す。また二人の孫は戦友たちの話を聞くうちに、「大東亜戦争」とはどんなものであっ たかを知ることになります。物語の最後は、六〇年の長きにわたって封印されてきたあ る謎が浮かび上がって、終わります。 『永遠の 0 』で描きたかったもの 私がこの物語で描きたかったのは、「生きるとは何かということと、「人は誰のため に生きるのか」ということでした。そのテーマを選んだのは、かっての父や母があの時 説 代をどんな思いで生きてきたのか、という思いからです。 美 私を含めて現代に生きる人たちは、「自分は何のために生きているのか」を見失って にいる人が多いように見えます。また「家族」というものに、拠りどころを得られない人 0 も少なくないように思います。中には、「生きる意味さえ見失っているように見える の 遠人もいます。 しかし、かって七〇年前の大東亜戦争の時代、日本人の誰もが「生きる」ということ 二かいかに素晴らしいことであるかを知っていたように思います。また「自分は誰のため 第 に生きているのかーとい、つことを考えない人はいなかったでしよ、つ。 1 幻
権」も憲法違反ということです。 私はテレビなどで、憲法学者たちがしたり顔でそ、つ言っているのを見て、彼らはいっ たい何者なのだろうかと考えました。物理学、化学、数学などの学者は、絶対不変の真 理を求めて研究にいそしみます。しかし繰り返しますが、絶対不変な憲法というものは ありません。 真の憲法学者というものは、現代において、どういう憲法が国民にとってよりよい憲 法であるのかということを研究する学者ではないでしようか。しかしながら日本の憲法 学者のほとんどは、そういったことには関心がないようです。大多数の憲法学者は、日 本国憲法を侵すべからざる絶対不変のものとして捉えています。そして毎日何を研究し ているかといえば、現代の様々な法案を、憲法に合致しているかどうかを見ているだけ 告です。そこには、日本のためにどういう憲法がいいのかという視点は一切ありません。 蹶私はそんな彼らを見て、中世ヨーロッパの神学者たちを連想します。彼らは聖書を絶 護 対不変のものとして、その文章をいかに読み解くか、解釈するかに一生を捧げました。 三たとえば聖書には地球が太陽の周囲を回っているとは書かれていないので、地動説を唱 7 えたプルーノは火炙りにされました。また進化論も否定されています。ギリシャ時代に
たからです。高額な飛行機を簡単に落とされては困る。若い未熟な搭乗員に任せるとそ のリスクが高くなる、とい、つ計算があったのです。 その結果、熟練搭乗員は酷使されます。当時の戦闘記録を見ると、一週間に五回とか 六回出撃したという例まで見られます。常識的に考えて、いくらなんでも無理です。 普通七時間近くも飛行したら、次の日は体なんか動きません。それなのに、「明日も 行け」と命令が出る。さらに翌日も。こんなことが続けば、熟練搭乗員の能力も低下す ることは避けられません。また彼らはガダルカナル上空での空戦にも大きなハンデを背 負っていました。前述した数分という空戦時間もその一つですが、帰路の燃料をたつぶ りと積んでいるだけに、重い機体での戦いとなるからです。 マ一方、迎え撃っ側のグラマン 4 は身軽です。ホームタウンでの戦いですから、燃 いざとなったら落下傘 グ料は少なくていいのです。その分、目いつばい戦える。しかも、 戦 ( パラシュート ) で基地近くに降下できます。 ロ ゼ これほどのハンデを背負ってもゼロ戦はグラマン 4 と互角以上に戦いました。い 一かに熟練搭乗員が操るゼロ戦が強かったかがわかります。 第 しかし、どれだけ世界最高峰の飛行機と搭乗員を持っていても、これだけ不利な状況
