じはない。 東京駅で、無事に、七時五一分発の「こだま 40 9 号」に乗ることが出来た。 日曜日なので、ひかりのほうは、混んでいたが、 こだまは、がらがらだった。 いつもの健一なら、東京駅や、こだまの車内を、 ばちばちカメラにおさめるのだが、今日は、リゾー ト幻という素晴らしい被写体が待っているせいか、 一度も、カメラを、いじろうとしない。 熱海へ着くと、健一は、待ち切れないように、伊 東線のホームに向かって、駆け出して行った。 お目当てのリゾートは、すでに、着いていた。 ( なるほどねえ ) 体と、亀井は、ひと目みて、子供たちが、乗りたが たる理由が、わかったような気がした。 っ 車体の設計も、色彩も、大胆である。 染 東北から初めて、上京した時、蒸気機関車に乗っ 青 た亀井から見ると、どうも、落ち着かない感じがし ないでもない。 とにかく、窓が、やたらに大きい。これでは、中 に乗っていて、落ち着かないのではないかと、亀井 なが は、心配するのだが、眺めは、素晴らしいだろう。 とくに、先頭車と、最後尾の車両のデザインが、 奇抜である。 前部は、ガラスの部分だけみたいに見えるほど、 フロントガラスが大きい。タテの長さが、二メート ル近いガラスになっている。 もっと大胆なのは、側面である。普通、車両の窓 は、同じ大きさのものが、横に並んでいるものだ が、この先頭車は、窓に傾斜がつけられていた。 ほとんど一枚ガラスのように見える大きな横に長 いガラス窓だが、前方は、一・五メートルの幅なの に、後方に行くにつれて、それが狭くなり、一番う しろの席のところは、五、六十センチになってい る。 これでは、うしろの座席の乗客は、視界が狭くな 223
て死んだ岩崎伸は、四人の中の一人の筈だと、十津た。 だが、店の前に行ってみると、戸が閉まってい 川は思った。残るのは、男一人と、女一人になる。 た。臨時休業の札もない。 藤岡は、その二人の現在の住まいと名前も、見つ け出したのではあるまいか。 戸を叩いてみたが、返事はなかった。耳をすませ 彼は多分、三年間の東京生活の間、四人を見つけたが、猫の鳴き声も聞こえない。 ( まさか、死んでいるんじゃないだろうが ) 出すことに努めたに違いない。 けやぶ と、不安になったが、まさか戸を蹴破って、家の ( しかし、岩崎伸と五十嵐杏子の二人が、問題の四 人の中にいたのなら、な・せ今年、徳島に出かけたの中を調べるわけにもいかなかった。 どろうか ? ) 仕方なく家に帰ると、家の中から、やたらに猫の 鳴き声が聞こえてきた。 と、十津川は、思う。 のびいびいいう鳴き声とは違うと思いなが まさか、殺されるために、徳島へ行ったとは思え ら、中に入ると、妻の直子が、 よい。とすると、何のためなのか ? 「お帰りなさい」 ( 藤岡に会わなければならない ) と、 いってから、 島と、十津川は、思った。 「藤岡さんという人、知ってます ? のその日のうちに、十津川は、徳島から東京行の飛 「ああ。駅近くの本屋さんだよ。時々、寄って話を 復行機に乗った。 と 羽田に着くと、亀井に帰京したことを電話しておするんだが、藤岡さんが来たのか ? 」 恋 「ええ。あの猫を置いて行ったわー いてから、警視庁には向かわず、青蛾書房に向かっ っと
