「その時に見たことを、話して下さい」 「それから、どうしたんですか ? 地図を見ながら、亀井が、いった 「大声で、怒鳴りましたよ。聞こえないとは、わか幻 「景色がいいので、尾根のあたりに、腰を下ろし っていましたがね。海に落ちた女性は、すぐ、見え て、海の方を眺めていたんです。午前十時を少し過なくなってしまいました。一緒に乗っている人間 ぎた頃でしたかねえ。沖に、白いポートが、いまし は、何してるんだと思っていたら、男が、キャビン たよ。何をしてるのかなと思って、見てたんです」 から出て来ました。手にカップを二つ持ってまし 「それで ? 」 た。それから、デッキで、女の人を探していました 「デッキに、女の人が、いましたね。ええ。ひとり が、落ちたのがわかったとみえて、服を着たまま、 でです。船首の方に立って、屈伸運動をしてました飛び込みました」 「なるほど」 「どんな服装だったか、覚えていますか ? ー 「必死になって、探していましたね。疲れると、一 「確か、プルーの水着の上に、白いものを羽織って度、船にあがって、また、飛び込んでいましたよ。 からだ いましたね。それで、身体を動かしたあと、手すり あれじゃあ、男の方も、疲れて、死んじゃうんじゃ にもたれて、海面をのそき込んでいましたよ。少 ないかと思いましたね。そのうちに、漁船がやって し、乗り出しすぎているから、見ていて、危なっか来たんですー しいなと思っていたんです。そうしたら、落ちたん 「女性が、海に落ちた時ですが、列車が、通りませ さか んでしたか ? ですよ。真っ逆さまにね。思わず、僕は、「あッ』 って、叫んでしまいましたねー 「ああ、通りましたよ。白い車体に、赤い線が入っ
「宝石商の浜田は、亀井さんの考えられた通り、ク 「ええ。あの列車とは関係のない証人というので、 質問しなかったんです。なるほど、おかしいですルーザーの海岸と反対側のデッキに、野見ゅう子を 立たせておき、キャビンの窓から、カギ形の棒で、 ね」 い詰めてみて足を引っかけて、海に落として、殺すことを考えた 「テー。フを送りますから、広田を、 2 の乗客にしよう んです。目撃証人は、リゾート 1 下さい。私も、納得できないんですよ。広田は、ま と、思ったわけです。列車の窓からでは、沖のクル だ、下田にいるんでしよう ? 」 ーザーのデッキは、ほ・ほ同じ高さだから、棒は見え 「今日は、下田のホテルに、泊まることになってま ないと、考えたんです。それに、任意の目撃者だか すー しんびようせい ら、証言に信憑性がありますからね」 「では、今日中に、届くようにします」 「なるほど と、亀井は、しオ 「一応、うまく運んだんです、リゾート幻から見て 翌日、亀井は、結果を、待った。 いた乗客もいましたし、彼女は、ひとりで、海に落 下田署の山下刑事から、電話が入ったのは、夕方 ちたと証言しましたからね。ところが、浜田が、東 になってからだった。 京に戻ったあと、広田という男が、現われて、浜田 体「全て、解決しましたよ」 死 をゆすったんですよ」 と、山下が、明るい声で、いった。 っ 「本物の広田ですねフ 「どう解決したんです ? 」 染 「そうです。広田は、あの尾根にいて、海を見てい 「あの広田は、ニセモノだったんです」 青 たんです。彼は、カギ形の棒が、女の足を引っかけ 「ニセモノ ? よくわかりませんが」 255
