本多 - みる会図書館


検索対象: マスカレード・ホテル
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1. マスカレード・ホテル

「本多さん本人からは話を聞いてくれましたか」新田は訊いた。 「今朝、会社に出向いてきました」能勢は意味ありげに口元を緩めてカメラをポケット にしまい、代わりに手帳を出した。もったいをつけるように、ゆっくりと開く。「何と なく、そういう話になった。本多さんはそうおっしやってますー 「何となく ? 」 「つまりはこういうことです。井上浩代と昔話なんぞをしているうちに、かって付き合 った男の話になった。すると井上がこんなことをいう。ところで、例の元カレには連絡 してみたの ? 、能勢が気味悪く身体をくねらせた。 「例の元カレ ? 「無論、手嶋のことです。本多さんは手嶋とのことを井上にも話していたそうです。で、 ここからが少し複雑なのですが」周囲には誰もいないが、能勢は声をひそめた。「たぶ ん本多さんは、まだ手嶋に未練があるようですな。新しい彼氏とは、あまりうまくいっ てないらしいです。できれば手嶋とよりを戻したい、そんなふうに考えておられるよう です」 もっともらしく話す丸顔の刑事の顔を新田は見返した。 「それを聞き出したんですか。本多さんから」 「いや、はっきりとそうおっしやったわけではありません。雑談なんぞを交えながらい

2. マスカレード・ホテル

307 マスカレド・ホテル 品川の近くだと思われます , 「なるほど。で、その上で井上浩代は本多さんが手嶋に電話をかけるよう話を誘導する : と」能勢が引き継いでいった。「本多さんは何の疑いもなく、登録されている手嶋 の番号にかける。偽の場所にいる手嶋は、その電話を受ける」 「次に手順その二です。本多さんが手嶋との電話を終えた後、井上浩代は再び隙を見て、 先程変更しておいた手嶋の番号を元に戻す。さらに、その状態で発信します , ほう、というように能勢が口をすばめた。「それは何のためですか」 「その時間に、本多千鶴さんのケータイから手嶋の部屋に間違いなく電話がかけられた、 という通話記録を残すためです。おそらく手嶋の部屋の電話は、留守番電話になってい たのでしよう。そして最後に手順その三。本多さんが手嶋と話した際の発信履歴を携帯 電話から消しておく。これで完了です」 「うーん、なるほどねえ」能勢は腕組みし、唸った。「そういう手がありましたか」 「ケータイに一度登録してしまった番号というのは、余程のことがないかぎり確認しま 一せんからね。勝手に書き換えられていても気づかない。本多さん自身、自分が別の場所 にいる相手と話したとは、夢にも思わないでしよう」 栗原健治によって気づかされたことだった。ホテルの交換手が意図的に別のところに 繋いでも、かけた人間にはそれがわからない。そのトリックを第一の事件で使えないか

3. マスカレード・ホテル

囲 今度は新田が不敵な笑みを浮かべる番だった。彼が唇の端を上げるのを見て、能勢は 意外そうに瞬きした。 「井上に誘導されたにせよ、本多さんが手嶋に電話をかけたのは事実です。だけど、手 嶋の部屋にかけたとはかぎりません 新田の言葉に能勢は目を丸くした。「えつ、どういうことですか」 「手嶋の番号は、本多さんのケータイに登録されていました。だから電話をかけようと 思えば、単にそれを選んで発信ボタンを押すだけです。仮にその番号が違っていたとし ても気づかないー まえかが 能勢はロを半開きにして背中を反らせた後、また前屈みになった。 「本多さんのケータイに登録されていた番号が書き換えられていたと ? 「同じ部屋にいた井上浩代なら可能じゃないでしようか。本多さんが目を離した隙にや れば。部屋ではケ 1 タイを無造作に置きつばなしにしている人も多いし」 「たしかにありえます。ただ、いろいろと問題は残りますな」 「通話記録と履歴のことですね。それについても考えてみました」新田は人差し指を立 てて、説明を始めた。「まずは手順その一。井上浩代は本多さんの部屋へ行き、隙を見 て携帯電話に登録されている手嶋の番号を別の番号に書き換えます。一方手嶋は、その 番号の電話がある場所で待機しています。この場所というのは、第一の犯行現場である

