その中で、婿で、現頭取の広志が、突然、反旗をた。 ひるがえした。今までの経営方針が誤りで、今の経 人格が変わる代わりに、人間でなくなってしまっ 営陣は退くべきだと主張したのである。 たのである。名前を呼ばれても、ただ、けもののよ そうなれば会長の敬一郎も、当然責任を取って、 、つに唸り亠をあげるだけになってしまった。 退職金の辞退をしなければならなくなるだろう。 困惑した鬼頭家は、とにかくアジア第一病院に入 鬼頭一族全員が、広志の行動を非難した。 院させて、人の眼に触れさせないようにした。小野 そして、彼等は、最後の手段として、長年、経済塚院長のほうも、自分の手術の失敗の責任を取って、 かんこうれい 的な援助を与えてきたアジア第一病院の小野塚院長 号室に隠し、医者や看護婦には箝ロ令を敷い に相談した。 広志の人格を、変えることが出来ないかと、相談鬼頭広志は、性心臓病の治療のために、スイス したのである。 に治療に行っていることにした。 小野塚院長は、脳外科の専門医である。手術して、「植物状態になった鬼頭広志のことは、どうするつ 密 もりだったのかね ? 前頭葉を切り取ってしまうことをすすめた。人格が 秘 変わる。すべてに無気力になり、従順になる。 と、十津川は、鬼頭敬一郎と、小野塚院長にきい室 鬼頭敬一郎も娘の恵美子も賛成し、すぐ小野塚はてみた。 特 手術にかかった。 「自然に、亡くなってくれればい、 しと思った」 簡単な手術のはすなのに、院長は失敗してしまっ と、敬一郎はいった。
「あなたに、そんなことをする必要は、ありませ「この部屋で、何が行なわれているのか、それを説 明してもらいたいだけですわー んー 「ここは、院長の寝室だと、嘘をついたじゃありま「あなたに、説明する必要はない。第一、あなたは、 せんか」 もう退院するはずだ」 院長が、直子を睨むように見た。 「とにかく、出て行きなさい ! 」 「納得の出来る説明を聞くまでは、帰りませんよ」 「この患者さんは、三星銀行の頭取の鬼頭広志さん 直子がいったとき、男が一人、部屋に入って来た。 なんでしよう ? 」 院長の小野塚だった。 直子がきくと、院長は、婦長を見すえて、 院長は、婦長に向かって、 「君が教えたのか ? 」 「火事は、どうなったんだ ? 」 「とんでもありません」 と、きいてから、そこに、直子がいることに、当婦長は、顔色を変えて、否定した。 惑した表情を作って、 「みんな知ってるんですよ。今日、ここへ来たのは、 「なぜ、ここに、いるんですか ? 鬼頭広志さんの奥さんの恵美子さんなんでしよう ? と、きいた。院長には、事態が呑み込めないみた鬼頭さんが婿だということも、わかってるんです」 いだった。 直子が、早口にまくし立てた。 直子は、やつばり、院長は、旅行には行ってなか 院長の表情が、どんどん険しくなっていく。それ ったのだと思いながら、 は危険な兆候だった。 47 特別室の秘密
「緊急逮捕だ。令状はあとから取る」 に隠して、誰の眼にも触れさせない必要があるの と十聿川よ、、、 携帯を取り出して、亀井刑事をか ? 呼び出した。 十津川が、厳しく突っ込むと、院長は黙ってしま った。 「すぐ、アジア第一病院まで来てくれ。 「待ってくれないか」 亀井刑事が、駈けつけた。 院長が、狼狽の表情でいった。 「この院長を、緊急逮捕する。容疑は、脅迫と殺人 「駄目だ」 未遂だ」 十津川は、突き放すようにいった。 と、十津川はいった。 「ここにいるのが、鬼頭広志さんだと認める」 「すべてを話してもらいたい。でなければ、今、あ なたを逮捕する」 「病気だから、うちへ入院させた。それだけだ」 小野塚院長が、すべてを話したのは、数時間後だ った。 「病名は、何だ ? 」 「全身の筋肉が無力化していく難病だ。筋無力症 バブルが弾けて、三星銀行も、他の銀行同様、危 機に落ち込んだ。 「でたらめをいうんじゃない。その病気の患者を見 だが、会長の鬼頭敬一郎をはじめ、経営陣は強気 たことがあるが、症状が違う。それに、この特別室だった。これまでの経営に誤りはないと主張した。
置かれた、予備のべッドのかげに身を隠した。 大声で、怒鳴る。 病室の患者たちが、起き出してくるよりも先に、 直子は、それを無視して、べッドの患者を、覗き ナースセンターから、婦長が、廊下に飛び出してき込んだ。 四十歳ぐらいの男だ。眼を開いているのだが、表 直子の予期したとおり、婦長は、ガラスドアのと情がない。 ころまで駈けつけると、カギを開けて、中に飛び込「鬼頭広志さん ? 鬼頭広志さんじゃないの ! 」 んだ。 と、直子が大声で呼びかけると、ふいに男は大き 次に、もう一つのカギで、 5 0 0 号室のドアを開 な口を開けて、あの、けもののような唸り声をあげ ける。 直子は、それを追うように、 500 号室に、飛び 眼から涙があふれている。ゆるんだ口からは、よ 込んだ。 だれが流れ出た。 広い部屋に、べッドが一つだけ。 「この部屋を出て行きなさい ! 」 もう一つの部屋には、応接セットがあるのだが、 婦長が直子の肩をつかんで、部屋から押し出そう 人の気配はなかった。 とした。 べッドには、男の患者が一人、横たわっていた。 直子は、逆に、婦長の身体を突き放した。 婦長は、振り向いて、直子を睨んだ。 「婦長さんこそ、これが、どういうことなのか説明 「何をしてるんです ! 」 しなさいー
