きっしんけいか、 いていた。モリスは必要な情報を、はつ、りむことが出来た。今夜中心に、精密な殺人計画を樹立して行った。そこには、ちょっと詩人 こうせ、 ひつようじようほう が詩をつくる時のような創造を伴いつつ構庇して行く楽しさすら感せ ハリソン氏を殺すために必要な情報を。彼はそれをハリソン氏とモー でんこう かいわ ら一、れ . ~ に 0 ド嬢とのつまらない会話の中から電光のようにキャッチしたのだった びよう、 そこでと : : : こっちの うん、ここのところは、・これでよろしい 彼はハリソン氏が病気の時、ー訪ねて行ったことがあるから、同氏の家 じゃくてん にわようす 方は、 - ここにすこし弱点がある。この弱点をカバーするためには ? 巧庭の様子は手に取るように知っていた。 さて今ここに、この世の中のことに全く無関な人間がいるとしてうん、こうすればいいだろう。そこで、次の間題だがーー。彼は背後 けいかく ( そんな人間は絶対にいないが ) その人がモリスに、なせハリソン氏にハリソン氏の声や動きを聴きながら、その人を殺す計画を微に入り ひだりて まじめ を殺すのかと聴いたと仮定しよう。・そうしたあモリスは真面目な表情細を穿って組み立てて行った。彼の左手は固く握り締められていたが ぜん で、ハリソンが自分を馘にすることより、自分がハリソンを殺すこと右手の指は依然として頸を軽くノックし統けていた。計画が完成して かた ちが こた これはモリス以外のゆくに従って彼の堅い四角な顎は一層下の万に据わり、 - 眼は烱々とし の方がすっと正しいことだと答えるに違いない。 じしん かがや ろんり 人間には全然不可解だが、モリスにとっては疑間の余地のない論理なた輝きを加えて行った。彼の自信はほとんど揺ぎない点まで高まった まどわ ) たんじゅん 窓際の机から、クラレンスが伸びをしながら立ち上った 9 のであって、彼は文字どうりまったく単純にそう信じているのである だれ はらへ 彼にとって職を失わないということは、ハリソンが生きていることよ「みんな腹が減らないのか。もう一時だ。俺は出かけるせ。誰かっき じん こ。ハリソンが自分を馘にしようと決心あわないか」 り、はるかに大切なことだっナ けっしんびるが モリスもオルドロイドもレデイも黙っていた。 しており、その決心を飜えさせるには本人を殺すより外に万法もない まうし せいとう 「ふん」クラレンスは幗子をかぶりながら、「愛想のないやつが揃った 人 ~ としたら、殺すことは正当として許される。 しつれい りようしん 。ハリソンさん、仕事は だからモリスの場合、良心というような問題を持ち出すことは、・全もんだ 9 じゃ俺はともかくお先に失礼しよう じぶん 三時までに准上げますよ」 夜く馬鹿げたことなのだ。彼は、自分が会社に留まることが最も正しい のことで、その反対のことを考えたり実行したりすることは恐しい不正クラレンスが出て行くと、すぐハリソン氏も椅子から立って帽子を ぎろんよち であり、そこには議論の余地はないと頭から信じてかかっているのだ手に取った しょ ( じ 「私も食事に出かけて来よう。誰か私が帰ってくるまで事務所にいて 、、ら 0 くれたまえ』 モリスは依然としてハリソン氏に背を向けた姿勢で、黒毛の生えた かのうせい そう云って 、ハリソン氏は入り口の方へ行きかけた。氏の子のと かい指で頸を軽く叩きながら、彼の前に提出された貴重な可能性を ぜん かる しせい しあ そうぞう かる かえ
