フェアフィールド - みる会図書館


検索対象: トーキョー・プリズン
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1. トーキョー・プリズン

「・・— ( スガモ・プリズン・イレギラーズ ) 」と名乗るなど、ホームズがらみのネ れタがあちこちに仕込まれている。 さらに、キジマとフェアフィールドの関係は、トマス・ハリス『羊たちの沈黙』におけ るクラリスとレクター博士の関係と似ている。猟奇連続殺人事件の手がかりをつかもうと、 — ( 米連邦捜査局 ) 訓練生のクラリスが監獄へ赴き、ハンニバル・レクターに協力を 求める。本作では、スガモプリズン副所長のジョンソン中佐がフェアフィールドに仕事を 依頼する。。フリズン内で起こった薬物死事件の真相を知るため、キジマの手助けを借りろ、 というのだ。フェアフィールドはワトソン役となるのである。 このように監獄を舞台にした密室ミステリ、もしくは〈思考機械〉やホームズばりの推 理が繰り広げられる展開がふんだんに盛り込まれているのだ。 そして、いくつもの事件が複雑に絡み合ったなか、とりわけフェアフィールドが興味を 抱くのは、記憶喪失者であるキジマという男の存在である。キジマの過去と真実だ。 たとえばキジマは、戦争中に捕虜を虐待し続けたという罪で収容されており、実際に、 数多くの捕虜たちの証一一一一口がそれを裏付けていた。しかし、キジマの親友ィッオとその妹で ある婚約者が、じつは冤罪であると論理的な説明をもとに反論する。 ちょうど二〇〇八年にリメイクされた日本映画「私は貝になりたいーもまた捕虜を殺害 した罪で終戦後に・ 0 級戦犯として逮捕され、アメリカ側に裁かれるという物語である。 主人公の豊松は、「自分は命令に従っただけ」と主張した。日本軍では上官の命令は絶対 えんざい

2. トーキョー・プリズン

はダーウイン、『新世界』 ( 角川文庫 ) は原爆の開発責任者オッペン ( イマーが登場する。 れもしくは、『吾輩はシャーロック・ホームズである』 ( 小学館 ) や『漱石先生の事件簿猫 の巻』 ( 理論社 ) では夏目漱石の活躍が描かれている。 だが、『トーキョ ・プリズン』は、こうした有名人のモデル小説およびパスティーシ ひら の体裁をとっていない。作者の新境地を拓く長編作である。ただし、歴史をふまえた上 で語られており、限定された状況のなかの怪事件を解き明かす探偵小説であることに変わ りはない。 主人公は、私立探偵エドワード・フェアフィールド。 元ニージーランド海軍少尉で現 在二十八歳。日本軍捕虜となった可能性の高い、ある行方不明者を探していた。そこでス ガモプリズンに収監されている日本人戦犯の証言記録を調べようとやってきたのだ。 しかし、私立探偵が語り手でありながら、本作の「名探偵」はフェアフィールドではな 収監されている戦犯であるキジマ・サトルという男。このキジマという人物の正体こ そが、作品を貫く最大の謎となるのである。戦犯にして記憶喪失者。そして二度にわたる 脱獄騒ぎを起こしながらも、プリズン内で起こった怪死事件に挑む名探偵。いったいどこ に本当の顔があるのか、誰も分からない。 もっとも、これまでの柳作品、たとえば『黄金の灰』でポーの『モルグ街の殺人事件』 が引用されていたように、他の名作ミステリおよびその登場人物を連想させられる設定も 少なくない。 0 ドを

3. トーキョー・プリズン

トーキョー・プリズン 393 にも見当たらないということですわ。〃キジマは掘った土をどうしたのだろう ? 〃って、 みなさん首を傾げていました」 「なるほど奇妙なことだ」私は同意した。「だが、可能性を推理することはできる」 「あら、どんな推理ですの ? 」キョウコは面白がっている。 「キジマは、掘った土をはしから食ってしまったんじゃないだろうか ? 」 「食べた ? 土を ? 」眼を丸くした。 のぞ しくらトイレで排出している姿を看守たちに覗かれても、彼らはなん 「食べてしまえば、、 の不思議も感じなかっただろう」 あっけ 一瞬呆気にとられていたらしいキョウコは、ぶっと吹き出すようにして言った。「やっ ばり二十年前と少しもお変わりありませんのね。すべての謎を解かなくては気が済まない。 違いまして ? 「だから、いまだにこんな商売をやっている」肩ごしに、表を指さした。 フェアフィールド探偵事務所。 そう書かれた表札が出ているはずだ。もっとも、このところしばらく家賃を滞納してい るので、怒った大家が取り外していなければの話だった。 「そんなことより、イツオはどうした ? 」タバコを灰皿でもみ消して、たずねた。「彼は 元気なのか ? 」 ちゅうちょ キョウコの顔が急に曇った。唇を噛み、躊躇するようすだったが、思い切ったようにロ

