看守 - みる会図書館


検索対象: トーキョー・プリズン
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1. トーキョー・プリズン

ゲートの向こう側に一列に並ばされた男たちは、まず先頭の者から一人ずつ、周囲を取 り囲むアメリカ兵たちの手荒い手伝いを受けて、素っ裸にされた。それから写真と指紋を 取られ、頭の上からの白い粉をたっぷり振りかけられる。白い粉に目をまわしたり、 たた むせたりしていると、周囲を取り囲んだ大柄なアメリカ人の看守たちが手を叩き、大声で 彼を急き立てた。 ゴ ゴ 「ハリアツ。フー 素っ裸のまま追い立てられるようにしてゲートに進むと、そこで徹底的な身体検査が行 われる。何人もの看守たちが見守るなか、両手を挙げたままぐるりとその場で回らされた のぞ り、ロの中をベンライトで覗かれるのはともかく、ゴム手袋をした当番看守が尻の穴まで 確認するという念の入れ方だ。それが済むと、彼は″こちら側〃で用意された番号付きの 囚人服を与えられる。 それでようやく一人、新たな囚人のできあがりだった。 「ネクスト 看守の掛け声とともに、二人目の作業が開始される : 見ている私にとってもっとも奇妙に思われたことは、日本の男たちがみな、並んで順番 を待つあいだも、また〃受け入れ作業〃のあいだも、終始一貫して無言であったことだ。 誰ひとり文句を言う者はなく、あるいは互いに眼を合わすことさえしない。みんなのつべ しり

2. トーキョー・プリズン

監房棟から本館に戻ってこようとしたところ、ゲートの手前で止められた。 「すみません。ちょっと待っていてもらえますかー若い看守の一人が自分の肩越しに親指 を突き立てて言った。「これから受け入れ作業をはじめるところでしてね。そのあいだは なんびと 何人といえどもゲートを通すわけこよ、 冫をしかないのです」 目をやると、本館と監房棟をむすぶ通路ーーーゲートの向こう側 に、十人ほどの小柄 な日本の男たちが一列に並ばされていた。 「受け入れ作業 ? 」看守に視線を戻してたずねた。 「今日、新たに逮捕されてきた戦犯容疑者たちです。新参の囚人をプリズンに受け人れる ためには一連の手続きが必要でしてね。じきに終わると思いますので、それまでお待ちく ださい」 「他に出入り口はないのか ? 」念のために訊いてみた。 「そんなものありませんよー看守は肩をすくめた。「このゲートが監房棟への唯一の出人 プり口です。第一、他からいろいろと出人りできるようじゃ、プリズンとしてどうかと思い 一ますがね」 キ「それもそうだな」 と私たちが会話を交わすあいだにも、通路では〃受け入れ作業〃が始まったようすであ った。しばらくは眺めているよりほかにすることもない。 作業は、およそ次のような手順で行われた。

3. トーキョー・プリズン

「さあね。どうせろくでもないことをやったに決まっているさ」グレイは興味なげに言っ た。「何にしても、囚人も看守も男ばかりのところに、たった一人の女だからな。このあ いだの映画鑑賞会のときも、男たちの間に座らせるわけにもいかないっていうんで、あの 女一人だけがスクリーンの表側に陣取って、あとの連中は裏側から左右反対の映画を観る ことになった。大したお姫様扱いだよ。それで文句も出やしねえ。最近じゃ、日本人の囚 人たちだけじゃなく、アメリカ人の看守連中まで一緒になってちやほやするものだから、 あの野郎、調子に乗ってすっかりいい気でいやがる」 「囚われの身で、まさかいい気ということもないだろう」私は苦笑した。 「なにしろ気の強い女だよー肩をすくめて言った。「ニシノなんか、通訳として取り調べ に立ち会ったばっかりに、あの女から『この屈辱は生涯忘れない。あなたの名前を訊いて にら おこう』と睨まれて、それ以来すっかりビビっているくらいだ」 ズ プその日は結局、ヤング看護兵には会えなかった。 一キジマの独房前に戻ってみると、すでに当番の交替が行われており、代わった看守の若 キ者によれば、ヤングは「これから外出する」と言っていたという話だった。 念のため、行き先をたずねてみたが、 「あいつがどこに行ったかですって ? ちえつ、なんでぼくがそんなことを知っていなく ちゃならないんです」