武田は怒りで顔を真っ赤にさせた。周囲の人が皆こちらを見たが、武田はまったく気にし なかった。 「当時の手紙類の多くは、上官の検閲があった。時には日記や遺書さえもだ。戦争や軍部に 批判的な文章は許されなかった。また軍人にあるまじき弱々しいことを書くことも許されな かったのだ。特攻隊員たちは、そんな厳しい制約の中で、行間に思いを込めて書いたのだ。 それは読む者が読めば読みとれるものだ。報国だとか忠孝だとかいう言葉にだまされるな。 喜んで死ぬと書いてあるからといって、本当に喜んで死んだと思っているのか。それでも新 聞記者か。あんたには想像力、いや人間の心というものがあるのか 武田の声は怒りで震えていた。武田の妻がそっと夫の腕に手を添えた。 高山は挑戦的に身を乗り出して言った。 「喜んで死を受け入れる気のない者が、わざわざそう書く必要はないでしよう」 「遺族に書く手紙に『死にたくない ! 辛い ! 悲しい ! 』とでも書くのか。それを読んだ 両親がどれほど悲しむかわかるか。大事に育てた息子が、そんな苦しい思いをして死んでい ったと知った時の悲しみはいかばかりか。死に臨んで、せめて両親には、澄み切った心で死 んでいった息子の姿を見せたいという思いがわからんのかー 728
いことはないのか 四〇歳を超えたくらいからそういう思いが徐々に芽生えてきました。しかし具体的に月 行動に移すようなことはありませんでした。日々の生活や毎週のレギュラ 1 番組の仕事 に追われ、自分の思いと正面切って向き合わなかったからです。 しかし、五〇歳を目前に控えた時、自分にはもう時間はそんなに残されていないと、 ようやく気付いたのです。あまりにも遅いとしか言いようがありません。 私がやろうとしたことは小説を書くことでした。 小説家を目指した動機 しくつか理由があります。テレビの仕事は皆さんも想 なぜ小説なのかというのには、、 像がつくように、大勢の人間で作ります。裏方のスタッフだけで優に一〇〇人を超えま す。私はその中の一人にすぎません。 たとえば、私があるロケ番組を企画して、構成台本を書いたとしましよう。しかしそ れを撮影するのはディレクターです。演じるのはタレントです。実際にカメラを回すの はカメラマンたちで、現場には音を拾う音声スタッフや照明スタッフもいます。取材テ
という思いで戦ったはす 戦場にいる男たちは、皆、「生きて家族の元へ帰りたいー です。また夫や恋人を送り出した女たちは、愛する人の帰還を、毎日、祈る思いで待っ ていたことでしよう。戦場で斃れた男が二三〇万人いたということは、ついに再び愛す る人に会えなかった女や家族はその何倍もいたのです。 私の母は大正一五 ( 一九二六 ) 年の生まれです。結婚したのは昭和二九 ( 一九五四 ) 年、 二九歳の時でした。当時としては完全に行き遅れです。母に尋ねたことはありませんが、 もしかしたら愛する男性を戦争で失ったのかもしれません。そんな話は一度も聞いたこ とがありませんが、そうだとしても、母がそれを私に語ることはないでしよう。 読者の方はもう察しがつくとは思いますが、『永遠の 0 』の構造は、私の個人的な思 いが入っています。宮部久蔵は私の父や伯父の世代です。そして彼がどんな男であった のかを訊ねてまわる二人の孫は、私の子供の世代です。私はこの二つの断絶した世代を、 『永遠の 0 』という物語で結びつけたかったのです。 こんなことを作家が書くのはル 1 ル違反ですが、私は『永遠の 0 』を書きながら、何 度も泣きました。自分が書いている作品の登場人物たちが永久に家族と会えないという ことが辛くてたまらず、涙が止まらなかったのです。同時に、何百万人という人をこれ 722
