第 2 章教育改革をもたらした要因 宮本 ( 201262 ) は「 ( 産業化時代は ) 教育は人生の初期段 階のものであり、教育を受ける生徒・学生は学ぶ人、社会人・ 職業人は働く人と完全に分離し、学校卒業と入社とは連続的 だった。 ( 中略 ) ところが欧米諸国では、 1980 年代以降、移 行期が長くなるだけでなく、工業化時代の「直線的移行』か ら、より複雑な「ジグザグな移行』への変化が始まった。日 本でも、 2000 年代に入ると移行バターンは多様化・流動化 した。国によって開始時期に違いがあるとはいえ、このよう な変化は、先進国に共通する現象だった」と言う。 さて、 1990 年代中盤のバブル経済の崩壊以降、高度経済 成長期に確立した日本型雇用システム ( 新規学卒一括採用、 終身雇用、年功序列賃金を柱とする ) は、変容し始めた。リ ストラの進行、中高年を中心とする失業者の増大、若者の就 職難、無業者の増大である。特に 2000 年前後から新規学卒 者の採用は、大幅に減少していく。それに拍車をかけたのが 中途採用の増加である。企業は人材を育成する体力がなくな り即戦力の中途採用を始めた。正規採用枠が新卒学卒採用だ けでなく中途採用者にも広がり、ますます新規学卒採用者数 は減少したのである。 たとえ、新規学卒者が正規雇用者として採用をされたとし ても、即戦力を求める職場では若者を育てる気風に乏しく、 離職する若者が後を絶たない。その後、一度正規雇用者のルー トから外れると若者には非正規の派遣や契約社員などの就労 形態しかなく、不安定な職業生活に至る。不安定化と失業の 危機が同居した職業生活となる。一方、初職から非正規の派 遣や契約社員、あるいはパートやアルバイトしか職を見つけ 出せない若者が増大し始めた。高卒無業者も増大した。この 151
子ども主体の明日の学びのために このような若者の生きづらさは「ひきこもる」若者だけで なく、若者に通底するものである。なぜなら、正規雇用され ていても、一度離職すると容易に正規雇用に就けず、非正規 雇用しかないという現実がある。そして、一部の若者は就職 に躓いたり、非正規になったりなどを経てひきこもりになっ ている。 さらに、ひきこもりは要因の多様とともに長期化が目立つ ようになってきた。かって、ひきこもり問題は若者の問題と されてきた。しかし、雇用環境の特に非正規雇用の増大に伴 い、就職氷河期に代表される非正規雇用しか就けなかった 40 歳代以上の人たちにひきこもりが見られる。「彼らは、生 活困窮状態をどう立て直していくのか ( 中略 ) ーロに『ひき こもり』と言っても、その背景には、就労のみならず、貧困 や障がい、家族関係や地域社会の課題など多様な社会問題が 潜んでいます」 ( 若者支援 2016 : 12 ) と言う。 さて、斎藤と同じ精神科医である鈴木 ( 2014 : 42 ) は「ひ きこもりに何をみるかーグローバル化する世界と孤立する個 人」第 1 章「同時代人としての『ひきこもり』」の中で、日 本とフランスという異文化圈においても、近代 ( モダン ) と それ以前の「青年期」概念を比較した中で、以下のように述 べている。 「ひきこもりの状態にある人達がきわめて特異な社会的状 態に陥っていることはもちろん事実として否めないだろう。 しかし、彼らが体験している困難は、精神病理学的な病態ゆ えの困難というよりも、むしろ、今日の社会が抱える困難そ のものではないだろうかと思われる。 ( 中略 ) もしそうだと 092
子ども主体の明日の学びのために あるいは暗黙知に属する。デジタル化が進めば進むほど人間 にはむしろアナログ的な能力が求められる、という逆説があ る。そして、アナログ的な能力の源泉として大きな役割を果 たしているのは、いわゆる個性である。極論すれば、個性が なければ新しい価値は生まれないといってもよい。工業化社 会では排除の対象であった個性が、ポスト工業化社会では価 値の源泉へと変わったのである」とする。 そし、本田は「ポスト産業主義社会で、ハイバー・メリト クラシーを獲得できず、学習や仕事に挫折した場合、自分自 身で責任を抱え込み、環境ではなく自分を罰するかたちで退 出をはかる例があとをたたない。過度の長時間労働や過重な ノルマ、すさんだ人間関係に耐えられず企業を辞めた場合で も、「他の社員はがんばっているのに、自分には無理だった』 というように、みずからを責める。