「じゃあ、安心だ」 八口径リポルバーである。六連発で、二発試射した 男は、背中をシートにもたせかけて、眼を閉じ ので、あと四発しか残っていないが、小坂井一人を 殺すのに十分だろう。 」ヨーノ Ⅱリサはうまくまいてやったが、大男の方はど 「お客さんは、・ とこからいらっしやったんです こにいるのだろうか ? 「宗谷 1 号」に乗って、稚か ? 内まで行ったのか。 と、運転手が話しかけてくる。 ( それに、あいつはな・せ、拳銃を欲しがっているの 男は眼を開けた。 だろうか ? おれから百万円を取り上げたのだか 「東京からだよ」 ら、それで満足すればいいのに ) 「やつばりね。東京の方だろうって思いましたよ 眼をつむって、考え続けた。どうもうす気味悪い 「な・せだい ? のだ。 「わたしも昔、東京に住んでたことがあるから、何 小坂井を殺すのを、あの大男が邪魔するような気となくわかるんですよー がして仕方がなかった。 「そう ( どうしても拳銃が欲しいのなら、その百万円で買 男は、前方の闇に、眼をやった。 えま、 どろうに ) とい、つよ 東京の道路のように、街灯は多くない。 と、も、思う。 りほとんどないから、道路は暗い。 車のライトの届 男だって、金を積み、いろいろと手をつくして、 く範囲だけが明るくなり、そこに粉雪が舞ってい る。 暴力団から拳銃を手に入れたのである。の三 190
日下は、死体を、引っくり返した。中年の男の顔 死んでいる男のことは、よくわからない。が、 が、現われた。死人の顔だ。 「ロビンス」というサラ金には、覚えがあるのだ。 「どうです ? 知らない顔ですか ? 金に困って、三回ほど、借りに行き、まだ、十二 と、日下刑事がきく。 万円ほど、残がある。 「知りませんね」 借りに行った時、席の奥に、死体の男がいたよう 「あなたは、東京の方ですか ? 」 な気もする。 せたがや 「ええ。東京の世田谷区に住んでいます。名前は、 ( まずいな ) あきら 中村明。カメラマンですよ」 と、思うと、それが、顔に出たのか、日下は、 「東京のカメラマンですか ? 」 「知っているんじゃないですか ? と、肯きながら、日下は、死体の背広のポケット と、追及して来た。 を、探っていたが、名刺入れを見つけて、その中の 「知りませんよ」 名刺を、取り出した。 「この「ロビンス」というところから、お金を借り たけしたこうじ 「サラリ ー・ローン『ロビンス』常務、竹下幸次。 たことは、ありませんかフ 会社は、東京の世田谷ですね。本当に知りません 当然の質問が、きた。 か ? この男を」 「僕は、誰も、殺してませんよ。僕が寝ている間 日下刑事は、同じ何枚かの名刺の一枚を、中村に、誰かが、僕のカメラで、その男を、殴って殺し に、手渡した。 たんですよ」 中村の手が、かすかに、ふるえた。 「ずっと、寝ていたんですか ? それを、証明でき なぐ 126
は、浜田の狙いが、外れたことになる。 まずいことに、浜田の複雑な女関係が、だんだ ん、具体的に、わかって来た。 それに、銀座の宝石店の経営も、本人の証言とは はっ 違って、あまりうまくいってなかったことが、 きりした。 従って、一億円の保険金も、そんなものは要らな いどころではなかったのだ。のどから手が出るほど 浜田が、東京に戻ったのをしおに、亀井も東京に 帰り、十津川に、報告した。 欲しい一億円の筈である。 翌日、浜田は、野見ゅう子の遺体を受け取った母 十津川は、「ご苦労さん」と、ねぎらってから、 「今のところ、浜田という男は、心証的にはクロと 親と一緒に、静岡から、用意した車にのせ、東京に しゝっことカ 向かった。 「まっクロに近いです。しかし、誰も、彼が、野見 「東京に帰ってからも、しばらくは、居場所を、は ゅう子を、突き落とすところは、見ていないんで 体つきりさせておいて下さい」 死 と、静岡県警の矢部警部は、浜田に、念を押しすー っ 「それが、浜田の狙いだったと、カメさんは見てい るわけか ? 」 「まだ、私を疑っているんですか ? 」 青 「そうです。しかし、浜田が、本当に狙ったよう 浜田は、矢部を睨んだ。 : 、 カ矢部は、相手を睨み 返して、 「もしも、殺人であれば、今のところ、あなた以外 に、容疑者はいないと、思っていますよ」 しー と、 245