けるよ - フにした・ 手首に力を人れず物馴れた手付きで持っている・ きさまたち 「コステロは良い男だよな」彼は故にしみじみした調子で云った 「何で貴様達はこんなつまらない事をしたんだ ? 」 ゅうかい マクドナルドが顔をしかめて云った。「お前の事から話しなよ。おれ「女の子を誘拐するような真似はしないものな。そうだろ、コステロ ゆすり てあら ? ちょいとした強請はするかも知れないが、手粗な事は何にもしな はお前に機会を与えてやったんだから」 マローリーはうなすいた。「いゝとも : : : そっちにも理があるからな いからな。そうだな、コステロ ? 」 しょゅう : おれはロンダ・ファルの所有であるべき或る手紙を見付けるため 杲然とした眼のコステロは、陲を嚥み込むと、をくいしばって云 やと やろう に雇われた男さ」 った。「そんな事知った事か。面日くねえ野郎だ」 けっこう 「それだけ聞けばおれは結構だ。初めつからお前のやっていた事は何「だん / 、面白くなるせ。お前には判らないかも知れないがな」 けんじゅう かの罠だと思ったんだ。それでおれは、お前さんに機会をやったのさ彼はルーガー拳銃を取り上げると、コステロの大きなの一方の見 じゅうこう きず に銃口を強く押しつけた。銃が離れると白い痕が残り、やがて赤い痣 もうおれはこの事件から手を引きたいだけだ。云う事はそれだけさ」 とうわく となって行っ た。コステロは些か当惑した様子だった。 彼は部屋の中のすべてを指すように、グルリと手を振った。 マロ 1 リーはグラスを取り上げて、中がからか、どうか見ると、そ マクドナルドはオーヴァコートのポケットに、スコッチのまだいっ の中にスコッチを少し注ぎ人れた。そして最るようにしてそれを飲むばい入っている壜をつゝこみ終ると云った。 しまっ と、ロの中で舌を丸めた。 「さあ、こいったちを始末して : さゆう たれ マローリーは悲し気に首を左右に振って、コステロを見詰めた・ 「誘拐事件について話してくれ。コステロが電話してたのは誰だ ? 」 ごろっき たてもの ウッドのたいした弁「大きなビストルの音が聞こえ過ぎるせ。こう云う建物がどんなエ合 ず ~ 「アトキンソン。無頼漢たちを使っている、ハリ になっているか知ってるだろうに。逢、 、のはアトキンソンって云 護士だ。ファルの阿魔っ子の弁護士でもある。抜目のないタマさ」 じようどう かしら う男だ。頭の男に逢うのが常道だ : : : もしお前が奴の所に手引きして 「そいつが誘拐をやらせたのか ? 」 くれたらな」 者マクドナルドは笑った。「そう云う訳だ」 かた 迫 ~ マローリーは肩をすくめた。「ひどい企みじゃないか : : : 何て云う弁 ジムが眼を開いて、床に手をついて立ち上がろうとした。マクドナ むぞうさ 護士だ」 ルドが大きな脚をあげて、灰色の髪の男の顔を無造作に踏みつけた・ かべ あか 7 彼はマクドナルドの前を通って、コステロの立っている壁に歩み寄ジムの顔がどす赤くなる・ しつく、 こうとうぶ じゅうこう った。銑ロでコステロの顎をつきあげて、後頭部を粗い漆喰に押しつ 、マローリーは赤毛の男に視線を投げて、電話のある所に歩み寄った 1 ごし ゅうかいじけん ゅうかい ものな っ とお てがみ の ほうせん ゆかて しゼん の でんわ やっ
まかしにく えいがじよゅう 「映画女優のラブレーター。それだけの事でしょ ? 今時の映画ファ事の出来る、に屍肉を喰べに来る鬼みたい。上品さもなけれに、罪 じよゅう もなく、そうかと云って世を皮肉る機智もなく命をすりへらしている ンは、長いレースのバンティーをはくようなお品の良い女優にばかり、 おと 熱をあげるような事はしなくなったんですからね」 だけなんですもの」彼女は白いテー・フルかけに手を落した。 はな けいべっ ず一 彼女の淡い緑色の眼に軽蔑の光がさした。マロ 1 リーは鋭い顔をし「あら、そうだわ、手紙のことを話していたのね。その手紙がどうし た一 、ようはくしゃ ) けん て危険だとおっしやるの、脅迫者さん ? 