調査 - みる会図書館


検索対象: トーキョー・プリズン
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1. トーキョー・プリズン

359 会わないでくれたまえ。せつかく戻った彼の記憶が混乱するといけないからな」 「ノー」私は反射的に言った。 「これは命令なのだ」ジョンソン中佐は私の顔に視線を据え、引き絞るように目を細めた。 「きみがもし今後もプリズン内で行方不明者の資料調査を続けたいのなら、命令に従って もらうしかない。従うか、出て行くかだ」 私は治療途中の奥歯を強くかみしめた。 プリズン内には眼を通していない資料が数多く残っていた。このままでは、依頼人は私 の報告にとうてい納得しないだろう。依頼人は クリスの母親は、一人息子がいまもど こかで捕虜として苦しんでいるという妄想に憑かれている。が、その一方で、諦めるきっ かけを欲してもいるのだ。そのためには、少なくとも調査に全力を尽くしたという事実が 重要だった。たとえ調査の結果クリスの消息がやはり不明であったとしても、やるべきこ ズとはすべてやったという事実が。もし私の報告に納得できなければ、彼女はいつまでも妄 。フ 想を手放すことができなくなる。その先には、本物の狂気があるだけだ。 生きている者のため、同時に死者を静かに死なしめるためにも、私はまだこの場所を出 よ、つこ 0 て行くわけこよ、 「どのみちキジマはきみを覚えていないのだろう ? 」ジョンソン中佐が書き終わった書類 を机の上から取り上げ、とりなすような口調で言った。「さあ、これが新しい許可証だ。 資料調べはいくらやってくれてもかまわない。その代わり、キジマの専門担当官としての あきら

2. トーキョー・プリズン

103 トーキョー・プリズン きみたちに明かしたんだ」ジョンソン中佐は本来の冷ややかな調子に戻って言った。「も し早急に真相が明らかにならない場合は、あるいは調査が不完全だった場合も、ぎみには それなりの責任を取ってもらうことになるだろう。きみを推薦したニュージーランド人判 事殿にも、なんらかの弁明を求めるような事態にならないことを祈っているよ」 スケープ・ゴ 1 ト 生け贄の山羊を手に入れたプリズン管理責任者は、よく光る眼で、舌なめずりをするよ うに一一 = ロった。 いずれにせよ、私に与えられた会見時間はそれで終わりであった。 回れ右をして部屋を出て行こうとすると、ジョンソン中佐は机の上にひろげた別の書類 に眼を落としたまま、私にたずねた。 「ところで、歯医者にはもう行ったのかね ? 」 私は今朝からまた自己主張しはじめている奥歯の存在を思い出して顔をしかめた。 「管理棟を抜けて右折、監房棟の三つ目の扉を開けると中庭に出る」ジョンソン中佐は相 変わらず顔もあげずに言った。「目の前に並んでいる三つの建物がプリズン付設の病棟だ。 一番奥、 0 棟に歯科治療室がある」 返事に迷っていると、ちらりと眼をあげた。 コ言っただろう、私はきみの調査に全面的に協力しているのだよ。プリズン内でのきみの 行動はすべて報告されている。昨日きみは、ヤング看護兵を探していたそうじゃないか ? 彼は今、歯科治療室に詰めているはずだ。行ってみたまえ」