4. トーキョー・プリズン

私は、当番の看守係の若者を振り返り、ドアを開けてくれるよう頼んだ。 「キジマ、ドアを開けるそ ! 」 看守の呼びかけにも、中の男が反応を示す気配はなかった。 かぎ 看守係の若者は、鍵をがちゃっかせて独房のドアを開け、私を中に入れると、慌てた様 子ですぐにドアを閉じ、ご丁寧に鍵までかけた。それはまるでーー囚人の逃亡を阻止する ためというよりはーー・独房の中に潜む〃目に見えぬ何か〃を恐れての行為のように思われ 背後でドアが閉まると、独房の中は急に静かになった。 とも 昼間だというのに天井からぶら下がった電球が灯され、シ = ードなしのその光は白い壁 に反射してまぶしいほどだ。 キジマは相変わらず無言のまま、そして表情のない顔を天井に向けたままであった。 歓迎の抱擁やキスは、期待しても無駄のようだ。 プ私はべッドのわきに歩み寄り、折り畳み式の椅子を開いて腰を下ろした。それから勝手 にタバコを取り出し、火をつけて、独房の中を見回した。 キ部屋は幅約二メートル、奥行き約一二メートル。日本の伝統的な敷物であるタタミ・マッ トを二枚敷き詰め、その上にべッドを置いてある。奥は板の間になっていた。たしか壁に は頑丈な鉄格子つきの小さな窓が一つあるはずだが、いまは分厚いカーテンが引かれ、外 の様子を見ることはできなかった。窓際の左隅に腰の高さほどの作り付けの整理棚、窓の

5. トーキョー・プリズン

202 ″捕虜の人たちがあまりにも頻繁に殴られている % それらの証言はむしろ、多くの場合 キジマが直接の行為者でなかったことを意味しているのではないでしようか ? 」 私は呆れて、ポカンと口をあけた。 〃黒〃と見えたものはじつは〃白〃であり、本当は″白〃が″黒〃だった。 キョウコの思いっきは、あまりに突拍子もないものに思えた。 すると、今度はイツオが口を開いた。 「キジマ以外の日本人の看守たちにしても、言葉の通じない捕虜たちになにかさせようと いう場合、あるいは捕虜たちがちょっとした過ちを犯した場合、押したり、殴ったりする ことを間違っているとは考えていなかったのかもしれません。押したり、殴ったりするこ とは、われわれ日本人の習慣となっていて、看守たちは所長に報告してことを大きくする よりも、押したり、殴ったりして済ませる方が捕虜のためによいことだと考えていた可能 性があります」 「押したり、殴ったり ? 」 たとえば捕虜が危険なところへむかって知らずに進んでいくのを防ぐために、あ かっこう るいは慣れないトロッコをおかしな恰好で押している捕虜がケガをしないように、といっ た意味です。本来親切心から出たそれらの行為が、言葉が通じないために、捕虜たちにひ どい扱いを受けたと取られる場合が多かったとは考えられませんかね ? 」 「それにしたって、殴るのはやり過ぎだ」

6. トーキョー・プリズン

ような嫌な野郎だったってことだよ。すぐ上に密告しやがるし : 「報告」 「なに ? 」 「規則違反を上にあげるのは、一般的には密告じゃなく報告というのだと思うよ」ニシノ はそう言って、私に向き直った。 「ぼくはやつばり自殺だと思いますね。先日もミラー軍曹は。ほくに『日本人はにつこり笑 って〃イエス〃というくせに、あとで確認するとなにも理解しちゃいない。連中は一見ジ エントルだが、なにを考えているのかさつばりわからない』と言って、ぼやいていました から。彼は看守の取りまとめ役として、囚人たちの扱いにひどく悩んでいるようすでした。 それに、プライベートでもトラブルも抱えているようでしたし : : : 」 プライベ 1 ト 「個人的なトラブル ? ー私は興味を覚えて顔をあげた。 あざけ ニシノは困ったように顔をしかめた。グレイが嘲るような口調で言った。 「知りたきや自分で〃お嬢ちゃん〃に訊いてみるんだな」 「ヤング看護兵のことです」ニシノが肩をすくめた。「″お嬢ちゃん〃というのは、看守う ちでの彼のあだ名でしてね」 「そのヤング看護兵とやらには、どこに行けば会えるんだ ? ほしよ、つ 「さあ ? 病棟前の歩哨にでも立っているんじゃないですか」 「いや、違うな」とグレイが軍支給の腕時計にちらりと目をやった。「この時間は未決監

7. トーキョー・プリズン

「だからきみは何度も無謀な脱走を試み、今度は今度でジョンソン中佐とのわりに合わな い取り引きに応じた : : : そういうわけか ? 」 キジマは無一言のまま、かすかに顎をひいた。 「事件について、どこまで知っている ? 」私は語調を変えてキジマに尋ねた。「私がきみ の記憶を取り戻す手伝いをする代わりに、推理するよう頼まれた事件のことだが ? 」 「このスガモ。フリズン内で一人の看守が死んだ。彼の死にはいくつか不可解な点がある。 : いまのところ、それだけだ」 私は紙挟みの中から事件に関するファイルを抜き出し、キジマの顔の前でひらひらと振 って見せた。 それとも私が説明しようか ? 」 「自分で読むかい ? 「そうだな。まずはあんたの口から概要を聞かせてもらおうか」 キジマはそう言うと顔を天井に向け、ようやく半分ほど目を閉じた。 一「事件が起きたのはいまから三日前のことだ」 キ私は、さっき読んだばかりのファイルの内容を思い出して口を開いた。 「看守を統括していたミラー軍曹が、自分の部屋の床に倒れているところを朝になって発 見された。外傷はなかったので、最初は心臓の病気かと思われたが、病歴がないことから 一応解剖に回された。その結果、青酸系の毒物による中毒死だということが判明したのだ。