」 「だが、あなたはこれまで聞いた事もないような私みたいな男のとこ マローリーは声をたてて笑った。そのケタ / \ 笑いに、何処か耳障 者 ( ろに、こうやって話をつけようと、すぐさま飛んで来たじゃありませりないやらしさがある。「あなたはたいしたもんだ。なるほど、手紙自 ねごと ねうち 脅 ( んか」 もしれない。ェロがかった寝言に過ぎない 体はおそらく値打はないか しょを 彼女はシガレットホルダーを振った。 んだから。たらしこまれて、その事を話したくて仕方がなかった女学 「あたし、どうかしてたんですわ」 生の思い出と云うところですからね」 ( らびるうご んしよう つめた マローリ 1 はきを動かさず眼で笑った。「そうじゃないでしよ。フ 「いやらしい文章ですわ」ロンダ・ファルはひどく冷い声で云った。 りゅう アルさん。ちゃんとした理由があったからです。それを私に云わせた 「問題はその手紙の書かれた相手の男ですよ」マローリーは冷く云い いんですか ? 」 放った。「強請者。博奕打。詐欺師。こいつをみんなやっている男 ロンダ・ファルは怒ったように彼を見たが、それからまるで相手のあなたがいっしょに話したり同席したりする所など、見られたくない んぎい しせん 存在を忘れでもしたように、視線をそらしてしまった。シガレット・ 男ですからね」 ホルダーを持った手を上げ、それを見詰めているポーズをとったので 「あたしは彼と話したりなぞしていませんわ、脅迫者さん。もう何年 ゅびわ ある。指環ははめていなかったが、美しい手だった。掃いて捨てるほ も話した事もありません。ランドレイはあたしが知り合った時には、 しようねん ど美しい女のいるこのハリウ , ッドでも、滅多に見られぬ美しい手であとても良い少年だったんですけどね。あたしたちの誰だって、立人り たくない何かを過去に持っているものですわ。あたしの場合は、もう 頭をめぐらした彼女は、硬ばった眼付きの女から、その向こうのダそれは過去の事なのです」 しせん ンス・フロア 1 の人混へと視線を投げた。オーケストラは甘ったるく 「そうですかね ? それしゃあ云わしてもらいますがね」彼は急に冷 たんちょう しよう 単調に音楽を続けている。 笑を見せた。 「あそこで踊ってる人達なんて嫌いだわ。暗くなってからたけ生きる「あなたは手紙が取り返せるように、彼に手助けを求めたしゃありま こわ めった うつく す がお ゆすり かえ きようはくしゃ ( もと み、ぎね れい
「アルスタア。ホテルの盗難事件で君は来た急に語を軟げて、 びとり来そうにもなかった。そこで彼は立っ ろうかご というのだね、何か損害を受けたのか」 「ほう、君はどの位鉛筆をもってるんだ』 て行って扉をあけて、廊下越しに外に向って ふくろ 判事はじろりと僕を見て間うた。 優しく間いかけてきたので、僕は袋の中を呼んでいた。 とうなん ~ 「盗難ですって、、判事さん、そう仰しやるのあけて見せて、 ' その判事殿が、一寸廊下の外へ足を踏出し 冒 ~ は少し酷ですよ。あの男は、犯人なんてそん「削「てな」のが七百 = 一十 = 一本、半分削りがた途端に、僕はその扉をしめて、鍵をかけて レ プ ~ なんじゃないんです。きれいな鉛筆削りの「六一日四十一本、さきの丸いのが = 一百七十九本」しまった。これで万事、僕は人にあう 三レクション・マニアだったのです。善良な一 「そいつを全部こゝで削ろうってのか」 気持で、・鉛筆削りのキカイの所へ行ったもの 市民にかわりはないのですよ」 「勿論そうですよ」 である。 担わ だいまんえっ 僕が云いも終らぬのに、 「バカなこと云うものじゃない。・、 しゝ加減に 大満悦でり始める。