本宮 - みる会図書館


検索対象: マスカレード・ホテル
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1. マスカレード・ホテル

176 「いかがでしたか。犯人がどんな手を使ってくるか、少しはイメージできたんじゃない ですか」 新田は小さくかぶりを振った。 「そんなに簡単にはいかないですよ。残念ながら、疲れてたものですから、すぐに眠っ てしまいました」犯人がホテルマンである可能性についてはいわなかった。 拍子抜けした顔を見せるかと思ったが、能勢は楽しそうに破顔した。 「そうですか。まあ、そうかもしれませんな」 「すみません。宿泊料を有効に生かせなくて」 「いやいやいや、それはもういわんでください」 では私はこれで、といって能勢は足早に立ち去った。その後ろ姿が見えなくなってか ら、新田は周囲に視線を走らせた。奥のソフアで本宮が新聞を読んでいる。正確にいう と、読むふりをしている。 新田は空いているソフアの位置を直す仕草をしながら、本宮の近くまでいった。 「所轄の刑事と何の密談だ」本宮のほうから声をかけてきた。 「おかしな話を聞きましたよ . 新田は立ったままで、能勢の話を本宮に聞かせた。 「何だ、そりゃあ。そんな話、こっちには全然入ってきてないぜ」 「昨夜、係長と管理官が本庁へ報告に行ったという話でしたよね。その時、何か進展が

2. マスカレード・ホテル

「あなたはホテルマンの鑑だ。嫌味じゃなく、心底そう思います」 「鑑だなんてとんでもない。当然のことですー彼女は椅子に戻った。参考書が床に落ち ていた。それを拾い上げる。その時、新田の目に留まるものがあった。 「ちょっと、それを見せてください」彼は参考書の裏表紙をめくった。そこには『イマ イ塾池袋校』と印刷したテ 1 プが貼られていた。 「やつばり塾の先生だったんですね」横から山岸尚美がいった。 新田は携帯電話を掴んだ。本宮にかけた。彼はまだ事務棟にいるはずだ。 どうした、と本宮は訊いてきた。 「栗原の職場がわかりました。おそらく奴は塾の講師ですー 新田は、栗原から英文の入力を命じられたことを話した。ただし、彼が高校時代の教 育実習生だったことは伏せておいた。 「おまえは何か思い出さないのか」本宮が尋ねてくる。 ホ 「すみません。どうにも心当たりがなくて」 一「わかった。係長とも相談して、至急、栗原のことを調べてみよう」本宮は期待通りの 回答を寄越し、電話を切った。 ス マ 「なぜ、思い出したことをいわなかったのですかー山岸尚美が不思議そうに見上げてき 、」 0 かがみ

3. マスカレード・ホテル

どうだ、と稲垣が本宮に訊く。本宮は、さあ、と首を傾げた。 進行表がどうかしたのか」後 「明細書以外に何が送られたかは確認していません。 半の問いかけは新田に直接向けられたものだ。 「高山さんが何者かに狙われているのではないかと気づいたきっかけは、プライダルコ ーナ 1 にかかってきた不審な電話です。高山さんの兄だと名乗り、結婚式や披露宴の詳 しいスケジュールを聞きだそうとしました。郵便物の中に進行表が入っていたのなら、 犯人としてはそんな電話をかける必要はなかったはずです」 「じゃあ、入ってなかったんだろうな」稲垣はあっさりいう。 「一応、確認してみます、本宮は携帯電話を手にしながら部屋を出ていった。 仮に進行表などは郵送されておらす、犯人が目にするチャンスがなかったのだとして も、あの電話は納得がいかない、と新田は思った。ワインで毒殺する計画があったのな ら、式やパ 1 ティのスケジュ 1 ルなどどうでもしし テ 、、はすだ。それにあんな電話をかけて ホ こなければ、もしかすると毒殺は成功していたかもしれない 」やがて本宮が戻ってきた。やや当惑した表情で新田を見た後、視線を上司たちに向け マ 「どうだった」稲垣が訊いた。 輛「進行表も同封した、ということでした。今、コピーを取ってもらっています」