にいた、宮川拓也と、矢野明日香の姿も、はっきり カラス張りの半円形の 一階の、海に張り出した、。 リビングに立っと、眼下に国道一三五号線が見え と、見えたに違いない。もちろん、二人が、甲板 る。 で、キスをしている姿もである。 「この双眼鏡の指紋は、もちろん、調べたんでしょ その先に、西本たちが、コーヒーを飲んだイタリ さがみ アンレストランがあり、そのさらに先は、相模湾で うね ? 」 ある。 西本が、きくと、県警の三浦警部は、ニャッと笑 当然、ここから見ていれば、その海上で、クルー 「もちろん、調べましたよ。しかしね、西本さん。 ザーが爆発するのが、はっきりと、見えたに違いな もし、この双眼鏡に、宮川の奥さんの祥子さんの、 指紋が付いていたとしても、彼女が犯人であるとい リビングルームの、出窓の上には、双眼鏡が置い てあった。 う証拠には、なりませんよ。何しろ、この別荘は、 宮川夫妻の持ち物なんだから、ここにあるものに、 西本は、それを借りて、もう一度、海を見てみ 奥さんの指紋が、付いていたとしても、当たり前で 今日は、沖に、釣り船が一隻、見えた。釣りをしすからねー 「この家全体の指紋は、どうなんですか ? 」 行ているのか、帆を上げて動こうとしない。釣りをし 死 ている人間の姿も、双眼鏡では、はっきりと、見え 「誰の指紋かは、これから、調べるのですが、いろ 情 ~ 用こ 0 いろなところから、三種類の指紋が、たくさん、出 湘 昨日も、この双眼鏡を使えば、クルーザーの甲板ましたよ」
「そのビールを飲んだら、急に、眠くなったんです よ。その時は、まさか、ビールの中に睡眠薬を入れ たなんて思いませんから、おれも、最近、アルコー ルに弱くなったなと、思ったんです。しかし、も し、あれが、睡眠薬入りだったら、そうやって、僕 を眠らせておき、その間に、僕のカメラを持ってい って、それで、殴り殺したんですよ」 「その女性は、もちろん、覚えているね ? 「ええ。自分では、島村真理子と、名乗っていまし たよ」 「じゃあ、一緒に、探してくれないかー と、日下は、しオ 日下は、中村を連れて、車内を歩いて行った。た 車った二両編成である。中村は、すぐ 「彼女ですよ。 週 と、座席に腰を下ろして、週刊誌を読んでいた女 の へ性を、指さした。 なるほど、力的な美人だった。 っこ 0 「島村真理子さん ? 」 と、日下が、声をかけると、彼女は、けげんそう しばた 、え。私は、柴田めぐみといいますけど」 「そうですか。ちょっと、こっちへ来て頂けません と、日下よ、 をしい、 2 号車の展望室へ、連れて行っ 傍に、中村を、座らせてから、 「この人を、知っていますか ? 」 と、日下は、柴田めぐみに、きいた。 めぐみは、ちらりと、中村を見て、 「写真を、沢山撮っていらっしやった方でしよう ? だから、覚えていますわ 「この展望室で、お喋りをしたことは ? 」 「ここに、座っていたら、この方が、話しかけて来 こた たので、受け応えはしましたけど、お喋りといえる芻 のかどうか、わかりませんわー 、刀
て、喜んでいる。 伊東を過ぎて、伊豆急行線に入ると、海の青さ が、一層、濃くなった。真夏の頃は、泳いでいる人 たちゃ、ヨットなどの姿があるが、今は、海の青さ だけが、目立っている。静かな海である。というよ 、本来の海の静けさが、戻って来たといった方 力いいのだろうか 普通列車だから、駅を一つ一つ、拾って行く。 最初のうちは、亀井も、駅に着く度に、伊豆高 おおかわ 原、伊豆大川と、駅名を確認していたのだが、その うちに、面倒くさくなって、やめてしまった。 いくつかのトンネルを抜けた。 列車が、右にカーブを切る。前方も、横も、海に よっこ 0 列車は、海岸すれすれに、走っている。 「あツ。人が落ちた ! 」 亀井の近くで、誰かが、大声で叫んだ。 亀井は、海に向かって、眼を凝らした。 沖合に、。ほっんと、モーターポートが浮かんでい その船首近くで、水しぶきが立っているのが見え おぼ ( 溺れているのか ? ) と、更に、亀井が、眼を凝らしている間も、列車 は走り続け、白いモーターポートも、水しぶきも、 亀井の視界から、消えてしまった。 「あのままじゃ、死んじゃうそ」 亀井のうしろで、男の声がした。 亀井は、振り向いた。三十五、六歳に見える男だ さっき、大声をあげた乗客らしい 「人が、落ちるところを、見たんですか ? 」 と、亀井は、その男に、きいた。 男は、一瞬、びつくりしたような顔で、亀井を見 てから、 「あなただって、見たでしよう ? 」 る。 226
