祗登 - みる会図書館


検索対象: 呉漢(上)
231件見つかりました。

1. 呉漢(上)

横ながし 「そうですか。自分では、気づきませんでした」 ゅ - つか : 農場にはいると、めざとく郵解が寄ってきた。 「なんじは、途中で消えたな」 「宛の家族が心配で、帰りました。そのため一銭もうけとれませんでした。あなたは二倍の銭を うけとったのですか 「ああ、もらったさ。紅陽侯は人夫をあざむくようなことをしなかった。それどころか、安衆侯 、皀こ帚った者たちの銭も支払ったとい、つことだ」 の乱をきいて宛しリ 初耳である。 「乱のあと、われは紅陽へ行かなかったので、銭をもらいそこなったということですか」 呉漢は嘆息した。 「そうではない。宛へ帰った者たちにとどけるから、といって、まとめて銭をうけとった者がい るのさ。そいつは、たしか、祗登といって、ここでも顔をみかけたことがある。つまり祇登はな ふところ んじの銭もふくめて、他人の銭を懐にいれて、姿をくらましやがった」 「えつ、あの祗登が : : : 」 呉漢は絶句した。この話がほんとうであるとすれば、呉漢だけではなく宛から紅陽へ働きに行 った者をたぶらかしたのは、祗登ということになる。 まさかなあ。

2. 呉漢(上)

連座 と、祗登は意味ありげに笑った。 「われを売りこんだのですか : : : 」 祇登の意中を見通せない呉漢は苦笑するしかなかった。 三日後に、呉漢は祇登とともに母家に招きいれられた。なかに、田殷のほかにふたりいて、そ のふたりははじめてみる顔であった。田殷は呉漢と祗登に着座をすすめたあと、すこし横をむい きょはん 「となりに坐っているのが、孫の浹です。そのとなりは、知人の許汎さんです」 けんぶん と、いった。じつは、おふたりの見聞をおききしながら昼食をとりたくなりましてな、とにこ やかにいった田殷は、膳がはこばれてきたあと、ときどき質問しては、微笑し、うなすいた。 奇妙な会だな。 食事のあいだ、田浹と許汎はほとんど語らない。田浹は終始うつむきかげんであったが、耳を 澄ましてふたりの話をきいているようであった。許汎のまなざしはおもに呉漢にむけられ、箸を もつ手はあまり動かなかった。 食事を終えて、すこし雑談をしてから、母家をでた呉漢と祗登は顔をみあわせた。奇異な感じ をいだいたのは呉漢だけではない。 「あの許汎という人は、どういう人ですか」 「わからぬ。はじめてみた顔だ」 161

3. 呉漢(上)

じつは政治の質の高低をあらわすことになるのだが、王莽にかぎらず、王朝の運営にかかわる大 臣には、行政的な神経のこまやかさをもちあわせている者がすくなかった。 とにかく、呉漢は祗登ひとりを得たことで、事務能力が向上しただけではなく、はじめて生活 にゆとりをもっことができた。 「宛の亭長である呉子顔は、羽ぶりがよいらしい」 この近隣の評判が郡外にもひろがり、呉漢に認められて客として待遇されたい者がふえた。か れらの人物鑑定は呉漢自身もおこなったが、おもに祇登にまかせた。客室は五室あるが、それら のひとつは祇登がっかっている。 「ほかの四室のうち、一一室はつねに空けておき、侠客をきどる者や裏街道を歩く者を泊めてやれ ばよい。亭長であれば、法の外にいる者たちについても知っておく必要があり、かれらから情報 を採取できる」 と、祗登は助言した。 この年の末に、 「ひさしぶりですね」 ゅ・ - つかー あか いって、呉漢に会ったのは、旅の垢にまみれたような郵解である。以前とちがって、呉漢 にむかった郵解はずいぶん腰が低い。かって郵解について祗登は、 かんけん 「あいつは官憲の狗だ」 しがん 121

4. 呉漢(上)

