頷い - みる会図書館


検索対象: マスカレード・ホテル
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1. マスカレード・ホテル

175 マスカレド・ホテル 「どうしてそういうことになるのかな」新田は肘掛けを使って頬杖をつきかけたが、す ぐに元の姿勢に戻した。「ほかの二つの特捜本部では、どうなっているんだろう」 能勢は髪の薄い頭を掻いた。 「すみません。ほかのところのことは私には : 「いや、いいです。俺のほうで調べてみます。話というのは、以上ですか」 「そうです。大したことではないのかもしれませんが、一応お耳に入れておこうと思い まして」 「それはどうも」 新田が腰を浮かせると、「ああそうだ」と能勢がいった。 「昨夜、あの部屋でお休みになったんでしよう ? どうでしたか ああ、と新田は頷いた。 「いい部屋でしたよ。寝心地もよかった。宿泊料、本当にいいんですか 「気にしないでください。それより、何か収穫はありましたか」 「収穫 ? 一「新田さんは、ずっとフロントにおられるでしよう。だから出入りする客のことはよく 観察できるかもしれませんが、実際に宿泊している人間の気持ちを知るには、やつばり 自分で泊まってみるのが一番だと思いますからね」 「あ : ・・ : そ、ついうことですか」

2. マスカレード・ホテル

もう、自分の手柄がどうとかいってる場合じゃないと思うからです。一刻も早くを 捕まえたい、ただそれだけなんです。だけど俺の口から管理官に進言したのでは、また 本来の任務に集中していないように思われます。だからおたくの課長さんに話すにして も、俺の名前は出さないでください。お願いしますー しさとなっ 「新田さん : : : 」能勢は眉間に皺を寄せて頷いた。「わかりました。では、 : たら、そのようにします 「いざとなったら ? 能勢は自分の胸を叩いた 「まずは私に任せてください。考えはあるんです。それで手一杯になったら、うちの課 長に泣きっきます。それでどうですかー 「いや、でもそれでは 「大丈夫です。後手に回るようなへマはしません。せつかく新田さんが、真っ先に私に テ ホ 話してくださったんだ。私も意地を見せさせていただきます」能勢は腰を上げた。「待 一つていてください。明日の夜までには何か見つけておきます」そういうとペこりと頭を 下げ、伝票を手にして出口に向かった。彼が値段の高さに驚いたオレンジジュースは、 マ グラスに半分以上が残っていた。

3. マスカレード・ホテル

110 すー 「よろしければお願いいたします 老婦人は頷き、左手で宿泊票の位置を確認しながら、右手で記入を始めた。背筋をび んと伸ばしたままで、俯くこともない。サングラスをかけた顔は尚美に向けられている。 それでも用紙からはみ出すことなく、氏名と住所、そして電話番号が丁寧に横書きされ ていった。名前は片桐瑶子となっていた。住所が神戸と知り、尚美は少し意外な気がし た。老婦人の言葉からは関西の気配が感じ取れなかったからだ。 ( しとうぞ。これでいいかしら」 「結構です。少々お待ちくださいませ . 尚美は端末機を操作した。片桐瑶子は三日前に予約を入れていた。喫煙可のシングル ルームを希望となっている。これまた意外だった。この年代の女性客は、大抵禁煙ルー ムを望むからだ。 「お待たせいたしました。片桐様、シングルルームで本日から御一泊ということでよろ しいでしよ、つか」 「その通りです。よろしくお願いしますー 「では 1215 号室を御用意いたしました。カードキ 1 はベルポーイに渡しておきま 尚美は杉下に目配せし、キーを手渡した。杉下は先程と同じように老婦人に自分の二

