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検索対象: 利休にたずねよ
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1. 利休にたずねよ

をすべて出した。 くろもじ 黒文字で、小壺のなかをさぐり、畳んだ紙包みを取り出した。紙を開くと、小さなかけらが二つ あった。 あの女の小指の骨と爪である。 小さな骨は、白く乾いてくすんでいる つや 細長くかたちのよい爪は、奇跡のように桜色に艶めいている。 「今日は、あなたの葬式にしましよう」 声に出してつぶやき、骨と爪を赤い炭火にのせた。青い炎がちいさく立って、骨と爪を包んだ。 手 きよう とな がっしよう 利休は、合掌して自作の偈を唱えた。経を唱える気にはならなかった。 りき ともにころす きとつわがこの 人世七十カ圀希咄吾這宝剣祖仏共殺 なげうつ ひっさぐわがえぐそくひとったち 提ル我得具足の一太刀今此時ぞ天に抛 はらわたただ 三日前、堺の屋敷でこの遺偈をしたためたときは、腑が爛れるほど怒り狂っていた。「カ圀希 は . っ一 ) ・つ ふんせん 咄」にさしたる意味はなく、憤然たる咆吼の謂である。天にむかって吼えねばいたたまれぬほど、 秀吉に激怒していた。 いまは、すこしおだやかだ。 ゅ たんのう この天地のあわし。 ( 、こよ、揺るぎなく美しいものがある。それをあますところなく堪能する至福 ぶつ は、けっして秀吉ごとき愚物には味わえない つめ この 0

2. 利休にたずねよ

と 「おかげさまで、丈夫が取り柄。病気にはなりませなんだが、こころがいけませぬ。旅の空にい ると、いつのまにか、こころが風邪をひいてしまいました」 「柄にもないことをいう」 「いえ、お師匠様には、おわかりになられますまい。侘びに身をやっすなどということは、立派な 家屋敷があっての愉しみ。いつも旅の空にある身には、侘び茶がそら寒く感じられます」 宗二のことばに、利休のやわらかな目が、厳しく光った。 しょ・つねくさ 「旅で精進しているかと思えば、おまえは、すっかり性根を腐らせてしまったようだな」 さ とな 「いえ。腐らせてはおりませぬ。しかし、侘びの、寂びの、と優雅に唱えられるのは、家もあり、 かんきよう ろかま 炉も釜もあっての話。すべてが借り物の身では、なんの感興もございません」 利休がゆっくり首をふった。 やましなへちかん 「おまえがさように愚かな男だったとは知らなんだ。釜ひとつあれば、山科のノ貫のように茶の湯 はできる。それができぬのは、おまえのこころが練れておらぬからだ」 利休のことばに、宗二は畳に目を落とした。 「一物も持たずとも、胸中の覚悟と創意があれば、新しい茶の湯が愉しめる。なせ、それをせぬの か」 宗二には返すことばがない ひさしぶりに師匠に会ったうれしさに、つい気を許し過ぎた。ことばになんの飾りもつけす話し てしまった。 るてん 東「失礼いたしました。身の流転に疲れ、愚痴をこばしてしまいました。いたらぬ弟子でございます 西 が、わたしとて、この反り茶碗ひとつを道具として、茶の湯に精進しております」 いちぶつ しょ・つふ そ え かぜ 21 1

3. 利休にたずねよ

そまびと その席に、山の杣人がっかうような白木の曲げ物をくみあわせるなど、名物への冒濆である。同 朋衆か聞いたら、怒り出すだろう。 腰のあたりに面桶をもって、利休が点前座にすわった。 点前座のわきに、押し入れ式の洞庫がある。高さ二尺ばかりだが、板戸をすべらせると、なかに 茶道具がしまってある。 せとみすさし 利休は、そこから瀬戸の水指と柄杓をとり出した。 両手の小指かまず畳につくように底ちかくをしすかに包むように水指を持っている。いつもなが りゆ・つちょ・つ ら、道具の扱い方は、あきれるほど流暢だ。 官兵衛のい 所作は控えめながら汕断がなく、それでいてけっして気ぜわしいということがない つうぎよう ったように、あの男は、人間という生き物、いや、ものごとすべての理に通暁しているにちがい 利休が、膝を躙って、床の前にすすんだ。 さて、あやつめ、どうするか しょ・つしまど 秀吉は、障子窓のすきまに顔をつけた。 しゅんじゅん 利休の背中にも、肩にも、手のうごきにも逡巡はない。 なにも迷わぬのか なんのためらいもなく両手をのばした利休は、左手を天目台にそえて、右手で野菊をすっとひき だし、床の畳に置いた。 天目茶碗を手に点前座にもどると、水指の前に茶碗と茶入、茶筅をならべ、一礼ののち、よどみ なく点前に取りかかった。 200

