サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ - みる会図書館


検索対象: 生物と無生物のあいだ
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1. 生物と無生物のあいだ

死んだ鳥症候群 「研究者っていいてすよね。自分の好きなことをしてお金がもらえるんだから」 こんなふうにいわれることがある。私はあいまいに笑って「まあ、そうてすね」と答え る。ことがそれほど単純てないことはどんな世界も同じてある。 米国て研究を始めた私の研究室内てのポジションはポスドクと呼ばれるものだった。ポ スト・ドクトラル・フェロー。博士研究員と訳されるこの職は、教育課程を終えた研究者 にとってひとり立ちへのトレーニング期間てある。 理科系の研究者は、大学の四年間を卒業すると大学院へ進学する。日本ても米国ても修 第 5 章サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ 83 第 5 章サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ

2. 生物と無生物のあいだ

て、再び眠りにおちた。 私たちは一二八号線の七五キロ・ポストの地点に止まっていた。同時に、来るべき O 時代の夜明けの、まさにほんの直前に位置していたのだった。 ( 同前 ) 99 第 5 章サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ

3. 生物と無生物のあいだ

目次 プロローグ 第 1 章ヨークアベニュー、 6 第 2 章アンサング・ヒーロー レター・ワード 第 3 章フォー 第 4 章シャルガフのパズル 第 5 章サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ 6 丁目、ニューヨーク

4. 生物と無生物のあいだ

の発明者として、マリスの名前があらわれたとき、彼を取り巻くさまざまな噂が 伴われていた。 マリスはサーファーてある。マリスは GO をやっている。マリスはあらゆる職場て女 性間題を起こし辞めている。マリスは講演会て好き勝手な話をして降壇させられた。マリ スは =-« O 利権からはずされたのていまだにシータス社を限んている。マリスは結婚と離 婚を繰り返している。マリスはエイズの原因がエイズウイルスてないと主張している これらの噂は彼の口から発せられたことを源とし、それらはおおむねそのとおりだっ た。つまり彼は悪びれることなく、正直に自分のことを語っているのだ。 そんなマリス最高の「伝説」は、ドライブデート の最中に O をひらめいた、ということにつき る。科学界随一の一発屋てあるマリスが、ノーベル 賞を受賞するに至ったアイデアをひらめき一つて得 た瞬間てある。彼はそのときのことをありありと覚 リえている ャ キ 9 彼は、生命の本質が自己複製能にあることを知っ 95 第 5 章サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ、

5. 生物と無生物のあいだ

の中間に浮かんてい ヘッドライトは木々を昭らしていたが、私の目はなかば Z << がほどかれていく様 子を見ていたこういうふうな夢想に時をゆだねるのが私の好きなやり方だっこ。 ( 中略 ) いた。今宵、 夜空に輝いていたアンタレスは、数時間前に山並みの向こうに沈んて 私は心の中てあのアンタレスのようにひときわ輝く炎を見つめていた。 ("Dancing Naked in the Mind FieId" 邦訳「マリス博十の奇想天外な人生』ハヤカワ文庫、一一〇〇四 ) マリスはフロントガラスを見つめながら、どのようにすれば三十億文字もあるゲノム z 配列の中から特定の配列を検索しうるかを考えていた。特定の配列を持っ短い Z << ( オリゴスクレオチド、プライマーとも呼ぶ ) を合成し、それをゲノムと混ぜ合わせ、プ ライマーが結合した場所から相補的な 2Z< を合成する。彼は最初、この反応を「繰り返 せば」、多コピーの相補的 QZ< が作り出されると考えた。 しかしプライマーが結合しうる場所は程度の差によって複数ある。少なくとも千カ所は あるだろう。不完全な結合場所からは目的としない ZZ< が複製される。つまりこの方法 てはシグナルに対するノイズの比率が大きくなりすぎる。なんとか精度を上げることはて 97 第 5 章サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ、

6. 生物と無生物のあいだ

ントてある。それゆえに彼らの最優先事項は、国の研究予算あるいは民間の財団や寄付な どを確保することてあり、それに狂奔する。グラントがすべてのカの源泉ぞあり、研究資 金のみならす自分のサラリーもここから得る。 大学と研究者の関係は、端的にいって貸しビルとテナントの関係となる。大学は研究者 の稼いだグラントから一定の割合を吸い上げる。これをもって研究スペースと光熱通信、 メンテナンス、セキュリティなどのインフラサービス、そして大学のプランドが提供され ード大学医学部の研究室に移ったが、こ 私は麦に、ニューヨークからポストンのハ こてはこのシステムが徹底していた。 研究スペースの割り当ては完全にグラントの額と比 。。、区け出しの研究者には窓の 例していた。 巨額のグラントをもっ研究者には潤沢な面積カ馬 ない小部屋が与えられる。万一、グラントの更新に失敗すれば、つまりショバ代が滞れ ば、たちまち退去てある。 ナい研究者は山のようにいるのだ。私が在籍 していた数年の間にも激しい新陳代謝が繰り返された。ちょっと見かけないなと思ったら 彼の実験室はがらんとした更地となり、まもなく新しい研究チームが意気暢々と乗り込ん てきた。 私たちポスドクは、ある意味て過酷な、リ 男の意味ては気楽な稼業てある。新陳代謝を横 87 第 5 章サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ

7. 生物と無生物のあいだ

ろう スティープはいつも昼過ぎにひょっこり研究室に現れた。手には近所のスタンドぞ買っ 昼食後、おもむろに私たち てきたコカコーラとパストラミ・サンドイッチを持っていた は実験を開始した。 スティープは私に要点とコツを教えるといつの間にか姿を消した。その後、私はひとり 実験を続ナこ。。、 : オホスドクは ( 特に英語てあれこれ言い訳てきないものは ) 身体て働きぶり を示すしかない。完全な夜型て仕事をする私を、ラボのメンバーは「シンイチは日本時間 て働いている」と笑っていた。しかし私は日本にいるときから夜型だった。 あるとき、約束の時間を過ぎてもスティープが現れなかった。その日は、彼が培養シャ ナック レにバクテリオファージを撒くときの〃呼吸みを見せてくれるとい - フのて私はすっと彼 を待っていたしかしスティープはこない。彼を探していると誰かが私に教えてくれた 「スティー、フ ? ああ、談話室じゃない ? 」 ロックフェラー大学の一階にはバーカウンターを備えたサロン風の部屋があって、毎週 金曜日の夕方にはフリードリンクが供され、大学のメンバーが三々五々集って語らえるよ うになっていたもちろん今日は金曜日てはない。怪訝に田 5 いながらも中庭の側からその 彼よその部屋にあるビアノ 部屋に近づいて中を見ると果たしてそこにスティープはいた。 , : 9 1 第 5 章サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ

8. 生物と無生物のあいだ

ラボ・テクニシャン、スティープ 私も何通かの手紙を書いてポスドク職に応募した。私は単純に、京都盆地の湿度から逃 れて、ニューヨークの街路を吹き抜ける乾いた風を感じてみたかったのだろう。運よく口 ックフェラー大学の研究室に採用された私に対して、施設のあれこれや実験手技の手ほど きをしてくれたのはラボ・テクニシャンのスティーフ・ラフォージだつご。 博士号を取ったばかりの即戦力傭兵とはいえ、新しい研究環境に突然ほうり込まれれば 右も左もわからないことだらけてある。スティープは年のころにして私より少し上、大柄 ちょ - フどクラーク・ケントのよ - フな て、黒ぶちのメガネをか ( ナ立 ナご山面正てもの静かな 男、ごっこ。 ラボ・テクニシャンとは、日本語にあえて訳せば研究室技術員てある。研究社会の身分 つの日か 制度からいえば、ラボ・テクニシャンは完全な傍系にある。ポスドクのようにい 研究室のルーチン作業を担 を夢見ることも、研究キャリアを目指すこともない。ただただ 当する。ラボ・テクニシャンはすっとラボ・テクニシャンのままてある。 スティープは実にさまざまなことに精通しており、実に親切にその一つ一つを私に教え てくれた。そしてその精通ぶりは、学校に長年勤務してきた用務員のおじさんが学校のあ れこれに経験上通じているのとは違って、プロフェッショナルとして研究のあり方を知っ 89 第 5 章サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ

9. 生物と無生物のあいだ

はなかった。、ポスはスティープにも来ないかといった。ニューヨークを離れることは考え られない と彼は答えた。彼は手際よく口ックフェラー大学の別の研究室にラボ・テクニ シャンの職を見つけた。彼ほどの技量があればどこても歓迎される。もちろん彼は勤務時 間について自分の条件を提示したはずてある。 何年か前、それは私がロックフェラー大学に在籍していた時期からするとすてに十年以 上が過ぎていた頃のことだが、大学を再訪し、受付て電話番号帳を調べる機会があった。 そこにはちゃんとスティープ・ラフォージの名前があった。私はかしくなってスティー プの所属するラボを覗いてみた。案の定、彼はいなかった。時刻はまだ午前中だった。 マリスの伝説 自由てあるためのスタイルは他にもある。ラボ・テクニシャンてはなく、ポスドクを渡り 歩くのだ。幸いなことに米国には大きなポスドクの市場があり、常に流動している。えり 好みさえしなければ、ポスドク職をつないていくことはまさに〃自分の好きなことをして お金をもらうみための、とても素敵なあり方になる。グラントの穫得に神経をすり減らす こともなく、研究室内のいざこざに振り回されることもない。研究のテーマこそボスの意 向に沿う必要があるけれど、経験をつんだポスドクには自分の研究方法がある。テーマの 93 第 5 サーファー・ゲッツ・ / ーベルプライズ

10. 生物と無生物のあいだ

と呼ばれるこの構造の内部には前近代的な階層が温存され、教授以外はすべてが使用人 だ。助手ー講師ー助教授と、人格を明け護し、自らを虚しくして教授につかえ、その間、 かばん持ち。あらゆる雑 はしごを一段ても踏み外さぬことだけに汲々とする。雑巾がけ 殳とハラスメントに耐え、耐え切った者だけがたこつばの、一番奧に重ねられた座布団の 上に座ることがてきる。古い大学の教授室はどこも似たような、死んだ鳥のにおいがす 死んだ鳥症候群という言葉がある。彼は大空を悠然と飛んている。功成り名を遂げた大 教授。優雅な翼は気流の流れを力強く打って、さらに空の高みを目指しているようだ。 人々は彼を尊敬のまなざして眺める。 死んだ鳥症候群。私たち研究者の間て昔からししイ 、、云えられているある種の致死的な病の 名称てある。 私たちは輝くような希望と溢れるような全能感に満たされてスタートを切る。見るもの 聞くもののすべてが鋭い興味を掻きたて、一つの結果が次の疑間を呼び覚ます。私たちは くりたいがため、幾晩ても寝ずに仕事をすることをまっ 世界の誰よりも実験の結果を早知 4 に′ \ 厭 - フこし」がたし寺不 、。釜験を積めば積むほど仕事に長けてくる。何をど - フすればうまくこ とが運ぶのかかわかるようになり、どこに力を入れればよいのか、どのように優先順位を 85 第 5 章サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