3. トーキョー・プリズン

220 「そうだな」とキジマは、今度は私の冗談には取り合わなかった。「ますは、外科にかか った者への調べをつづけてくれ。共犯者はともかく、このプリズン内に実際に被害者に毒 物を与えた実行犯がいるはずだ」 「実行犯、ね」 「あとは、あんたがこれまでに調べたことをタイプしてくれ。なにか抜けている気がする のだが、それが何なのかを確かめたい」 「私の調査が不充分だというのか ? 」 「あんたのせいじゃないさ」キジマが無表情に私を見た。「前提が間違っているだけだよ」 「前提、だと ? 」 「あんたはなぜ『殺すなかれ』などという戒律があると思っているんだ ? 」にやりと笑っ た。「カインによる弟アベル殺し。あんたたちキリスト教徒によれば、それが人類史上最 ぐうわ 初の殺人事件ということになる。あの寓話はいったいなにを意味している ? 「なにが言いたい ? 」 「あんたはさっき『最近医者にかかった者を調べているが、いまのところ疑わしい者は見 当たらない』と俺に言った。だが、そもそも〃疑わしい点〃などというものは必要ではな いのだ。人はお互い殺し合う。機会があれば、必す。わざわざ『殺すなかれ』と言わなけ ればならないのは、人間は放っておけばお互いを殺し合う生き物だからだ。それらしい動 機などというものは、いつの場合も後からこじつけた理由にすぎないのさ」

4. トーキョー・プリズン

102 「先日も」とジョンソン中佐はなにか思いついたように、またロを開いた。「囚人の一人 が本館の掃除を終えて戻ってくるさい、彼の持っていたタバコが一箱から二箱になってい るのが発見された。面会室を掃除中に床に落ちているのを拾ったそうだ。もちろんわれわ れは、彼がそんなものを中に持ち込むのを許さなかった。タバコ一箱が一一箱になっている ことさえ見逃さないのだ。どんなささいなものであれ、囚人が何かを内に持ち込むことは 絶対にありえない。もちろん、彼らがプリズン内で毒物を手に入れることなど、絶対に不 可能だ」 いったい誰が二人を殺したのです ? 」私は困惑し 「しかし、囚人が犯人でないとすれば、 てたずねた。 ジョンソン中佐の唇の端に、ふと奇妙な笑みが浮かんだ。 「それをきみたちが調べるんだろう ? ー彼は急にくだけた調子で言った。「間違ってもら っちゃ困る。私はきみに手を引くよう忠告したのだよ。それなのに、きみが賭け金をつり あげた。違うかねフ やられた、私は思わず小さく舌打ちをした。 考えてみれば、ジョンソン中佐が民間人の、まして私立探偵などといういかがわしい存 在の忠告を受け入れるはずはなかった。彼は表面上、私の提案を受け入れたふりをしただ けだったのだ。 「私はきみたちの調査に全面的に協力した。こうしてプリズン内の内部情報さえ、すべて

5. トーキョー・プリズン

「しかし : : : そんなことができるでしようか ? 「キジマに関する資料には、 いくつかひっかかる点がある。それらの点を明らかにできた なら、あるいは : : : 」 「キジマを救うことができるのですね ? 」 「全然無駄かもしれないし、もしかすると逆の結果になるかもしれない 「ノー・プロブレムです ! ーイツオは急に生き生きとした顔になって言った。「何もやらな いよりは全然ましですよ ! エディさん、あなたの調査に是非・ほくたちも協力させてくだ 鼻息荒く迫ってくるイツオのまるい顔を前にして、私は思わず苦笑をもらした。 なんとも妙な成り行きになったものである。 あなたの調査もなにも、キジマとの関わりはジョンソン中佐から無理やり押しつけられ た、やっかいな、いわばオマケ仕事なのだ。ところがそのオマケ仕事の方が、どんどんと プ私を巻き込んでいく。この分では、よほど注意しないと、気が付いたときには本当に〃キ 一ジマの専門担当官〃になっていたということになりかねない。 キ とはいえ、言葉のできない私がこの地で調査を行うためには、どのみち通訳が必要だ。 申し出は、私にとってもむしろ有り難い話だった。 私はイツオに手を差し出した。「きみたち二人に協力をお願いしたいー 「喜んで !