・一本又一本と、・ 「おい、君は気狂いか、何を云ってるんだ」出て行くんだ」 い、開けんかツ」 ごたく とびら 判事がどなりつけるのだが、 そんな語托な僕は手を合せて、 判事が扉の外でどなった。・ むじひ んか上の空、それでひょいと側らを見ると、 「判事さん、そんな無慈悲なことおっしやら「はいはい、 ~ 「直ぐ」 も」ル」い テープルの上に間題のキカイがのつかってい す御生お願い、その代り、さきの尖んがった 返事も上の空。 るので、早いとこ徒は、袋から鉛筆を一み奴を十二本、・あなたに差上げます」 判事は扉をたゝいたり蹴ったりしている。 とり出して、取る手遅しと、・その一本をり 僕は ' そっなく、慇懃に云った積りだった 僕は、そんな判事の思わくなんぎあ知らん 始めた。 が、判事は相手にしなかった。毎日毎日やっ顔、いとものんびり鉛筆削りの醍醐味にひた かれあたま - なが 「なんという真似をするか、この気狂い」 てる職業柄、彼の頭の中はひどくこちこちに はんじ ったね、一本一本テープルの上に竝べてゆく 「そうですよ、判事さん。僕は鉛筆集めの気なっているとみえる。 ( 偉観というのは将にこいつのことだろう。 んりぞうわいぎ、 狂いかもしれませんよ。僕はハンプルグのこ 「そいつを俺に呉たら、・貴様は官吏贈賄罪に外はいっときしんとなった。かんかんにな の立派なキカイで鉛筆をりたいばっかりに なって、痛い目をみにゃならんことになるぞった判事が、廷丁や警官なんか連れに行った き、つとう 年百年中鉛筆集めにあけくれていたのですか いゝから、出て行くんだ」 ものらしい。そやつらが又扉の外に殺到して らどうか怒らないで削らして下さい』 それでもいっかな僕が動こうともしないのやんやん行ったり、じたばたし始めた。 どうげもの 僕を存外の道化者と感じたらしく、」 半事はで、彼はやけに烈しくべルを臈らしたが、誰「待てよ、もうちょっとだ、跡たった十五分 ておそ とうなんじけん ごしよう ふみに・
( 22 い推薦状 はず 避暑地の山小屋の夜、サッと入口の扉を開けて三人の男が「あなたは、たしか、御覧になってる筈です。私はまだ見た あらわ ビストル片手に現れた。 ことはありませんがねえ、しかし近いうちにお眼にかゝるつ 、んんきよう ヘンダーソン博士は度の強い近眼鏡をかけた眼を瞬きなが もりではいるのですが 聞くところによるとメリアム博 みくら ようじ はうせきしんしつ つけきんこ らジッと三人の男を見較べて、「何か用事ですか」と落着いて士はその宝石を寝室の小型取り附金庫の中にしまい込んで、 云った。 ると云うことでしたね」 三人の中で一番年の若い男が、ビストルをポケットにしま「ウム、そう云えばそういう話をきいたように思うが」 、煙草を喫いながら、 思わず的り込まれた。 はかせ 「イヤ、何でもない事です。別に、あなたの命を頂しよう 「ところで、メリアム博士の家では、バトラーが一人入用だ やと のどうのという訳じやアありませんからねえ、アハ、、 と云うことになっているので、私はバトラーに雇われたいと りゅう と、笑い 思っているのです。私がなぜ雇われたいか、その理由は説明 ひつよう 「ヘンダーソンさん。あなたはニューヨークのメリアム博士の必要はありませんね。それであなたにお願いがあるんです : しんゅう ? とは至って御親友だと云うことを聞いたものですからーーー」がね」 きようだいどうよう 「それは兄弟同様の仲ではあるが・ーー・それがどうしたので 「この儂にーー」 さよう ねが 「左様、ぜひお願いしたいのです。まア、聞いて下さい・実 : ぞんじ ところで、あなたはメリ 「そのように伺っていますよ。 はねえ、御存知でしようがメリアム博士の宅にいる女中のア 物編よメせ、、 はかせ アム博士の宝石のことは、もちろん御存知でしようね」 ンソンに先日会ったのです。その時、私はヘンダーソン博士 いちゅう すいぶんした ヘンダーソン博士は相手の意中を計りかねて、とみには返とはフランスで随分と親しくして頂きました。それでお願い なが すいせんじよう 誉事も出来なかった。三人の様子をじろ / 、と眺めているとすれば喜んで推薦状を書いて下さる筈だと、ロから都合のい ひしよら わら 推薦状 ちょうだ、 ちか
