器楽科では、一つの楽器だけを専門にするのが一般的だ。弦楽器専攻でも、管楽器 専攻でもそ、つなのに、打楽器だけは違うのだろ、つか 「一応、受験では一つ楽器を選びます。僕はマリンバを選んだので一応、マリンバ専 攻ってことになるのかな」 シロフォン マリンバとは、木琴に似た打楽器である。やや甲高い音の木琴と比べ、柔らかい 音がするのが特徴だ。 スネアドラム る 「でも、オーケストラに呼ばれれば必要に応じて何でもやります。シンバルや小太鼓、 バスドラムグロッケン ンドベル・ : マリンバ以外 部大太鼓、鉄琴、木琴、トライアングル、ティンパニ、 器のものをたくさんやっているので、こないだは『あ、そういえばマリンバ弾けたね』 楽 と言われてしまったくらいで。でも僕、いろんな楽器ができてとても楽しいんです。 今後の演奏にも役立ちますし 「打楽器ってどれくらいの数があるんですか ? 「いくつ、とは言いづらいですね。叩けるものなら何でも打楽器になっちゃうところ もあるんです。僕、こないだの本番ではプレーキドラム叩いてました」 「え ? プレーキのドラム ? ドラムといっても、楽器ではない。自動車のタイヤに入っている、金属製のお皿の 185
8 ・楽器の一部になる 躍る打楽器奏者 る 「打楽器専攻をイラっとさせる一一一一口、というものがありまして」 部器楽科打楽器専攻の沓名大地さんは、ばっちりした目でまばたきし、背負っていた 器大きなリュックをどすん、と椅子に下ろした。 楽 「『トライアングルなんて誰が叩いても同じじゃん』。これです」 確かに、専門に勉強していることを否定されれば腹が立つだろう。それはわかる。 だが、ここで僕としては聞かざるを得ない 「 : : : あの、すみません : : ・・違、つんですか ? 」 「違うんですよ」 沓名さんに、特に気を悪くしたふうもない。そしておもむろに、リュックの中から 大き目の筆箱に似た黒いケースを取りだす。開けると、中からは銀色の棒がずらりと す くつな 沓名大地 ( 器楽科打楽器専攻 ) 竹内真子 ( 仮名 / 器楽科ハープ専攻 ) ゅうひ 安井悠陽 ( 器楽科フアゴット専攻 ) なお 小坪直央 ( 器楽科コントラバス専攻 )
じゃなくて、体全体です。全身の使い方が重要ですし、途中で息切れしないスタミナ も必要です。あと、大事なのは呼吸ですね、 ピアノの三重野さんも、同じようなことを言っていた。 「ピアノで大事なのは呼吸です。音楽はもともと、歌から始まったんですよ。ですか ら歌でいう息継ぎみたいなものがピアノでも必要なんです。息継ぎがない演奏は聞き 苦しくなっちゃうんですね」 な嵂村さんが続ける。 大「管楽器ならもちろんですし、弦楽器にだって呼吸はあります。全部の楽器に呼吸が である。その呼吸を僕たちは伝え合い、共有して、一体になるんです。音楽の流れに合 楽 音った呼吸をして、音楽の表情を作っていくんですよ くつな 打楽器専攻の沓名大地さんも、こう表現していた。 「楽器とも、仲間とも、お客さんとも一体になって演奏しますし、しなくちゃならな いって思ってます」 思えば演奏する人も、聴く人も、コンサート会場にいる誰もが呼吸をしているのだ。 指揮者の情熱を核として、信頼が引力となって、楽器と一体化するまでに自分を高 めた奏者たちが次々に重なってオーケストラになり、それが聴衆をも巻き込んで一つ 151
最初の一音で癖を見抜く 「打楽器って、演奏や練習前の準備が妻くたくさんあるんですよ」 「具体的にはどんな ? 「ます曲が決まったら、楽譜を読んで、どんな楽器が必要かを調べるんです。楽器が 足りなかったら誰かに借りるか、買うか、あるいは自作するとかして調達しなくては なりません」 「そ、つか : : 何種類もあるから、持っている楽器だけで演奏できるとは限りませんも 部んね」 の 僕、楽器が好きで、時間が空くとすぐに楽器屋さんに行って何かしら買っち 楽 ゃうんです。お金はほとんど楽器に使ってますね。いつも金欠ですよ。打楽器専攻で 一番楽器を持ってるとは思いますが : : : それでも足りません」 「打楽器専攻で一番ということは、きっと音校で一番持ってるんでしようね。どれく らいあるんですか ? 」 「ええと、シンバル八枚にポンゴ、マリンバ二台、電子ドラム、ドラムセット、トラ ィアングル、バチもいつばい持ってますし、まだまだあります : : : 今日もこんなに持 ってますからね」 187
7 ・大仏、ピアス、自由の女神 謎のク金三兄弟ク命取りになる機械しか置いていない 貴金属の相場は毎日確認熱気で睫毛が燃えそ、つ 離れたくても、離れられない 8 ・楽器の一部になる 躍る打楽器奏者最初の一音で癖を見抜く 理想の音楽器別人間図鑑 最終兵器「響声破笛丸」 9 ・人生が作品になる 仮面ヒーロー「プラジャー・ウーマン」 ちんちんはいっか生えてくるもの ? 人生と作品は血管で繋がっている 恋愛の練習毎週のように誰かを口説く
