デジタルカメラ - みる会図書館


検索対象: 王とサーカス
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1. 王とサーカス

探り、案内の礼にチップを渡す。ゴビンは引きつるような笑みを作り、小声で、 ミズ」 「サンキュー と一一一口った。 部屋の中は、まだ掃除されていなかった。シーツが寝乱れたままだ。傘は壁に立てかけ、ポ ストンバッグを開けてカメラを探す。 わたしがいた支局には専門のカメラマンがおらず、写真はたいてい、会社の備品のカメラで 記者が撮っていた。勉強をするつもりで自分でも一眼レフを買ったけれど、取材に持っていっ たことはない。今回も家に置いてきた。 持ってきたのはデジタルカメラだ。軽くて小さく、たくさん撮れる。東洋新聞では軽んじら れていたけれど、少なくともスポーツフォトの分野では、去年のシドニーオリンピックでフィ ルムカメラよりもよく使われた。遠からず、報道の全分野でデジタルカメラが主流になるだろ 、つ 道中の衝撃から守るため、カメラは着替えのシャツに包んでバッグの中に入れておいた。取 り出して、チノバンのポケットに入れる。 ふちの黄ばんだ鏡に向かい、日焼け止めだけ手早く塗り直す。手持ちの現金を確認して部屋 を出ると、既にゴビンはいなくなっていた。 裏口に戻る。サガルはポケットに手を入れ、鼻歌を歌っていた。わたしを見ると恥ずかしそ 4 路上にて

2. 王とサーカス

彼は子供のように勢い込んで頷いた。 「ああ。ぜひ、頼むよ ! 」 それでわたしは彼の住所も控えることになった。ロプが自分で書くと言ったので手帳を貸す。 彼がカリフォルニア州の住所を書いていくのを見ながら、わたしは遠くから聞こえてくる弔砲 を聞いていた。 は音楽をやめ、またニュースを伝え始める。 『政府は今夜、デイベンドラ殿下が王位に就いたことを発表しました : : : 』 日付が変わる頃に一一〇二号室に戻る。もしかして、という希望を込めてカランを捻ったけれ ど、今度は一滴の水さえ出てこなかった。不意に喉の渇きを覚え、机の電気ポットを持ち上げ る。重い手応えがあったので蓋を開けると、水が入っていた。自分で入れたような気もするけ れど、よく憶えていない。危ないかと思ったけれど、沸騰させれば大丈夫だろうと考え直し、 スイッチを入れる。 べッドに腰を下ろし、カメラを手に取る。替えの電池はずいぶん持ってきたけれど、足りる だろうか。海外取材の経験はなく、デジタルカメラで取材するのも初めてだ。電池の消費量が 読めないし、海外で買った電池でも問題なく動くのかどうかもいまひとつ自信が持てない。た ぶん、大丈夫だとは思うけれど。 デジタルカメラを買う際、充電式にするか電池式にするかでかなり迷った。充電式は長時間 152

3. 王とサーカス

サガルはなぜ、わたしが日本人だとわかったのだろう。 部屋に戻って鍵を掛け、ポストンバッグを開ける。 仕度というほどの仕度もせず、飛び込むようにこの街まで来てしまった。焦茶色のバッグに は、それでも効率的に荷物が詰め込まれている。この数年でパッキングはずいぶんコツを憶え 替えの服は少ない。いま着ているもの以外に持ってきているのは、シャッとパンツとカーデ イガンがそれぞれ一着だけ。必要なら街で買えるからだ。肌着は多めに持ってきている。やは り肌に直接触れるものは日本から持ってきた方が、かぶれの心配もないし何より着心地がいい 鎮痛剤や消毒薬など、使い慣れた薬も何種類か持ってきている。現金は昨日空港で両替した。 街のガイドブックも、日本で一通り目を通して憶えはしたけれど、いちおう持ってきた。ガイ ドブックについていた市街地の地図は、切り離してボディバッグに入れてある。他にはボール ペンが数本と蛍光ペンが一本、それにノート。このぐらいのものは何も日本から持ってこなく ても、それこそカトマンズのどこででも買えただろう。ただ仕事で使うものは、できるだけ手 に馴染んだものかいし びんせん そしてデジタルカメラやポイスレコーダー、双眼鏡、手帳に便箋、電池やコンパスといった 仕事道具たちを確かめる。変圧器とプラグアダブターをバッグから取り出して、しばらく整理 の手を止めた。デジタルカメラを手に取り、撫でる。この街でわたしは何を撮るのだろう。