まじめ どうやら、この妻は、昨日の事件が、心中、それ さんにしては、珍しく、真面目で、礼儀正しくて、 時々、ウチの人にも、 いっていたんですよ。あんな も、無理心中と、思っているのかも知れない。 にいい人じゃ、タレントとして、生きていけないん 西本は、再び、主に向かって、 じゃないかってね。ああいう人は、芸能界なんかか 「宮川さんのクルーザーですが、表の桟橋に、 らは、早く足を洗って、誰かいい人を見つけて、サ も、繋留されているわけですね ? 」 と、きいた。 ッサと、結婚したほうがいいんじゃないかって、 つも、ウチの人こ、 「ええ、繋留していますよー 冫いっていたんですけどね」 「夜は、どうなんですか ? 」 「矢野明日香さんは、宮川さんに、夢中だったよう 「どうって ? に、きいていますが、それは本当ですか ? 恵が、きいた。 「誰かに、イタズラされるかも知れないから、夜 も、気をつけている。そういうことは、なかったで 「実は、そうなんですよ。それで、私も、心配して いたんですけどね。今いったように、彼女は、芸能すか ? 「ねえ、刑事さん。上の道路のところから、ここま 界の人間には、珍しく、真面目な人だし、宮川さん には、奥さんがいるし、それで、何かトラ。フルが起で、階段を、降りてこなくてはいけないんですよ。 をいいな、と思っていたんですけどね。心夜、わざわざ、階段を降りて、桟橋のクルーザー 行きなけれま 死 を、見に来る人なんか、まずいませんよ」 配していたら、とうとう昨日、二人で、心中しちゃ 情 南ったんでしよう ? 」 主が、笑った。 主の妻が、しった しかし、一昨日の夜、誰かが、上の駐車場から、
が、「ゆうトピア和倉ーだった。二両編成なので、 前後に、展望室が出来ることになる。 全車グリーン席で、リクライニングで、ゆったり なな としている。展望室の前面は、斜めの大きなガラス 年があけてから、雪の日が、多くなった。 で、前方の視界が、素晴らしい 本格的な、雪の季節を迎えたのである。それで わくら のと この二両編成の「ゆうトピア和倉」は、大阪で、 も、能登半島の和倉では、例年より、活気が見え 北陸本線の特急「雷鳥 9 号ーに、連結される。 金沢までは、電車の「雷鳥 9 号ーに、牽引されて 週末だけだが、大阪から直通の特急列車「ゆう 走るわけで、金沢で切り離され、和倉まで、本来の 。ヒア和倉」が、来るようになったからである。 今まで、直通列車がなかったのは、大阪から金沢ジーゼルエンジンで、走る。 なかむら カメラマンの中村は、和倉温泉と、「ゆうトビア までは、電化されているが、金沢から、和倉までの ななお 和倉」の写真を頼まれて、東京から、まず、大阪へ 七尾線が、非電化だったからである。 大阪から、和倉へ、直通列車を走らせるため、電飛んだ。 アサヒ書房という小さな出版社が、「旅と乗り物ー 車に、ジーゼル車を連結するという面白い編成が、 という写真を主にした本を出すことになり、それに とられた。 そのために、新しく二両編成の気動車が、造られのせる写真の一つである。 時刻表によれば、「雷鳥 9 号」の大阪発は、一〇 窓が大きく、展望室のある気動車である。これ時二〇分である。連結されている「ゆうト。ヒア和 けんいん 116
「何が ? 」 「その平田は、何をしてるんだ ? 」 「名前は、山田何とかって、 いいましたね ? 」 「今度、僕は、ある雑誌社の仕事で、和倉温泉の取 「ああ、山田真一といっていた。今は、名前なん材に来たんです。その雑誌社のオーナーですよ。若 か、どうでもいいだろう。あの男が、能登部に着け手の総会屋で、税金対策に、雑誌を出しているつ ることが、大事なんだ」 て、いわれていますがね」 「僕の知っている人に、よく似ていたんです」 「若手の総会屋か」 「君は、あの人を、知ってるのかね ? 」 「ええ。それが、どうかしたんですか ? 