言わ - みる会図書館


検索対象: 王とサーカス
381件見つかりました。

1. 王とサーカス

時から、質問を何度も考え、磨き、まとめてきた。簡潔な & < だけれど、それらはまさに、 世界に先駆けた情報になる。 しかし彼は手を振って、わたしの動きを遮った。太い声が一言う。 「それも無用だ」 「 : : : ど、ついうことですか」 手帳を開くこともできすに、訊く 「タチアライ。意えにくい名前だ。お前が私に訊きたいのは、先王の死に関することか ? 」 もちろん、それ以外に訊くべきことはない。 「そうです。ビレンドラ前国王の死について、あなたにお話を伺いたいのですー 彼は、あらかじめ言葉を決めていたように、言った。 「ならば何も話すことはない」 ペンを持ったまま、わたしは彼の顔を見つめる。 「 : : : ですが、この場所を指定して会う時間を作ってくださったのは、取材に応じていただけ るからではないのですか ? チャメリさんからはそう聞いています」 「チャメリか。あの女がどう一言ったかは知らないが」 彼はそこで、少し一言葉を切った。 「私はかってチャメリの夫と共に仕事をしたことがある。彼は私のために蚤我を負い、いまで も病院にいる。私はあいつに借りがあるし、あいつは妻を頼むと言った。そのチャメリの紹介

2. 王とサーカス

「いえ、七時なら、もう誰もいなかったでしよう」 現地の人間が一一一一口うなら、そ、つなのだろう。バランは続けて訊いてくる。 「では、車を見ていたのはなぜですか ? 「この空き地で光を出しそうなものは、この軽自動車のヘッドライトしかありません。明かり が点いたかどうか確かめたかったのです」 「ふうむ」 そう唸ると、バランはそれまでと違った興味深そうな目でスズキ車を見まわした。 「しかし、仮にエンジンが生きていたとしても、照明にはならなかったのでは ? 「はい」 スズキ車と死体の位置関係を見ると、ちょうど直線上に並んでいることに気づく。ただ、車 の向きが逆だ。車は死体に後ろを向けていた。もしエンジンを掛けられても、ヘッドライトは 。バックライトも光源と言えば光源だが、いかにも ビルの壁を照らすだけに留まってしまう 弱々しい 「車をまわすわけにもいきませんしね」 「そうですね」 ノランが 軽自動車のタイヤは外されている。動かしようがない。わたしの視線の先を追い、ヾ 肩をすくめた。 「タイヤは高く売れますし、鉄屑よりも運びやすいですからね。取り外しの道具がいるから厄 15 二人の警官 317

3. 王とサーカス

「この情勢ですから、お話になりません。無事に帰れるだけで良しとしますよ」 それが本当なのか、顔色からはわからない。儲かっていると一言えばふつかけられるので、ど んな時でも取りあえず良くないと言っておくのは商人の習い性だ。インド人の習慣までは知ら ないけれど、たぶんそんなに違ってはいないだろう。 「それはお気の毒でした」 言いながらわたしもデスクに寄りかかり、少し力を抜く。 「ところで、カトマンズ土産を探しているんです」 「ほう」 「シュクマルさん。何か、売っていただけるものはありませんか」 一瞬、シュクマルの目が細まった。念を押しておく。 「そうですね。少しで構わないので、カトマンズならでは : : : というものがあれば、 すが」 「ふうむ」 一声唸ると、シュクマルはかぶりを振った。 「あいにくですが、私は仕入れの話をしに来たので、商品は持っていないのです。ここで絨毯 を受け渡すわけにもいきませんし」 「でも、何かありませんか」 「そうですなあ。そこまでおっしやるなら : いいんで

4. 王とサーカス

それまで黙ってチャを飲んでいたチャンドラに、ヾ ノランが訊いた。チャンドラはむつつりと した顔のまま、わたしを一瞥した。外国から来た民間人の前で捜査の話をするのが面白くない のだろう。それでも、彼は答えた。 「ロ封じに見せかけたのだと思う」 「ほう」 「犯人は軍の中にいる : : : そう思わせようとしている」 わたしは、あり得ることだと思った。けれどバランの意見は違った。彼はネパール語で何か 言いかけ、すぐに英語に戻した。 「それは変だぜ」 「どこがですか」 「あいつらのことは知ってるだろう。何かロ走ったからって仲間を殺して街中で晒し者にする 連中か ? あれを見て、本気で内部粛清だと思うやつがいるか ? チャンドラを相手にすると、バランの英語は少し荒くなる。 「お前はそう思わなかった。俺もそうは思わない。ってことは、犯人が内部粛清に見せかけよ うとしたなら、それは大失敗だってことだ。そ、ついうことでいいのか ? 」 無言でチャを飲み、チャンドラは一言一言った。 「違、つでしようか」 「どうかな。俺は、違うと思う」 328