6. トーキョー・プリズン

私は、遅ればせながら、ようやくジョンソン中佐の意図に気づいて苦笑した。要するに ″狂人の面倒は狂人に見させるにしくはない〃、彼はそう考えているのだ。 「いいでしよう。私にはキジマの気持ちが、あなたよりはいくらかわかるかもしれない」 私は言った。「それであなたは、私に何を期待しているのです ? 脱走癖のあるそのキジ マという囚人に関して、私は具体的に何をすればよいのです ? 」 「後でファイルを読んでもらえればわかるが、キジマは記憶を失っている」ジョンソン中 佐は上体を引き、椅子の背にもたれながら言った。「いや、詐病ではない。信頼のおける 軍医たちが、何度も彼を慎重に検査をして、そう結論を下したのだ。どうやらキジマの頭 からは現在、本当に、今度の戦争中の五年間の記憶がすっぽり抜け落ちているらしい。キ ジマは、失われた記憶を取り戻すことを強く望んでいる」 続きを待った。 「そこでわれわれは、キジマに次のことを提案したのだ。彼はプリズン内で起きた不可解 プな事件を推理する。その代わりにわれわれは、キジマが記憶を取り戻すための調査を手伝 一う。その間、彼はいかなる脱獄も試みない。 ・つまりミスタ・フェアフィールド、きみ キにはしばらくの間、身動きでぎないキジマの担当官を・ーーーはっきり言えば、キジマの ートナ ト相棒役をつとめてもらいたいのだ」 しばたた 私はぼかんとして目を瞬かせた。間の抜けた顔をしているのが自分でもわかった。 「本気で言っているのですか ? 」

7. トーキョー・プリズン

トーキョー・プリズン 可能性は二つだ。鞄はまだ盗んだ者ーーー浮浪児ーーーの手元にあるか、あるいはすでに新聞 を読まない他の者の手にわたったかだ。その場合はいずれも、新聞に広告を出すだけでは なく、こっちから出向いて行くしか接触する手立てがない。つまり、足をつかった古典的 な聞き込み捜査こそが有効なんじゃないだろうか ? 」 バック・トウ・ザ・ドローイング・ポード 「振り出しに戻る」イツオが肩をすくめた。「最初からそうすべきでしたね」 「二組に分かれよう」私は聞こえないふりで提案した。「キョウコは私と一緒に行く。イ ツオは一人で頼む。あとで分担地区を決めよう」 「なるほど、その方が効率がいいな」私の提案にイツオが頷いた。 キョウコが反対を唱えた。「それならいっそ、三人で手分けしてまわった方が : : : 」 「頼むよ。私にはどのみち通訳が必要なのだ」私は肩をすくめてみせた。 口には出さなかったが、混乱しているいまの日本の状況を考えれば、キョウコに一人で トーキヨーの街を歩かせるのはあまりにも危険であった。 翌日、久しぶりにスガモプリズンに顔を出すと、三日分のいやみが私を待っていた。 しんちよく ジョンソン中佐から調査の進捗状況について報告がないと文句を言われたのは仕方がな い。タイプした報告書を届けたさい、キジマが冷ややかな顔で皮肉を言ったのも、まあわ フリズン内で知り合いに からないではない。だが、二世通訳のニシノやグレイといった、。 なったーーある意味関係のないーー者たちにまで、三日間プリズンに顔を出さなかったこ

8. トーキョー・プリズン

た私は、彼 ( マサヨシ・オオバ ) に話を聞けばキジマの過去がいくらかはっきりするので はないかと期待したのだが、どうやら見込み違いだったらしい 私は肩をすくめ、オオバにはさらに何本かタバコを与えて、引き取らせた。 オオバが腰をかがめ、ペこペこと何度も頭を下げて立ち去ったあと、通訳をしてくれて いたニシノが私を振り返って不思議そうにたずねた。 「キジマ ? その男がミラー軍曹を殺した犯人なんですか ? 」 「いや、いまのは別件の調査だ」私は自分のタバコに火をつけて言った。 ニシノが妙な顔をしているので、事情をかいつまんで話した。 「記憶喪失の男の過去を探る、ですか」ニシノは感心したように言った。「そっちの調査 も面白そうですね」 「まあ、そういう言い方もあるな」あいまいに頷いた。 ン のぞ 以「しかし、日本人相手の調査は一筋縄ではいきませんよ」 = シノが私の顔を覗き込み、気 の毒そうに首を振った。「いまの男ーーオオバの場合でもおわかりでしようが、彼らはま ず訊かれた質問に直接答えることはしないのです。連中はなんでもかんでもはぐらかして、 それで責任を取らずにすませられると思っているのです」 「オオバの反応は、あるていど予想していたことだ」私は言った。「彼自身が、収容所時 げんち イに行った捕虜虐待を理由に裁判を待っ身なのだ。自分に不利な言質をとられたくないの だろう」