4. 利休にたずねよ

すかすが じつに凉しげで清々しいしつらえであった。 「梅もそ、つだ。桜とて : : : 」 みずばち 利休をなんとか困らせてやろうと、秀吉が大きな青銅の水鉢と紅梅の一枝だけを床に置いて活け つぼみ さかて させたことがある。利休は、こともなげに紅梅の枝を逆手に取ると、片手でしごいた。花と蕾が水 ふぜい に浮かび、えもいわれぬ風情であった。 とな 「桜などは、あの男、活けもせず、枝を持って、『散ればこそ、散ればこそ』と唱えながら座敷の うちを歩きおったのだぞ。花びらが舞い散って、たしかに春の風情はいや増した。ああ、悪くはな かった。だが、癪でならん」 きりやくしゅうおう 利休が才智と機略を縦横にしめすたびに、秀吉の悔しさは、つのるばかりであった。しくて たまらない ちりあな 「よい花入が手にはいったと呼ばれて行くと、どこにも花入などなく、茶の席が終わってから塵穴 つばきらっか に椿の落花がみごとにおさまっているのを見せられたという話も聞いた。あの男、まこと憎体じ 「それは、さぞや : : : 」 官兵衛は笑っている〇 「明日の朝、茶の席をしたくさせておる。おまえの知恵で、利休めに泡を吹かせてやれ」 「さよ、つでございますな : : : 」 「花がよいぞ。花をつかえ。花のことで、あの男を困らせてやれ」 ひとすじなわこうさん 「しかし、いまのお話をうかがっておりますと、どうにも、一筋縄で降参する茶頭には思えませ あしがる ん。ほとんど百万騎の軍勢でございます。茶の湯を知らぬこちらはただの足軽。勝負になりますま ひとえた 円 7

5. 利休にたずねよ

紹の招き むほん れんざ ふぐ・つ 謀叛の事件に連座して堺に逃げ落ちてきたが、働きもせす不遇を嘆いているばかりであった。 しみち 父千阿弥に代わって、与兵衛が干し魚の商売をはじめ、地道に稼いでなんとかここまでやってき と・つしん ところが、せがれの与四郎は、与兵衛が苦労して築いた身代を、すべて蕩尽しかねないほどの放 しらびようし と - つもの 蕩者だ。若いころからさんざん白拍子と遊びほうけ、ちかごろは、勝手に銀を持ちだして茶の湯 の道具を買ってしまう。 「商売には熱を入れないくせに、美しい道具を見れば、金に糸目をつけす手にいれようといたしま しゅうじゃく す。その執着の強さたるや、まこと、あきれ果てた茶の湯狂いで」 「それだけ数寄ごころが強いということだ。いや、茶人としてのさきが楽しみだ。商人としても大 成するであろう」 「そ、つでございましよ、つか : わたしは、とにもかくにも早まったことをせねばよいと心配でな りません」 「早まったこと ? 」 「あの女を殺すやもしれませぬ」 ぬす 「せつかく盗んだ女を殺してはもったいない。盗んだ茶碗を割ってしまうようなものだ。そんなこ とはせぬだろう」 じようぼん 「いえ、せがれは、美しいものへの執着が人一倍強うございます。あれほど上品なおなご、人に 渡すくらいなら、 いっそひと思いに、と考えるやもしれません」 それはまたいかにも茶の数寄者らしい反応だ。 、 0 、 しすれ侍たちが探し出してくるだろう。あ 「打つだけの手は打った。なんにしても待っしかなし 0 363

