのである。詳しくはつづく各章で事例を挙げながら説明していくことにして、ここでは 以下に簡単なスケッチをまとめておくことにしよう。 タックス・ヘイプンを舞台に行われる悪事を分類すれば、次の三つとなる。 ・高額所得者や大企業による脱税・租税回避 ・マネー・ロンダリング、テロ資金への関与 ・巨額投機マネーによる世界経済の大規模な破壊 こうしたタックス・ヘイプンを通じた悪事に対抗するのはなかなか難しい。しかし、アイデ アはいくつか出されており、すでに実践されていることもある。本書の最後では、それを紹介 してい 高額所得者や大企業による脱税・租税回避 個人も企業も、ある程度の高い収入や利益を得られるようになると、税金対策に取り組みは じめるのが常である。税理士や専門の弁護士を雇ったり、金融機関やコンサルタント会社の勧 める節税商品などを利用して、少しでも税負担を減らそうとする。当事者たちはそれを「節 税」と主張するであろう。しかし実際には、悪質な脱税行為に加え、脱税とは言わないまでも、
3 タックス・ヘイプン対策税制 以上のような、まさに「事件」といえるケースもある一方で、企業、なかでも多国籍企業は ごく日常的に、国境を越えた取引を通じて租税回避をすることが可能である。国際租税法の世 界では、そうした国際的な租税回避を法律的に防ぐ制度として、 ①タックス・ヘイプン対策税制 ②移転価格税制 ③過少資本税制 の三つの制度の柱がある。 これらのうち、③の過少資本税制はそれほど大きなインパクトをもっことはない。日本にお ける過少資本税制の導入の担当官であった筆者が一言うのだから間違いない 一応、簡単に説明しておくと、利子の支払いであれば損金になるのに、配当であれば税引き 後利益からの支払いとなるから損金とはならない。日本に子会社を設立してビジネスを展開す る多国籍企業は多数あるが、このような課税上の差異を利用して、日本での納税額を減らそう
ロンドンⅡシティ ロンドンがオンショア・オフショア一体型のオフショア金融センターであることや、足下に ガーンジー ジャージー マン島という女王陛下の直轄領のタックス・ヘイプンを抱えている こと、そして旧植民地であるケイマン、 ハミュ 1 ダ、などの椰子の茂るカリプ の島を擁して同心円的な重層構造をなしていることは、第 1 章で述べた。シティはこのような 構造をもって、グロー バルに金融取引を展開し、金融による覇権を握る中核的なセンターとな っている。 機 危英国は独自の文化を誇る。メイフェアのクラブなどはその典型である 。バッキンガム宮殿に 金近いベル・メル ( pa 一一 Ma = という綴りであるが、正しい発音はベル・メルである ) などに古式豊かなク す ラブが散在している。ここでオックス・プリッジ出身の、大英帝国時代そのもののような英国 来 襲紳士が集って寛ぎつつ、情報交換をする。アメリカの証券取引委員会 ( ) によるインサイ 続ダー情報の取締りなどという報道を見ると、そのクラブの風景が目に浮かんできてしまって、 「はて、あれは何であったのだろうか」などと考えてしまう。 章 ロイズ・オプ・ロンドンはシティにある保険の会員組織である。ネームと呼ばれる会員は、 第 かっては無限責任であった。このため、失敗して無一文になった伝統ある家系の資産がマ 1 ケ 181
第レゞ 志賀櫻 タックス・ヘイプン 逃げていく税金 ンぎミ Sakura S 三 岩波新書 1417
先進国の金融センター きよほうへん 以上のように、いろいろと毀誉褒貶はあるかも知れないが、このリストにはひとっ非常に有 意義な点がある。それは先進国の中にある金融センターの問題が正面から取り扱われているこ とである。 図 1 ー 4 のグロ ーバル・フォーラムのリストを見ると、全部で四つの欄がある。上から順に、 国際的に合意された税の基準を実施している国・地域 国際的に合意された税の基準にコミットしているが、実施が不十分な国・地域 Q21 タックス・ヘイプン 2 その他の金融センター 0 国際的に合意された税の基準にコミットしていない国・地域 となっている ( 便宜上、 < 、、 o と付記 ) 。 「国際的に合意された税の基準ーとはさきに示したタックス・ヘイプンの判断基準、「情報交 換を妨害する法制があること . 「透明性が欠如していること」の二つである。 < グループでは 世界の三大金融センターであるロンドン、ニューヨーク、東京を有する英国、アメリカ、日本 A 」 などもチェックの対象となっている。そしてグループでは、「その他の金融センター
