タバコ - みる会図書館


検索対象: トーキョー・プリズン
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1. トーキョー・プリズン

136 「キジマについて話を聞かせてほしい」 私はタ、、 ( コを差し出して言った。自分のことでないとわかると、オオ、、ハの表清にはじめ てほっとしたような色が浮かんだ。 オオバは坊主刈りの頭を下げ、首をすくめるようにしてタバコを受け取ったが、そのタ バコは素早くボケットにしまいこんだ。彼は別のタバコをくわえて一服した。私の訝しげ な視線に気づいたらしく、通訳のニシノが小声で事情を補足してくれた。 「囚人たちのあいだじゃ、たまに看守たちからせしめるアメリカのタ。ハコはよほどの貴重 オオ、、ハの手 品でしてね。普段はたいてい、毎日配給される日本の質の悪いタスコか : 元をちらっと見て言った。「アメリカ兵が捨てた吸い殻を集めてほぐしたものを、もう一 度巻き直して吸っているのです」 なるほど、オオ、、ハがくわえているのは手製の巻き夕、、ハコらしい 質問を続けることにした。 「収容所所長時代のキジマは、きみの目から見てどんな人物だったのだ ? 」 「キジマ中尉ですか : : : 」オオバがタバコをふかしながら、ぼそりと言った。「あの人は、 じつに厳しいお方でしたな」 「厳しい ? 捕虜たちに厳しかったということか ? 」 、え。ご自分に厳しいお方だったということです」 「意味がよくわからない」 いぶか

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398 塀の外にいたオオバの協力者は誰だったのか ? 盗まれた感謝状はどこに消えたのか ? タエコはなぜ姿を消したのか ? 「一見なんのつながりもない、ばらばらの謎のように見える」 私はメモをキョウコの方におしやった。 「だが、もし誰かがキジマを殺そうとしていたのなら、その一点においてこの三つのピー スはつながり、一枚の絵が見えてくる。そう、イツオがキジマを殺そうとしていた。それ がすべての謎をつなぐ、最後の一つのビースだったのだ。そのビースを加えることで、一 枚の絵が完成する。つまり、これらの謎はすべてキジマの命を奪うために仕組まれたもの であり、彼をスガモプリズンから生きて出てこられないようにするためのものであったと いう絵がー言葉を切った。 キョウコは相変わらず黙ったままだ。 「少なくともイツオには、すべてのことが可能だった」そのまま先をつづけた。「大学で 化学を専攻していたイツオには、毒物を手に人れ、それをタバコに仕込んでオオバに差し 入れすることが可能だった。受け渡し方法は、キジマが推理したとおり、『オデッセイ ア』の余白のページに、ヨウ素デンプン反応を用いた、例の見えない文字で書いて指示し たのだろう。私は、はじめてスガモプリズンの面会室できみたちに会った時、イツオがの

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男が唇にくわえたそのタバコを見て、私は妙な気がした。囚人たちのあいだでよく見ら れる手巻きタバコ。吸い殻をほぐして残った葉を集め、もう一度巻き直したタバコだ。そ れはいいのだが、なにかが記憶にひっかかった。 たた 気づいた瞬間、私は、男がまさに火をつけようとしていたタバコを彼の顔から叩き落と した。 しりもち 男は目を白黒させてその場に尻餅をついたが、感心なことに鳥籠はちゃんと手に持った ままだった。私は床に落ちたタバコを拾い上げた。 「なにをするんです ! ーロもきけずにいる小男に代わって、 = シノが私に抗議した。 「貸し出し者リストだ」私はタ。 ( コを目の前に掲げて言った。「このタ・ ( コは、図書室か ら盗まれたノートで巻いてある」 「だからといってあんな乱暴な : と一 = ロいかけたニシノカ : 、はっとしたようすで後ろに ン 以飛び下がった。「まさか、それが毒人りタバコだなんていうんじゃないでしようね ? 」 「調べてみなければわからないさ」私は慎重にタバコを ( ンカチに包んで、ポケットにし まった。「それより、ジョンソン中佐に言って、外に出たオオ。 ( を呼び戻してもらってく キ れ。彼と話をしたいことがある」 「やれやれ。どうやらあんたは本当にあのオオバって野郎が犯人だと考えているらしい あき な」グレイが呆れたように首を振った。 まゆ 「犯人かどうかは、本人に訊けばわかることだ」私はそう言って、眉をひそめた。「それ