6. 利休にたずねよ

どの木菓子も鮮やかな色彩で、みすみすしく描いてある。 ほくそ - っちょ - っしよう 「北宋の趙昌の作でございます」 そうぎゅう 津田宗及のこたえに、信長が指先で髭を撫でながらうなすいた。気に入ったらしい 「金を持て」 短く命じると、 月姓か重そうな木箱をいくつも書院にはこびこんで積みかさねた。 さんぼ・つ むぞうさ 、小姓のささげた三方にのせた。一 信長の手が、箱から無造作に金の粒をつかんで取り出すと 度、二度、三度。金の粒が、山になっている。 月姓がそれを津田宗及の前に置いた。 かんめ 一貫目か めふんりよう 宗易は、目分量で計算した。 金一貫目ならば、銭にして、ざっくり五百貫文。 おそらく宗及の買い値よりわすかに上だ。たいした儲けはなくとも、損もなかろう。 「ありかと、つございます 頭を下げた宗及にはこたえす、信長はもうふり返って、畳にならべてある道具を観ている。 「これは ? 」 あぐらをかいてすわった信長が、茶入を手に取った。 茶入の肩の張り具合のよさが、遠目にもわかった。 からものかたっき 、い、胴にかけての釉のなだれと、 「唐物の肩衝でございます。肩の張り方とし ございます」 やまのうえそうし 山上宗二がこたえた。 ゅう しい、亠まことに絶ロ聞で 322

7. 利休にたずねよ

二毎の焔 たいせつに懐紙につつみ直して、旅に持って行く。 なつめちやせん てまえざ 粥を食べ終えてしばらくすると、利休が、棗と茶筅を持ってふたたびあらわれ、点前座にすわっ 二畳半の席である。客と亭主は膝が触れあうほどに近い。 利休が手を伸ばして、粥の椀をさげた。 ひしやく 釜の蓋を取って、柄杓で椀に湯を注いだ。 それを捨てもせすそのまま、また宗陳の前に差しだした。 宗陳は、椀を両手で抱いて、ゆっくりと回した。わすかに残っていた粥のしすくが、白易に溶け 湯を飲みほすと、腹が不思議なほど温かくなった。力を体内におさめた気がした。 ちやきん うすちゃ その椀をさげると、利休は、茶巾でていねいにぬぐってから、薄茶を点てた。 しすかに、宗陳の前に置いた。 黒塗りの椀にはいった緑色の液体が、とてつもなく美しく見えた〇 無言のまま頭をさげて、宗陳は茶をいただいた。粥と白湯のあとの茶は、ゆたかな香気にあふ れ、やわらいだ滋味があった。 利休は黙ってすわっている。 宗陳は、なにか言おうと思ったが、なにをことばにしても、嘘になる気がした。 さわ 露地では、 小鳥のさえすりが爽やかな朝を告げている〇 そのまましばらく時間がながれた。ただ湯音だけが、高ぶることなく静かにつづいている すみとり 立ち上がった利休が、いったん茶道口に消え、炭斗を持ってきた。 0 0 233

8. 利休にたずねよ

かなわぬところがある 剛さには、 てまえざ 所望されて、忠興は点前座にすわった。 ろ あみだどう 炉にかかっている釜は、阿弥陀堂である。これも利休からもらった道具で、立ち上がったロと、 がしゅ ゆるやかな肩に雅趣がある。 手を叩いて同朋衆を呼び、したくを命じた。 ふぜい この長四畳の茶室は、書院の雰囲気を残しつつ侘びた風情があじわえるようにと、忠興がしつら 、、、、なかばしら そでかべ えた。炉のわきに、太めの松の皮をはつった中柱を立てて袖壁を塗らせ、点前座をしきってあ すず る。葭の天井をわすかに高めにつくらせたので、夏でも涼しく気持ちがよい 忠興は、二畳台目の狭い茶室もっくったが、それは、ただじぶんひとりが、茶を点てて飲み、考 え事をするためにつかうばかりで、客を招くのはこの長四畳がおおい。 じぶんの前に道具をそろえた忠興は、居すまいをただした。 ちゃしやく ふくさ なつめ 帛紗をさばいて棗を清め、茶杓をぬぐった。柄杓をかまえ、釜の底から湯を汲んで、茶碗にそ そいだ。 あたた てのひら ちやせん 茶筅を湯に通し、両の掌でゆっくり茶碗をまわして温めた。 手によくなじむ茶碗だ。 楽長次郎が焼いた茶碗は、、 しくつも使っているか、この鉢開は、とくべつ手に馴染みかよい。し っとりと吸いついてくる感触がたまらない 棗から茶杓で茶をすくい、 茶碗に入れてかるく掃いた。湯をそそぎ、茶を点てた。 茶碗を幽斎にさしだすと、黙って飲み干した。時間をかけて茶碗をながめてから、ロを開いた 「おまえは、利休からなにを学んだ」 0 な