」 「ええ。ただ、名前が、違うんですよ。僕の知って 「雑誌社のオーナーだとすると、君が、和倉温泉の ゅういちろう いるのは平田悠一郎というんです。よく似ていたな取材に、今日、この「ゆうトビア和倉』に乗ること あ。そっくりでしたよ も、知っているね ? 」 「ちょっと待て」 「ええ。編集長に聞けば、僕のスケジュールもわか 急に、日下が、真剣な顔つきになって、中村を見 りますからねー た。今度は、中村の方が、びつくりした顔になっ 「平田か」 車た。 と、呟いてから、日下は、車掌のところへ、飛ん で行った。 な「平田 ? 」 と、日下が、きく。 「まだ、電話は、通じますね ? 」 の へ「そうです。平田悠一郎です。それが、どうかした 「大丈夫です」 んですか ? 「もう一度だけ、電話をかけさせて下さい」 157
と、日下は、しナ と、中村は、しオ 「僕は、殺していませんよ。な・せ、殺すんですか ? 「取材のためとはいっても、あなたは、車内を歩き ここに、今、八万円持ってるんです。殺すくらいな廻り、写真を撮っていた」 ら、この八万円を、相手に、叩きつけていますよ。 「ええ」 それで、気がおさまりますからね」 「それなら、彼に気付く割り合いは、 かなり高かっ 「八万円では、四万円足りませんね。それを、なじ た筈ですがねえ」 られて、かッとなったんじゃありませんか ? 」 「そうかもしれませんが、僕は、現実に、気がっか 「違いますよ。僕は、あの男が、『ロビンス』の人なかったんです。それに 間どころか、この列車に乗っていることすら、知ら 「それに、何です ? なかったんです。本当ですよ」 「ひょっとすると、僕は、罠にはめられたのかも知 「しかし、たった二両しかないんですよ。それに、 れないんです」 乗客は、全部で、三十七人しかいないんです。定員 中村が、思い切った調子で、いった。 が、七十二人だから、約半分です。それでも、気が 日下は、興味を感じて、 つかなかったんですか ? 」 「どういうことですか ? それは」 「ええ。気がっきませんでしたよ」 「これは、あくまでも、僕の想像なんです。この列 「しかし、車掌の話では、あなたは、カメラを持っ車に、美人が乗っていましてね。彼女と、仲良くな て、車内を歩き廻っていたんでしよう ? 」 ったんですが、ビールを、ご馳走になりましてね」 「それは、取材のためですよー 「それで ? 」 わな 132
「あのカメラマンのことも、調べたんでしよう ? 「調べたんですか ? ー 「ええ。調べました」 「ええ」 「それで、どうなんですか ? やつばり、犯人でし 「でも、どうやって ? 」 「この列車には、電話がついていますからね。それた ? 」 「動機は、見つかりましたよ。被害者のことも、知 で、警視庁にかけて、あなたのことを、調べて貰っ っていた可能性があるー たんですよー 「それなら、犯人に決まったじゃありませんか。こ 「私を、疑っていらっしやるのね ? 」 んな少ない乗客の中で、殺す動機の持ち主が乗って 「事件に関係した人は、一応、全員、調べることに いるなんて、何万分の一かの確率でしよう ? 」 なっていますからね。その結果、あなたが、今は、 「そうでしようね」 クラブで働いていることが、わかったんですよ。と 「それなら、あの男が、犯人だわ。他の乗客が犯人 なると、缶ビールを、持ち歩いていても、不思議は の確率なんて、ものすごく、小さい筈ですもの」 ないと、思いましてね」 っこ 0 柴田めぐみは、断定するように、しオ 「水商売だからといって、偏見で、見ないで下さい 車ね。私は、睡眠薬を、ビールの中になんか、入れた 列 りは、しませんわ」 末 週「別に、偏見はありませんよ。あなたのことを調べ 日下は、何本目かの煙草に火をつけた。 へて、借金もないし、あの被害者とも、関係のないこ 暖をとるほどの熱量はないのだろうが、煙草の火 とが、わかりましたよ」 147