粒内部の消化酵素が外 ~ 流れ出るに任せる。残「た皮の部分、つまり顆粒膜を生理食塩水 の中にジャプジャプと何回も冰がせてすっかり消化酵素を洗い流す。こうしておいて最後 に超遠心と呼ばれる非常に高速回転の遠心操作を行って顆粒膜を試験管の底に回収する。 この操作は溶液中に散らばった切れ切れの顆粒膜を濃縮して集めることにもなる。 かくして膵臓の細胞の中から特別の成分、つまり顆粒膜だけを選択的に単離精製するこ とがぞきる。私たちは何度も試行を繰り返して最適な精製条件を決定した。 精製の出発材科はむろん大型の動物の膵臓を用いるに越したことはない。マウスやラッ といった小型の実験動物は飼育しやすく扱いやすいが、今後の実験に必要な量の顆粒膜 私たちは精製を行うにあたってイ を集めるためには、大量の動物をあやめねばならない ナイス一匹の膵臓は、マウス百匹分に相当する。 ヌの膵臓を用いることにしこ。 ド大学医学部の名だたる心臓研究チ 実は、私たちの研究フロアの下の階には、ハ 彼らは毎日のようにイヌを実験台につかって心機能のデータを取っ ームが陣取っていた , ていた。まった く哀れなことてはあるが、その日、彼らの実験が終了すると、心臓や血管 に何本ものチュープや電極を埋め込まれたかわいそうなイスはそのまま安楽死によるご臨 終に至る。その直前、待機していた私の部屋にボストンなまりの内線電話がかかってく 219 第 12 を細胞膜のダイナミズム
ず、この細胞はごくありきたりの細胞てある。膵臓の全細胞のうち約 % を占める。残り の 5 % が、 インシュリンなどのホルモンを産生・分必する細胞ある。つまり膵臓はほば それだけ消化酵素を作り出すのは大仕事なのてあ 消化酵素産生細胞の塊といってよい る 次に、この細胞の消化酵素産生能力が驚くほど高いということがあった。誚化酵素はす べてタンパク質ててきている。この細胞は、毎日毎日、大量の消化酵素タン。ハク質を合成 し、それを消化管へ分泌している。その生産量は、泌乳期の乳腺 ( 哺乳動物のミルクを生産す る細胞組織 ) をも凌駕する。つまり膵臓の消化酵素産生細胞は、身体の中て最も特化した 分泌専門細胞なのてある。 なぜ、膵臓がかくも大量の消化酵素を、大量の細胞によって作り出しているかといえ ば、それはとりもなおさす「流れ」をとめないためてある。ルドルフ・シェーンハイマ が、標識したアミノ酸を使って明らかにした生命の動的な平衡状態。これは絶え間のない アミノ酸の流入と体タン。ハク質の合成・分解が、生命現象の真ん中を貫いてとうとうと流 れているというものだった。大量の消化酵素はこの流れを駆動する実行部隊てあり、膵臓 は日々、黙々と新兵をリクルートし続けているのぞある。 1 9 3 第 11 章内部の内部は外部て、ある
て次の世代の子供を作る。それをまた掛け合わせる。運よく、細胞に由来する精子 と、細胞に由来する卵子が現れ、それが受精したとき、完全なノックアウトマウスが 生まれる。すべての細胞が 129 系の細胞に由来するため、そのマウスの毛は、 12 9 系と同じ。フラウン一色となる。 とうとう 2 ノックアウトマウスが生まれてきた。このマウスはそのすべての細胞が 細胞由来てあり、すべての細胞てを作り出すことがてきない。つまりと その結果、このマウスの膵臓細 いうピースは一分子もこのマウスの内部には存在しない 胞てはとてつもない膜の異常が展開しているはずなのだ。 とはいえ、 2 ノックアウトマウスは一見、なんの変哲もないごく普通のマウスに見 えた。マウスはプラスチックケージの中をあちこち臆病そうに動き回っていた。自然の驚 注意深く膵臓を摘出し 異は細部にこそ宿る。私は、そのうちの一匹を選んて麻酔をかけ た。その膵臓を特別な試薬て固定した後、顕徴鏡観察のためのプレバラートを作成した。 薄い切片となった膵臓の標本は、淡いビンク色をした透明な花びらのように小さなスライ ドガラスの上に貼りついていた。 私はそれを顕徴鏡のステージにおき、ダイアルをゆっくり回しながら徐々にフォーカス をあわせていった。。 私は息を止めた。台形の膵臓細 ヒンク色の視界が像を結んてい 253 第 14 章数・タイミング・ノックアウト