5. 王とサーカス

ない。だがラジェスワルはそれをやったんだから、ふつうかどうかはともかく、やつにはでき たとしか言えないだろ、つ」 ハランは警察官であり、軍人ではない。その答えで納得するしかなかった。 ラジェスワルが大麻の密売に関わっていた。それも、旅行客相手に小遣い稼ぎをするレベル はんすう ではなく、密輸のプロだった。その情報を反芻する。間近に広がる血だまりに目を落とす。そ こに立っラジェスワルの姿を、思い返す。 「信じられません」 「そうかい ? 記者にとって重要なのは「警察筋からこ、ついう話を聞いた」「関係者はこう言っていた」と いうことであって、本当はどうだったかではない。さまざまな角度から情報を集め、矛盾や隠 蔽を見抜くことはある。しかし記事の中で「これが真実だ」と書くことはない。真実に迫るこ とを至上の目的としつつ、しかし何が真実だったかを判断するのは記者の分を超える。強いて 言えば、それを決めるのは裁判所だ。 けれどわたしはラジェスワルと一一一一口葉を交わした。まさか彼がと思ってしまうことまでは、止 められない。 : ラジェスワル准尉は、誇り高い男でした。国王の殺害を許したことは軍の恥だ、ネ 「彼は : パールの恥だ、と。それを世界に広めることに協力はできないと言いました。あの言葉は、嘘 だったとは田 5 、んない 17 銃と血痕 359

6. 王とサーカス

メリは一人だった。なぜか、気遣わしげな顔で階段の方をちらちら気にしている。 「どうかしましたか」 。あちらの部屋から物音がするんです」 言われてみれば、なるほど確かに重いものを動かす音がする。 「この階に泊まっているのは、わたしとロプ : : : ロバート・フォックスウエルだけですか ? 「いえ。シュクマルさんもこの階です。でも彼はまだ戻ってきていません」 「では、この音はロバートの部屋から ? 「はい。あまり遅くまで続くようなら、様子を見に行かないと。 ・ : それで、ですね , 彼女はいっそう声を低くした。人に聞かれるのを恐れているのだろう。 チェーンを外す。 「どうぞ」 「 : : : ありがとうございます」 チャメリが二〇二号室に入ってくる。 「あの話と言っていましたが」 「はい 少し、間があった。 「彼が会うそうです」 疲れきっているはずの自分の体に、新しく力が湧いてくるのを感じた。彼とはもちろん、事

7. 王とサーカス

ひとっ息をついて、一言う。 「あなたは、ずっと拳銃を隠し持っていた。それがあなたの余裕の源だった。王が射殺され、 武装ゲリラが活動を始めるかもしれないという状況になって、あなたは恐れた。この国から脱 出しようとしてもチケットが取れないと焦っていたわね。誰だってそ、つだわ、あの時はわたし も布かった。だけどそれでも、あなたには拳銃という切り札があった。その心の支えがあれば こそ、この街がサイゴンになっても : : : と言った」 田 5 えば、チケットを取ろうとしたロプはおかしなことを言っていた。この際、空路でも構わ 「陸路でも構わない」というなら、わかる。北をヒマラヤに遮られたネパールから陸路で出国 しよ、つとしたら、悪路を行くバスに何時間も揺られてインドかプータンに向か、つしかない。そ 、ヾールを出たいというならわかるのだ。けれど彼は、 んな厳しい行程も厭わないからとにかく、イノ そうは言わなかった。 「空路でも構わない」というのは単に、ロプが飛行機嫌いだからというだけだったかもしれな源 の い。けれどいま、わたしは別の可能性を考えている。 気 しかし飛行機に乗る際は、手荷物検査を受けな勇 ハスにはチケットを持って乗り込めばいい。 ければならない。多少のごまかしは利くとしても、拳銃はさすがに持ち込めない。彼は、この 国を出ることができるなら、拳銃は捨ててもいいというつもりで言ったのではなかったか。 「わたしはあなたの立場をこう考えているけれど、間違っていたら訂正して」 371