と、いった。 「況糸 : : : 」 祗登が京師にのばるまえにはいなかった食客である。それゆえ容貌がわからない。その使用人 から顔つきを教えてもらったあと、棘陽へゆき、姉に会った。 涙をながしながら弟の話をきいた祗瑛は、 「況糸が父母と弟の仇であるとしても、わたしはここから動けません。しかしあなたが仇を討っ たす まで、扶けつづけることはできます。夫も、義侠の心が篤い人なので、かならずあなたに力を貸 してくれます」 きぜん と、毅然としていった。 姉にそ、ついわれてしまったかぎり、仇討ちをしなければならなくなった祇登は、そのとき二十 代のなかばであり、以後、十数年間、仇を捜す旅をつづけた。ところがその間に、姉が亡くなり、 姉の夫も亡くなったため、祗登は支援者を失い、やむなく各地の豪族の食客となり、さらに賃作 をおこなって、食いつないだ。 ばかな人生だ。 体 一言でいえば、そ、つである。仇を討ったところで、称めてくれる人も、喜んでくれる人もいな 正 の 登い すべてが徒労である。虚しくついやした歳月をとりもどすすべはないものか。そんなおもい で、地をみつめていたとき、似たようなまなざしで地を視ている若者が近くにいた。それが呉漢 あっ

5. 呉漢(上)

ふんがい 祇登は腹を立てたらしく、語気がするどくなった。この貭既ぶりをみても、祗登が奸猾な人で はないことがわかる。 「しかたなく角斗が穀物を盗んでかれらに渡すと、弟はかえされたのですが、味をしめたかれら は、おなじ時期にやってきては、角斗と弟を恫して、盗みをおこなわせた。夜間、かれらは農場 と の外に車を駐め、角斗の手びきでなかにしのびこむという手口です」 角斗が悪事をおこなっていることは、うすうす気づいたさ」 「そいつは知らなかった。が、 彭氏の農場では、夜間に警備をおこなう者がきわめてすくない。外からなかにしのびこむのは 容易であろう。そこまではよくわかったという顔の祗登は、 「だが、なんじは角斗を彭氏へ突きださず、事をおさめたようだが、どういう手を打ったのか」 ゅこっかー、 「郵解さんをつかわせてもらいました」 祗登は足をとめて、呉漢の肩をたたいた。 かんけん 、あいつは官憲の狗だ。まちがいない。あちこちの豪族の不正をさぐるために賃作 「郵解か : をおこなっている」 体 めずらしく呉漢が笑った。 正 登「わたしもひと月ほどまえに、友人と釣りに行ったときに知りました。ふたりで舟のなかに休ん でいると、近くの草むらから声がながれてきました。それが郵解さんと吏人の話し声でした。郵 かんかっ

6. 呉漢(上)

安衆侯の乱 「そうですね。それはよいのですが : : : 」 「ほかに、こまることはあるまい 祗登は呉漢の困惑ぶりを楽しむようにうす笑いを浮かべた。 「話半分、とい、 2 、とについてです」 「それがどうした」 「人の話は、半分が妄であるとすれば、あなたの話にも、おなじことがいえます。それで、こま っているのですー 「こやっ 祗登は嚇と呉漢を睨んだ。が、呉漢はおびえもせす、 「見聞を広めるのも、考えものです。識れば知るほど、真実から遠ざかることになりかねない かといって、 ~ 知ではど、つしよ、つもない。見ることと聞くことは、それほどむずかしいとい、つこ とでしようか」 と、自問自答するよ、つにいった。 祇登は怒るよりもむしろあきれたように呉漢をながめはじめたが、やがて、 「おもしろい男だとはおもっていたが、なるほど、そうだ。なんじは大物になるぜ」 と、称めた。 この日から、祇登はつねに呉漢の近くにいるようになり、自分のこどもほどの年齢の呉漢にぞ

7. 呉漢(上)

く動き、ほかの若者たちの作業に弛みをもたせなかった。 農場内に郵解はいなかったが、祗登の顔はあった。かれはさりげなく呉漢に近づいてきて、 「不良少年どもを、うまく手なずけたじゃないかー と、からか、つよ、つにいった。 呉漢は苦笑した。この笑いのなかに哀しみをひそませた。 「一家の次男や三男は、生業に就くすべがありません。生きてゆく張りが失われた者たちのなか で、ここにきて働いている者は、不良ではありませんよ」 「ふん、まあ、そうか」 その目は笑っていた。じつは内心、 祗登はあえて冷淡にいったが、 こやつはずいぶん成長したな。 と、驚嘆していた。数年まえの呉漢は、寡黙で陰気な青年にすぎなかった。かれは人に近づか す、人もかれに近づかなかった。ところがいまのかれの人気ぶりはどうであろう。年齢は二十四、 きょ・つか / 、 あ・こ ぶらい 五であろうが、無頼の少年どもを頤でつかう、ちょっとした侠客になれそうである。呉漢の性 せいへき 格には、人助けを好む性癖がありそうなので、義侠の道へすすみそうだが、闇の世界に足を踏 旧みいれてもらってはこまる。 の 登 彭伯通に見込まれているかぎり、そうはなるまいか : と、考えている祗登は、おのれの関心が呉漢ばかりにむけられていることに気づき、われとし たる ギ」善」よ・つ

