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検索対象: 最後の秘境東京藝大 : 天才たちのカオスな日常
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1. 最後の秘境東京藝大 : 天才たちのカオスな日常

どうして、こんな楽器があって、こんな歌が作られたのか ? どうして、ゴリラは人間そっくりの鼻歌を歌うのか ? そんな不思議全てが、楽理科の守備範囲なのだった。 「参考までに、本庄さんが作成されたレポートや資料を、何か見せていただけません か ? 」 「いいですよー 藝後日、送られてきた資料は二つ。「幻想交響曲におけるべートーヴェンの影響ーと 京 きや 東「諏訪大社御柱祭で歌われる『木遣り唄』に関する研究計画書」だ。 境 秘 べートーヴェンから諏訪大社まで。音楽に関することなら、何でもありー の 最 嫌いだからこそ、伝えられるもの 「ピアノが嫌いで、音楽も楽しいと思えなかった私ですけど : : : でも、そんな私だか らこそ、伝えられるものがあると思うんです」 本庄さんが、につこり笑う。本庄さんの口からは最後まで「好き」という一言葉は出 なかったが、彼女なりのやり方で音楽に向き合い続けている。 「本庄さんにとって、音楽はどんなものなんでしよう ? 」

2. 最後の秘境東京藝大 : 天才たちのカオスな日常

圏える架け橋の役目ができるのかもしれない。何だか彼女が教員を目指していることす らも、天の配剤のように思えてきた。 さらっと言った本庄さんの言葉が、忘れられない。 「どうやって『伝える』か、毎日考えてます」 好き嫌いを超えて働く、芸術の重力のようなものを僕は感じた。 大 藝 二〇一五年九月六日、第六十八回「藝祭」三日目。 京 東僕は木管合奏団の公演を聴きに、音校の第一ホール前へとやってきた。廊下には開 あわ 秘演を待つ人たちが長蛇の列を作り、学生が慌ただしく出入りしている。 あいさっ の 本庄さんを見つけた。廊下の角でお客さんから整理券を回収している。遠目に挨拶 最 しようとしたとき、品のいい服に身を包んだ男女が、本庄さんに話しかけるのが見え 本庄さんの顔がばっと笑顔に変わる。男性は優しそうな目で、女性も微笑んでいる。 弾んだ声が聞こえた。 「お母さんたち、来てくれたんだ ! 」

3. 最後の秘境東京藝大 : 天才たちのカオスな日常

「そうなんですか ? 」 驚く僕の前で、楽理科の本庄彩さんは、ショートカットの髪を揺らしてこくこくと 秀し / 本庄さんがピアノを始めたのは、三歳の時だったという。 「母がピアノ教室の先生なんです。父も音楽が好きな人だったので、ちょっと偏った 家庭でした。勉強よりもピアノが大事なんです。テストで百点を取っても褒めてもら 藝えないんですよ ? 勉強なんてできなくても、 しいから、ピアノをやれという家だった 京 東んです。小さい頃から、ずっとそう」 鈴を転がすような声の本庄さんは、少し舌足らずだ。 の あこが 「母は私立の音大卒なんですが、藝大に憧れがあったみたいなんです。それから母自 最 身が様々な場面で力不足を感じていて、私には子供のうちから最高の音楽教育を受け させたかったそうなんですね」 「でも、好きじゃないのに無理やりやらされるのは辛いですね : : : 」 「はい。辛かったです ! もう、母が怖いんですよ。もちろん普段はい ) し母で、好き から ひょうへん なんですけど、。 ヒアノが絡むと豹変してしまうんです。『なんでこんなこともできな いの ! 』って怒鳴られたり。ますますピアノが嫌いになるばかりで : : : 」