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としよう」例を挙げて説明することにした。「幸い彼には塀の外に協力者がいる。彼はま ず、協力者にタ。ハコを持ってプリズンに面会に来てもらう。面会のさい、協力者が看守の すきを見てタバコの箱を面会室の板机の下にはりつけておく。面会人が帰った後も、タ。ハ コの箱はむろんそのまま残されている。この時点では、タバコはまだゲートの外だ。次に 彼は、本館にある面会室の掃除当番を申し出る。床の拭き掃除をしながら、やはり看守の すきを見て、机の下にはりついているタバコに手を伸ばすためだ。 : かくて、外から持 ち込んだタバコ一箱がまんまと彼の手に入ったことになる」 「だが、面会室のある本館から監房棟に戻るには、どうしたってゲートを通らなくちゃな らない」グレイが口を挟んだ。「ゲートじゃ厳重なチェックが待っている。誰がなにをど うやって手に入れたところで、ゲートで取り上げられてしまうのがオチだぜ」 「手に入れたタバコを監房棟に持ち込むには、もう一工夫が必要だ」私は言った。「持ち ン をしい。つまり彼は、 以出したもの以外は絶対に持ち込めないのなら、同じものを持ち出せま、 面会室の掃除当番に出るさいに同じタバコの箱をプリズン内から持ち出し、受け取ったタ ハコの代わりに面会室の机の下にはりつけておくのだ。これなら、いくらゲートで厳しく 身体検査を受けても、もともと彼は自分が持ち出した品と同じ物しか身につけていないの だから、問題は発生しない。このやり方なら、彼は中から持ち出したタバコと交換するこ 昭とで、別のタバコを一箱、プリズンの中に持ち込むことができたはずだ」 「だが、そんなことをして何になる ? 」グレイが呆れたように首を振り、うんざりした顔 あき

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344 で言った。「そのやり方じゃ、タ。ハコを一箱手に入れるためには、別のタバコを一箱手放 さなくちゃならない。手間ひまかかるばかりで、結局は損得なしだ」 「同じタバコならば、な」 ニシノが突然あっと声をあけた。「それじゃ、いまのは単なるたとえ話ではなく 「毒物は、タバコに仕組まれた状態でプリズン内に持ち込まれたのだと思う」私はまわり 道の末の結論を口にした。「面会室の床に落ちていたというタ。ハコの箱。ーーなにもないと ころから忽然と現れたように見えたそのタバコは、実際には彼が面会室の机の裏にはりつ けておいた代わりのタバコが床に落ちたものだろう。つまり、その時点ですでに毒物はプ リズン内に持ち込まれていたんだ」 「まあ、一つの可能性ではありますねーニシノが半信半疑といった顔で呟いた。「もっと も、いまのあなたの話だけでは、断定するにはいささか根拠に乏しいように思いますが : 「そのとおりだ」私はあっさり認めた。「だからこそ、キジマが指摘したもう一つの点が 重要になってくるのだ」 「もう一つの方 ? 」 「折れた小枝だよ」 「二件の犯行は、なぜ密室で行われなければならなかったのか ?

