立ち上がっ - みる会図書館


検索対象: 利休にたずねよ
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1. 利休にたずねよ

鳥籠の水入れ わいざっ 関白殿の新しい城館は、みすばらしく猥雑な首都のなかに自然の森を再現したもので、池があ こたち ためいき 、 0 、ヾ り、木立が深し しすれも、人工的に造り上げたものだと聞いて、ヴァリニャーノは溜息をつい 自然が味わいたいのなら、山に行けば、、 ししのだ。 ヴァリニャーノには、やはり日本人の感性が理解できない しきち 敷地の中央にある三層の木造の建物は、清潔さという点では、ヨウロッパのどの建築より優れて いる せいしやく ただし、様式としては変化に乏しく単調で、構造的には脆弱、あからさまに言えば貧相であ えつらく ジュラクティ る。関白殿下は、この宮殿をク悦楽と歓喜の集まりクとの意味で聚楽第と名付けたが、それはここ ざっき ヴァリニャーノは、ゆっくりうなずいた。そんな雑器に大金を払うなど、日本人の美意識と価値 観は、どのようにしても理解不能である。 かくぜっ へんきよう 「そのことだけを考えても、日本がいかに文明から隔絶された辺境の地であるかがわかる。この も・つ 島の人々の蒙をひらくことこそ、君たちの重大な使命なのだ。いいね す そう言いきかせて、ヴァリニャーノは、畳から立ち上がった。まったく、椅子のない暮らしは腰 が痛くなってかなわない 「では、そろそろ出発しよう」 立ち上がった四人の青年たちの凜々しい姿をながめ、ヴァリニャーノは大いに満足した。 、 ) 0 0 じよ - つかん 127

2. 利休にたずねよ

「こともあろうに、関白殿下に向かって、なんというご無礼さがれ、とっととさがれ」 えりくび 立ち上がった利休が、宗二の襟首をつかんだ。そのまま茶道口に引きすった。 「待て」 冷ややかにひびいたのは、秀吉の声だ。 そ あいな 「さがることは相成らん。庭に引きすり出せ。おい、こいつを庭に連れだして、耳と鼻を削げ」 秀吉の大声が響きわたると、たちまち武者たちがあらわれて、宗二を庭に引きすり降ろした。 「お許しください。お許しください。どうか、お許しください」 平伏したのは、利休であった。 ぐろう 「お師匠さま。いかに天下人といえど、わが茶の好みを愚弄されて、謝る必要はありますまい。こ おもね の宗二、そこまで人に阿らぬ。やるならやれ。みごとに散って見せよう」 立ち上がると、すぐに取り押さえられた。秀吉の命令そのままに、耳を削がれ、鼻を削がれた。 くち うめ 血にまみれた宗二は、呻きもせず、秀吉をにらみつけていた。痛みなど感じなかった。怒りとロ たぎ 翳しさがないまぜになって滾っている あわ 「お許しください。憐れな命ひとつ、お慈悲にてお許しください」 利休が、地に頭をすりつけて秀吉に懇願した。 宗二は、意地でも謝るつもりはない。秀吉としばらくにらみ合った。 「首を刎ねよ」 秀吉がつぶやくと、宗二の頭上で白刃がひるがえった。 お はイ、じん 0 218

3. 利休にたずねよ

北野大茶会 「ふん」 秀吉が鼻を鳴らした。 「食えぬ男よ」 手にしていた松の箸を火中に投じると、秀吉が立ち上がった。 じゃま 「まあよい。おなごに惚れるのは、悪いことではない。ひとの恋路は邪魔せぬものか : : : 」 つぶやいて、歩き出した。 取り残された利休は、身じろぎもせすに炎を見つめていた。遠いむかしに出逢ったあの女が、い までもおのれのうちで、息をしているのをはっきり感じた。 251