4. 最後の秘境東京藝大 : 天才たちのカオスな日常

いう人がいるのって、嬉しいですよね。これからも頑張ろうって思います 「うーん、不思議なんですよ : : : 世界が広いんですー 小野さんの曲について、楽理科の本庄さんに尋ねてみる。 きれい 「がちがちのクラシック、というわけでもないし。堅苦しくなくて、でも綺麗で : 自由ですね。他の人と全然違う気がするんです。だから私、彼のこと支えていきたい 藝んです。今後どうなるか、まだ不安もありますが : 京 東 少しだけ頬を赤くして、本庄さんはにつこり笑った。 境 秘 の 美術と音楽の融合 最 「ずっとクラシックバレエをやっているんです。僕は感情表現が苦手なほうなんです けれど、そんな自分を改善したいと思って今でも続けていますー そう話すのは、建築科の荒木遼さんだ。 今でこそ建築を勉強している荒木さんだが、両親が美大出身ということもあり、絵 を描くことがライフワークだったとい、つ。さらにピアノも習い 、音楽と美術に囲まれ て過ごしてきた。

5. 最後の秘境東京藝大 : 天才たちのカオスな日常

しばらく考える本庄さん。 「離れたくても、離れられないもの : : : ですね。何だか、振り払おうとしても付きま とってくるんですが : : : でもそれが同時に、生きがいでもあるんです。音楽のおかげ で、自分はきらきらしていられるっていうか」 さらに一呼吸おいて、続ける。 「私、長野の諏訪出身なんですけれど、同郷の音大生が一堂に集って行う『第十一回 い帰省コンサート』というものが今度ありまして : : : その代表をしてるんです。今日も、 その打ち合わせの帰りでして」 「コンサートの代表 ! 凄いですね」 「代表とか企画の仕事って、楽理科に回ってくることが多いんですよ。器楽の人は、 演奏の練習でいつばいい つばいになりがちですから。他にも私は、学内合奏団のマネ ージメントをしています。ホームページ作ったり、公式ツィッター更新したり、スケ ジュールの調整やチケットの販売とか : ・ : 私の手伝ってる木管合奏団、今度の『藝 祭』でコンサートやるんで、よかったら来てください ! 」 音楽が嫌いになるほどの経験をした本庄さんだからこそ、音楽を好きでやっている 翫仲間をバックアップできるのかもしれない。そして、音楽を音以外の形で、誰かに伝

6. 最後の秘境東京藝大 : 天才たちのカオスな日常

3 . 好きと嫌い うせなら藝大を目指してみようかと思ったんです。そこで、藝大の音校で一番教員に 向いている科を選びました」 「それが、楽理科なんですねー うなず 本庄さんは頷いこ。 べートーヴェンから諏訪大社まで 「楽理科は、音楽学を学ぶ学科なんですが、もっとわかりやすく一一一口うと『言葉を使っ て音楽を表現するところ』です」 本庄さんは慣れた口調で言ってから、表情をパッと変えて笑った。 「よく聞かれるんですよね。何をやっているのかって。器楽科や声楽科が、『音』を 使って音楽をしているのに対して、楽理科が使うのは『言葉』なんです」 同じ学科を卒業した柳澤さんが、こんなふうに話していた。 「コンサートのパンフレットに、解説文があるでしょ ? ああいうのを書くのが、私 たちなの。音楽ってバックグラウンドがあるよね。この曲がいっ頃、どこで作られた か。当時の世相はどんな感じだったか。戦争ばかりの時代に、世を憂えた作曲家が作 ったとか、恋に破れた作曲家がその苦しみをぶつけて作ったとか。そういうことを知 うれ

7. 最後の秘境東京藝大 : 天才たちのカオスな日常

3 . 好きと嫌い 嫌いだから練習しなくなる。練習しないからお母さんに怒られる。怒られるから嫌 いになる : : : 悪循環で、出口がない。 「もう、練習する振りをして漫画読んでましたよ。左手で鍵盤を弾いて音を立てて、 右手で漫画を読むんです。二階に父がいて、私がちゃんと練習しているか、たまに様 わき 子を見に来るので : : : 階段の音がしたら、漫画をポイツと脇に放り出して、素知らぬ 顔で両手で弾いて。また父がいなくなったら、漫画を取る」 「それ、ばれてそうですねー 「後で聞いたら、ばればれだったそうです」 ペろっと舌を出す本庄さん。 サポる方法ばかり考える日々が長く続いたそうだ。 「でも、何度もぶつかりあううちに、少しずつ : : : 両親も変わりました。だんだん、 寛容になってくれて。今では、笑い話として話せるくらいの仲になりましたよ」 義理を果たしてヴァイオリンを捨てる 「音校の、特にピアノやヴァイオリンに入る人はね、三歳くらいで人生の進路を決め てしま、つことになるのよ」 けんばん