4. マスカレード・ホテル

305 マスカレド・ホテル ろいろと話をしているうちに、なるほどそういうことかと呑み込めた次第で。だからま あ、私の勘違いかもしれんわけですが」 謙遜気味に話すが、能勢のロぶりから察すると、どうやら自信があるようだ。人間の 本音を引き出す術を心得ているということか。じつは優秀な刑事だ、と本宮がいってい たのを、新田は改めて思い出した。 「それで、そこから先はどうなりました。元カレに連絡をしてみたのかと井上が訊いて、 本多さんは何と答えたんですかー 「していない、と答えたそうです。すると井上が本多さんにいったらしいです。そんな に気になるなら、その元カレに今すぐにでも電話をかけてみたら、とね 新田は目を見開き、右手で、ばんとテープルを叩いた。 「やつばりそうか。井上が電話をかけるようにそそのかしてたんだ」 「当たりでしたね。井上は本多さんの手嶋に対する未練を知っていたから、水を向けれ ば乗ってくると踏んだんですよ。本多さんは明言されませんでしたが、以前から手嶋に ためら 一電話をかけたかったけれど、その理由がなくて躊躇っていたようです」 「井上と手嶋は、その心理を利用したんだ。二人は共犯だ」新田は断言した。 とど 「いや、しかし大きな問題がー能勢が押し止めるように両手を出した。「仮に意図的に 電話をかけさせたにせよ、アリバイが成立しているのは事実ですー

5. マスカレード・ホテル

「似ているようにも思うけど、自信はないってことでした。あまりよく覚えてないんだ そうです。女性の顔をじろじろ見るのは失礼だと思ったともいっています。まあ、無理 ないかもしれませんな」 新田は両肘をテープルにつき、重ねた手の甲に顎を載せた。 「もし井上浩代が不倫をしていて、その相手が被害者だったとしたら、それが殺害の動 機になることはあるかな : 「ならんことはないでしような」能勢は即答した。「愛情と憎しみは紙一重です。裏切 ふくしゅう り、嫉妬、復讐、男と女の間にはどんなことでも起こりうる。ただ、井上浩代に犯行 は無理です。完璧なアリバイがある。犯行時刻、井上は本多千鶴さんの部屋にいました。 部屋にいて、本多さんが手嶋正樹に電話をかけるのを横で聞いています、 「その電話が怪しいんですよね , 「おっしやる通りです。今、隠し撮りをするために井上浩代を呼びだしたといいました ホ が、その時に、本多さんが手嶋に電話をかけた時のことを、もう少し詳しく聞かせてほ 一しいといってみました。井上の反応は明らかに不自然でしたね。よく覚えてないの一点 張りで、話を早くきりあげたくて仕方がないといった感じでした」 ス マ あの電話のことで、もし井上浩代に何か隠し事があるのなら、改めて刑事が来たりす れば、当然動揺するだろう。

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く、山岸尚美の意見だった。しかしそんな裏話をわざわざ打ち明ける必要はない。 「それで能勢さんに調べてほしいのはーーー」 新田がそういったところで、皆までいうな、とばかりに能勢が顔の前で右手を広げた。 いのうえひろよ 「わかっています。井上浩代のことでしよう」彼は内ポケットから出した小さなノート を広げた。「手嶋正樹に電話をした元恋人が本多千鶴さん。その場に居合わせた本多さ んの友人が井上浩代です。ああいや、まだ呼び捨てはまずいか。井上浩代さん、です ね , どうやら能勢は新田の狙いを理解しているようだった。 新田は能勢のほうに身体を少し近づけた。 「我々の間では呼び捨てでいいんじゃないですか。井上浩代が手嶋と共犯なら、電話の アリバイも何とかなるような気がします。これまでは、本多さんから電話がかかってく ることを手嶋には予想できなかった、というのも大きな壁になっていましたから」周り ホ に用心しながら、声を落としていった。周囲の客は無論のこと、ほかの捜査員にも聞か 一れたくない内容だった。 能勢は大きく頷いた。 ス マ 「同感です。新田さんの報告書によれば、井上浩代は本多千鶴さんの大学時代の友人と おおもり なっていますね。年齢は二十八歳。結婚して、大森に在住 : : : とーノ 1 トを見ながらい