4. 利休にたずねよ

しょ・つず 「貴人の茶の湯上手はもちろんのこと、どんな人を招き、招かれ、同座するにしても、名人のご うやま とくに敬わねばならぬ。道具の目利きの正しさより、そちらのほうがよほど大切ではないか」 たしかにそのとおりだと、 いまは思う。ただ、気づいたのが遅すぎた。 きざ もうひとつ、こころに刻んでいる利休のことばがある ・つわさ 「古い名物の目利きや、ほかの茶会の噂などはけっしてするな。それが嫌みなくできるまでには二 十年でもおよばない」 宗二が利休を師匠と仰いでから、そのときでさえ二十年近くたっていたが、どうやらまだ茶人と して未熟すぎるらしい。それは、利休の悲しそうな顔を見ればよくわかった。 こうやさんちつきょ 宗二は、利休の教えを胸にしまって、高野山で蟄居した。 そののち、関東に下って、北条の茶頭に雇われたのである。この城に来て二年がたっ ふうふん 秀吉が、湯本に置いた本陣には、利休もいるとの風聞が伝わってきている そう思えば、こころかざわめいた。 ・つしなお 櫓に、小田原城主北条氏直が上ってきた。宗二は茶を点てた。 うすちゃ ろうしようせん タ焼けに映える海を見つめながら、氏直は、ゆっくり薄茶を味わった〇これからの籠城戦につ いて、覚悟を思い定めているらしかった。 「よい茶であった」 ごぜんへいふく 氏直が立ち上がる直前、宗二は御前に平伏した。 「お願いの儀がございます。わたくし、ひさしく師匠の利休居士と顔を合わせておりませぬ。聞き ますれば、湯本の陣におるとかどうか : : : 」 最後まで聞かす、氏直は立ち上がった。 あお 0 0 0 208

5. 利休にたずねよ

秀吉は笑っている。 利休は黙ってことばがつづくのを待った。 ねや 「おまえが女を目利きして、床入りまで万端しつらえれば、さぞや風雅な閨が堪能できるであろう と思うたまで」 「めっそうもないことです」 「ざれごとではない。こんどは茶ではなく、女人を馳走せよ」 「さような仕儀はいたしかねます」 ゆっくりと利休は首をふった。 ふん、と鼻を鳴らした秀吉は、さして気にとめたようすもない。うすく笑って、もう立ち上が っている 利休は平伏した。 まんしん 「漫心するでないぞ」 かるく言い捨てて立ち去る秀吉の衣ずれの音が、いつまでも利休の耳に粘りついた。 によにんちそう ねば 284

6. 利休にたずねよ

守 ふっと眼を上げると、利休が懐を手でおさえた。なにかを隠したらしい 「それはなんだ」 家康は、茶碗を置いて立ち上がった。汕断をしすぎた つぼ 立ったまま、利休の懐に手を入れた。指先にふれたのは、布袋につつまれた小さな壺らしい つかんで取り出した。色あざやかな布袋をはすすと、真っ赤なギャマンの壺が出てきた。 毒壺だ 利休を睨みつけた。まったく汕断のならぬ男である。 「香合でございます」 「言いのがれはさせぬぞ。毒であろう」 金細工の蓋を開けると、丸い練り香が出てきた。 そんなはずがあるものか ほ、かにははに、も、ない 練り香をすべて取り出したが、 畳にころがった練り香をひとっ摘むと、利休は指先で潰して見せた。ふっと、甘い香りがただよ った。 粉になった香を、利休はロに含んで低頭した。 家康は、美しいギャマンの小壺から目を離すことができなかった。 ふところ つか 105

7. 利休にたずねよ

閨の障子が、月光で赤い。 といき ちぶさ 白い乳房をもみしだくと、ガラシャは甘い吐息をもらしてあえいだ。すがりついた爪が、忠興の 肩にくいこんだ。 ふたりのはげしい呼吸がおさまって、夜の底に沈んでいると、ガラシャがたすねた。 「いかがなさいました」 やみぎようし 忠興は闇を凝視していた。 妻のからだに夢中になっているときは忘れていた父のことばが、いま、体内をかけめぐってい 知るも知らぬも茶の湯とて : 妻に語ってどうなる話でもない。 「なんでもない 「はい」 「ちがうな。おまえは利休に目をくらまされておる。あの男は、たしかにたいした男だが、だから おこた といって、おまえが創意を怠ってよいはずがない」 ほんぽ . っ たの 利休にも、常識にもとらわれない奔放な茶の湯を愉しむ父幽斎だからこそのことばであった。 「よい茶を飲ませてもらった。こんな朧月の宵にふさわしい茶であったな」 立ち上がった父を、忠興はもうひきとめなかった。 る。 わや つめ

