なかった。′ 欲のために、あの金塊に含まれている不幸が見えなくなっていた。 エミリーが続けた。「ガイは旅に出るたびに、ホームレスや銀行の外で眠っている人たちの姿を目 にしていた。、 カイに良心があったかどうかは疑わしいけれど、彼は金融市場が道徳的に間違っている ということはわかっていた。富の不平等が彼の心にひびを人れたのね。彼は貧しい人たちに一〇〇万 ポンドを渡したかった。それはガイの顧客にとっては小銭みたいなものよ。でも、それだけあれば、 カンポジアでは腎臓病の患者のための透析機器が五十台買える」 「それで彼は何をしたんだい ? 」 「百人の顧客から一万ポンドずつ盗んだの。そして、何カ月かかけて自分の銀行から現金を引き出し た。それから休暇中にカンポジアへ行って、仏教寺院に現金を詰めたスーツケースを置いて帰った。 僧侶たちならお金を自分の懐に人れたりはしないと考えたのねー 「でも、ガイがしたことは間違っている。君はガイのことを現代のロビン・フッドとでも思うかもし れないが、警察から見れば窃盗犯だ。まだ追跡できていない巨額の資金が残っているはずだ」 「たしかにそう。ガイは同僚のディレクターたちに、金融監督機関が調査に入った場合に備えて、古 い書類と顧客記録を処分する必要があると提案したわ。絶対に秘密裡に、それも週末の間にすべて終 わらせなければならないと。ガイは他のディレクターたちがスキー旅行に行っている間に自分がその 仕事を手配すると申し出た。そして、莫大な額の現金を盗みとったというわけ」 二〇〇ドル札で一〇〇万ドルは一〇キロの重さになる。それだけの現金を盗むには大型トラックが 必要だ」 3 7 6
的な額の利息だよ、 「じゃあ、あなたのアドバイスは ? 「投資商品を買ったほうがいい そのリスクによって種類も投資額もさまざまだ , アニサが言った。「この本で、ちょうど投資のリスクについて読んでいたところよ 「どう書いてある ? 」 「男性と女性では、投資商品の選び方がずいぶん違うみたい。 とくに大きな決断になる場合には。そ れから、あなたのような投資の専門家にとっては〈リスク〉という言葉は必ずしも悪い意味ではない ようね」 「そのとおり。君にとっては、リスクはいつも悪いことと結びついているのだろうね。スキーをすれ ば足を骨折するリスクがあるとか、仕事を失うリスクがあるとか。ところで、君の仕事は何だって 言ったかな ? 」 「何も言ってないわ , 。アニサは再び私に笑顔を見せたが、今度はその目に冷たさが宿っていた。ど うやら、自分のことをべらべら話すタイプの女性ではないらしい。まあ、いいさ。私は自分を勇気づ けた。長い列車の旅だ。彼女のことを知る時間なら十分にある。 私は話を続けた。「投資に関わる人間は、普通の人たちとはリスクに対する考えが異なる。リスク が大好きと言っても、 しいリスクはリターンにつながる。リターンを得ることこそが目的なんだ
手にしているワールド・ロトのチケットは一種のデリバティブと言える。それはあなたと宝くじ会 社との契約だ。だが、契約による支払い額は、状況の変化に応じて変わってくる。あなたが手にして いるくじの価値が上がれば、ゲームの最後まで待っこともできるし、水曜日に他の参加者に売ること もできる。決めるのはあなただ。木曜日には、自分の持っているくじの価値が低すぎると考えるかも しれない。そのときは、すでに二つか三つの数字が当たっているくじを市場で買おうと思うかもしれ の見出しが 列車で私の向かいに座った男性は、新聞を読んでいた。「新たな銀行スキャンダルー 躍っている。またどこかのトレーダーが、自分でも十分に理解していない取引で巨額の損失を出した のだろう。 デリバテイプは原資産から価値を得る デリバティブの価値を変化させる産品は、〈原資産〉と呼ばれる。デリバティブ契約は、原資産の 価値の変化からその価値を引き出す。ワールド・ロトとまったく同じだ。当たり数字の価値が変われ 当たり数字ニっ 当たり数字三つ 当たり数字四つ 当たり数字五つ 賞金なし。売ることは可能 ゲームにとどまりチャンスをねらうか、賞金五万ポンドを受け取る 賞金五〇万ポンド ワールド・ロト・プールに入る 1 8 1 第十一章宝くじも一種の契約