4. マスカレード・ホテル

「そう」決まってるだろ、という言葉を呑み込んだ。「誰かが担当しているんですか」 確認しておきましよ、つか」 「いやあ、それはちょっと : 「いえ、結構です。どうぞ、行ってください はあ、と頷き、能勢は部屋を出ていった。新田はドアを見つめた。だが頭に浮かんで いるのは、頬のこけた青白い顔だ。唇は薄く、目に感情の色は乏しい 新田が手嶋正樹に目を付けたきっかけは、被害者岡部哲晴の暮らしぶりに不審を感じ たことだった。リビングに置かれた六〇インチの液品テレビ、棚に並んだバカラのグラ ス、フランク・ミュラーの腕時計、クロゼットに吊されていた何十着ものアルマーニ。 いずれもふつうの会社員には似つかわしくないものだ。 ぜいたくひん 調べたところ、それらの贅沢品は、すべてこの一年の間に購入されていた。いすれも 現金で支払われているが、岡部の預金口座を見るかぎり、そんな大金が入った形跡はな ホ 岡部は一体どこからそんな大金を得ていたのか。そこで新田が着目したのは、岡部の 一会社での所属部署だ。彼は経理部に属していた。 新田の読みは当たっていた。社内調査を依頼してみたところ、この一年間で二十数回 ス マ に及ぶ不審な出金が見つかったのだ。総額にして、一億円はくだらないらしい。伝票を 確認してみると、管理者たちの印鑑が勝手に使われたり、偽造されたりしていることが つる

5. マスカレード・ホテル

187 マスカレド・ホテル 余計なことは考えず、これまで通りにやってくれ」 「わかりました」 新田は頷いたが、合点したとはいいがたかった。本当に能勢の早とちりだろうか。あ の刑事はじつはかなりの切れ者だ、という話を本宮から聞いたばかりだ。 「ほかに何かあるか ? ホテルのほうで変わったことは ? ー稲垣が訊いてきた。 「これまでのところ、特に何もありません。ちょっと変わった女性客が来たぐらいで」 稲垣が眉間に皺を寄せた。「どんな客だ」 「たぶんスト 1 カーにつきまとわれてるってところだと思うんですけど」 新田は安野絵里子について手短に話した。どうせ稲垣たちはすぐに関心をなくすだろ うと思ったからだ。だが予想に反して、係長は身を乗り出してきた。 「それ、気になるな」稲垣は低くいった。 「そうでしようか」 「今の話を聞いたかぎりでは、その女性客は身の危険を感じているように思われる。だ 一とすれば、ほうっておくわけにはいかんぞ」 「たしかにそうですが、これまでに起きた三つの事件とは明らかに無関係ですー 「なぜそういいきれる ? 」 「なぜって : : : 」新田は戸惑いつつも続けた。「自分は単なるストーカ 1 の類だろうと

6. マスカレード・ホテル

「珍しいことじゃない、とおっしゃいましたよね 何のことだと問う顔に向かって、新田は続けた。 「宿泊客から、訪ねてきた者を追い返すようにいわれることですー ああ、と山岸尚美は頷いた。 「お客様にとって都合のいい人たちだけが訪ねてくるわけではありませんからねー 「借金取りとか ? 」 「そういうケースもあります」 「参考までに伺いたいんですがね、相手はすんなりと納得してくれますか。おまえは関 係ない、リ ーっ込んでろ、とかいわれそうな気がしますが」 「そこはテクニックです。お客様はあなたには会いたくないそうだから帰ってくれ、と ストレ 1 トにいっても相手を怒らせるだけでしよう。一番手つ取り早いのは、そういう お客様は当ホテルにはお泊まりではない、と答えることでしようね 「嘘をつくわけだ 「お客様を守るためです。時にはそうした手段もとります , 「相手は目的の人間がこのホテルに泊まっていることを知っていて、部屋番号だけを訊 いてきた場合は ? 」 「お客様から、自分が泊まっていることは誰にも明かさないでくれといわれていたのな

7. マスカレード・ホテル

「いえ、それは : 尚美は下を向いた。客のためだ、といわれれば返す言葉がない その時、ドアをノックする音が聞こえた。どうぞと片岡が答えると、一人の男性社員 が入ってきて片岡に何やら耳打ちした。 片岡は、わかった、と部下にいった後、藤木や田倉と小声で短い会話を交わした。何 かの確認をしたようだ。 片岡が尚美たちのほうに向き直った。 「じつをいうと、すでに警視庁の人間が来ていて、別室で待機してもらっている。君た ちさえよければ、今すぐにでも顔合わせを済ませておきたい。 ここに入ってもらって構 わないだろうか」 尚美はベルキャプテンの杉下たちと顔を見合わせた。二人はすでに諦めたような表情 になっている。彼等の職場にしろ、急に素人を迎え入れるのは大変だろうが、難易度は ルフロントオフィスほどではない。キャスティングボートを握っているのは自分なのだと テ ホ尚美はった。 一「わかりました」観念して答えた。「仕方がないですね」 レ 片岡は部下に頷きかけた。男性社員は足早に部屋を出ていった。 ス マ 「いろいろと難しいと思うが、ホテルの安全のためだ。がんばってくれ」 藤木にいわれ、よ : ( しと尚美は答えた。この人物には入社以来目をかけてもらってい