て、シープライトに行ってるんです・あそこに、別荘があるもんで・立ちどまった。オ ) 一ールも、もううつかりしているかもしれなかっ いかん こんばん お望みなら、今晩、電話して、明日なら、呼び寄せられますよ・私に た。オニールも、その警官が、・まだそこにいるものと思い、誰も盗み 手をかせることなら、何んでも 聞きなどできやしない、と思っているかもしれなかった・たとえ注意 オニールは立ちあがった。 深い男でも、時には れんちゅう 「そうしていただきましよう。連中と会いたいんです。明日の午後に 部屋の中で、後から入って来た男が云った。「表側の部屋を、ある女 とな しましよう。三時一」ろじゃ、どうです」 の子が使ってるんだ、マ 1 ティーーすぐ階りの部屋だよ。階下の婆さ ど・、 「三時ですね」と、カーニス氏は同意したが、オニールが、これ見よんが、やっと静まって、それだけ云いやがったんだ。その意味が、わ がしに時計に眼をやるまで、立ちあがらなかった。カ 1 ニス氏は、こ かるか ? ここで、昨日の晩おこったことが、彼女の耳に人ってるつ しんもん んなこと以上のもの。訊問、かまをかけた訊問、あるいは、脅かしをてことさーー・人ってるに違いないんだ。そこらの壁なんて、ポール紙 すら待ち受けていたのであった。それが、何一つそういうことを受けみたいなもんだからな」 しんばい しんばい なかったので、彼は、今、何か心配になり始めたのだった。 外にじっと立っていたカ 1 ニス氏自身は、その女のことは心配しな ろうか。 - がいだん ばん 一人の男が、廊下の階段をあがって来た。「マーティ」とその男は、 かった。彼女のことは、全部、わかっていたのだ。昨日の晩、ローズ オニ 1 ルの方をむく前に、カーニス氏にチラッと眼をやって云った。 は、電話で彼に、入って来るのを見られる気づかいはない、自分と同 かんりにん にゆういんちゅう 「マーティ、ちょっとしたことなんだ。管理人の女がーーー」 じ階にいる唯一人の住人であるその女は人院中の友だちを見舞いに行 「ちょっと待て」とオニ 1 ルは、彼にむかってどなると、ガーニス氏ってるだろう、と云ったのだった。 ちゅ 5 いぶか 注意深い男だな、頭がいいわけじゃない 男】が出て行くのを待っていた。 「彼女が部屋にいなかったら、どうなんだ」とオニールも、それを指 えしやく ちゅういぶか てき かんが だ注意深いだけなんだ、とカーニス氏は、二人に会釈し、ドアの方摘して云った。「そのことを、考えたか ? 」 ちゅう、 かんりにん まちが 知【にむきなおりながら思った。そうーーカーニス氏もまた、注意深かっ 「いたんだよ、彼女は 1 ー管理人の婆さんは、絶対に間違いないって た。彼は、おどり場に出た。そこには、誰もいなかった。十五分前に云ってるんだ、マ 1 ティ。彼女は、誰か知ってる人を見舞に、市立病 けいかん と、 ばんめし 園カ 1 ニス氏があがって来た時に、そこにいた警官は、いなくなってい院へ行くはずだったのさ。だけど、飯の後、頭が痛くなったんで、 やめちゃったんだよ」 おそらく、階下へ息を入れに行ったのだろう。 すうだん はんだん やめちゃったって、とカ 1 ニス氏は思った。彼は、身じろぎ一つし カーニス氏は、即座に状況を判断した。彼は、ドシドシと、数段お はおばね かお うえ 頬骨のあたりの肉が りて行ったが、その頭が、階上の床よりもすこし下になったところでなかった、が、その顔つきがすこしかわった した べっそう あす おど ししん おも かべ