ど強く自分を印象づけなければならないかを、台本からそのまま読んでいるように話した。 説明が終わったとたんに部屋が静まりかえったので、私は緊張した空気を和らげるために質問をす ることにした。「あなたが献身的に仕事に取り組んでいることがわかる例を挙げてもらえますか ? 」 「ええ。私はこの二週間で、息子に二回しか会っていません」 「息子さん、何歳ですか ? ー。別に興味はなかったのだが、何でもいいから話題を見つけようと必死 だったのだ。 「まだ生後二週間です」 それだけで私には十分だった。 私は金融業界に入って何年もたたないのに、すっかり燃えっきている人たちを目にするようになっ た。会う人たち全員が、労働人口の九九 % より高収人を得ているが、それでも彼らはつねに不満を抱 えていた。 / 彼らのほとんどは、人生にはもっと大切なことがあると気づき、キャリアを中断すること ハダイビング、ネパ を選ぶ。ギリシャのアツィッツアでヨガ、カリブ海のコズメル島でスキュ でトレッキング。三カ月以上の休暇をとったが最後、投資や金融の仕事に戻って真剣に取り組むこと は二度とないだろう。 だが、三十歳まで持ちこたえて、正反対のルートをたどる者もいる。世界には自分より裕福な人間 がまだいると気づいたときに、嫉妬で狂いそうになる者たちだ。彼らの解決策は、より懸命に、より 長く、より多くのやる気と目的意識を持って働くことで、オフィスに住んでいるも同然の状態になり、 やがて自宅は寝るためと衣服を置いておくためだけの場所になる。彼らこそ、一日に十五時間働くこ 145 第八章壁の崩壊
アクティブになる 株式アナリストは顧客に市場は間違っているのだと信じさせることで稼ぎを得ている。彼らは自分 の優れた洞察力で間違った価値が与えられている株式を見つけ出せると信じているのである。第三章 に戻って考えれば、アナリストは < が明らかな「買い」で、が「売り、だと決めている。 アクティブなマネージャーは、銘柄の選択に自信を持っている。主要銘柄ーーナスダック 5 0 0 や ューロトップ 3 0 0 など よりも、一業種一社の株式に絞り込むことを好む。アナリストの推奨は、 その市場がある銘柄のリスクとリターンの価格づけを間違っていることを示唆するものである。アナ リストの考えをファンドが信じれば、彼らはファンドがその株を売買するときに手数料を受け取る。 金融リサーチは、投資銀行の収益を生み出すために存在する。「保持」を推奨する長々としたレポー トを目にすることはない。アナリストは手数料収人を生み出さないようなリサーチを公表することに 時間を無駄にしたりはしないのである。 アクティブ運用のファンドの半分は、指標を上回る実績を上げる。しかし、その裏側には避けられ ない真実が隠されている。アクティブ運用ファンドのもう半分は指標を下回ることになるのである。 ファンドマネージャ ーが判断を誤ることもあるし、過去の成功によって目が曇っているかもしれない。 あるいは愚かだったり不運だったりもするだろうが、ファンドマネージャーで指標を上回る実績を上 げるのは、半分しかいないことを忘れてはいけない。 302
「こんばんは」の素っ気ない一言だ。 だが当時、私はジェリーが余裕を失ったり激怒したりするところを見たことがなかった。言葉での 攻撃は、彼なりのストレス解消法だったのだろう。ことあるごとに私に電話を投げつけてくるほかの ディレクターたちに比べれば、すっとましだった。それに、ジェリ ーは純粋に愉快な人だった。もち ろん、こきおろす相手が私以外の誰かであれば、ということだが。エレベーターの中では投資につい てのミニ講座を開いてくれもした。 「自己勘定取引は、銀行が自分のところの資本を使って取引するものだ。トレーダーが金融資産を売 買して得る利益が、銀行の資産になる。トレ】ダーというのは、自分は他の投資家 ( とくに彼らの顧 客 ) より頭がいいと思っている。頭脳明晰で市場についての知識も十分に持っているからな。基本的 にそんなものはたわごとにすぎないが、サイワイが市場で圧倒的に優位に立っている取引分野がある。 たとえば、、 テリバティプだ。。 テリバティブは複雑なので、理解するには数学の博士号が必要になる」 別のときには、投資銀行がどのように利益を出しているかを教えてくれたこともある。 「投資銀行は外から見ると、どこも似通っているように思える。通常、投資銀行の業務は大きく三つ に分かれる。〈投資銀行および顧問部門〉、〈資産管理部門〉、そして〈トレーディング部門〉だ。だが、 このそれそれのグルー。フが、さらに多くの異なる業務に分かれている。銀行によっては巨大なトレー ディングフロアを構えているところもあるし、資産管理に重点をおいているところもある。 投資銀行は顧客のために投資に関する助言を与える。投資銀行のこの業務ーー〈合併買収 (Ü <) 部門〉または〈投資銀行部門〉と呼ばれることもあるーーーは、株式や債券の発行を通して資本を 73 第四章愚かな顧客