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トーキョー・プリズン 357 私の顔も、一緒に調査をしていた毒死事件のことも。 それらのことが判明した時点で、私はジョンソン中佐に呼ばれた。 部屋に入っていくと、ジョンソン中佐は机の上に広けた書類に向かってペンを走らせて いるところだった。待っていると、彼はちらりと眼をあげ、手を休めずに言った。 「皮肉なものだな。軍人なんてものは、偉くなるほど書類仕事が増えてくる。もっとも、 一番上になれば話は別なのだろうがね」 私が黙っていると、彼は事務的な口調で続けた。 「きみが報告書といっしょに提出した例の手製の巻きタバコは、じつに興味深い代物だっ なかほど たよ。タバコの中程に小さなカプセルが仕込まれていてね。中身はある種のシアン化物だ。 実験したところ、タ。ハコの火がカプセルを溶かした瞬間、喫煙者をたちどころに死に至ら しめるのに充分な青酸ガスが発生した。 : : : 文字通り、死のタバコだ。死体とともにタバ コの吸い殻が発見されなかったのは奇妙と一一一口えば奇妙だが、これもおそらくきみが示唆し ている通り、オオ。ハがオウムを使って回収したのだろう。それから、タバコを巻いてあっ た紙も、図書室の貸し出しリストを破ったものに間違いない」 「やはりそうでしたか : : : 」 「無論、すべてオオバが一人でやったのだ」ジョンソン中佐は書類に眼を落としたまま、 きつばりとした口調で言った。「オオバは監視の眼を盗んで監房棟内に毒物をもちこみ、 死のタバコを作成して、それをミラー軍曹及び囚人仲間だったアベに与えた。その後オオ

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342 「私はキジマに言われて、タバコを面会室でひろった囚人に話を聞きにいった。するとそ の囚人はーーーキジマが予想したとおり ″掃除を行う直前に部屋を覗いたときは、そん なものは落ちていなかった。気がついたら床に落ちていた〃と証言したのだ。つまり、そ こっぜん のタバコ一箱は、なにもないところから、忽然と現れたことになる」 「タバコがどこから現れたかなんて、そんなささいなことはどうでもいい題を : グレイが勢い込んでロを開いた。 「なるほど、ささいなことだ」私は手を振り、相変わらず死人のようにべッドに横たわっ ているキジマにちらりと目を走らせた。「だがキジマは″一見不可解な事件の謎を解くた めには、ささいなことほど重要なのだ〃と言う。例えば、事件現場に落ちていた折れた小 枝といったものが」 つぶや 「やれやれ、タバコ一箱の次は折れた小枝ときましたか」ニシノが小声で呟き、首を振っ 「いずれの事件現場でも、真ん中近くで二つに折れた小枝が見つかっているー私は無視し てつづけた。「一回だけなら偶然かもしれない。だが、奇妙な密室での毒死事件がたてつ づけに発生し、しかもその二件とも、現場に同じ物が落ちていたとなれば、偶然と片付け るわけこよ、 冫をし力ない。これはいったいなにを意味しているのだろう ? あきら ニシノとグレイはそれそれ、諦めたように首を振った。 「そうだな。例えば囚人の誰かがプリズン内にタ。ハコを一箱、外から持ち込もうと考えた

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「オオバさんには、戦争中、マッモトの捕虜収容所に勤務しているときに一度お会いした ことがあります。愉快な方で : : : とても人を殺すようには見えませんでしたわーキョウコ はかすかに首を振った。「わたしにはまだわからないのです。オオバさんは、なぜ見ず知 らずの人を二人も殺そうと考えたのです ? それとも、その二人とはスガモプリズンでは じめて出会ったのではなく、なにか過去に恨みがあったのですか ? 」 「これまでの調査では、オオバと被害者一一人のあいだにはなんの接点も見つかっていな い」私はジョンソン中佐に黙殺された報告書の中身をキョウコに説明した。「おそらく彼 らは、プリズン内ではじめて顔を合わせたのだ」 「だっこら、なぜ・ 「これはあくまで想像だが、おそらくミラーは『オデッセイア』のページが切られてい るのに気づいたために殺されたのだと思う」私は言った。「ミラー軍曹は″使い終わった ( ケツを並べる順番が違っているだけで、囚人たちに罰を与える〃ほど神経質な男だった。 ミラーは図書室の本を調べているうちに『オ その彼が図書室の管理を任されていたのだ。 デッセイア』のページが切り取られていることに気が付いたのだろう。彼は貸し出しリ ミラーはオオバを呼び出し、本をつき ストと突き合わせて、オオ・ハの仕業だと断定した。 ミラーが眼を離したすきに彼 つけた」ちょっと言葉を切った。「処罰を恐れたオオバは、 のタバコ・ケースにタバコを一本紛れこませた。吸っているうちに青酸ガスが発生する死 かぎ もくろみ のタバコだ。オオバの目論見通り、その夜ミラーは内側から鍵をかけた自室でそのタバコ