タンパク質の流れを可視化する 膵臓の細胞は、確かに、絶えず大量のタンパク質を作り出し、それを細胞外に送り出し ている。つまり、 細胞の内部にも「流れ」が存在している。しかし、その「流れ」をどの ように可視化したらよいのだろうか ハラーディの武器は二つあった。ひとつは電子顕徴鏡てある。この顕徴鏡の超高倍率を 使えば、細胞ひとつを視野いつばいに捉えることが可能となり、その中の微細構造も手に 取るようにわかる。間題は、この中をタンハク質がどのように流れているかを知る手立て てあった。 おそらくジョージ・ ハラーディは、ルドルフ・シェーンハイマーのことを確実に知って いたに違いない。アミノ酸を標識すること。暗く蜀った大河の水面からは、一見、その流 、色のつ シェーンハイマーはそこへ一瞬だ れの規模と速さを見て取ることがてきない。 いたインクを流すことによって、それを可視化したのだった。同じことは、膵臓の細胞内 の流れに対しても適用てきるはすだ。しかも、電子顕徴鏡下の解像度を保ったままて。 ラーディはそう考えたのぞある。 しんせき 彼らは実験動物の膵臓を摘出し、それを温かい培養液の中に浸漬した。酸素と栄養が供 給されていれば膵臓の細胞はそのまま生きつづけ、消化酵素を合成、分泌しつづける。 1 9 4
は当然、身体の一部に組み込まれるだろう。しかし成熟ネズミならもうそれ以上は大きく 、不ズミは必要なだけ餌 なる必要はない。事実、成熟ネズミの体重はほとんど変化がない を食べ、その餌は生命維持のためのエネルギー源となって燃やされる。だから摂取した重 窒素アミノ酸もすぐに燃やされてしまうだろう。当初、こうシェーンハイマーは予想し た。当時の生物学の考え方もそうだった。アミノ酸の燃えかすに含まれる重窒素はすべて 尿中に出現するはずてある。 しかし実験結果は彼の予想を鮮やかに裏切っていた。 重窒素て標識されたアミノ酸は三日間与えられた。この間、尿中に排泄されたのは投与 リごけごった。糞中に非世されたのはわずかに 2 ・ 2 量の・ 4 % 、 約三分の一 ら、ほとんどのアミノ酸はネズミの体内のどこかにとどまったことになる。 ては、残りの重窒素は一体どこへ行ったのか。答えはタンパク質だった。えられた重 窒素のうちなんと半分以上の浦・ 5 % が、身体を構成するタンパク質の中に取り込まれて いた。しかも、その取り込み場所を探ると、身体のありとあらゆる部位に分散されていた のてある。特に、取り込み率が高いのは腸壁、腎臓、脾臓、肝臓などの臓器、血清 ( 血液 中のタンパク質 ) てあった。当時、最も消耗しやすいと考えられていた筋肉タンパク質への 重窒素取り込み率ははるかに低いことがわかった。 1 5 8
している。重要なものだからこそたくさん存在しているのだ。 しかし、の生物学的な存在意義の重要さを、発見者の私たちだけてなく、 他の人々にも確信させるためには、決定的な方法てそれを証明しなくてはならない。 その ためには 2 がなくてはならないタンハク質てあることを明示する必要がある。それは 結局のところ、が存在しない状態を作り出し、そのとき膵臓が大パニックに陥って いることを実験的に提示すればよいのだ がなければ、細胞膜は、風船を持たない子供たちが無為に走り回るだけの無秩序 状態となる。膜が組織化てきなければ、分泌顆粒を形成することなど絶対にぞきないはす てある。マウスのような実験動物てこのような状態を作り出し、その膵臓を顕徴鏡て見れ ばそれは明らかだ。膵臓の細胞内の膜運動は停止し、分泌顆粒は一切姿を消すことだろ う。その様子を写した劇的な顕微鏡写真は、専門学術誌の表紙を飾り、末永く研究者たち のコし音」にし」い」上るこし」にわなるよ亠 9 、、ご。 設計図を破壊する タンパク質が、テレビのダイオードやトランジスタと異なる最も大きな点は、同一のタ ンパク質が、分子の数にすると何万、何億も存在して散らばっているということにある。 2 4 0
ラーディは、この培養液の中に、鮮やかなインクを一瞬だけ充し込んだ。このとき、彼が 使ったのが、もうひとつの武器、放射陸同位元素と呼ばれるインクだった。シェーンハイ マーの時代から二十年、この手法はますます改良され、アミノ酸はシェーンハイマーが用 た重窒素だけぞなく、炭素、イオウなどの放射性同位元素てラベルてきるようになって しかし、放射性同位一兀素が このインクはもちろん普通の意味ては見ることがてきない 発する微弱な放射線を追うことによって、ラベルされたアミノ酸を取り込んだタンパク質 の存在場所を特定することがてきる。 膵臓 ハラーディの方法の妙は、放射性同位元素てラベルしたアミノ酸を〃一瞬〃だけ、 の細胞にケえた、という点にある。一瞬とは、実際の実験レベルては五分程度の時間てあ る。このあと膵臓細胞が浸かっている培養液は直ちに交換される。新しい液には、放射性 同位元素てラベルされていない、通常のアミノ酸が含まれている。膵臓の細胞自体は、同 培養液中のアミノ酸を 位元素ラベルアミノ酸と通常アミノ酸を区別することがてきない ート ( 穴 ) が存在している ) 、 吸収し ( 細胞膜にはアミノ酸だけが通過てきる特殊なゲ 黙々と消化酵素タンパク質を合成する。 てよ、。、 ノラーディの実験の最中に起こったことは一体何か ? それは、放射生同位元素 19 5 第Ⅱ章内部の内部は外部て、ある