4. トーキョー・プリズン

「いいだろう。例外的ではあるが、きみにプリズン内での調査を許可しよう」ジョンソン 中佐は渋々といった様子で言った。「トーキヨー裁判のためにはるばる来日されたニュー ジーランド人判事殿の御依頼だ。われわれとしてもこれを無視することはできない」 私はほっと自をついた。 「その代わりといってはなんだが、ミスタ・フェアフィールド、われわれの方でもきみに やってもらいたいことがある」 「交換条件、というわけですか ? 「なんと呼ぶかはきみの勝手だ。私としては好意の交換という表現を好むがね」 「なるほど。それで、私にどんな好意を期待しているのです ? 」 「記録によればきみは、この戦争のために自ら軍隊に志願するまで、一風変わった職につ いていたそうじゃないか。たしか : : : 」彼はいったん手元のファイルにちらりと視線を向 け、引き絞るようにすっと目を細めた。 「私立探偵 ? するときみは、軍を退いた後、またその職業をはじめたというわけかね ? その、私立探偵とやらを ? 」 私は、極力表情を変えないよう努めながら、かすかに顎を引いた。 ジョンソン中佐のようなねつからの軍人タイプの人間が私立探偵という職業をどう見て いるのか、これまでの経験上、おおよその見当はついた。

5. トーキョー・プリズン

232 なのですか ? 」 本国じや食えないからさ。 と、いつもの通りの答えを口にしかけて、急に気が変わった。 ばち どんなことにせよ、誰か一人くらいには本当のことを知っておいてもらっても罰はあた るまい。 「相棒の行方がわからなくなっている」 「クリス・フェアフィールド。二歳違いのいとこだ」 私はタバコの先から立ちのぼる煙を眼で追った。 大学を卒業したあといくつかの職を転々としていた私は、子供の頃から仲のよかったい とこに誘われて、二人で探偵事務所を始めることにした。 : コイン・トスの結果だがね」私は肩 「私が所長兼事務員、クリスが副所長兼会計係。 をすくめてみせた。 オークランドは、ニュージーランド最大の都市といってもたかだか二十万人余りの人口 を抱えるに過ぎない。英米の探偵小説に出てくるような凶悪犯罪はまれだ。それでも、私 たちが遊び半分に始めた探偵事務所は、お客の評判もまんざらではなく、なんとかやって いけそうな感じだった。 ところが戦争がはじまると、目に見えて仕事の依頼が減った。それどころか、なぜか急 ートナー

6. トーキョー・プリズン

107 「ほら。彼はあなたが入っていくなり、あなたがニージーランド人だということをたち まち言い当てたじゃないですか。そんなこと、・ほくだって知らなかった。あれが東洋の魔 法じゃなくて、いったい何だというんです ? 」 私はちょっと眉をひそめた。 「会話を盗み聞きしていたのか ? 」 「盗み聞きだなんて 。聞こえてきただけですよ」ャングが唇をとがらせた。 私がその点をさらに追及すべきかどうか思案していると、アシュレイ医師が横からロを 挟んだ。 「ミスタ・フェアフィールド。せつかくだ。どうせなら、残り半分の用事も一緒にすませ てしまいましよう」 彼はそう言って、私に治療用の椅子に座るよう促した。 以気が進まなかったが、渋々椅子に座った。 「・ほくはよく、キジマの独房の当番につくのです」 ャング看護兵は、アシュレイ医師の手伝いをすべく白衣をつけながら陽気に話しつづけ にら 「彼はたいてい目を見開いたままべッドに横になって天井を睨んでいるか、さもなければ じゅもん 板の上にザゼンを組んでぶつぶっと呪文を唱えながら体を揺すっているんです。来たばか りのころなんかは、腹に巻いた包帯が真っ赤に血で染まっているのに、まだザゼンをやっ