それはさておき、この外国税額控除制度は仕組みが複雑なため、ある程度の概算にもとづき 控除限度額を設定し、税額控除の頭打ちをする。この限度額は概算に過ぎないから、場合によ っては税額控除の枠に余裕が出ることがある。三銀行のうちの一行の例をとると、その余裕枠 を利用して、シンガポール支店を使った節税スキームを作った。 このからくりも複雑であるが、要するに、ニュージーランドの旧属領であるクック諸島とい うタックス・ヘイプンにある貸付金利子に対する一五 % の源泉税を免れるためのスキームであ る。ここでは、同じくタックス・ヘイプンであるシンガポールに源泉税がないことを利用する。 第三国間の取引の間に自行のシンガポール支店を割り込ませて、自行の外国税額控除の余裕枠 でクック諸島の源泉税の肩代わりをしてやって、取引相手の税負担を減らすのである。 この事件で銀行は、自分が納めるべき税金の総額を減らしたわけではない。 タックス・ヘイ プンを舞台に税金を操作して、本来なら日本の国庫に納付するはずの税金 ( この銀行の場合では 一五億円ほど ) を、クック諸島に納付しただけのことである。ただ、その過程で他国の納税者の 納税義務を免れさせて、自分はその手数料としていくばくかを稼いだとされている。 当然、銀行は利益を上げているわけだが、本来であれば日本の国庫に入ってくるはずの税金 一五億円が外国税額控除として使われているから、日本の国庫から見れば法人税額は減収とな
してオーストリア、ベルギー、ルクセンプルク、スイスの四カ国が取り上げられ、プラックリ スト入りの国であると名指しで指摘されている。 グローバル・フォ 1 ラムのリストのこういう点は、先進国に対しても問題意識を持っている ことの現れである。すなわち、先進国の金融センターも実は、タックス・ヘイプンと同様の場 となっている事実を明示しているのである。 マン島や、米領バージン・アイランド、 しかしながら、同時に、英国王室属領のジャージ 1 カモーリシャスのような地域が堂々と < グループに入れられていたりもする。プリティッシュ 何 ジン・アイランド (n *) にいたっては、 CQ 1 グループでプラックリスト入りしてはいる A 」 ンものの、「国際的に合意された税の基準ーを満たすことを公約したということにされている。 イ こういう点はこのリストの限界であり、さきに述べたような国際交渉の暗黒面を見せている。 へ 国際政治の舞台裏で、シテイやウォール・ストリートが暗躍していることが、うかがわれる部 ス ッ分である。 タ シティとウォール・ストリートの権益はいまや、英国とアメリカの国益そのものであると一言 章 っても過言ではない。ファイナンシャル・アクション・タスク・フォース < の会議で 第 は、旧宗主国が旧植民地であるタックス・ヘイプンの擁護に回ることがある。英国の大蔵省な
くも強いプレッシャーになるのである。 図中の太い四角に囲まれているのは、いわば「一番悪い国と地域」である。この図にあるコ スタリカ、フィリピン、ラプアン島、ウルグアイは、当初は「プラックリスト、何するもの ぞ」という態度をとりつづけていた。ところが、いざプラックリストが公表されてみると、自 分たちだけが取り残されて、一番悪い国と地域にされていることに気がついた。どこも飛び上 がって驚き、たちまち恭順の意を表して、国際基準に従うことに合意した。このため、最初の か公表から五日後の四月七日に改訂されたリストでは、この部分は空白になった。 一番悪い国・地域の欄が空白になったことは、結果的にはまずかったように筆者には思われ A 」 ン る。「これからはい、 し子にしていますーと口約束さえすれば見逃してもらえるという観測が、 プ タックス・ヘイプンの間で流れはじめたからである。しかも、プラックリスト公表後は幻首 へ 畄会義も興味を失ってしまったようである。タックス・ヘイプンの専門家諸氏の間では、この ス月一三ロ ップラックリストの実効性については懐疑的な論調が多い。その一方で、締結された情報交換協 タ 定の数だけは着実に増えている。 章 第