8. 王とサーカス

「一日の夜に国王たちが撃たれたこと、皇太子が犯人と伝えられたこと、後に小銃の暴発だと そ、つね、ギャネンドラとパラスの評判、事件の夜に誰 発表されたこと、王宮前での騒動 : が無事だったのか、そのあたりは現地にいたからこそ書けたかもしれない」 「それだけか ? : 。あなたに案内してもらった、葬儀の夜のことも書いた」 「他にもいろいろ書いたけれど : 「それだけ ? 」 「断水のことも書いた。シャワーが使えなくて困ったこともね」 「それから ? わたしは、隣を歩く小さな案内人を見た。 サガルもわたしを見上げていた。白目の綺麗な瞳が、わたしを見つめている。物語の先をね だるような、期待に満ちた目だ。ねえねえ、それで ? それからどうなったの ? 彼はわたし の話に先があることを知っている。とっておきはまだ語られていないと思っている。 体 ああ。やはりそうなのだ。 正 歩を緩め、わたしは言、つ。 の 「ラジェスワル准尉のことは書かなかった。王宮での事件とは関係がないから」 お話はもうおしまい、早く眠りなさい。そう言われたかのように、サガルの顔はみるみるよ幻 ろこびを失っていく。彼は言った。 「本当に ? 437

9. 王とサーカス

件当夜、王宮を警備していたという軍人だ。本当に話が聞けるなんて ! 「ラジェスワル准尉ですね」 わたしの声も、彼女に合わせて囁くようになったが、それでも彼女はくちびるに指を当てた。 : 彼は、あなたに会うことは秘密にしたいと言っていますー 「気をつけて。 もっともな話だった。王宮の警備の情報は、最高の機密事項だろう。まして王の殺害を防げ かんこうれい なかったこの状況下では、箝ロ令が敷かれていても不思議ではない。それなのに記者に会うと いうのだから、当然同僚には知られたくないだろう。そんな状況でも会ってくれるというのは、 いや、これは先走りすぎかもしれない。 何かきわどい話をするつもりがあるからだろうか ? 気持ちを抑える。内心が顔に出ないたちなのは、こ、ついう時つくづくありがたい。 「わかりました。誰にも言いません」 おそらく、何か話してくれるとしても匿名を条件にされるだろう。それは構わない。消息筋 の話として書けるだけでも充分だ。 「何時にどこで会えますか」 夜 の 「それは、明日伝えるそうですー いっ仕事から抜け出せるか、わからないのだろう。明日状況がどう動くか、まるで予想がっ弔 かなし ) 。けれどそれでは、わたしが一日中ここに釘付けになってしまう。 「午前中か午後かだけでも、わかりませんかー チャメリは困った顔になった。彼女が時間を都合するわけではないのだから、確かに訊かれ 155

10. 王とサーカス

シュクマルは気にするなとばかりに手を振った。 「私が見本に持ってきたインド製です。こう言ってはなんですが、カトマンズではここまでの 品は滅多に見ません」 ここまで言ってもおくびにも出さないということは、シュクマルは大麻を扱ってないのだろ : : : 少なくとも、ふりの客に小売りはしていない。 となれば、後はネパール取材の思い出にこのゴプレットを買うかどうかという話になる。 「旅の思い出に七千ルピーは高すぎます」 シュクマルは、い外だという顔をした。 「タチアライさん、私が法外な値段をつけたと思っていますね。私は実直な商人です。観光客 相手に汚い商売をする連中とは違う。とはいえ疑われては仕方がない、六千五百ルピーではど 、つでしよ、つ」 「同じ宿に泊まり、同じ苦難を味わったじゃないですか。そんなあなたからお金を騙し取ろう とは思いません。これは本当に良い物なんです。六千一一百ルピーなら、物を見る目のある人は 誰でも喜んで買うでしよう」 「ですが : : : 」 「ふむ、確かにこれは見本品でした。失礼、それを考えに入れないといけない。もう役に立っ た品ですから、これで儲けようと思ってはいけなかった。六千ルピーでは私は損をしますが、