4. マスカレード・ホテル

Ⅷっとも進展しないものだから、上も苛々しているらしい 「そんなこといっても、まだ潜入捜査を始めたばかりなのに」 「そこだよ。刑事をホテルに潜り込ませるなんていう荒技まで使ってるんだから、もう 少し成果を上げてくれなきや困るってことらしい。こっちとしちゃあ、犯人が動いてく れなきやどうしようもないんだけどな。少しでも怪しい客がいたら、片っ端からマーク してはいるけど、ことごとく空振りだ」 「そのことですが、例の女性客はどうでしたか」新田は訊いた。 本宮は細い眉毛の上を小指で掻いた。 「片桐っていう宿泊客だな。目が不自由な」 「そうです。レストランで食事をしたはすです。誰かに見張ってもらえるよう、係長に 進言したんですけどー 「わかってる。俺が客のふりをして店に行った」 「本宮さんが ? フレンチレストランに ? 一人で ? ー新田は思わす目を見開いていた。 「一人だ。何だよ、俺じゃいけないか」 「いや、そういうわけでは」新田は笑いを噛み殺すのに苦労した。強面の本宮が、一人 でかしこまって食事をしている姿を想像するとおかしくなった。「で、どう思いました か」

5. マスカレード・ホテル

2 遅番への引き継ぎ業務を終えた後、新田は事務棟に向かった。無論彼はこの後もフロ ントにいるつもりだったが、 報告すべきことがいくつかあった。確認したいこともある。 会議室に行くと、すでに稲垣の姿があり、本宮らと何やら打ち合わせをしているとこ ろだった。傍らに置かれた灰皿の中は、相変わらす吸い殻でいつばいだ。 「御苦労ー稲垣が新田に向かって手を上げた。「例の御婦人、何もなかったみたいだな。 目の不自由な芝居をしているんじゃないかと君がいってた女性だ」 「ええ、まあ・ : 芝居をしていたのは睨んだ通りだったが、その理由は思いもよらないものだった。だ がこの場で話すような内容ではない。 ホ 「すみませんでした。お騒がせして」 一「気にするな。警戒し過ぎて悪いことは何もない。笑い話で終わったのなら何よりだ」 、と頷いた後、「あの、一つお訊きしたいことが」といって新田は本宮を見た。 ス マ 能勢から聞いた話について、真偽を知りたかった。 「あの件なら、確認した。 さっきの話です」本宮は稲垣にいった。

6. マスカレード・ホテル

本宮は口元を歪め、首の後ろを揉んだ。 「見たところ、特に不自然なところはなかったけどな。視覚障害者のふりをしてるって いわれりや、そんなふうに見えないこともない。だけど、決め手はなかった。俺の注意 力が不足してるのかもしれないけどさ 「手袋は ? 「してた。食事中も、ずっと外さなかった。それはたしかに変だと思うけど、絶対にお かしいってほどでもない。何か事情があるのかもしれない」 「それはそうですが : 本宮は会議机に頬杖をついた。 「あのおばちゃんが仮に芝居をしていたとしても、俺たちの事件には関係ねえよ。これ やくさっ までの犯行手口から考えて、犯人はまず間違いなく男だ。一人目は絞殺、二人目は扼殺、 三人目は鈍器で殴り殺されている。女には無理だ。特に、あんなひ弱な感じのおばちゃ ホ んにはな」 この意見には新田も反論ができない。彳 皮自身、犯人は女性ではないと能勢に向かって レ 断言している。 ス マ 「さてと、俺はそろそろ引き上げるとするか本宮は立ち上がった。「じゃあ、また明 日な」

7. マスカレード・ホテル

本宮が机の上から封筒を取り上げた。中から一枚の写真を出してきた。「これをよく 見てみろー それは数十人の中高年が写った集合写真だった。殆どが男性だ。 「前から二番目の列で、左から三番目にいるのが野口靖彦だ」本宮はホワイトボードに 貼ってある靖彦の写真を指した。 新田は二つの写真を見比べた。たしかに同一人物が写っている。 「この集合写真は ? 「五年前に開かれたパーティの時のものだ。自動車部品メーカーの主催だったそうだ。 背景をよく見てみろ。見覚えはないか。 本宮にいわれ、新田は写真を凝視した。人物たちの背後に写っている柱に彫られた、 特徴的な模様が目についた。 「このホテルですねー彼は呟いた。 「そうだ。ロビーで撮影したらしい 「よく見つけましたね、こんな写真ー 「野口の取引先を当たっていた捜査員が、たまたま見つけたってことだ。 「なるほど」 「このパーティの時に何か変わったことがなかったかどうか、調べてみてくれー稲垣が