徐々に白くなったのだ。彼女がやめたなんてはずはないのだった。彼 が訊いた時、その女はもう出かけちゃった、と、ローズは云ったのだ。 汗が、彼の眼に流れこんだ。昨日の晩、おどり場で会った時、ロー ズが云った、別のことを、彼は考えていた。ここは、ジ一 ~ リコ通りと らは違うでしよ、ロジャー・カーニスさん ? そして、その時、三階の 知表側の部屋のドアは開いていたが、それは、女が外出していたからで あたま おも はなく、頭が痛くて、すこしでも風通しをよくしようと思っていたカ あせ かんが なまえ らだったのだ。彼女はーー・三階の表側の部屋にいた女は、名前も、住 所も、あらゆることを聞いてしまったのだ。 おそ 彼は、妙な虚ろな気持ちに襲われ始めた。 ずじよう なまえ オニールが、彼の頭上でどなった。「彼女の名前は、何んてんだ ? お前は、彼女をとっ扨まえようとしなかったのか ? 」 「ウイルスンていうんだよ、マーティーーーキャロル・ウイルスンてい はたら うんだ。管理人の婆さんが、彼女が働いているって云った事務所へ電 しま 話したんだけど、もう、今日は閉っちゃってるんだ。で、金曜日の晩 ぼんきん は、ボーイ・フレンドと晩飯を食って、映画を見るんで、彼女は、い かえ つも遅く帰るんだそうなんだよ。帰って来るのは、十二時近くだろう しらみ えいがかん な。映画館を、虱つぶしに探さなければね」 ちが オニールは、ちょっと、そのことを考えたに違いなかった。やがて 彼は、怒ったように云っナ こ。「ここにがんばってた方がよさそうだな。 かえ もしかすると、早く帰って来やがるかもしれないよ。どうせ何んにも ばかやろう 知っちゃあいない、そんな馬鹿野郎の尻を追っかけまわすには、暑す いだん ぎらあ」そうですかね ? とオニール氏は、片手で、ギュッと階段の 手摺りを握りながら思った。そうですかね、オニール君 ? 彼は、キ ャロル・ウイルスンのことを考えながら、急いで、静かに階段をおり た。彼は、今すぐすべきことを知っており、それに対して、尻ごみし なかつに。 彼女は、、レッドウッド通りとバイン通りの角の混みあったドラッグ ストアで、六時すこし前にジミイと会った。もう三十分も前に、彼女 おこ かんりにん うつ おもてがわへ 0 、んようび しり
かんじよう は面と向って顔つき合わせたことなど滅多になかった。い や、一度もい感情を抱いていない人も沢山いたことでしょ一フ。しかし、彼を亡き もし、いたとしたら、死 いなかったんじゃないでしようか 7 ダヴェンハイム氏が彼と会う約東・をものにしようとまでする人はいなかった かぶかん - したのは、何か南米の株に関する話だったそうで」 体は一体、どこへ隠されているんです」 がんしん 「すると、ダヴェンハイムは南米に関心を持っていたと云うわけなん「その通り。へスティングスも云ったように、死体つてものは、いや お ) はつけん ですね ? 」 でも応でも、発見されてしまうものですからな」 あき やし、よこ ~ そうだと思います。去年の秋、ずっとプエノス・アイレスに行きっ 「ところで、邸の横をパラ園の方へ行く人影を見たと云う庭師がいる しよさい きりだったというようなことを、ダヴェンハイム夭人が云ってました」んです。書斎の長いフランス窓は、ヾ ノラ園に向かって開いているんで かていて、 ごふうふ 「何か、家庭的なごたごたは ? 御夫婦の間はうまくいってたんですすが、ダヴェンハイム氏はよくそこから出入りしたことがあるそうで きゅうりおんしよう す。