生、これでいいのかと自問したのです。もちろんテレビの仕事は常にベストを尽くして やってきたつもりですが、正直に一言えば、どこか遊び半分という気持ちがありました。 少なくとも、人生を懸けてやってきたと自信を持って言えるものではありませんでした。 それで、何かもっと自分のやりたいことを真剣にやってみたいと考えたのです。 テレビの仕事は常に視聴率が念頭にあります。万人に受けるもの、より数字を稼げる もの、茶の間の人々に笑ってもらえるもの、これらが民放の番組作りの第一にあります。 かというのも民放はスポンサ 1 から制作費が出て番組を作っているからです。視聴率が取 れなければ番組は終了します。すると、テレビ局員はともかく、私たちフリ 1 は飯の食 美 賛い上げです。だから自分の生活のためにも、視聴率を取る番組を作らなければならなか 戦 ったのです。そして視聴率の取れる番組こそがいい番組だと思ってやってきました。そ れが間違っているとは思っていません。批判があるのはわかっていますが、それこそが 遠テレビの王道だと今も信じています。 しかし一方で、それだけでいいのだろうか とい、つ田 5 いは宀吊に頭の隅にありました。 一一視聴率が取れなくても、やりたい仕事はないのか。万人受けはしなくても、本当に世 に問いたい仕事はないのか。楽しいだけではないかもしれないが、自分が本当に書きた 709
眠っているのです。目を覚ませ ! 落ちるぞ ! と思ってもどうすることもできないの です。そうして海に落ちていった飛行機を、本田氏は何機も見たと言いました。 また、本田氏は雲が広がっている時も怖かったと話していました。延々と続く雲の上 を飛んでいると、どこがラバウルなのかわからなくなるからです。 つい軽い気持ちで私が、「それなら雲の下を飛べばよかったのではないですかーと尋 ねると、 「雲の下に入ろうとしても、延々と雲が続くだけなのです」 と答えられました。それに低空を飛べば墜落の危険も高まるし、空気抵抗も大きく、 燃料を消費します。 七人乗りの一式陸攻の場合は、操縦士は二人いるし、航路計算をする人もいます。そ 、ついう人がコンパスを持ち、現在位置などを割り出して、ナビをします。 ところが、ゼロ戦は操縦士ただ一人だけです。自分が今どこを飛んでいるかも、「勘」 で掴むしかありません。その勘が狂って自機の位置を間違えたらお終いです。 このような過酷な作戦に投入するゼロ戦に、日本海軍は連日のように熟練搭乗員を起 用しました。困難なミッションだからとい、つこともあるでしようが、飛行機が大事だっ
「もし、他国が日本に武力攻撃してきたら、どうやって国土と国民の命を守るのです か」 こんな単純な質問にさえも、納得のいく答えが貰えないのです。呆れたことに、 「そうならないように努力する」 「話し合って解決する」 という答えしか返ってこないのです。中には、 「もし、そんなことになれば、世界が黙っていない と言う人もいました。そんな人には、私はこう言います。 「あなたはチベットやウイグルの人が国土を奪われ、人民が虐殺されても、黙って見て いるではありませんか すると、チベットやウイグルと日本は違うと言います。そこで私はこう言います。 「他国が武力侵攻しないとい、つことは、自衛隊はまったく必要がないということになる けど、あなたは自衛隊を失くしてしまえという主張ということで受け取っていいです か」 すると、たいていの人が、黙ってしまいます。 200
とはない。しかし宮部久蔵という男はそうではなかった。奴はいつも逃げ回っていた。勝っ ことよりも己の命が助かることが奴の一番の望みだった」 「命が大切というのは、自然な感情だと思いますが ? 」 長谷川はじろりと姉を睨んだ。 「それは女の感情だ」 「ど、ついう意味でしよう ? 」 ほくは小さな声で、姉さん、と言った。しかし彼女は聞こえないふりをした。 「男も女も同じだと思います。自分の命を大切にするというのは当たり前のことじゃないで すかー 「それはね、お嬢さん。平和な時代の考え方だよ。我々は日本という国が滅ぶかどうかとい う戦いをしていたんだ。たとえわしが死んでも、それで国が残れば、 しい、と。ところが宮部 という男は違った。あいつは戦場から逃げ回っていたんだ」 「それって素晴らしい考えだと思いますけど 「素晴らしいだと ! 」長谷川は声を上げた。「戦争で逃げ回る兵隊がいたら戦いになるか」 「みんながそういう考え方であれば、戦争なんか起きないと思いますー 740