「わからない」 いな」 「とにかく、調べてみるが、君は絶対に無茶するな 「その奥さんが、なぜアジア第一病院に来て、しか も、あの 5 0 0 号室に来たのかしら ? 」 と、十津川はいった。 「それも、今の段階ではわからないね」 夜になって、今度は、十津川のほうから、携帯に、 と、十津川はいった。 かかってきた。 明日の午後には、いやでも退院しなければならな きと、つえみこ 、 0 もう時間がなかった。 「君のいった車だが、鬼頭恵美子の車とわかった」 「何者なの ? 夫との電話がすんだあと、直子は、意を決して、 ーしいちろ、つ むこ 「三星銀行の会長が、鬼頭敬一郎。その娘だ。婿の新聞を大きく広げたまま丸め始めた。 ひろし 広志が、現頭取だが、六カ月前から姿を見せていな長い筒にすると、それを持って、廊下に出ると、 ガラスドアの前まで歩いて行った。 「病気 ? 」 直子は、マッチで、新聞の筒の先に火をつけた。 「銀行側の話では、慢性の心臓病の治療のため、ス その炎のほうを、天井に設置されている火災報知必 の イスの療養所に入院していて、病状は、回復に向か器に近づける。 室 っているそうだ」 たちまち、けたたましく火災報知器が鳴りひびい 特 「本当に、スイスにいるのかしら ? 「それは、スイスまで行ってみなければ、わからな 直子は、火のついた新聞を放り出し、廊下の端に よ みつばし
院長は、しばらく黙っていたが、 「私は、鬼頭さんが望むようにすることだけを考え ていましたよ」 「もし、すぐ殺してくれといったら、殺すつもりだ ったのか ? 」 と、十津川はいった。 「それも仕方がないと思いました。あの状態で、た だ、生きているというだけでは、可哀そうですから ね」 と、院長は、冷淡な口調でいった。 ( そんな状態にしたのは、いったい誰なんだ ? ) 十津川は、その言葉を口にしかけて、止めてしま った。
十津川は、眼を院長に向けて、 それは、夫の声だった。 「何をしたんだ ? 次に、この部屋のドアに、体当たりする音が聞こ えた。 「何もしていない」 「逮捕しても、喋らせるぞ」 今度は、院長の顔が引きつった。 続いて、拳銃の発射音。ドアが衝撃を受けてゆれ「私を、どうして、逮捕できるんだ ? ここに病人 かいるからかね ? ここは病院だよ。特別室に患者 た。夫がドアの錠を射ったのだ。 ドアが開いて、夫が飛び込んで来た。その手に拳がいても、別におかしくはないだろう」 「私を、殺そうとしたわ ! 」 銃が握られている。 いちべっ と、直子が叫んだ。 呆然と、立ちすくんでいる院長と婦長を一瞥して から、 「殺そうとしたって ? 」 「そうよ。お前の身体を、あとかたもなく溶かして 「大丈夫か ? 」 しまう薬品だってあるんだっていったわ」 と、直子に声をかけた。 「べッドに寝ているのが、スイスに療養に行ってる「それなら、立派な脅迫だ。脅迫と殺人未遂で逮捕 の する」 はずの鬼頭広志さんよ」 室 十津川は、院長に向かっていった。 「なるほどね」 特 「逮捕令状もなしに、そんなことが出来るのか 「頭がおかしくなっているみたいなの」 と、直子はいった。
「ひょっとして、お前は、刑事 「とにかく、来い と、西本は、山川の身体を羽交い締めにして、新 宿署の方へ引っ張って行った。 その間に、早苗がソアラから降りて、ポルシェに、 近づいて行った。手に、小型の掃除機を持っている。 早苗は、掃除機を持って、その場から葉山へ向っ 山川は、急に暴れ出して、西本を、振りほどこう とする。西本は、必死で、相手を押さえつけた。 神奈川県警で、調べて貰うためだった。 誰かが、それを見て一一〇番し、パトカーが駈け西本は、ひとりで自分のソアラを運転し、捜査本 つけてきた。 部に出頭した。 その間に、早苗は、ポルシェの運転席、助手席、 事故のことは、すでに、十津川の耳に入っていた。 それにトランクと、掃除機をかけまくった。 「パトカーから、報告が入っている。君が、事故を 終って、彼女がポルシェから離れる。それを見定起こしたとね。どういうことなのか、説明したま めて、西本はやっと、山川の腕を放した。 山川が、ほっとした顔になって、 と、十津川は、厳しい口調でいった。 「事故のことは、あとで話したい。それでいい」 傍から、亀井が、 「損害は、ちゃんと計算して、請求してくれよ。逃「そのパトカーからの報告によると、ぶつかった相 げはしないからな」 いった。 と、西本は、 118