しかし、その男はすいぶん離れたところにある胡瓜の温床で働い なみかぜ 「彼の家庭生活は全く平穏で、波風一つ立たぬものだったと云えますていたものですから、それが主人だったかどうか、はっきりは分らな てん よ。ダヴェンハイム夭人は、陽気で、些か無知な女性です。とり立て かったんです。同じく、時刻の点もはっきりしたことは云えない。六 ちが にわし て、どうと云うこともないと思いますがね」 時前だったには違いないんですがね。その時刻に、庭師は仕事を止め 「では、この謎の解決をその方面に求めてはいけませんな。何か敵をましから」 持っていましたか ? 」 、ようそうあいて 「経済界には沢山の競走相手が いましたし、彼に対 して特に良 かいけっ へいおん ようき めった むち やしき 「そして、ダヴェンハイム氏が邸を出たのは ? 」 「五時半前後です」 えん 「バラ園の向うには、何があります ? 」 みずうみ 「湖です」 0 や 「ポ 1 ト小屋のあるような ? 」 「ええ。舟が二隻おいてあります。 さては自殺をお考えのようですな ボアロ、さん ? そう、 - ミラーか てはず 明日、水を干す手筈をしてるつ てことを申し上げときましよう ふね にわし
おっ けいかん のは、この名前だけだった。しかし、それも本名じゃないとしたら、とで、中に警官なんか来てるんです ? 」話し終るやいなや、彼は、唇を ゅううつ なめた。その時、彼は、顔をあげて、ジッと凝視めてオニールが、ガ オニールは、憂欝に考えた。 かくにん ラリと様子の変っていることに気がついたのだった。伺も気になるわ 男〕それすらも確認する方法が、彼にはなかった。彼女は、東・マディ だれ けじゃないんだ、と青年は云った。ここの誰にも、用があったわけで ナった四日、住んだだけだったのだ。管理人の知ってい ぬスン通りに、こ まちが もう帰ろうと思うーー はなかったのだ、家を間違えたに違いない、 るかぎりでは、訪問客も全然なかった。そして、仕事も。友だちも。 知 かえ 彼は帰らなかった。彼は、オニールといっしょに中へ入って行った 見これが、オニールのんだすべてだった。 かど の〕 掴めたことは、たいしてなかった。角を曲った所にある店で、サン中へ入ると、プスッと眼を床に落したまま、いったい何ごとなのかわ ーいカん けがわからない、自分は、ただ警官に気がついて、好奇心をおばえた 公ドウィッチをつまみ、ビールを一杯のみながら、オニールは、どこに こうしゆけい も力ないんだ。 だけなのだ。そんなことで、絞首刑にするわけには、、 もチラッとした光さえ見出すことなしに、それを、ねばり強くつつき ゅううつ かえしてみた。九時二十分前に、彼が戻って来ると、家の入口の階段「いかないかね ? 」と云って、オニールは、憂欝そうに、スタントン かえ でスタントンが彼とあった。だめだ、彼女はまだ帰って来ない、十一一にむかってうなすいた。「こいつを連れてってくれ、エディー。そして ぶちこんどくんだ」 時まで、がんばるんだな、と彼は云った。 ばしょ 「ほいきた」と、スタントンは云った。「さあ、立ちあがって償いをす そこが一番凉しそうな場所に思えたので、入口の階段に坐りこんで じゅん せいねん 、ようだい オニールは、待っ準備をした。待つほどもなく、きちんとした青年がるんだな、兄弟」 きようみ ほどう それは、他の多くの人びとに、きいたように、青年にもきいた。彼は 舗道から階段をあがって来ると、さして興味もなさそうに、オニール げんかん に眼をやり、玄関へ人って行った。そこから、彼は、ダナハー、即ちジッと凝視めたまま立ちあがった。彼は、つぶやくように云った つぐな けいかん 階下のホールで管理人と話をしている制服の警官を見たに違いなかっ 「償いですって ? 