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検索対象: 時間の習俗
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1. 時間の習俗

時間の習俗 に、やってるようですな」 「この和布刈神事というのは、俳句の方でも有名なんですか ? 「わりと知られています。そのことを主題にした秀句も、少なくはありません。私の記憶し ておけ らんじよ わぎ たもと ている限りでも、注連たれて和布刈の手桶岩にあり ( 蘭女 ) 和布刈禰宜二つの袂背に結ぶ ( 晴 ) というようなのがありますよ」 「それについて」 はいざらも と、三原は吸いつくした煙草を灰皿に揉みけした。 「峰岡さんは、今年の和布刈神事を見にいったということですが、お聞きになりましたか ? 」 「もちろん、聞きました。いや、聞くも聞かないもない。彼は私に、和布刈神事に行きたい か、どういうふうに行ったらいいカ、と相談しにきましたからね」 「ははあ。それはいつごろですか ? 」 「たしか、今年の一月の終わりごろだったと思います」 「私は峰岡さんにその句を見せてもらいましたが、そのよさがよくわかりません」 三原はわざと言った。 「そうですね、正直に言って、あの句は私もあまり賛成できないのです。しかし、当人とし ては、たいへんうれしかったようですよ。いろいろと、帰って話をしてくれました」 「福岡の郊外に都府楼址というところがあって、そこへも峰岡さんは寸暇をさいて見にいっ たということでした。それをお聞きになりましたか ? 」

2. 時間の習俗

時間の習俗 イ・ 1 に勤めている男だと、身もとの割りだしができたので、いま、被害者が生前交際し ーに行かれとるちゅ、つことを た人物についてまわっとりますが、峰岡さんもよく名古屋のバ 聞きこんだので、それで訪ねてきたと言いました」 「ははあ」 「なに、向こ、つだって、こちらかいい加減な口実できいとると思うとりますから、ど、つにで も一言えます。すると、やつばり、峰岡は皮肉そうに言いましたよ。おかしいですな、刑事さ ーに、ときたましか顔を出さないか、いったいどこで、私の名前が知れ ん。私は名古屋のバ たんでしようかねってね」 「なるほどね」 「あるバーで峰岡さんの名刺をもらった女の子がいたので、それで、私が東京の出張のつい でにお訪ねに上がったと言いました。ただ、店の名前は先方の都合が悪かろうからそれは伏 せておきます、と言いました。峰岡は、そうですか、と言ってにやにや笑っとりましたよ」 「そんな奴です」と、三原は言った。「しかし、あなたが峰岡に会って、彼がホシだという 直感を受けたのは、それだけでも成功でしたね」 「それは、だいぶん違います。あとは、どうして彼の犯行のきめ手を見つけるかですな。今 度はだいぶん手こずりそうです」 「同感ですね。ばくも早くから峰岡には弱っています : : : しかし、考えてみると、だいぶん 線がはっきりとしてきましたよ。なんといっても、水城から須貝の死体が出てきたのが大き やっ

3. 時間の習俗

時間の習俗 277 「ふむ」 三原はひとりでに動悸が激しくなってきた。報告をしている大島の口調も張りきっていた。 「梶原は、その現像した写真を山岡にはやらなかったかね ? 」 「その点は大事だと思って、ばくも山岡にはよく聞いてみました。すると、梶原という男は 自分の撮影した写真には愛着を持っているというのか、ケチというのか、絶対に人にやると いうことはなかったそうです」 「しかし、そのネガなりプリントを貸すことはあっただろう ? もし貸していれば、そこか ら峰岡の複写という線が出てくるわけだがな」 「いや、それもなかったそうです。その場で見せることはあっても、貸すということもなか ったといいます。もっとも、作品展など以外には写真の貸し借りなどはあまりしませんから ね。次に考えられるのは、下心をもった奴の盗みですが、山岡にきくと、もし、そういう事 実があったら、梶原が大騒ぎをするに違いないから、必ず自分の耳にはいるわけだが、それ はなかったと言っていました」 その場合も考えていた三原は、それも破れた。 もっとも、たとえ梶原がそのネガやプリントを友人に貸したり、盗難にあったりしたとし ても、それがどのような経路で峰岡の手に渡ったかは、まったく推測がついていなかった。 「その梶原は、いま、どこに行っているんだろう ? 」 「それがふしぎなんです。大川町にある彼の実家では息子の行方を知っていないのです。梶 ど・つき