「日下君か。どうしたんだ ? という、十津川の声が、聞こえた。昨日は、東京 で会っているのに、ひどく、懐しく聞こえたのは、 吹雪で、立往生してしまっている列車の中にいるせ 「ドアは、絶対に、開けないで下さい し / いだろうか。それとも、この車内では、若い自分 日下は、車掌に、 が、責任を持って、事態を、処理しなければならな 「わかりました」 いからだろうか。 「犯人は、この中にいる筈ですからねー 「今日中に、和倉へ行くつもりだったんですが、吹 と、日下は、乗客を見廻したが、その眼はどうし 雪と、雪崩で、二両編成の列車の中に、閉じ込めら ても、中村に、行ってしまう。 れてしまいました。その上、車内で、殺人事件が、 中村は、相変わらず、青い顔をして、黙ってい る。 発生しまして」 日下は、簡単に、事情を、説明した。 「電話は、東京にも、掛かりますか ? 」 と、日下は、車掌に、きいた。 「それで、君が、解決しなければ、ならないわけ 「 Z ()* の電話ですから、通じると思いますが、料か ? 」 「車内で、警察権を持っているのは、私一人のよう 金が、必要ですよー です。車掌が、助けてくれると、思いますがー 「足らなかったら、百円硬貨を貸して下さい」 とつがわ 「君なら、やれるよ」 日下は、東京の警視庁に、電話をかけ、十津川警 いってくれた。 部に、出て貰った。 と、十津川は、 なっか 130
傍を通り抜けて行った。 男は、通りがかったタクシーをとめた。 「税務署のあるところまで、行ってくれないか ミラーの中を と、男がいうと、中年の運転手は、 ちらちら見ながら、 「この時間じゃあ、税務署はもう閉まっています よ 「わかってるよ。税務署に用があるんじゃないん だ。その近くに用があるんだよ。とにかく、早く行 ってくれー と、田刀はいっこ。 運転手は、わかったというように肯いて、車を出 した。 「お客さんは、どこからいらっしやったんでする。 カ ? 」 と、運転手がきく。 「東京からだよ」 「東京の人ですか。夜おそく着かれたんですねえ」 「疲れてるんだ。少し、黙っててくれないかね」 と、男はいっこ。 「わかりました。すいませんー カ急にきよろきよろしだし 運転手は肯いた。 ; 、 た。車のスビードも、おそくなった。 男は、眉を寄せた。 「何をしてるんだ ? 」 「お客さんのいわれた税務署を探しているんです よ。確か、この辺にあったはずなんですがねえ」 男も、窓の外に眼をやった。その顔が急にゆがん 男は、東京を出発する時、稚内の地図を見てい 目標とする稚内税務署が、街のどのあたりにある かだけは、知っているのだ。 今、窓の外に、暗い海が見えた。ここは稚内港の 近くではないのか ? 税務署は、地図で見た時、海 194
逆に怒鳴りつけられたそうです。その直後に、火事 そして、東京で、あの本屋を始めたのか。 になったんですー 十津川は、脇町の警察署に廻って、三年前の火事 「そして、二階にいた若夫婦が、焼死した」 について、きいてみた。 たかはし 「ええ」 答えてくれたのは、高橋という中年の警官だった 「四人の男女は、どうなったんですか ? 」 が、緊張した顔で、 かんじん 「いつの間にか、車ごと消えてしまっていたそうで 「正直いって、あの時は困りました。肝心の藤岡さ すー んが、全く非協力的でしたからね」 「藤岡さんは、なぜ、警察にその四人のことを話さ 「なぜでしようかね ? 」 なかったんですかね ? 」 「わかりません。われわれは、あの日泊まっていた と、十津川は、きいた。 男女の名前や、住所を知りたいのに、藤岡さんは知 ためいき 係長は、さな溜息をついた。 らないの一点張りでしてね。まあ、息子さん夫婦を ぼうぜん 「なぜなんですかねえ。いい人だが、ちょっと変わ突然失ってしまって、呆然としているんだと思い ったところもありましたからね。とにかく、藤岡さ 強くきけなかったんです。そうしている間に、藤岡 んは、突然、東京へ行ってしまったんですよ。銀行さんは、突然、東京に行ってしまいましてね。その 預金を、全部おろしてねー ままになってしまったんですが 「預金を ? 」 「四人については、何もわからずですか ? 」 「ええ。銀行の人が、そういってましたよ」 「残念ながら、わかりませんー っこ 0 と、係長は、 ーし / 「彼らは、阿波おどりを楽しみに来たんでしよう