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ができる準備は整えておく。またこのことは、マスコミその他には一切秘密だ。ホテル の人間にも漏らさぬこと。わかったな」 一方的にいわれ、新田は面食らった。返事に窮していると、「聞こえなかったのか」 と苛立ち混じりの声で稲垣からいわれた。 「いや、その、どういうことでしようか。手嶋と井上をマークって : 「そのままの意味だ。手嶋には岡部哲晴を殺害した疑いがあり、井上浩代は手嶋のアリ ハイ工作に協力したとみられている。アリバイ証人となった本多千鶴さんの携帯電話に 関する記録を詳しく調べたところ、手嶋の部屋にかける数分前、東品川にある休業中の ラーメン屋にかけていることが判明した。だが本多さんは、そんなところにかけた覚え はないといっている。そのラーメン屋は、井上浩代の夫が二か月前まで経営していた。 ラーメ そこから岡部哲晴が殺された現場までは、徒歩でも二十分ほどしかかからない。 ン屋の電話から手嶋の指紋は検出されなかったが、周辺から毛髪や皮脂などを採取して、 すでに鑑定を依頼した」稲垣は淀みなく、早ロでまくしたてた。まるで新田に質 問する暇を与えまいとするかのようだ。 「待ってください。ちょっと待ってください」新田は右手を大きく上下させた。「本多 さんのケータイに井上浩代が細工したんじゃないかってことは、今日の夕方、俺が能勢 さんに話しました。もしかして、それに基づいて捜査が行われたってことですかー

8. マスカレード・ホテル

229 マスカレド・ホテル 「だといいんですがねー 「早速、井上浩代について詳しいことを調べてみます。どこかで手嶋と繋がってると面 白いことになります。あとそれから、本多さんにも、もう一度当たってみる必要があり ますね。手嶋に電話をかけたのは、井上浩代から促されたからじゃないのかってことを はっきりさせたほうがいいでしよう。電話をかけた理由についても、改めて訊いてみま すー能勢はノ 1 トに何やら書き込み始めた。 「本多さんが手嶋に電話をかけた理由ですが、これまでの供述が嘘だとしたら、他人に は話しにくい内容だということです。うまく聞き出せますか ? 新田が訊くと、能勢はノートをしまう手を止め、少し考え込む表情を見せた。だがす ぐに太い首で頷いた。 「まあ、何とかなるでしよう。何かわかったら、すぐに連絡します」そういって勢いよ く立ち上がった。 「ああ、能勢さん」新田も腰を上げた。「このことは、まだほかの人間には話さないで 一もらいたいんですが」 能勢は、目を見開いた。黒目だけが新田のほうに動いた。 「上司にも、いわないほうがいいですか」 「できれば」

9. マスカレード・ホテル

と考えてみたのだ。 「たしかにそうだ。私にしても、人の電話番号を覚えるなんてこと、もう何年もやって ませんからなあ」 「手嶋は、本多さんと話していたのは五分ほどだといいました。ところが通話記録によ れば、本多さんのケータイから手嶋の部屋に電話がかけられていた時間は、たったの二 分だったんです。なぜ二分か。おそらくそれが留守番電話で記録できる最大時間なんだ と思います。不自然さをごまかすために、手嶋の奴、少し長めにいったんですよ。そこ のところを、もっと早く気づくべきでした , 「いやあ、でもすごいじゃないですか。こんなこと、誰も思いっかなかった。大したも んだなあー能勢は首を振りながら新田を見つめてくる。 「たまたまです。それより、能勢さんに確認してほしいことがありますー 能勢が右手を顔の前に出した。 「みなまでいわんでください。わかっています。新田さんの推理が正しければ、本多さ んが実際に手嶋と話した時の通話記録が残っているはずです。自宅とは別の場所にいた 手嶋とね。すぐに確認しましよう」 「それともう一つ」 「井上浩代と手嶋の関係、ですね . 能勢は、につと歯を見せた。「手嶋は被害者の同僚

10. マスカレード・ホテル

228 った。 新田は唇を結んだ。井上浩代のもとへ聞き込みに行った時のことを思い出した。地味 な顔立ちを化粧のカで派手に仕上げたような女性だった。身に着けているものは高級品 ばかりで、夫が成功者であることを窺わせた。ロ数は少なく、尋ねられたこと以外、何 ひとっ余分には答えなかった。殺人事件に関わることだから慎重になっているのだろう、 とその時の新田は考えたのだが、当人には別の思惑があったのかもしれない。 「あの時は、井上浩代は本多さんの供述を裏づける単なる証人だという認識しかありま せんでしたからね。それだけ調べれば、報告書としては十分だと思いました」 「いやあ、そりやそうでしよう。どこからどう見ても、あの時点では関係ない人間だっ たんですから」 慰める口調でいう能勢に、新田は肩をすくめて見せた。「まだ、関係があると決まっ たわけではありませんがねー すると能勢は、、 しや、と身構える仕草をした。その目がいつになく鋭くなっていたの で、新田は少し驚いた。 「これ、当たりじゃないでしようか。先程新田さんから電話をもらった時、そう直感し たんです。理由を訊かれると困りますが、胸騒ぎのようなものがします。もちろん、い い意味での胸騒ぎです。新田さん、これはいけますよー