8. 最後の秘境東京藝大 : 天才たちのカオスな日常

3 . 好きと嫌い 3 ・好」 A 」嫌い 元ホストクラブ経営者 しゃれ 派手なベルトにお洒落な腕時計。シンプルなシャツに短パン。短髪に日焼けした 肌。高橋雄一さんが藝大の日本画専攻に辿りつくまでの経緯は、なかなか複雑である。 「昔から絵を描くのが好きだったんですけれど。中学からグラフィティにハマったん です」 グラフィティとは、スプレーで壁やシャッタ ] に絵を描く一種のアートであり、落 書きでもある。しかし所有者の許可を得すに描けば : 「違法ですよねー 「違法です。最初に描いた時はどきどきしました」 「あれは、夜中に描くんですか ? 」 「はい。終電で街に出かけて行って、朝までかけて描くんです。夜型生活になります 高橋雄一 ( 仮名 / 絵画科日本画専攻 ) かりん 佐藤果林 ( 絵画科日本画専攻 ) 本庄彩 ( 仮名 / 楽理科 )

9. 最後の秘境東京藝大 : 天才たちのカオスな日常

「私、バロック音楽のファンだけじゃなくて、そもそもバロックファンなんです。 あふ ロック期の彫刻って情感に溢れてて、いいんですよ」 古楽を学ぶ学生は、演奏者でもあり考古学者でもあった。そのせいか楽理科や美術 学部との接点が多く、話も合うという。一緒にバロックのよさについて話し合い、盛 り上がったりするそうだ。 藝「はあ : 東ホルン専攻の鎌田渓志さんが所属する木管合奏団の演奏するカルメンを聴き、妻が 秘思わす溜め息をもらす。 の 「やつばり音校の人は凄いなあ : : : 」 最 その、迫りくるようで、かっ繊細なメロディ。普段クラシックなど聴かない妻であ っても、聴き惚れてしま、つよ、つだ。 フルート、オーポエ、クラリネット、ホルン、フアゴット、ピアノ、各専攻に属す る学生たちの実力はもちろんのこと、編曲を手掛ける作曲科の学生、そしてプロデュ ーサーとして縁の下で支える楽理科の本庄彩さんの力があってこそだ。 336

10. 最後の秘境東京藝大 : 天才たちのカオスな日常

324 小野さんは先端の植村真さんと、アート展示を一緒に行ったことがあるそうだ。音 環の黒川岳さんの「ほくろさんほ」にも、手伝いとして参加している。演劇の なども、手がけているとい、つ。 そんな小野さんは、野心家でもある。 「人脈を広げて、どんどん活動の幅を広げていきたいです。できれば学生のうちに、 藝作曲家として名を上げたくて。もともと僕、歌手になりたかったんですよ。それから 京 東小説家を目指して、お笑い芸人を目指して、ピアニストを目指して。けっこう迷走し 秘てきました。ある時、坂本龍一さんの曲を知って、名前が同じということもあって、 のあこが 後産れたんですね。それで今は作曲家を目指しているんです。夢は大きく、アカデミー 作曲賞を二回取ること、って思ってます。いっか取れたらいいなあ : : : 」 小野さんは、ちょっと恥ずかしそうに笑った。 「藝大ってやつばり二世の子も多いんですよ。両親がともにオーケストラ奏者とか。 私も、母がピアノの先生で、音楽漬けの家でしたしね」 楽理科の本庄彩さんの言葉だ。