8. 利休にたずねよ

おなごし 女子衆の声である。 「どうした」 せんのよへえ 「千与兵衛様がおみえでございます」 こんな早朝から与兵衛の名を聞いて、紹鵰の胸にさざ波が立った。 そうだった。 建てたばかりのこの茶の席もたいせつだが、いまひとつ、重大な仕事があった。 ととや 魚屋の千与兵衛には、そのことで頼み事をしてある。 「書院にお通ししなさい」 「かしこまりました」 四畳半の茶室から、一畳の勝手を通り抜けると、書院に行ける。 ふだんの客とは、そちらの書院で対面する 立ち上がり、いまいちど、床の花入をながめた。 あつらえ向き過ぎるのか れんが きよ、つしゅ 連歌の世界では、つけ句が前の句に寄り添い過ぎていると興趣が削がれる。付き過ぎと称して 価か低い 茶の湯も連歌と同じであろう。 きよう 荒土の壁と上肌の伊賀焼きのように、趣向があまり似通っていると、興がわかない ど、つするか の花を変えるべきか、それとも花入そのものを変えるべきか、考えながら書院に行くと、千与兵衛 が青ざめた顔で待っていた。 355

9. 利休にたずねよ

恋 女とおのが末期の茶を点てようと決めた。 小屋の柱を押さえている石をはすして、丸くならべた。松明の火を置いて、屋根の茅を足すとよ く燃えた。 鉄の鉢に竹筒の水をそそいだ。もう、たくさんはない。茶にする分があるばかりだ。 「おい。聞いているか。諦めて出てくるかいい」 戸の向こうで、頭の声がした。 与四郎は、立ち上がって、板戸をすこしだけ開いた。 「むざむざ渡せるもんか。朝まで待て。そしたら、出て行く」 それだけ言って、戸を閉めた。 「おい、女を抱きたいとよ」 侍たちの笑い声が聞こえた。 「若いやつはしようのない」 「血が昂ぶってしもうたのだな」 あほう 「阿呆をぬかせ」 頭の声だ。 「朝までなど待てるか。情けでしばらくは待ってやる。終わったら、出て来い。よいな」 「わかった。慈悲だ。それまで邪魔するな」 やひ 大声で叫ぶと、野卑な声がどっとわいた。 「さっさと、すませよ」 「こりや、ぜひ見物せんとな」 まつご かや 407

10. 利休にたずねよ

入り口のそばに立ち、脇差に手をかけて身がまえた。 「戸が開いているぞー 「調べろ」 たいまっ 松明の火が近づいてくる。 与四郎は、脇差を抜いた 松明の明かりが、入り口にかざされたとき、脇差から先に外に飛び出した。 ぐそく 具足をつけた侍が驚いてひっくり返った。 「おつ、おったぞ。ここにおるぞー 松明を砂浜に落としたまま、後すさった。 何人かの男たちが、走り寄ってきた。 「おう。ここであったか。女はどうした」 「女も、おる。わしは見た。なかにおる」 後すさった侍が立ち上がった。 与四郎は、脇差をかまえたまま、松明を拾った。 ひげづら 髭面の武者が、刀をぬいた。 「女をわたせ。まさか一人でわしらに勝てるなどとは思うておるまい」 きず 「近寄るな。踏み込んだりしたら、女の顔に疵をつけるぞ。武野に命じられておるであろう。女を 傷つけてはならんとな」 髭武者が目をつり上げた。 あきら 「諦めろ。どのみち逃げられはせぬ。手間をとらせず女を返すがよい」 402