そして、正規労働から非 正規労働へ、非正規労働から無業へ、無業からひきこもりへ、 さらにこの世から退出して自殺を選ぶというように ハイ パー・メリトクラシー下で『使えない』と自他によって定義 された人間は、社会の中心から周縁へとみずからを排除して いく」 ( 本田 2008 : 58 ) としている。 このように 2000 年前後からは、不登校からのひきこもり を併せ持ちつつ、宮本や本田らが主張するように雇用構造の 転換、特に日本型雇用システム ( 終身雇用制、年功序列賃金 等 ) の変容から、初職から非正規就労を経て無業、または正 文化についていけず、非正規、無業となる若者が現れてきた。 そして、それら無業からひきこもりに至る若者が見られるよ 規就労に就けても、ハイバー・メリトクラシーを求める企業 084 うになった。
子ども主体の明日の学びのために のもと、高校の中でも公立普通科の非進学校 ( 進路多様校 ) の求人が著しく減少している。 また、 2007 年において専門高校では、過去に取引があっ た企業に半数の生徒を送り出している。一方、継続的な企業 の採用が減る中で、就職者人数と「単発採用企業」の関係を 見ると、普通 < 工業 < 商業という学科間の差異に加えて、普 通、商業ではおおむね就職者人数が多いほど「単発採用企業」 の割合が低くなっていると言う。特に、非進学校 ( 進路多様 校 ) の求人は先細りしており、生徒にとって就職は、高校時 代から継続しているフリーターになることも少なくないと指 摘する。 このような、グローバル化する経済競争と技術革新の進展 は、とくに早期に学校を去る者や職歴のない若者が、安定し た仕事に就けない傾向に拍車をかけた。しかも、初職にうま く就けない若者は、フリーターなど非正規雇用など不利な状 態がそのまま続き、やり直すことが困難な状態に置かれ続け ることになる。明らかな労働市場の悪化と、雇用構造の転換 に主な原因があるにも関わらず、若者が正規雇用に就けず、 非正規雇用のフリーター ート、失業の若者が多く見られ るようになっている。しかも、フリーター ートや失業の 若者は、低学歴と低年齢層により多く見られる傾向にある。 このように、今日の若者の一部がフリーターになる道筋が 出来上がりつつある。そして、フリーターなどの非正規労働 者は、何らかのバイアスがかかると、容易に無業へ、月日と ともにひきこもりに移行しやすい。 宮本 ( 2007 : 18-19 ) は、「ひきこもりの一定数は、 1980 年 代以降急増した不登校やいじめと関連していることが指摘さ 082
子ども主体の明日の学びのために 神経症」を述べている。この両者の説に共通するのは、エリ クソンのアイデンティティ ( 自我同一性 ) の未確立からひき こもり状態が生じたことである。 第 4 節ボスト産業主義社会 ( 2000 年代以降 ) のひきこ もりの様態の変化とその要因 宮本みち子 (2005) は、内閣府の若者の自立支援方策に関 する検討会の座長まとめとして、「欧米先進国に比べて、若 者の雇用問題の発生が遅かったわが国では、大人への移行の 長期化に内在する諸問題を認識するのが遅かった。近年よう やく社会的な関心が高まり、国としても対策に乗り出した段 階であるが、それらは雇用対策が中心になっているのが現状 である。 ( 中略 ) 若者の実態はもっと複雑で、総合的視野で 理解する必要性のある問題であることを指摘したい。むしろ 工業化時代に形成された、社会で一人前になるための仕組み が消滅しつつある中で生じている現象と理解すべき」と述べ ている。 事実日本では、 1990 年代前半まで若年者雇用に関しては 例外的に良好な雇用状態が続いた。この時期まで新規一括採 用制度と終身雇用制が機能し、学校卒業と初職とが一致し、 結婚とそれに続く標準化されたライフスタイル・パターンが、 1990 年代まで維持されてきた。それが、 1990 年代後半以降 になるとグローバル化の進展により、日本型雇用システム ( 終 身雇用制、年功序列賃金等 ) は変容した。そして、新規一括 採用が大幅に縮減し、学校から仕事へのストレートな移行シ ステムが変貌を遂げた。その結果、若者失業率は 10 % に達し、 さらに非正規社員の急増と、求職活動もしていない無業者の 080