8. マスカレード・ホテル

432 「でも、伝票に電話番号が書いてないのは変ですよね 山岸尚美の意見に新田も同感だった。 「高山さんに電話をかけてもらえますか」仁科理恵にいった。「事情を話し、北川さん の連絡先を教えてもらうんですー プライダルの担当者は眉をひそめた。 「事情を話さなきゃいけませんか ? 何か別の口実を作って聞き出したほうが : 新田は小さく手を振った。 「高山さんを怯えさせたくないという気持ちはよくわかりますが、小細工すると却って 後が面倒です。北川さん本人に確認して、確かに送ったということなら、高山さんも安 心するでしよう。逆にそうでないということになれば、謎の人物から不審物が送られて きたのですから、本人たちに教えないわけにはいきません 納得したのか、仁科理恵は険しい表情をしながらも頷いた。自分の携帯電話を取り出 し、どう説明するかを考えるようにしばらく沈黙した後、指を動かし始めた。 電話はすぐに繋がったらしく、仁科理恵は話し始めた。慎重な口ぶりで用件を切りだ す。一応、念のため、万一を考えて、といった言葉を繰り返している。高山佳子は、か なり動揺しているのかもしれない 「わかりました。ではお待ちしております [ そう締めくくって仁科理恵は電話を切った。

9. マスカレード・ホテル

「もしあのワインを送ってきたのが犯人ならば、次は何をしてくると思いますかー尚美 は新田に訊いた。 新田は思案顔で腕組みをした。 「ワインの正体がわからないので、まだ何ともいえませんが、仮に毒物などを仕込んで あるのだとしたら、犯人としては、ます犯行がうまくいったかどうかを確かめたいんじ ゃないでしよ、つか」 「確かめるというと : 「もし犯人の思惑通りに二人がワインを飲み、そのまま死亡したとします。二人が倒れ ているところが見つかれば、ホテル側としては病院と警察に連絡するでしよう。間もな く救急車とパトカーが到着する 新田のいいたいことがわかった。尚美は頷いた。 「ホテルの近くで見張っている、というわけですね」 「俺が犯人ならそうします。問題は、、 しつまで見張っているかということです。救急車 やパトカーが来ないからといって、計画が失敗したとはかぎらない。いっ二人がワイン を飲むかはわかりませんからね。ふつうに考えれば、夕食後、部屋に戻ってからでしょ う。その場合だと、仮に二人が死亡したとしても、朝まで発見されない可能性が高い。 ただし、朝になれば間違いなく発見されます。ウェディングドレスなどが部屋に運び込

10. マスカレード・ホテル

401 マスカレド・ホテル スイッチの並んだ壁に目をやった。山岸尚美が立っていた。 「たった一人でこの部屋を使うだけでも贅沢なのに、すべての照明を点けてるなんて電 気の無駄ですよ、新田さん」 「もう行ってきたんですか。総支配人室に」 彼女はため息をつき、黙って小さくかぶりを振った。 「どうしてですか」 新田の質問に、彼女は口元を緩めた。 「だって、待ってくれといったのは新田さんじゃないですか。だから待っことにしたん です。土曜日まで」 新田は立ち上がった。どうして気が変わったのかを知りたかった。しかし訊かないほ うかいい。なぜかそんな気がした。だから一一一一一口、ありがとうございます、とだけいった。 「でも忘れないでくださいね。もしそれまでに何かあったら、私は辞めます。このホテ ルだけでなく、ホテルで働くこと自体を辞めます。その覚悟をしていますー 一俺も、と新田はいった。「刑事を : : : 警察官を辞めますー 山岸尚美は小さく頷いた後、ばちばちと瞬きした。胸を張り、顎を引いて新田を見つ めると、「では新田さん、職場に戻りましよう」と滑舌よくいった。