4. 時間の習俗

時間の習俗 219 よそ 「いや、ほくはですね、他人の家が家族中で集まって飯を食っているのを見ると、女房の奴、 今ごろ飯の支度をはじめてるだろうなと思うんですよ。日ごろはそうは考えませんがね、タ 食どきだけ里が恋しくなるんです」 「そうだろうな。しかし、君、まだまだ序のロだよ。名古屋は三日ぐらいかかるかもしれな いね。君は、あと三回ほど奥さんの夕食支度を想像しなければならないわけだ」 名古屋にはいると、完全に日が暮れていた。駅の構内の食堂にはいった。 「稲村さんは、名古屋の方は詳しいんですか ? 「そう詳しくないが、われわれが行くだいたいの見当はつけておいた。この駅の裏の方がそ うらしいんだ」 「それは便利がいいですな。降りたとたんに場所が近いというのはありがたいですよ。とこ ろで、宿の方は早いとこ手配しておかないと、また断わられて迷いますからね。宿さえ確保 しておけば、どんなに遅くなっても安心です」 「まあ、なんとかなるだろう。いよいよだめなら、その辺の百円宿にでも泊まるさ。その方 がかえって調べるのに便利かもしれない 「ちょっと待ってください」 若いだけに大島の方が先に食事を終わった。ふいと立ちあがって食堂を出ていったが、や がて絵葉書を手にして帰ってきた。 つまようじ 稲村か茶を飲みながら爪楊枝を使っている横で、大島は絵葉書に何かしきりと書いていた。 やっ

5. 時間の習俗

時間の習俗 211 「さようでございます」 「で、出張の滞在日数は ? 」 「宅はああいう商売ですから、会社の出張のようにきっちりとまいりません。三日ぐらいい ることもあるし、一週間ぐらいいることもごさいます」 「それは名古屋も大阪も同じくらいですか ? 「大阪の方が少し長かったように思います」 「では、福岡は ? 」 「向こうは短かったようです。もっとも、あちらまで行くと、北九州と長崎とに足を伸ばし たこともあるようでございます」 めかり 三原の頭には " 北九州。という一言葉が鋭敏に響いた。和布刈神社は、もちろん、北九州の 東端、門司市にある。 「小倉にはいらしたことがありますか ? 」 「よく存じません。わたしはあまり仕事にはロを出さない方だし、また主人もいちいちわた しには申しませんから」 「それではつかぬことをうかかいますが、ご主人がそういう出張をなさるさい、峰岡周一さ ん : : : ご承知でしようね ? 極光交通の専務さんの峰岡さんです」 「はい、お名前はよく存じあげています。主人がよく申しておりましたから」 「具体的には、どんなことをお聞きになりましたか ?

6. 時間の習俗

時間の習俗 247 鳥飼重太郎もそのことに気づいたらしく、 「これは、ひとつ、名古屋の方を捜査する必要がありますな」と言った。「峰岡周一は殺さ れた須貝とバー " 蝶々″以外で会っとると思います。でないと、共犯者になるくらいな関係 にはならないと思いますやな。相模湖のことも東京で打合わせしたに違いないから、これは 峰岡が須貝を呼びよせとります。だから、日ごろも名古屋で会う場所をどこか決めていると 思います」 「賛成ですね」と三原は言った。「ほくもまったくあなたと同じ考えを持っています」 「せつかく、ここまで来たのだから、私は名古屋にこれから飛んでゆきますよ」 「え、名古屋に ? 」 「峰岡の盲点を衝くには、それ以外にないと思いますからな。すぐに今夜の列車で発ちます。 名古屋だと明日の朝早く着きますからね」 三原は、きよう東京に着いたばかりの鳥飼がまた名古屋に行くというその精力ぶりにおど たいせき ろいた。深くたたみこんだ皺には、そんな努力の堆積が長年しみこんできているように思え る。耳のあたりに光っている白髪も、こうなると年齢をこえて彼の闘志だけをみる思いだっ 「この前、あなたの部下のかたで名古屋に行かれた人がありましたな ? 三原が名古屋の一件を調べさせているのを話しているので、鳥飼はそうきいたのだ。 「向こうに行くについて、いちおう、そのかたからお話を聞きたいと思います。名古屋は初