7. トーキョー・プリズン

「ミスタ・フェアフィールド、乗って行きませんか ? アメリカ軍のが乗る幌つきの白いジープだ。運転している男の顔に見覚えがあった。 アメリカの軍服を着た日本人。昼間プリズン内で会った二世通訳のニシノだ。 車の後ろの席は、やはりアメリカの軍服を着た若者たちで一杯だった。肩を組み、大声 でしゃべっている若者たち準ーー運転手のニシノを除いてーーすでにすっかり出来あがっ ているようすである。 「これから皆でクラブに飲みに行くところなのですが、よかったら一緒にどうですフ 折角だが、と断ろうとすると、後ろの席の若者たちが突然、声をそろえて大声で歌い出 した。 メリー・ 「ジングル・ベル、ジングル・ベル、ジングル・オール・ザ・ウェイ : ・クリスマス ! あっけ 一瞬、呆気に取られた。 プそう言えば、もうすぐクリスマスだった。 一ふいに気が変わった。いいだろう、どうせどこにも居場所を見つけることができないの キなら、ト ーキヨーのクリスマスをアメリカ軍の若者たちと馬鹿騒ぎをして過ごすのも一興 である。 私が助手席に乗り込むと、ニシノはすぐに車を発進させた。 ほろ

8. トーキョー・プリズン

はパジャマ用の軍服が、休みの日には休日用の軍服があるのだろう。 いくら眺めても変わるものではない。 お互い 内心うんざりしはじめた頃、ジョンソン中佐が唐突に口を開いた。 「右頬を、どうかしたのかね ? なんのことかわからず、目顔で問い返した。 「さっきからときおり右の頬をしかめているようだが、怪我でもしたのかと訊いているの だよ」 見かけによらず、案外細かいことが気になる人物らしい 「怪我ではありません」私は首を振った。「昨日から少々奥歯が痛んでいるだけです」 「なるほど。奥歯が、ね」ジョンソン中佐はかすかに顔をしかめ、それから机の上に開い た紙挟みに目を落として言った。 「エドワード・フェアフィールド」 ーハ : 」 0 質問されたわけではないので黙っていると、相手は紙挟みに目を落としたまま、そこに 書かれている内容を読みはじめた。 「一九一八年オークランド生まれ、現在二十八歳 : : : 元ニージーランド海軍少尉 : : : 一 九四二年に志願入隊、半年の訓練のあとヨーロッパ戦線に配属 : : : イタリア軍との交戦中 に負傷 : : : ほう、名誉負傷章及び戦功十字章を、ね : : : 一九四五年六月、部隊の解散に伴

9. トーキョー・プリズン

142 「″大馬鹿よ〃なんて名前にしてでも夫婦になったんですから、大恋愛だったに違いあり ません。三人の子供がいて子煩悩。奥さんと大恋愛のすえに結ばれ、そのうえねつからの 道化者で、誰にでもペこペこしているようなあの小男がですよ、自分が虐待されるのなら まだしも、英米の捕虜を虐待しますかねえ。なにかの間違いじゃないですか ? ふむ、そ れにしても、あんな男を好んで亭主にするなんて、世の中にはとんだ物好きな女もいたも のですよ : ニシノはそう言って、おかしそうにくすくすと笑っている。 私は迷った末に、記録に書かれていたことは話さずにおいた。 道化者、愛妻家、子煩悩で鳥を愛する小男オオ。ハは、しかし収容所勤務時代には捕虜た ちから″り屋〃と呼ばれ、もっとも恐れられていたのであった。 翌日は本来の行方不明者の調査のため、スガモプリズン内の資料室で証言の山に埋もれ ていると、制服を着た若いアメリカ兵が私を呼びに現れた。 「ミスタ・フェアフィールド、正門受付で日本人の面会人が待っていますー 「私に ? 日本人の面会人 ? 」とっさに思いっかず、首をかしげた。 「それが、名前を言わないのです。いくらたずねても″自分は・・—の一員だ。そう

10. トーキョー・プリズン

扱い、あるいは死に至らしめたという。もしかするとキジマは自分の非人道的な行為を正 だとすれば、キジマは 当化し、罰を逃れるための理由を探しているだけではないのかフ はじめからこの世に存在しないものを求めていることになる : 私は小さく首を振った。 いずれにしても、″まずは客観的な事実を知り、しかる後に推理を組み立てる〃それが フェアフィールド探偵事務所、第一のモットー 私は机の上にファイルを開いて、添付されていた捕虜たちの宣誓供述書を読みはじめた。 ( アメリカ軍大尉—・・ジョウンズの証一一一口 ) 一九四四年十月十一日、キジマはささいな命令違反を犯した私を壁の前に直立させ、 左右の拳で交互に殴りつけた。私が倒れると、彼は部下に命じて私を引き起こさせ、 さらにしつこく殴りつけた。その後私は、水の入った。ハケツを持ったまま長時間屋外 に立っことを強要された。 ( オランダ兵・・ウォールの証一一一口 ) キジマは気の狂ったサディストで、彼はたびたび作業中のちょっとしたことが原因で われわれ捕虜に容赦なく殴りかかった。われわれは手や竹の棒、その他ありとあらゆ る道具で殴られた。一人のアメリカ兵は腹部を軍刀で刺されて死んだ。 こぶし