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検索対象: 王とサーカス
23件見つかりました。

1. 王とサーカス

きこもっているのではない以上、多かれ少なかれ危険はある。それでも伝えることが仕事なの だと田 5 えばこそ、現場に踏みとどまってきた。 けれどこの王宮事件を報じることは、意義のある仕事だろうか ? ラジェスワルが言ったとおりだ。このニュースを日本に届けたところで、どこかの国での恐 ろしい殺人事件として消費されていくだけだろう。「安全第一」が報道の原則なら、「悲劇は数 字になる」は報道の常識だ。一国の皇太子が国王と王妃を殺害して自殺したとい、つニュースは、 : そして、次のニュースに さまざまな陰謀説も含めて、ひとときの娯楽を提供するだろう。 押し流される。たぶん東名高速の玉突き事故か、政治家の失言か、そんなニュースに。ニュー スのほとんどは、ただ楽しまれ消費されていく。後には、ただかなしみを晒されただけの人々 が残る。 心の底か それでも一万人に一人、十万人に一人は、ニュースから何かを得るかもしれない。、 らこのニュースを必要としている人がいるかもしれない。九割九分の読者が「こわいね」と呟 いて忘れてしまうことでも、一分なり一厘なり、誰かのためにはなるかもしれない。だから伝 える。 ・ : もし「なぜ伝えるのか」と問われれば、こう答えるのがたぶん模範解答だろう。 けれど、わたしはそのためにカトマンズに残るのだろうか ? 既にナラヤンヒティ王宮での 事件は広く報じられ、日本の大手マスメディアも次々に現地入りしている。おおよそのことは、 もう伝わっている。そもそも情報だけならの受け売りで充分ではないか。 それなのに、わたしはまだここにいる。取材を続けようとしている。なぜか ? 222

2. 王とサーカス

り、食堂の小さな丸テープルに向かっている。空色の壁に、影が大きく投影されていた。 見覚えがあった。昼間、ロビーで電話を掛けていた男だ。フランネルのゆったりした上下を 着ている。寝間着だろう。そして彼の前のテープルには、小さな銀色のラジオが置かれている。 声はそこから流れていた。 男が立ち上がる。心なし身構えるわたしに、彼は硬い声で言った。 「やあ、すみません。驚かせてしまいましたか」 「昼間も会っていますね。そう、あなたには電話のことでも迷惑を掛けた。ですが : 彼はラジオに目をやった。 「あまりにも、恐ろしいニュースが流れていたもので」 ラジオから聞こえてくるのはネ。ハール語のようだ。ニュースらしからぬ早口を聞く、っちに、 意味はわからないながらも、四肢が強ばるような緊張感が伝わってくる。 「どんなニュースですか。ミスター 「シュクマル。インドから来て、食器を売り、絨毯を買っています」 「ありがとう、シュクマルさん。わたしは太刀洗。日本人です。ニュースはネパール語のよう ですが、わたしにはわからないのです」 シュクマルは何かを言いかけたが、 ふと口を閉じ、ゆっくりと首を横に振った。 「あなた自身で聞いた方がいいでしよう。少し待ってください。 nno は英語放送もしていま

3. 王とサーカス

いのする街だ。私はいつも酒場にいた。バ ーテンダーの頭上に小さなテレビがあった。フット ポールが始まるのを皆が待っていた。テレビはもうついていて、ニュースが流れていた。 CQCQ O だ。世界のニュ 1 スを伝える、短いコーナーだった」 声はがらんどうのクラブ・ジャスミンに響いていく。 「私は目を疑った。キプロスで平和維持軍の車列が崖から落ち、一一人死に、一人が大怪我を負 ったというのだ。国籍はばらばらだったが、 あそこにいたのはみんな仲間だった。私は混乱し た。キプロスの状況は落ち着いていたが、跳ねっ返りがテロを起こしたのか ? それともただ の事故か ? 死んだのは誰だ ? しかしアナウンサーは十五秒で話を終わらせた。誰もそのニ ュースを気にしなかった」 彼はゆっくりと一一一口、つ。 「次のニュースは、サーカスでの事故だった。インドのサーカスで虎が逃げたという。映像は、 現場にいた誰かのハンディカメラの動画に切り替わった。男女の悲鳴と、そして怒り狂う虎の 唸り声が聞こえた。逃げ惑う人々の合間から、ほんの一瞬だけ虎が見えた。その美しかったこ と ! 飼い慣らされていたはずの虎の裏切りに、猛獣使いが泣き叫んでいた。私は気づいた。 パプの多くの人間が、そのニュースに釘付けになっていることを。誰かが、こいつはひでえや、 と一言った。嬉しそ、つに」 そしてラジェスワルは、細い声で付け加える。 「私も、そのニュースに興味を惹かれていた。 ・ : なにしろ、衝撃的な映像だったからな」 198