「ええ、三年前の夏です。ちょうど、阿波おどりの 前には旅館をやめていました。藤岡さんは、もとも 時でしたね」 と文学青年でしたから、何か文化的な仕事がやりた 8 「焼けたら建て直せばいいのに、なぜ東京へ引越し いといっていましたね」 てしまったんでしよう ? 」 「火事の様子は、どうだったんですか ? 」 「な・せ、そのことをおききになるんですか ? 」 「それが、ひどい話でしてね。あの時、東京に出て と、係長が、きく。 いた一人息子さんが、結婚したばかりの奥さんを連 十津川は仕方なく、警察手帳を相手に見せた。係れて帰っていたんです。今もいったように、阿波お 長は、びつくりした顔になって、 どりの時でしたから、息子さんは奥さんに、見せた 「やはり、あの火事に疑問を持たれたんですか ? かったんじゃありませんかね」 「まあ、そんなところです」 「藤岡さんは、喜んだでしようね ? 」 と、十津川は、嘘をついた。 「そりゃあねえ。あの時、藤岡さんに会ったらニコ ニコして、おれは間もなくおじいさんになるんだ 係長は、十津川に、自分の傍の椅子をすすめてか ら、 と、 いっていましたからねえ」 「実は、私は、藤岡さんと幼なじみでしてね。あの 「じゃあ、息子さんの奥さんは、妊娠していたんで 家にも遊びに行ったことがあるんです。藤岡さんのすか ? ところは、昔は旅館でした。十人ぐらいしか泊まれ 「確か、三ヶ月だったんじゃないですかねー ない小さな旅館でしたがね。それが、一人息子さん 「それで、火事のほうは ? は東京へ出てしまうし、奥さんが亡くなって、三年 「八月十三日でしたね。夕方、藤岡さんは、吉野川
かわしま 大谷川の川岸にある町役場に行き、十津川は、手 阿波川島を過ぎてから、国道一九二号線は、左か ら右手に廻り、その向こうには吉野川がゆっくりと帳の住所を見せ、この家が今どうなっているかきい てみた。 流れている筈だった。 「藤岡正司さんのところですか」 受験で有名になった学駅を通り、穴吹駅に着いた と、戸籍係の若い男は、帳簿を調べていたが、 のは、一四時五二分である。 「どなたも住んでいませんね。今は、東京に住んで ホームに降りると、山肌が間近に迫っていた。 おられる筈ですよー 駅前から、脇町へ行くバスが出ている。十津川 は、それに乗った。。 ( スは吉野川にかかる橋を渡「東京に移ったのは三年前だと思うんですが、なぜ 急に、東京に引越したんですかね ? 」 り、十分ほどで脇町に着く。 おおたに と、十津川は、きいた。 町は、吉野川の支流である大谷川をまたぐように 若い職員は、わからないという眼をしてから、奥 して、広がっていた。 にいる五十歳くらいの係長に、ききに行った。 この町は、白壁の町として有名らしいが、そうし 係長は、十津川のほうを見てから、立ってカウン た古い建物の中に、ショッビングセンターの大きな 島ビルが混じっていて、四国の中央部の町にも、現代ターのところまでやって来た。 「藤岡さんのところは、三年前に、焼けたんです 化の波が押し寄せていることを感じさせた。 讐 雨は、い・せんとして降り続いている。が、細かい 復 と と、係長は、十津川にいっこ。 雨だし、気温が高いので、濡れても苦にならなかっ 恋 「焼けた ? 」 こ 0 よ