9. トーキョー・プリズン

308 失うものなんかなンにもないからね」 翌朝、定宿にしているプレス・クラブの一室で目が覚めると、あちこち体が痛んだ。 べッドの上に横になったまま、昨夜のことを思い出した。 あれから待ち合わせのホテルにキョウコを送っていくと、いらいらしながら待っていた ィッオが、彼女の手に巻かれた包帯を見つけて大声をあげ、他の連中、ーーコヤマ老夫婦、 ホフマン神父ーーーも加わって、ひとしきり大騒ぎとなった。 結局一番疲れているはずのキョウコが努めて元気に振るまい、彼らをなだめて回ったも のの、それそれその日の調査報告を済ませるまでには、さらに何度かお茶の間喜劇風の騒 ぎが演しられなければならなかった。 かばん 新聞広告を見て持ち込まれる鞄は、相変わらず数こそ多かったが、感謝状につながる手 掛かりはなにも得られていなかった ( 「明日モ続ケマスョ」。コヤマ老夫婦とホフマン神父 は顔を見合わせ、にこにこしながら言った ) 。 一方、トーキヨー駅周辺の聞き込みを行ったイツオの調査にもなんら成果はなく、とな ると、キョウコと私のチームの成績が際立って見えた。 けんか ポビイたちと喧嘩になったのはまずかったが、その代わり、捕虜刺殺事件についての意 外な真相が明らかになった。実際にタエコに法廷で証言してもらうかどうかはともかく、 これでキジマの正体に一歩近づいたのは確かだ。あれこれ考えあわせると、一日の調査と

10. トーキョー・プリズン

グ自殺」のニュースはたちまち世界中を駆け巡り、関係者に多大な興奮と、少なからぬ衝 撃を与えていた。 だが、ナチス高官が自殺したことが、私や、ましてやキジマとかいう日本の囚人と、 ったいなんの関係があるというのだ ? 「きみには、あのゲーリングが自殺用の青酸カリを獄中にどうやって持ち込んだのかわか るかね ? 」ジョンソン中佐は、私の顔に目を据えたまま言葉をつづけた。「ナチス高官で 彼こよ何と ある彼が、獄中で服毒自殺を遂げることなど本来あってはならぬことだった。 , 冫を しても正義の裁きを受けさせなければならなかったのだ。実際、逮捕された後、ゲーリン グは一日二十四時間、つねに、厳重に監視されていた。だが彼は、結局、自ら準備した青 酸カリを獄中で仰いで、処刑一一時間前にまんまと自殺してしまった。 ニュルンベルクで大騒ぎになったことは言うまでもない。彼がいったいどうやって厳重 な監視の目をかいくぐって青酸カリを持ち込み、またどこに隠し持っていたのか ? 再発 プ防止のためにも、ゲーリングのとった方法が明らかにされなければならなかった。調査委 しい、か、れ、 一員会がつくられ、何人もの専門家たちによって調査がつづけられていた : キ調査は依然として継続中だったのだ。 ところがキジマは、、、 ケーリングの写真をひと目見ただけで、彼が獄中に青酸カリを持ち 込んだある可能性を指摘した。無論、看守からの報告を聞いた時点で、われわれは半信半 疑だった。だが、一応可能性は可能性として、ニュルンベルクに伝えた方がいいと判断し