4. 王とサーカス

そこでわたしは、ふとした予感を覚えた。デジタルカメラからメモリーカードを取り出す。 机の引き出しを開けて聖書を見つけると、適当なページを開く。 ページ番号を暗記する。 メモリーカードを挟み込んで、聖書を閉じる。ドアの向こうに声を掛ける。 「もう少し待って」 ゴビンはまだドアの外にいたようだ。すぐに、 ( しミズ」 と答えがあった。 11 注意を要する上出来の写真 225

5. 王とサーカス

根拠は迷彩服を着ていることだけだ。警官たちが着ていたのも迷彩服だった。 死因はなんなのだろう ? まだ他殺と決まったわけではない。事故や病気で死んだ人間の背 中を、刃物で傷つけただけかもしれない。 さまざまな疑問が浮かんでは消える。どれもいまは答えが得られず、そしていずれはわかる 問いだ。いまはただ、事実を認識しなくては。そう気づいた時、自分の手の中にカメラがある ことを思い出した。首から下げたデジタルカメラを、そっと両手で包み込む。 ちゅ、っちょ 瞬間、死体を撮ることを躊躇してしまう。死者への畏敬の念からではない。死体を撮った写 真は、まず誌面には出せないのだ。これほど無惨な傷がついていては、なおさらのこと 次の瞬間わたしは、自らを恥じた。観察し記録するためにここにいる。写真が売れないかも しれないから撮っても仕方がないなどと、ほんの僅かでも思ってしまうとは。 カメラを構える手が小刻みに震えているのがわかる。誰かに咎められる前に手早く、わたし は死体を撮っていく。全身像、迷彩服に覆われた下半身、髪が短く刈り込まれた頭部、黒々と した頸部、そして傷だらけの背中を。 声が出た。 男の背中の傷は、滅茶苦茶に切りつけられたもののように思っていたけれど、違うかもしれ ない。見るに堪えず、直視できていなかったのでわからなかった。いま、カメラを通して見て、 いや、落ち着いて見れば明白だ。男の背に刻まれ それに気づいた。何かの規則性がある : 10 傷文字 211

6. 王とサーカス

電話口から伝わる声だけで、牧野の身振りがわかるようだった。彼は受話器を持ち替え、あ らゆる資料が山積みになったデスクの端に肘をつき、ロ髭を撫でているに違いない。 「カメラは持ってるか」 「はい。デジタルカメラですが」 「デジカメ ? そりゃあいいや。写真はデータで送れるな。インターネットは使えるか ? 「はい 昨日、街の電話屋でネットに接続できることを確認したばかりだ。 「そうか。俺のメールアドレスは知ってるか」 「控えてあります」 「よし。なら、写真はいつでも、と。ちょっと待てよ : : : そ、つだな、六ページ空けて待っ ててやる」 「お願いします , 「写真は三枚。見開きに大きく一枚」 新聞社では翌日の紙面に載せる記事を書くことがメインだったので、月刊誌の進め方にはま だ慣れない。けれど、校了日が間近に近づいているこの時期に六ページもらえるのは破格の待 遇だ、ということはわかった。 そして牧野は、ぎらっくような声で言った。 「で、国王殺しか。どう切り込むか」 108

7. 王とサーカス

さっきまで最前列にいて、いまや最後尾となった男たちが殴りつけられているところも見え ていた。わたしのデジタルカメラのズーム性能は、最大でも三倍に過ぎない。その最大倍率ま で拡大して、シャッターを切った。一枚撮るごとにほんの僅かに差し込まれる処理時間がもど かしくて仕方がない。悲鳴と怒号が飛び交、つ中、わたしは腰を落としてカメラを構え、撮り続 ける。 わたしがフレームに捉えた男はアスファルトに横たわり、体を丸めていた。頭を守っている よ、つに見えた。 . 、 絶え間なく振り下ろされる棒には無反応だった。ただひたすら頭だけを守り、 それ以外の場所は打たれるに任せていた。 いつの間にか、わたしはカメラから目を離していた。日本語で呟いた。 「死んでしまう」 助けることはできない。それに、わたしも逃げ遅れていた。撮影のために立ち止まった一分 なだれ が仇となり、雪崩を打っ群衆に呑み込まれてしまった。 誰かに肩から当たられた。ぐらりとよろめく。ここで転倒してしまったら、人々の下敷きに 字 なってしまう。体を捻り、足を踏んばる。ネパール語なのか悲鳴なのかもわからない金切り声文 や胴間声が飛び交う中、「助けてくれ」という英語が聞こえる。警官たちは逃げ遅れに追いす傷 がり、棒の乱打を加えていく。彼らはヘルメットをかぶり、バイザーを下ろしている。だから 視線の方向はわからないが、そのうちの一人が、こちらをじっと見ているような気がして、そ の手に持った棒が緩やかに動いた瞬間、わたしも走り出した。 あだ