9. 利休にたずねよ

からもの きん 橋立と銘のついた茶壺は、七斤 ( 約四・二キロ ) 入れの唐物で、たつぶりとかかった褐釉の景色 ほ・つしょ・つ もさることながら、ゆたかな胴の張り具合にえもいわれぬ豊饒がある。 4 めしかが もとは足利将軍家の持ち物だったが、信長をへて、利休の手にわたった。 、 0 、 しすれ追放され 以前から秀吉が所望しているにもかかわらず、利休はけっして譲ろうとしなし じゅこ・ついん ると予想していたのか、二月になって大徳寺聚光院にあすけてしまった。 「それがし、今朝ほど寺に行ってまいりましたが、いかに関白様の御命令とあっても、お渡しでき じゅうし ぬとの住持の返答。あまりにも憎体ゆえに、坊主を斬り捨ててとも考えましたが、せつかくの名 物を血で穢すのもはばかられ、手は下しませんでした」 ねざ 「かまわぬ。それでよい。坊主など斬っても寝覚めが悪いだけじゃ」 いちじよ・つ さんもんきんもうかく 大徳寺山門金毛閣にあった利休の木像は、一昨日引きすりおろさせ、利休屋敷すぐ前の一条戻 はり・つけ り橋で磔にして、火で焼かせた む 秀吉はこの摘星楼から見物人の群れと煙を見ていたが、そんなことをしても、まるで気の晴れな いのかよけいに腹立たしい 「蒔田を呼べ」 きざはしお 控えていた小姓が切れのよい返事をして階を下りた。 ぶぎよ - っ あわじのかみ すぐに蒔田淡路守がやってきた。北野大茶会の奉行をつとめた男で、利休の弟子のなかでは、 もっとも秀吉の意をくむ侍である。 「そのほう、明日の朝、利休屋敷に行って、あやつに腹を切らせよ」 「かしこまってそうろう」 顔をこわばらせた蒔田が平伏した。 と・つ きたの き かっゅう

10. 利休にたずねよ

鳥籠の水入れ ねつれつ 長い旅の果てに、スペイン国王とロ 1 マ法王に謁見した四人は、ヨウロッパ各地で熱烈な歓迎を 受けた。地球の裏側から連れて行っただけの成果はじゅうぶんに上がった。インド以東でのイエズ す・つききよう ス会の布教活動は、ヴァチカンの枢機卿たちに広く認知され、高く評価された。 八年たってもどってみると、日本の政治情勢が大きく変わっていた。 ・ほ - つくん 暴君信長は殺され、あとをついだ秀吉が、伴天連追放令を出していた。宣教師たちは都を追わ れ、九州で息をひそめている。 ヴァリニャーノの入国が許されたのは、クリスチャンの司祭としてではなく、ポルトガルのイン すいこういん そ・つとく ド副王 ( 総督 ) の使節としてである。四人の青年は、副王使節随行員のあっかいだ 実際、ヴァリニャーノは国書と豪華な贈り物をたずさえてきた。それをこれから贈呈する。その 蔔に、四人の若者にひとこと言って聞かせておきたい。 せきむ 「君たちの責務は重大だ。この国でヨウロッパを実際に見たのは、君たち四人しかいないことを考 えてみたまえ。関白殿下から質問されたら、ヨウロッパがいかに素晴らしいところか、ローマがど まち れだけ幸福な街であるか、島国日本の人間が、どれほど世界を知らぬか、御機嫌を損ねぬよう、こ とばを選んで語りたまえ。この地球の広さを教えてさしあげるがよい。そうすれば、頑なな殿下と かんよう て、クリスチャンに寛容になるだろう」 口調についカかこもった。 いらた じつのところ、ヴァリニヤ 1 ノは、 かなり苛立っていた。 昨年の七月、長崎に帰りついたので、さっそく秀吉にうかがいを立てた。 上洛せよとの命令がとどいたのは、十月になってからだ。 ばんしゅうむろっ すぐさま都に向けて出発したにもかかわらす、途中、播州室津で足止めされ、三ヶ月もそこで ふきょ・つ ほ - つお・つ 123