4. 王とサーカス

髪をかき上げて耳に押し当てた受話器からぶつつ、ぶつつ、という危うげな音が何度か聞こ え、続いて呼び出し音が鳴り始める。それも東の間、一一コールで相手が出た。 「はい、月刊深層編集部」 音質は悪いけれど、相手はわかった。編集長が電話に出てくれた。これは運がいい まきの 「牧野さん、太刀洗です」 「 : : : おお ! も、っそっちなんだよな。無事か」 牧野は、八月から始まるアジア旅行特集にわたしを誘ってくれた。つまり、わたしのクライ アントだ。わたしがいまカトマンズにいることは把握している。第一声で無事かどうかを訊い てくるということは、王宮での事件のことも知っているらしい 「よい、 無事です」 「そうか。そりやよかった。戻ってこられそ、つか」 「まだわかりません。ただ、すぐ戻るのではなく、少し留まろうと思っています」 「 : : : なるほどな」 仕事の話だと察したのだろう。牧野のロぶりが変わる。 「取材できるのか」 「はい」 月刊深層は総合ニュース誌だ。国内ニュースがメインではあるけれど、扱、つ幅はスポーツか ら政治まで広く、国際ニュースもよく載せている。 5 王の死

5. 王とサーカス

フも外に出られなかったのだろう。 二日間だけ国王だったデイベンドラが亡くなったことにより、摂政ギャネンドラか即位した。 彼は王宮事件の真相解明を約東し、調査委員会を設置すると発表した。新国王が位に就いたと いうのに、の伝え方には祝意も明るさもなく、アナウンサーはただ淡々と原稿を読んで 昨日、王宮前で市民が鎮圧された際、少なくとも十八名が重軽傷を負い、一人が死亡してい たことも伝えられた。亡くなったのはわたしが見た、四方から棒で殴られていた男だろうか。 そうかもしれない。そうでなければい 、と思う。また、外出禁止令後に外に出ていた市民が 一人、射殺されたという。警察署で伝えられた警告は嘘ではなかったのだ。 ラジェスワルについてのニュースは、見つけられなかった。箝ロ令が敷かれたのかもしれな いし、もっと単純に、王宮事件に関するニュースに押されて時間が取れなかったのかもしれな テレビのニュースが一巡し、同じ情報が繰り返されるのを確かめてから、シュクマルに会釈官 して席を立つ。この国の朝食は十時ぐらいというけれど、わたしは何か食べておかないと身がの 持たない。 トーキヨーロッジを出て、インドラ・チョク方面に向かう。目指すのは、この街に着いた翌 日にロプが案内してくれた店だ。昨日と一昨日は揚げ菓子でもって朝食に代えたけれど、勝負 295

6. 王とサーカス

したもようです。王宮からは断片的な情報しか伝わってきていません。繰り返します。両陛下 が皇太子殿下に殺害されました : : : 』 シュクマルを見ると、彼は重々しく頷いた。 「まさかと思ったのですが、同じニュースばかり繰り返しています。声を上げた気持ちは、わ かってもらえましたか」 「以外も同じニュースを流していますか」 そう訊くと、シュクマルはかぶりを振った。 「しいえ。いまのところは」 わたしが来たことでショックから立ち直ったのか、シュクマルはテープルに両手をつき、 深々と溜め息をつく。 「商売上の心配事がありましてね。眠れないので、ここまでラジオを持ってきてつけたんです。 ところがどこの局も音楽を流すばかりで、おかしいと思ってあちらこちらの局に合わせていた ら、これです。まさか : : : 」 シュクマルはそ、 2 言って首を振る。そしてわたしは、頭の一部が冷たく動き出すのを感じて 王が殺された。 わたしは、自分が何者であるかを思い出す。 「すみません。いま何時ですか」 「いま : : : 二時半です」