度て、役割についてたいしたことはわからないだろう。 それよりももっと有効な方法がある。少々、乱暴だが、そのパーツを取り去ったとき、 ーベンチぞ脚部を切断した瞬間、テ テレビがどうなるかを試してみればよいのだ。ニッパ レビ音声が消えれば、そのパーツは音を出すことに関与していたものだと推定てきる。も ヒに何らかの役割を果たしていたものに し画像から色が失われれば、その。ハーツはカラー これとまったく同じことが生物学においても可能なのてある。これまて見てきたよう ハズルのピースに相当するもの、すなわちタ 生命体を形作っている要素は、ジグソー ンパク質てある。あるタンパク質が、生命現象においてどのような役割を果たしているか を知るための最も直接的な方法は、そのタンパク質が存在しない状態を作り出し、そのと き生命にどのような不都合が起こるかを調べればよい この 2 について、 私たちは、膵臓の細胞に存在するタンパク質を捕らえた。 一丁お、つとしたことはまさにそのよ - フな実験だっこ。 私たちが彳 が細胞膜のダイナミズムに重要な役割を果たしているということに私たちは確信 があった。なによりもの構造や性質が如実にそれを示唆していた。その上、膵臓の 消化酵素を運ぶ分泌顆粒の膜に結合しているタンパク質のうち、は最も大量に存在 239 第 14 章数・タイミング・ノックアウト
タンパク質は、どのような経路て細胞の外に出るかを〃可視化〃しようというものてあっ ハラーディがこの研究のために選んだのは膵臓の消化酵素産生細胞だった。生物学の課 題を明らかにしようとする際、たとえ、その課題がどの細胞にもあてはまる共通の機構て あるとしても ( そして、共通の機構てあるほど生物学的な重要性も高いといえるわけだ が ) 、その課題を解析するためのモデルとして、どの細胞を選ぶかはきわめて大切なこと てある。 まず、観察しようとする現象がさかんに起こっている細胞てあることが必要だ。むし ろ、その現象を専門に行っているような細胞があればそれに越したことはなし : 細胞の構 造がその現象に特化されているはずて、それだけ観察も容易になる。 次に大事なことは、そのような細胞がい ? ても、容易に、かつ大量に入手てきなければ 十ノー、 ということてある。個体の中にごくわずかしかない細胞だったり、あるいは量 があっても他の細胞群と近接していたり混じりあったりしていると、その細胞を実験材科 として取り出してくるだけて多大な労力と時間がかかる。それはその分、川包こ。 辛月 ( タメージ や好ましくない 人為的な影響をケえることにもなる。 膵臓の消化酵素産生細胞は、。、 ノラーディにとって願ってもないモデル糸月たたま 1 9 2
てあるマサチューセッツ総合病院 (ä ) 、彗星のように現れては消えるバイオテクベン チャーなど名だたる研究施設が集結していた。 研究棟はいずれも細いスチールと反射ガラスを張り巡らしたような、スタイリッシュて インテリジェントな、そして非人間的な建物だった。私にあてがわれた実験室は清潔て機 育たったが、窓はひとつもなかった。奴隷を収容するガレー船の船倉に空などいらな 低賃金て長時間労働、危険もある。当然のことながら、スレイプたちの多くは非米国 人だった。私と同じフロアにも、中国人、イタリア人、ドイツ人、韓国人、スウェーデン 人、インド人がいた 私たちは短い昼休みにカフェテリアに集っては声をそろえて、天安門事件に驚き、湾岸 戦争を非難した。しかし、ひとたび実験台に戻れば、スレイプたちは互いに熾烈なライバ ルてもあったのだ トボロジーの科学 当時、私たちが捜し求めていたのは、膵臓の細胞の中にある特殊なタンパク質だった。 膵臓は大きくわけると二つの働きをしている。ひとつは大量の消化酵素を生産して消化 管に送り出す作業 ( 外分泌 ) 、もうひとつは血糖値を監視してそれを調節するホルモン ( イ 189 第 11 章内部の内部は外部て、ある