: うーん、それでも高いですかね。でもヴァイオリンは、ものによっ 万くらいかな : まひ ては億いっちゃいますからね。何だか金銭感覚麻痺してきますね。ヴァイオリン専攻 の友達に『ちょっとトイレ行くから楽器見てて』なんて言われると : : : そんな責任負 えないよ、ってなります。だって手の中に家があるんですよ、家がー 竹内さんは、わなわなと手を震わせていた。 かまたけいし 器楽科ホルン専攻の鎌田渓志さんも、こう話す。 藝「いい楽器を使わないと、受験でも不利なんです。僕は浪人した時にローンを組んで、 京 東新しいホルンを買いました。定価が百三十万で、少し負けてもらいましたけど、それ 秘でも百万はしましたね の しし ( し力ないし、そんな時間があれば練習をす 楽器は高いけれど、自分で作るわナこよ、、 最 べきなのだ。 「楽器は運ぶのも大変なんですよ」 なお これは、器楽科コントラバス専攻の小坪直央さんの話だ。 「新幹線では、コントラバス用の指定席も買わないといけませんから : : : 」 高価な楽器を持ち、上等な衣装を着て演奏する。レッスンをして、演奏会に出て、 ーティーに参加する。長期休暇には海外に飛び、本場の演奏を聴く。
打楽器専攻の沓名さんも、やはり音を鳴らしながらの調整を行う。 る 「楽器の配置が終わったら、次に鳴らしてみます。ここからさらに試行錯誤が始まり ます。曲のイメージに合わせて、もう少し澄んだ音が欲しいとか、もう少し厚みが欲 器しいとか、理想の音に近づけるために、何でもします。ここではこのバチを使って、 楽 ここでは別のバチ、というように持ち替えたり。楽器を吊り下げる高さを変えたり : 違、つメーカーの楽器に変えてみたり : : : 」 かん。へき それらが完璧に終わって、ようやく練習が開始できるそうだ。 理想の音 沓名さんが入念に行う、理想の音を探す作業。これは他の楽器でも同様だという。 「ハープって優雅で、何だか女性の楽器みたいなイメージありますけど。実際は、断 189 方をちょっと抑えたり」 「そんなことができるものですか ? 「上手い人は、そうしてます。私はまだ、一分ほど演奏しないと癖が見抜けませんが
十本ほど現れた。それぞれ太さ、長さが微妙に異なっている。 「これ、ビーターと言って、トライアングルを叩く棒です」 「何だか随分たくさんありますね : : : 」 「太い棒、細い棒、長さ、持ち手の形、メーカー : 全部、ちょっとすっ音が変わる んです。それだけじゃありません。トライアングルってこう、吊るしますよね。その ひも 吊るし方。フックにかけるのか、紐で吊るすのか。紐で吊るすなら、その紐の材質、 藝太さ、長さ : : : 全てが音に影響してくるんです。だから僕は何セットもいつも持ち歩 京 東いてます」 秘「トライアングル一つのために ? の かわい 「はい。もちろん叩き方でも変わりますからね。可愛らしい音も出せれば、澄んだ音 最 も出せる。しやらしやら星が流れるような音も、ピーンと張り詰めた音も。楽器って 奥が深いんですー 「打楽器専攻は一学年だいたい三人なんですが、あちこちで呼ばれて、いろんな楽器 をやらされます。だから人が足りないくらいですー 「えつ、いろんな楽器をやるんですか ?
「はい。 先生が『この日、空けといて』と言ったら、問答無用で『はい』という感じ です」 しかし、師匠の背中を見て、一流の演奏を間近で勉強できるし、会場などで顔を売 ることもできる。演奏家として羽ばたいていくための、指導の一環なのだ。 音校の教授は、学生の面倒をよく見る。そのぶん学生も教授を師と仰ぐのだろう、 自分のプロフィールに「〇〇氏に師事」などと記載するのは音校の学生だけだ。 大 京 東 だが音校も美校と同様、藝大を出れば食べていけるかというと、なかなか苦しいの 秘が現実。 の 「マイナー寄りの楽器なら、楽団や音楽教室の枠もそれなりに残っていることがある 最 ので、何とかなりますが : : : 競争の激しいヴァイオリンやピアノは、大変みたいです よ ープ専攻の竹内真子さんが一一一一口うように、音校では楽器によっても就職に差が出て くる 「フアゴットは楽団に二人から四人くらいの枠があるんですが、一度入ったらやめる 人ってほとんどいないので、なかなか空きがでないんです。空きが出ると、一気に五 282
しかし、そこからが圧巻だった。手の動きがさらに目まぐるしくなった以外は、ほ とんど変わらないクオリティで演奏は行われ、最後はべンっと小気味いい音とともに、 フィニッシュ。 万雷の拍手。上気した顔で、頬を赤くした川嶋さんがひょいっと頭を下げた。 「ありかと、つございましたーツー 演奏者は考古学者 て 「実はオルガンって、凄く古い楽器なんですよ。なんと、紀元前からあるんですー 生 知器楽科ォルガン専攻の本田ひまわりさんが言う。 古 「だからヨーロッパではピアノ以上に身近で、伝統的な楽器なんですよ」 けんばん 同じ鍵盤を持っ楽器であるピアノが出来たのは、ようやく一七〇〇年頃。ピアノの 祖先であるチェンバロが作られたのですら一五〇〇年頃だから、オルガンのほうがす っと先輩。いわゆるクラシック音楽よりさらに古くから、オルガン音楽はあるのだ。 「私たちが主に演奏するのは、十六世紀から現代までの曲です。それでもレバートリ ーが広すぎて、とっても四年間では学びきれません」 学生たちは教授と相談しながら、どのあたりの年代のレバートリーを学ぶかを選択 257