第 3 章「天は自ら助くる者を助く」 プカウンセリングのメンバーでした。彼は、たぶんカウンセ リングセンターの紹介で入社したと思います。 T 君は、あまり話さない人です。彼の口癖は「別に」です。 でも、 T 君の存在は大きかったです。ひきこもり歴は 6 年ぐ らいだったと思います。 T 君は、他の人には事務的にしか話 さないんですが、私には本音で語ってくれます。 T 君とみん なとの間で、私が通訳になっていると思うことがあります。 私が何か心配事をしているときは気づいてくれます。「どう したん」といってくれます。 もうひとつは、大きな病気をしなかったことです。 それから、非正規だったことも、長く続いた理由のひとつ でした。世間知らずで、無ロで、断れないタイプでしたので、 足元を見られて、安い給料で会社に都合よく使われてきたこ とも事実です。 最後の理由ですけど、生活のための仕事とは別に、梶井基 次郎の研究や、時間の研究を続けました。自分なりの小説を 書こうと思っていて。いまも書いています。会社の仕事より も、ある意味大事ですね。普通の人がいう趣味ではないです。 いま、非正規社員ですけど、正社員を望まなかったです。 趣味の比重が大きくて、あえて非正規を続けました。一時期 正社員の時期もありましたけど、拘東されるのがイヤでした。 できたら、早く帰って小説を書きたい。いまでも、そういう 気持ちがあります。日曜日は小説を書くことにのめり込んで しまいます。平日は仕事をしていても、少しでも早く帰って、 やりたいという気持ちがあります。 ルートセールスとはいっても、小さい会社で人手が足りま せんので、現実は配達の仕事が主です。一日 10 店舗くらい 3
第 2 章教育改革をもたらした要因 ( 1 ) 「雇用の流動化」と「部分就業の普及」 清家 ( 2013 : 52-53 ) は「 IT 化が進むと、定型化できる種類 の仕事はオフィスであれ、工場であれ、より容易に行えるよ うになる。オフィスでの資料作成はワードや工クセル、パワー ポイントといった汎用ソフトを使うことのできる能力を身に つけた人であれば、かなり容易におこなうことができるよう になった。そうすると、正社員として雇って、そうした仕事 をするための能力を一から訓練して身につけてもらう必要性 は小さくなり、そうしたソフトウェアを使うことのできる派 遣労働者やアルバイトの人などを企業外から雇ってきて、す ぐに仕事をしてもらうこともできるようになる。工場の流れ 作業なども同様で、標準的な機械の操作をすることができれ ば、必ずしも正社員として雇い入れて一から訓練しなくても こなせるようになった。 IT 化の進展によって、定型的な仕 事は必ずしも正規雇用者を雇用しなくてもよくなった。むし ろ変化への対応といった非定型的な仕事をしてもらったり、 新しい価値を考えたりする仕事をしてもらうことに専念して もらうために正規雇用者を雇用する。そして、それ以外の仕 事は非正規雇用者に任せるというように、 IT 化は雇用のあ り方を大きく変える可能性があるわけだ」と述べている。 また、清家 ( 2013 : 55-56 ) は「 1990 年代になって、東側諸 国が一気に市場経済化した。 ( 中略 ) やや大雑把な数字で言 えば、それまで競争に参加していなかった世界の人口の 3 分 の 1 くらいの人たちが一気にグローバルな競争に参加し始め た。しかも重要な点は、かなりの低賃金で参加するようになっ たということである。日本で言えば、中国などが安い賃金で グローバルな競争に参加するようになったことは、きわめて 147
子ども主体の明日の学びのために 本において雇用の流動化や学校から職業への移行を複雑化さ せた。それは、「大きな物語 ( メイン・ストリーム ) 」にそっ たモデルとなるライフスタイルを崩壊させ、従来信じられて いた工業化社会に参入し大人になる前提としてのアイデン ティティ概念を揺るがした。そのため、ポスト産業主義社会 では、若者はもはやアイデンティティの形成さえ困難である。 さて、産業主義社会のひきこもりがアイデンティティ拡散 症候群であるとするなら、ポスト産業主義社会では、境の指 摘するように若者雇用環境の悪化からのひきこもりである。 それは、日本型雇用システム ( 終身雇用制、年功序列賃金 等 ) の変容によりもたらされた、若者雇用環境の著しい変化 である。