第 + 七章頭脳ゲーム 誰でも自分は合理的に行動していると思いたいものだが、実際にはそうではない。 リスクに直面したとき、ある人はそこにとどまって立ち向かい、ある人は背中を向けて逃げだす。 しかし、どう反応するかを自分で決めることはできない。自分でコントロールできない衝動というも のもあるのだ。人間には自分でも理解していない感情がたくさんある。他人にはわかるのに、自分で は気づかない盲点や先人観もある。〈行動ファイナンス〉とは、人間の感情が決断にどう影響するか に目を向ける特別な投資分野である。 ペリンは高揚感と絶望感の間で何年も揺れ動いていた。彼女はトーレラグナ・キャピタルのまった く不相応なコンプライアンスの仕事を、高額の退職金を受け取って辞めていた。数日は、投資の世界 を離れられたことがうれしくて、笑いが止まらなかった。次の職の選択肢ならあり余るほどあり、 ジェリーが気前よく退職金をはすんでくれたので、好きな仕事を何でも選ふことができた。 しかし、朝べッドから起き上がれない日も数え切れないほどあった。私はペリンに、昼間にテレビ ばかり見るのはやめて、大学に戻ったらどうかとすすめてみた。それで心理学の修士課程に通い始め 258
わかっても、それを売ろうとしないのも同じことだ。自分が買ったときの値より安く取引されている のであれば、なおさらそうだろう。ジェリー ・ウィッツは損失を減らすための知恵を、彼らしい率直 なスタイルで表現した。「病気の犬たちは安楽死させてやらねばならないー 自信過剰は不可欠だが危険でもある 人が自分の能力に自信過剰になるのは、まったくもって自然な傾向である。 「私は平均以下のドライ バーなんです」などと男性が言うのを耳にすることはめったにないはすだ。 女性も同様に、こと「こころの指数 , のことになると、自分の間違いを認めることを忌み嫌う。「私 の問題は、人の性格を判断するのが本当に不得意なところな ? と女性が言うのを聞いたことがある 人はますいないだろう。 アナリストは自信を持たなければならない。 , 彼らはいつも、何であれ自分のすることを過剰に評価 する。そうでなければ成功などできない。そして、すべての分野の専門家がこの傲慢さのせいで苦境 に陥る。誰かが「″この分野では最高の医師″の予約をとってあるーなどと言うのを聞くと、私はい つも驚いてしまう。医師の中には、本当こ、、日 冫ししカ減で研修中ずっと居眠りをしていた者もいれば、た またまその日、手術用メスをうまく使えない者もいる。全員が優秀というわけではない。すべての外 科医が一流になれるわけでもない。 『感情投資』は、すべての取引は自信過剰の産物だと教えてくれた。投資家はみな、自分がゲームで 優位に立っていると思っている。たとえ入手できるすべての情報が、市場では保有資産の価値が目減 260
「どこにあるんです ? 「香港の空港に置いてきた。飛行機に持ち込めなかったんだ。税関の前で半分飲んだ水のポトルと一 緒に捨ててきたよ」 「そうですか。あの模型がなぜそれほど重要かはご存じですか ? 」 「知らない」。私は嘘をついた。 「あるいはどれだけの価値があったかを ? いったん不正直になると決めると、嘘をつきとおすことはそれほど大変ではなかった。「何 の話をしているか、さつばりわからない」 エミリーはあなたがチューリッヒからの列車の中で逮捕されることを期待していたんです。警察の 注意を引いて、その間にガイが列車を離れられるようこ。 冫だから彼女は、あなたにここからトンブク トウまで、どの税関を通っても注意を引くようなものを持たせたのです。あの鉄道模型にはロジウム という貴重な金属が詰め込まれていました [ 私は首を振り、コレクションにもう一つ嘘を加えた。「聞いたことがない 「非常に特殊なものです。あなたがチューリッヒでも、 ことに本当に驚きましたよ」 「ガイはどうやって逃げたんだ ? 」 「簡単な話です。彼はストラスプールで降りました。アニサは彼が食堂車であなたと一緒だと思って いた。あなたは彼が自分の車両にいると思っていた。彼はスーツケースと洋服を残して、ただ列車か ハリでも、ニューヨークでも捕まらなかった 383 第二十四章発覚
、、こつ、つ一 財政プロファイル 私はこの銀行との大きな契約を勝ち取った。営業スタッフ向けに、投資家を七種類に分類し、その プロファイルを作成するのが私たちの仕事だった。顧客の資産状況についての情報が得られると、営 業担当はその顧客がどのプロファイルに最も適合するかを考えた。さらに、彼らは私に、営業の電話 で使える、効果が大きい売り文句を教えてほしいと言ってきた。顧客へのアプローチが適切であれば、 正しい言葉が肯定的な反応を引き出すものだ。 冒険好き 自分の能力に自信を持ち、リスクを負うことをいとわない。投資で成功することは自分の権利だと 思っている。ポートフォリオの実績がよければ、それはすべて自分の判断が正しかったからだと主張 する。実績が悪ければ他に責めるべき相手を探し、文句の電話をかけてくる。彼らに対する効果的な ハイリターンの取引ができる度胸のある投資家は少ないですよ、 「これほどハイリスク・ 言葉は 追従型 投資の流行に流されやすい。自分の投資について話すのが好きで、流れに乗り遅れていると感じる のを嫌う。頻繁に心変わりをし、バブルに踊らされる。感情的になりやすく、選択を誤って実績が上 2 〃第十七章頭脳ゲーム