8. 王とサーカス

ろを振り返って初めて、人々の怒りを撮れるのだ。 もしかしたら抜け道があるかもしれないけれど、それを案内してくれるサガルは帰ってしま った。そもそも、さすがにこの場に子供は連れてこられない。もしどうしても人々の顔を撮ろ うとするなら、この群衆をかき分けて前に出るしかないだろう。しかしもし移動中に人々が暴 徒化したら、あるいは警官隊が発砲したら、どこにも逃げ場がなくなる。まだ大丈夫だとは思 、つけ・れど : 何かもっといい方法はないか、周囲を見まわす。気づくとすぐ近くに、ネパールのテレビ局 なのか、パラボラアンテナをつけた車が停まっていた。その車の屋根にカメラマンが上がり、 背伸びするようにして群衆を撮っている。彼らは前に出ることを諦めたらしい。あの中継車で 人の群れに突入するわけにもいかないだろう。 他にも、記者らしい姿はまばらに見られた。その中で、通りの反対側で何かを話し合ってい る二人組に目が留まった。格子模様のシャツに灰色のパンツを穿いた若い男と、髭を生やしひ たいにバンダナを巻いた中年の男で、バンダナの方がカメラを手にしている。おもちゃのよう 街 なわたしのデジタルカメラとは違うが、プロ仕様にしては小さなカメラだ。 の 二人は日本人ではないか、という気がした。若い男の履いている靴が、日本の靴メーカーが噂 出しているスニーカーだったのだ。もちろん、国産の靴を履いているから日本人だとは限らな 8 い。 ) けれどサガルも言っていた。日本人ですかと声を掛けて、もし間違っていても、殴られる わけではない。

9. 王とサーカス

いずれ話さなくてはならないことだった。いやむしろ、もっと前に話しておくべきことだっ た。わたしもコップを置き、言った。 「わたしは、ビレンドラ国王の逝去について記事を書く約束をしています。その中でラジェス ワル准尉の死に触れるべきか、決めかねているのです」 ボディバッグからデジタルカメラを出す。電源を入れ、ラジェスワルの死体を撮った写真を モニタに出す。モニタを一一人の警官に向けると、彼らは目を剥いた 危険な賭けだった。明確ではない理由によって、写真を押収されるおそれがあった。必ずし も友好的ではないにしても敵対もしていない二人の警官が、態度を変えてしま、つ可能性もあっ た。けれど、自分の目的を明らかにしないまま彼らの保護を受け続けるのは、公平なこととは 思えなかったのだ。 写真に見入る彼らに訊く。 「彼の背中に刻まれた文字を見れば、その死は、国王の件に関して何かを話したためだと思い 込んでしまいます。でも本当にそうなのか、確信がありません。バランさん、チャンドラさん。駅 : ラジェスワル准尉の死は、王宮での出来事に関係が 話していただける範囲で構いません。 あるのでしようか」 一一人の警官はカメラから目を離さない。 乾いた風が剥き出しの土を撫でていく。 やがて、バランが言った。 325

10. 王とサーカス

ル。わたしは銃に詳しくない。取材の中で、暴力団が密輸したというトカレフやパイプを加工 した自作銃を見たことはあるけれど、この銃を見たことはなかったと思う。それなのに、どう してこれほど意識に引っかかるのか。 : わからない , もど , かしい からやっきよう ハランはさすがに、銃に手を伸ばすことはしなかった。弾倉に空薬莢が残っているか知りた かったけれど、いまは無理のようだ。とはいえこれがラジェスワルを撃った銃だということは、 ( ( 尸違しなし 「犯人は銃を捨てていったんですね」 : この現場が見つからないと思っていたのか」 「無造作だな・ : そ、つかもしれない。ラジェスワルとクラブ・ジャスミンを結びつける情報がどこかから出て こない限り、しらみつぶしの捜査でここが見つかったとは思えない。なまじな場所に捨てるよ りも見つかりにくい、と犯人が考えたとしても不思議ではなかった。 カメラを構える。 ハランが振り返った。目が合う。当然止められるだろうと思ったけれど、バランの行動は意 外なものだった。彼は少し体を捩って、わたしが撮りやすいようにしてくれたのだ。 戸惑いながらも、機会を逃がしはしなかった。デジタルカメラのシャッターを切る。光度不 足を感知して、自動でフラッシュが光る。チャージが終わるのを待ち、もう一枚。わたしはデ ジタルカメラのセンサーをあまり信用していない。フラッシュを切って、二枚撮った。 17 銃と血痕 353