若者の中には初職から正規雇用に就くことが出来な い若者が増えてきた。そのため、非正規からフリーター、そ して無業に至り、何らかのバイアスがかかるとひきこもって しまう。また、ハイバー・メリトクラシーを形成できずに正 規雇用に就いたとしても、自ら離職し非正規労働からニ を経てひきこもる若者が増加したからである。 さらに、人間関係調整能力不足ぐ人間的自然の少ない生 育環境を要因とするもの。詳細は、第 1 章を参照 ) や、トレ ランス ( 耐性 ) の欠如から就業場面で挫折すると立ち上がれ なくなりひきこもる若者などが出現した。加えて、従来型の 不登校からのひきこもりもあり、ひきこもりに多様な様相が 現れてきた。 そのため、従来の単純なひきこもり定義では、多様なひき こもり状態を把握できない状態が生じてきた。 このような事態をどう精神医学者は認識し、支援の体制を 整えたのであろうか。 088
第 2 章 グループ別にみた処遇の主な内容 教育改革をもたらした要因 表ー 1 業績評価生活援護 上位職務生活援護 グループ 長期蓄積能力 活用型グループ 高度専門能力 活用型グループ 雇用柔軟型 雇用形態 用契約 契約 有期雇用一般職 契約 機関の定管理職・総合職・月給制か定率十 のない雇技能部門の基幹年俸制業績スラ制 職 有期雇用専門部門 ( 企画、年俸制成果配分なし 営業、研究開発業績給 等 ) 技能部門 販売部門 職能給イド 昇給制度 昇給なし 時間給制定率 職務給 昇給なし 昇進・ 昇格 ポイント役員昇進生涯総合 技能資格施策 昇格 への転換施策 退職金・ 年金 なし 福祉施策 施策 出展 : 日本経営者団体連盟「新時代の「日本的経営」」 32 ペー ン 「長期蓄積能力活用型」以外は、非正規雇用で昇給なしの 賃金体系であり、雇用期間や賃金、賞与、昇進・昇格も不安 定であった。 そのため、経営者側、労働組合側の双方とも、グローバル 化のなかで非正規雇用システムの果たした役割を認めつつ、 共に雇用、賃金体系の劣化が社会に大きな影響を与えたと指 摘している。 日経連の成瀬 ( 2014 : 8 ) は「未曽有の失業率、職場ではメ ンタルヘルス問題の深刻化、教育訓練の不足による事故の多 発、社会的には犯罪を含む社会不安の増加です」と述べた。 また、連合の成川 ( 2014 : 16 ) は「残業時間の削減、非正 規労働者の賃金・雇用条件の抜本改善の 2 つの課題は、いま や国民的課題である」と指摘する。 さて、産業主義社会は、正規雇用者として採用され、終身 雇用制のもとで、昇進や昇格を積んでいくことが当然という 「大きな物語 ( メイン・ストリーム ) 」が社会的に共有されて いた。そのため、「大きな物語 ( メイン・ストリーム ) 」から 149
子ども主体の明日の学びのために 回りますから、早く帰れる日もあれば、交通渋滞などで遅く なってしまうこともあります。事故の危険もあります。それ でも、正社員より非正規でありたいと思いました。長く続い たのはそういう気持ちがあったためか・・・とも思います。 正社員で過労死みたいになって、つぶされなくてよかった と思います。正社員では、人間関係などでストレスがたまる と、心の病になってしまうと思います。 でも、飛行機でいえば低空飛行ですね。なかなかお金も貯 まらないし、健康保険も払わなくてはならないし、国民年金 も払わなくてはならない。低空飛行でずっとやってきました。 あえて、非正規です。頭の中では、梶井基次郎について書い ていこうという思いがありましたから、正社員の方には、理 解できないと思います。 秋山ひきこもりから学んだことは何ですか。 U さんひきこもったことを否定的にとらえたことはありま せん。時間と梶井基次郎を研究できたことはよかったと思っ ています。よかったというか、悪かったと言ってもしようか ないし、人と比べてみると、決定的に大きい回り道をしてし まいましたので、フツーの人 ( 多数派の人 ) の道を後から遅 れて歩く気持ちにはとてもなれませんでした。自分の道を歩 いてゆこうと思いました。 もうひとつ、研究していることがありました。それは、歯 医者とトラブルを起こして落ち込んでいたときに、深夜放送 で演歌歌手の藤圭子がゲストで出ていて、彼女の好きな言葉 として聞かされた、「天は自ら助くる者を助く。」という言葉 についてでした。 064