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371 に向かって歩きだしたのだと ? 」 うなず 私は新しく取り出したタバコに火をつけ、無言で頷いた。 それが錯覚であったことを、オオパは自分の死をもって証明することになったのだ。 「本当のところは、死んだ本人に訊いてみるしかないがね」私は立ちのぼるタバコの煙を 目で追って言った。「オウムがしゃべった = = ロ葉など、なんの証拠にもならない。第一、 まじゃあのオウムの奴、別の一 = ロ葉ばかりしゃべっていて、あのときの = = ロ葉なんかすっかり 忘れてしまっている。殺人の動機は闇の中。ついでに一一一一口えば、塀の外から毒入りタバコを 差し入れたオオバの協力者が誰だったのかもわからないままだ」 「塀の外の協力者 ? 」と小さく呟いたキョウコは、はっとしたように顔をあげた。「まさ か、オオバさんの奥さんが : 「もちろんスガモ。フリズンでも、当初は彼女が一番怪しいと考えた。なにしろオオバに面 以会に来た人物は、彼女一人しかいなかったのだから」 うかが 「でも : : : 違ったのですね ? 」キョウコは私の顔を窺い、ほっとしたように言った。 「徹底的に調べたが、彼女はなにも知らなかった」私は首を振った。「ちなみに彼女は、 亭主はプリズン内での作業中、看守のすきを見て自殺したと言われている。″もしお悔や みに行くのなら、その点をくれぐれも注意してほしい〃ということだ : キョウコとは三十分ほど話して、ティールームの前で別れた。 その間、キジマの名前は一度もでなかった。

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「うんうん言って寝込んでいますー彼女はちらりと笑みを浮かべて言った。「よほどショ ックだったみたいで、起き上がるのにしばらく時間がかかりそうですわ」 。あ・いま 6 し つぶや ふむ、と私は曖昧に呟き、ポケットから取り出したタバコに火をつけながら、向かいの 席を上目づかいに盗み見た。 私が着いたとき、キョウコはすでに先に来て、いっかと同じ一番奥の柱の陰の席にひっ そりと座って待っていた。入り口に横顔をむけたうつむきかげんの姿勢も同じなら、仕立 てのいい黒っ。ほいオー ーコートも、無地の絹のスカーフで頭を包み、あごの下で結んで いるのも同じであった。 それにもかかわらず、私は彼女をひと目見ておやと思った。なにかが変わったと感じた のだ。ごくかすかな何か。それがなんなのか、私にはわからなかった。どうやらキョウコ 自身、まだその変化には気づいていないらしい ン 以「それで、例の連続毒殺事件はもうすっかり解決したのですか ? 」キョウコがたずねた。 プ「プリズン内で二人も毒殺した恐ろしい殺人犯は、本当にあのオオバさんでしたの ? 」 私はジョンソン中佐との会見を思い出し、顔をしかめ言った。 「そう、オオバが連続毒殺事件の実行犯だったと考えて間違いないだろう。プリズン内で オオバが使っていた寝台から青酸ガスを発生させる死のタバコが何本か見つかった。しか も彼は、疑われないよう、わざわざそれを手製のタバコに巻き直して囚人仲間に与えてい たのだ」