7. 王とサーカス

「あるんです。少なくとも水は出 : : : 出ませんでしたけど 計画断水のことを知っているのだろ、つ。池内はくすりと笑った。 ささやかに情報を交換し、それでわたしたちはお互いの取材に戻るはずだった。ところがそ の時、いきなり音のうねりがわたしたちにぶつかってきた。詰めかけた群衆が、ほとんど悲鳴 のような声を上げたのだ。 「なんだ ? ついに制圧が始まったのかと思った。けれど人々は誰一人逃げるでもなく、いっそう声高に 叫んでいる。 「何かあったようですね」 もしパニックが起きるようなら、逃げ道を確保しなくてはならない。人々の様子を見守って いると、通訳の西が走って戻ってきた。 「西さん、どうした」 池内の問いに西は首を傾げるばかりで、 街 「わかりません。ニュースがどうとか言ってましたが」 の びんときて、わたしはボディバッグを開ける。ラジオを出し、電源を入れる。ロッジの部屋噂 でチュ 1 ニングを合わせたとおり、ß2CQO ニュースが流れ出した。池内が目を見開く。 「用意がいいですね ! 月刊深層の、ええと」 「太刀洗といいます。 177

8. 王とサーカス

王宮前は静かだった。どよめきは重い霧のように立ちこめているけれど、それらは怒りやかな ささや しみといった明確な方向性を持たず、ただ個々の囁きが響き合っているようだ。 見える範囲の人々には共通点があるように田 5 えた。戸惑いだ。およそ信じられないニュース に接してとにかく王宮に駆けつけたものの、何をすればいいのかわからない、茫然自失した人 の群れがそこにあった。 間近に、小綺麗なシャツを身につけた若い男性がいた。メモを取り出し、英語で話しかけて みる。 「すみません」 「えつ。ああ、僕ですか」 「日本の雑誌、月刊深層の記者で、太刀洗といいます。お話を聞かせていただけますか」 男は目を丸くして言った。 「日本の記者 ! では、もうご存じなのですね」 「何をでしよう」 「我々の国王が亡くなったんだ。こんな悲劇はないよ」 「お察しします」 わたしは深く頷いてみせた。 「皇太子が撃っただなんて、信じられない。バイ・ティカをしてくれた妹を殺すだなんて、考 えられないことだ」 118

9. 王とサーカス

「締切は : : : 今月売りに間に合わせないと意味がないよなあ」 こちらの反応などまるで聞いていない 月刊誌では、ニュースの鮮度はほとんど問われない。しかしそれでも、間に合わせられるの なら間に合わせたい。速報性を重視しないことと、今月載せられるものを来月にまわすのとは 別の話だ。そうなると時間がない。 「ウチの校了日は知ってるか」 「十日ですよね」 「ところが今月十日は日曜日だ。どうするかな」 カレンダーの巡り合わせが悪い。日曜は印刷所が休むため、校了が前倒しになる。 フリーであるわたしには、ある程度余裕を持たせた早めの締切が伝えられるのがふつうだ。 けれど牧野は、はっきりと言った。 「駆け引き抜き。六日がデッドラインだ」 「 cæ<>< で送ります , 「ゲラは七日、即日戻し。その頃お前、まだネパールにいるか ? 」 「わかりませんが、必ずが受け取れる場所にいます」 「よし。そっちの番号を教えてくれ」 手帳を見ながら電話番号を伝えていく。チャメリが見ているストップウォッチを気にしつつ、 ーカ、える 110

10. 王とサーカス

こんなの見てるようじゃ、まるで周回遅れじゃないか」 サガルがそう思うのも無理はない。わたしも子供の頃は、まだ誰も知らないことを探してく るのが「ニュース , だと思っていた。 しかし、誰も知らないことは取材できない。記者は、誰かがもう知っていることを拾い上げ、 まとめ、伝えることを役割とする。そして記者にもいろいろと種類がある。 「速さだけがすべてじゃない。テレビやラジオは事件が起きたその日に伝えるけれど、新聞は 半日遅れる。週刊誌なら七日、月刊誌なら一ヶ月遅れることもある。速さがない分だけ、調べ て作り込んだ記事を書く。わたしはそういう仕事をしているの」 「へつ」 馬鹿にしたように笑、つと、サガルはテレビを指さした。 「上手いこと一一一一〕うぜ。つまり、テレビにはかなわないって言ってるんじゃないか」 「確かに速さではかなわない。でも、わたしの仕事も役に立たないわけじゃない。役割が違う のよ」 サガルは少し考え込んだ後、変に感心したように、 「そっか。考えてみればそうかもな。飛行機が一番速いけど、バスもリクシャもいらないって ことはないもんな」 と言った。そのたとえ方は聞いたことがなかったけれど、 しい比喩だと思った。 「ま、それはいいや。でも、ずっとここでテレビと新聞を見てるだけってわけじゃないんだ 132