7. 時間の習俗

時間の習俗 三原紀一は眼もとに軽い笑いを浮かべた。 「つまり、われわれのアリバイを確認されたいわけですね ? 」 峰岡周一は苦笑に似たものを顔に浮かばせた。 「もちろん、峰岡さんがどうというわけではございません。ただ、警察として土肥さんの知 りあいを全部当たっていますから、峰岡さんだけを除外すると、あとで不公平だとそしりを 受けますからね。なんだ、おれだけ調べて、あの男は調べないじゃないか、という非難が困 るのです」 「いや、よくわかりました。なるほど、当事者となると、いろいろお気をつかわれるわけで すね。いや、どうぞ、 ) 」遠慮なくおききください。そうだ、そういえば、この前、刑事さん が見えて、私のことを聞いて帰られましたよ」 「ご迷惑かけました」と、三原は軽く頭を下げた。「その報告は、部下から聞きました。あ なたは、二月六日の十五時発の日航機で羽田から福岡に行かれたそうですね ? 」 「そのとおりです。刑事さんにも、そう話しておきました」 「それから、あなたは、門司の和布刈神社というお宮に行って神事を徹夜でごらんになっ 「そうです、そうです」 峰岡はうなずいた 「それから、七日の午前八時ごろ、小倉の大吉旅館におはいりになって、おやすみになった

8. 時間の習俗

時間の習俗 三十分ぐらいして部屋から電話がかかった。 さら 梅子はフル 1 ツを二皿持って、部屋にはいり、眼を伏せて座卓に近づいたが、二人の様子 は、彼女の予想どおり、前よりはずっと崩れている。女は身体を斜めにしていたが、顔だけ はやはり恥ずかしそうにうつむけていた。こういう場所にあまりれていない女のようだっ 「ちょっと、その辺を散歩してくるよ」 男は蜜柑の皮をむきながら、梅子に言った。 「まあ。外は暗う ) 」ざいますよ」 梅子が腕時計を見ると、七時二十五分だった。 「道に街灯ぐらい点いているだろう ? 」 「はい、それはございますが、夜では何も見えませんわ」 「いや、ちょっと、湖のあたりを眺めてくるだけだ。夜の景色もまたいい アベックだから、これは野暮に引きとめようかない 「では、玄関にお履物を用意しておきます」 そう言いなから、客二人はいよいよ泊まる決心になったと田 5 った。 梅子は男客の傍に行って、それをきいている。 ところが、その男は大きな眼をむいて、 みかん っ テープル ものだからね」

9. 時間の習俗

時間の習俗 197 地元の警察署では、どうやら、被害者は福岡地方在住者ではないように考えているんです。 しよかっしょ それで、東京方面の家出人の中に該当者はないかといって、所轄署からききあわせてきたん ですがね。ばくはふいと、峰岡さん、あなたのことに思いあたったんですよ」 ちり 三原がそう言って峰岡の顔をひそかにうかがうと、相変わらず塵ほどの変化も見えない。 「そりやまたどうした理由からですか ? 」 と、うすら笑いを浮かべている。 「いや、あなたはよく福岡の方へ出張されると聞きましたからね」 「そりや向こうの大東商会へは行きます。ですが、あれは仕事の出張ですよ」 「もちろん、そうでしよう : : : ですが、われわれとしてはあらゆることに手がかりをつかみ たいと思っているんです。まあ、なんと言いますか、一種の藁をもっかむという心理でしょ うな。それで、東京の人間が博多で殺された、あなたも東京から博多へよく出張される。そ んなことから、もしゃあなたがご存じじゃないかと思って、顔写真を持参してきたわけです 「そりやムチャですよ、三原さん」 と、峰岡はほとんど声を立てて笑いだした。 「そんなことをおっしやると博多に出張する東京中の人間を、あなたは片端から調べなけれ ばならなくなりますよ」 三原は、なんだか警視庁へまっすぐに帰る気がしなかった。 わら

10. 時間の習俗

時間の習俗 になっています」 「それはご苦労さまです。 : : : 土肥さんは、本当にお気の毒なことになりました」 と、峰岡周一はしんみりした顔になった。 「いい人でしたがね。私なんか、まあ、あの人がああいう業界紙を出されていたことでお近 づきになっていましたが、まれにみる善良なかただと思っていました」 「そこで、警視庁としては一日も早く土肥さんを殺した犯人を挙げたいところですが、ザッ クバランに申しますと、残念なことに、まだ犯人の手がかりかついていません」 「ははあ。しかし、新聞記事によると、どうやら、土肥さんといっしょに現場に行った女の 人がおかしい、と出ていましたが」 「それなんですよ。その女の行方も全然つかめないんです。それで、私の方としては、この 捜査を根本から建てなおして、まず、地道にやっていこうということになったんです」 「ちょっと、お待ちくださいーと、峰岡周一は言った。「そんな捜査上の機密を、私などに お洩らしになってもよろしいのですか ? 」 「いや、ご協力を願うからには、機密なことにわたっても仕方がありません。ただし、この ことはご内聞に願いたいんです」 「承知しました。よくわかっています」 「そこで、土肥さんが生前交際していたかたがたの様子を、いちおう、確認したいと思って います。峰岡さん、あなたにもぜひそれをお願いしたいと思ってやってきたんですよ」