8. マスカレード・ホテル

ーにつきまとわれているおそれがあるのだから当然か。 新田はプライダルコーナ 1 に足を踏み入れた。迷わす奥まで進む。個室は二つあり、 一方はドアが開いたままになっていて無人だった。もう一つの部屋からは、人の話し声 か聞こ、んてくる。 深呼吸をし、ドアをノックしようと拳を振り上げた。だがその瞬間、新田は強いカで 襟首を引っ張られた。不意のことで、もう少しで転倒するところだった。体勢を立て直 して振り返ると、本宮が険しい形相で睨んでいた。さらには新田のネクタイをみ、引 っ張りながら歩きだした。 声を出す余裕もなかった。プライダルコ 1 ナ 1 を出て、廊下の角を曲がったところで ようやく解放された。 ネクタイを緩め、空咳を繰り返してから新田は先輩刑事を見た。 「本宮さん、なんでここにいるんですー 「そんなことは決まってるだろ。ストーカーに狙われてるかもしれない女性が来るんだ。 常に誰かが見張ってるのが当然じゃねえか。柱の陰から見てたら、てめえが入っていく んで驚いたぜ。一体、何の真似だ , 新田はネクタイを締め直し、本宮を正面から見返した。 「高山さんから話を聞こうとしたんです。いけませんかー

9. マスカレード・ホテル

249 マスカレド・ホテル 「やつばり、新田さんの正体を知っているんですかねえ。それでボロを出させるために、 わざと無理難題をふつかけてきているとか」ベルボーイ姿の関根がいった。「だって、 話を聞いてると、完全に新田さんをピンポイントで狙ってる感じですもんねえ」 新田は唸り、椅子にもたれた。「だめだ、思い出せない。やつばり勘違いかな」 「うちの係が担当した事件の関係者ではないんだな」 本宮が念押ししてくるが、新田は強く頷くことはできなかった。 「それはないと思うんですがねえ : 本宮は渋い表情で舌打ちした。 「参ったな。そこのところだけでも、はっきりさせてくれないとなあ」 「前科者のデータベースには、該当の人物はいないようですー関根がいう。 新田は手を振った。 「前科があるってことは、逮捕したってことだろ。それなら、いくら何でも覚えてるよ。 被害者や加害者と関係のあった人物のことも、忘れてない自信はある。問題は、ちょっ 一とした聞き込みで会った程度の人物なのかどうかってことだ」 「だけど、それなら向こうだって覚えてないだろ。覚えてたにしても、新田に嫌がらせ もっと をする理由がない本宮の意見は尤もなものだった。 新田は頭を掻きながら、改めてパソコンに向かおうとした。だがその時、彼の背後で

10. マスカレード・ホテル

「ちょっと愚痴ってみただけですー新田は文庫本を手に取った。開いてみると『鉄腕ア トム』のマンガだった。 かばん 本宮が傍らの鞄から一冊のファイルを出してきた。「これを見てみろ」 「何ですか、これ」新田はファイルを手に取った。そこには様々な人物の写真が貼られ ていた。スナップ写真だったり、何かの証明写真だったりする。写真の下には氏名と三 人の被害者との関係が書き込まれている。 「これまでの事件に関係している人間たちだ。写真の数は五十七枚ある」 ファイルの意味を新田は理解した。 「万一写真に写っている人間が現れたら、徹底的にマ 1 クするというわけですか」 「そういうことだ。ここだけじゃない。非常ロや従業員用の通用口にも見張りがいる。 全員が、これと同じファイルを持っている」 「準備は万全ということですか」 新田の言葉に、本宮は口元を曲げ、ファイルを鞄に戻した。 「俺たちがどんなに見張っていようとも、これまでの捜査で名前が挙がっていない人間 が犯人だったらどうしようもない。そいつは堂々とやってくる。チェックインして部屋 に入られたら、俺たちにはもう手を出せない。誰が怪しいのかを調べようもない。頼み の綱はおまえたちだけってことになる」本宮は肩をすくめて苦笑を浮かべた。「俺がこ