償いって、ーー、殺人のですか ? 」っいで、そのロの しず 、ようふ こ。静かに、まるで気がっかれてもかまわない、 とでもいうかのよう端から、恐怖がこばれ出た。「ちょっと待ってください。そんなこと、 せいねん に、そのきみんとした青年は、オニールの万ヘおりて来た・ 何にも云わなかったんじゃないですか、あんたは・あんたは、一言も あやまら かいだん それがローズーーー」 彼は、そこで二度目の過誤をおかした。しかし、あたりの階段に映 うわぎ けいかん オニールは、歿に、また坐るように云った・ かけている人びとのように、上衣を脱いだオニールは、あまり警官の かのじよ 「ローズさ」と、彼は云った・「彼女について、どんなことを知ってる ようには見えなかったのだ・ まえ しんばい 「どうしたんです ? 」と青年は心配そうな声で、彼に訊いた。「何んねお前は ? 」 した をんぜん いんりにん しごと っ つぐな く 4 っぴる
( 5 ) 草原の銧一声 フル銃に目を落した。 マティアは、くりかえし云った。 わむ だんがん 「コイヒーには、何を入れますの」 「もうあんたも、弾丸の音で眠りを舫げられることがないさ」 ちゅうもん 「オレは、たいして注文のない男さ」 彼女の声は、低いつぶやきにすぎなかった。 あたま どうさ カロリーヌは、きわめてしなやかな動作でもって、フット頭をもた 「そうだったわね』 ギノア 10 マティアが云った。 「アーラ、そうかしら・ : , : なんで笑っていらっしやるの : : : 」 「おやすみ : : : 」 ひょうじようへんか 「オレにも運が向いて来たらしいからさ。オレは、あすある男に会う しかし、女の表情の変化が、マティアの足をひきとめたのだった。 じそんしん ぜんこうてつ もうやっこさんも威張らないだろう。奴が頼りにし もうそこには、以前の鋼鉄を張りつめたような、自尊心は見られなかつもりなんたが、 しんび った。彼女は、もう過去の影を、その神秘な眼の底に私めた、大柄なていた切札は、もうないんだからな」 「それで笑っているのね」 ひとりの娘でしかなかった。 しつばう カロリーヌの声に、かすかな失望のひびきがあった。 「きよう、ビリイ・コ 1 チと話していて、囲をするのは、私だってこ やく 「どうやら、厄のがれさ」 と聞きましたわ。なぜあんた、御自分でなさったの : : : 」 せつめい マティアは、息を大きく吸った。 彼はどう説明してよいか判らなかった。これまでの彼の生涯に、こ わか ひま かんじよう 「あなたは、本当は、淋しい人なのね。あたしには、よく判るわ」 ういうデリケ 1 トな感情の表現を習う鰕がなかったのだ。彼は、ただ もいかえ」 「そうかも知れねえ。あす、町からの帰りに、よっても、 こう云った。 なかた 彼女は、ゆるやかに肩をゆすりながら、ランタンの光の中に立って 「なに、大したことじゃないさ : : : 」 ちょうし いた。その声には、ゆたかなひびきがーー今までマティアが聞いたこ このブッキラボウな返事の調子が、カロリーヌの気持を動・かした。 とがなかった、あたたかいものがただよっていた。 コーヒーがわいているわ・ : : こ 「お入りにならない。 ようす はじめのうちは気がっかなかったが、鞍からおりた彼の様子が、ひ「お待ちしているわ」 かのじよ 、つも真一文宇に結と、彼女がささやい どく変っていることにカロリ 1 ヌは気がついた。も びしよう 一んでいた唇のはじがゆるみ、気まり悪そうに微笑した。そしてその、 じようかん いつもきまじめな目の中に、強い情感がこまやかにきらめいていた。 赤いものが、女のほほにのばった。カロリーヌは、手にもったライ きもち しようえ、 じゅう え ( 海野雄吉訳 )