8. トーキョー・プリズン

376 私が訊き返すより先に、看守が二人がかりでキジマを両脇から支えて、廊下の真ん中に 引き戻した。 キジマはまたなにごともなかったようにしつかりとした足取りで歩きはじめ、そのまま ぼうぜん 振り返ることなく歩み去った。私はキジマの薄い肩が廊下の角を曲がっていくのを、呆然 として見送っていた。 私には、自分の眼が、耳が、信じられなかった。 看守に引き戻される一瞬、キジマはにやりと笑い、私に片目をつむってみせたのだ。ま るで、気心が知れた古くからの友人にするように : じゅばく やがてキジマの姿が角を曲がり、視界から消えると、私は急に呪縛を解かれたように我 に返った。いちどきに印象が押し寄せ、思考が回りはじめた。そして 驚くべき結論に達した。 キジマは私を覚えている。キジマは私の記憶を失ってなどいなかっ、たのだ ! いっからだ ? 私は慌ただしく自分の記憶を点検した。 はじめて会ったとき、彼は間違いなく戦争中の記憶を失っていた。失われた記憶につい : とすると、やはりあのとき、 て語ったとき、キジマの顔に浮かんだ苦悩は本物だった。 怒り狂ったグレイの手で独房の壁に叩きつけられて気を失い、ふたたび意識を取り戻した、 あのときた。強盗に頭を殴られて記憶を失っていたキジマは、頭に同種の衝撃を受けたこ

9. トーキョー・プリズン

トーキョー・プリズン もけっして存在しないだろう。そもそも民主主義には完全な形なんてものは存在しない。 それが民主主義の特徴なんだ」彼は大きく見開いた眼をぎらぎらと輝かせ、低い、ようや く聞き取れるほどのかすれた声で、早口につづけた。「あんたたちは今度の戦争は民主主 義を守るための戦いだったと言っている。すると、本当は良心などではなく、民主主義こ そがあんたたちに戦争を許し、人を殺すことを許したわけだ。なるほど、古代ギリシアで 発明された民主主義は人類の偉大な発明品の一つかもしれない。だが、大きな正義という やつは、民主主義であろうがテンノウ制であろうが、いくら真っ白に見えようと、近づく : こんな具合にな」 と無数の染みがあるものなのだ。 たた キジマはそう言うと、ふいに手を伸ばし、べッドの反対側の壁に勢いよく叩きつけた。 彼が壁から手を取りのけると、真っ赤な血のあとが小さな丸い点になっているのが見え かぎ がちゃがちゃと鍵を回す音がして、独房の扉が開いた。 のぞ 看守の若者が、恐る恐る顔を覗かせた。 「 : : : 大丈夫ですか ? 」 「なんでもない」私は首を振って答えた。「壁に這っていた虫を殺しただけだ」 「ああ、南京虫ですね。ここはよく出るんですよー看守の若者はほっとしたように言うと、 私を見てたずねた。「ところで、そろそろ交替の時間なんですが : : : 」 私はべッドの上に目をやった。

10. トーキョー・プリズン

トーキョー・プリズン 383 なぜか ? いまとなれば、理由はいくらでも思いつく。日本人看守のほとんどが英 語を話せなかった。異なった文化への相互の無理解。日本軍の実現不可能な現地調達 主義。住民たちが捕虜に向けるいわれなき憎悪 : ・ 戦況が悪化するにつれ、収容所を取り巻く環境はますます悪くなっていった。捕虜 たちに充分な食料が行き渡らない。病人が出ても与える薬がない。、 しくら厳しく注意 しても何人かの看守たちは捕虜を殴ることをやめず、また捕虜たちのあいだでも盜難 が多発する有り様だ。 俺は上位機関に対して、ことあるごとに苦情を訴えた。「このままでは捕虜たちが 暴動をおこすかもしれない」と脅しめいたことを口にしたことさえあった。 だが、そのたびに戻ってくる答えはいつも同じだった。日く、 「テキトーニ、ショチセョ」 東洋には四面楚歌という表現がある。 捕虜の待遇改善に走りまわる俺に、部下たちの眼は冷たかった。地元住民のなかに も「敵の捕虜など殺してしまえ」と声高に言う者もあり、俺の官舎にその旨を書面に 書いて、匿名で投げ込んでいく者さえあった。 彼らの反応はしかし、一面無理もないことだったのだ。日本の軍隊では常々「捕虜 になるような奴は国の恥であり、人間のクズだ」と教えていたのだから。 捕虜収容所を〃より良きもの〃にしようとした俺の考えには誰も耳を傾けず、それ