8. 呉漢(上)

「かれこそ大計を知る」 と、鄧禹を尊重しつづけた。 鄧禹は多くの人と会い、 = 諞ることを好むので、来訪者をこばまなかった。祗登の名をすぐには おも 億いだせなかったが、蔡陽出身者であるときいただけで、 「会お、つ」 いった。 はくしゅ 白鬚の祇登をみた鄧禹は、 ) つうか 「もしや、あなたの家とわが家は、通家ではあるまいか」 と、きりだした。急に記億がよみがえったのである。目で笑った祗登は、 「父祖の代からのつきあいです。ただし、わたしの家は、あなたが生まれるまえに、消滅しまし と、鄧禹の年齢を推定しながらいった。鄧禹はこの年に二十三歳である。劉秀自身も三十代に なったばかりであるから、この軍は若さに満ちているといえる。 「やはり、そうでしたか。父からあなたの家についてきかされたことがあります。わが家は、あ なたの家に助けられたことがある。また、あなたの家の惨事も知っています」 「そうですか」 祇登はおだやかさを保ち、感傷をみせなかった。 320

9. 呉漢(上)

横ながし 「副手代だ。伯通さまがお決めになったことだ。われにこまごまと問うな」 「それにしても、多すぎますね」 か′ . 、よもん 一考した呉漢は、それ以上は問わす、軽く頭をさげて、農場をあとにした。宛の郭門をすぎた ところで、人影が近づいてくるのを感じた。 呉漢に寄り添ったのは、祇登である。 「あっ、あなたはーーー」 「しつ、黙って、われについてこい」 祗登は人目をはばかるように、呉漢を小巷につれこんだ。再度、左右に目をくばった祇登は、 呉漢に顔を近づけて、 「われについて、きいたことがあるだろう」 と、するどくいった。 かた 「あなたが宛の人夫の銭を騙り取ったとききました」 ぬぎぬ 「ふん、われがそんなけちなことをするかよ。われに濡れ衣をきせて、他人の銭をうけとったや つがいる。悪評をきいたので、われはふたたび紅陽へゆき、たしかめてきた。銭のうけとり人も、 われではない、 と一筆、書いてもらってきた。それが、これよ」 と、祗登は証明書がわりの牘をみせた。 しょ・つ」 - っ

10. 呉漢(上)

ことは、充分に承知だろう。重臣のなかでは、朱仲先どのが宛の出身なので、あの人が主の不利 になるうわさを劉公に吹き込んだのかもしれない」 ギ」しょ・つ うつぶん ひごろおとなしい魏祥も、呉漢が冷遇されていることに、鬱憤をかかえはじめていた。 ふくよう 「おい、おい、めったなことをいうな。朱仲先どのは幼いころに父を喪ったので、宛から復陽 へ移っている。亭長のことも知るまいよ」 と、祗登がみなをたしなめた。 「先生は、そんなことまで、ご存じなのですか」 祗登の弟子といってよい角斗が感心してみせた。 ゅ - ・つかし おくそく 「郵解が教えてくれたのさ。かれの耳は、陣中でも役に立つ。憶測で判断すると、大事なところ で大まちがいをおかす。魏祥は人の声をきくより、風の声をきいたほうが、まちがいがすくな 「はい、そうします」 魏祥は首をすくめた。 めいてつ ごしがん 「劉公は神のごとき明哲さをもっている。たとえ呉子顔が闇にかくれようと、その明察をもって 闇を裂き、その異才を照らしだすであろう。しばらくの辛抱だ」 そう強くいった祇登は、鄧禹が戦陣から帰るのを待ち、ひそかにかれに会いに行った。鄧禹は さいよ - っ 新野県の出身であり、蔡陽出身の祗登はかれの祖父と父を知っている。 しんや 318