の審査を依頼する。ピアは論文の価値を、その新規性、実験方法、推論の妥当性などにつ いて判定し、編集委員会に採点結果を返す。委員会はこの判定に基づいて、論文掲載の可 否を決定する。根回しや情実が働かないよう、誰がピアとなるかは編集委員会の秘密事項 て、論文の著者には知らされない 研究者にとって自分の論文が望みどおりの専門誌に採択されるかどうかはまさに死活間 題てある。発見の優先権はもちろん、昇進やグラント調達などすべてが発表論文、すなわ ちピア・レビューという公正な手続きを経て専門誌に掲載された論文の質と量て ( 多くの 場合、量だけて ) 決まるからてある。 たから研究者が「業績」といえば、それは通常、刊行された論文数ということになる。 くら、私も同じことを考えていた、それはもともと 発見・発明の権利に関していえば、い 俺のアイデアだ、と主張してもダメなのてある。研究業績のクレジット ( 先取権 ) は、一 番先に論文発表した者にのみ莎えられる。時にそれはほんの数週間、あるいは数日違うだ けのことさ - んある。 匿名のピア・レビュー法は、細分化されすぎた専門研究者の仕事を相互に、そしててき るだけ公正に判定する唯一の有効な方法ぞはある。しかし、同業者が同業者を判定するこ の方法はそれゆえに不可避的な間題を孕むことにもなる。それは「一番最初にそれを発見 ら 1 0 2
同業者による論文審査 ある発見が大発見なのか中発見なのか小発見なのか、はたまた無意味なものなのかは一 体どのようにして決まるのだろ - フか それは歴史が決めるのだ、と見得を切ることもてきるだろう。しかしたった今、無名の 新人研究者が提出してきた難解な数式がならんだ論文の価値を即座に判定して、次号の 『ネイチャー』誌に掲載するか否かを決めなければならないとしたら。判断に迷った挙句、 ヾレま『サイエ もしこの論文を掲載不可として返却すれば、新人は同じ論文を今度はライノノ ンス』に持ち込むかもしれない そして同誌がこれを掲載し、のちに、ほんとうに大発見 第 6 章ダークサイド・オプ・ z < 10 0
したのは誰か」が常に競われる研究の現場にあって、つまり二番手には居場所も栄誉も莎 えられない状況下にあって、狭い専門領域内の同業者は常に競争相手ぞもあるという事実 てある。 防ぎきれない誘惑 あなたが。 ヒア・レビューアーに選ばれ ( これは専門誌の編集委員会によってあなたがこ の分野の第一人者と認定されたことになるゆえに、あなたは喜んてこれに応じることにな る ) 、ある論文の審査を任されたとしよう。 送られてきた論文を見て、あなたは驚愕する。研究分野が同じていつも最も意識し、か っ警戒している教授のグループの論文だった。それは、あなたがまさに今、ひそかに進 めている仕事を一歩先んじてまとめあげたものて、結果も見事というほかはない完成度に 仕上がっていた。なぜそれがわかるかといえば、あなたの予想していた結論と寸分たがわ すまったく同じなのだから。しかもそこにはあなたの研究チームがまだ解明てきていない 重要なデータも記されているてはないか。 このような状況下におかれたら天使てさえも堕ちるかもしれない。あなたは、教授の 論文の細部について、ああてもない、 け、論文採択のためには、 こうてもないと難癖をつ 103 第 6 章ダークサイド・オプ・ DNA
をベアにして持っているのだ。そのうち一本は、たとえば、 thisisapen という情報を配 列としてダイレクトに持っ鎖、すなわちセンス ( 意味 ) 鎖てある。もう一方は、このセン ス鎖の影武者 ( あるいは映し鏡 ) としての鎖、すなわちアンチセンス鎖てある。 ワトソンとクリックは、シャルガフの法則を解明した記念碑的な論文の最後に、すてに 言したように、次のような一文を挿入していた。 この対構造が直ちに自己複製機構を示唆することに私たちは気がついていないわけ てはない。 2Z<< は、互いに他を写した対構造をしている。この相補性は、部分的な修復だけぞな Z が自ら全体を複製する機構をも担保している。二重ラセンがほどけると、セン ス鎖とアンチセンス鎖に分かれる。それぞれを鋳型にして新しい鎖を合成すれば、つまり センス鎖は、それをもとに新しいアンチセンス鎖を、もとのアンチセンス鎖は、新しいセ ンス鎖を合成すれば、そこにはツー・ペアの z 二重ラセンが誕生する。一本の鎖が存 在すれば、その文字酉歹 ( ~ 己」こって、順に、対合する文字をひろって他方の鎖が合成され、 その文字配列は自動的に決定される。
てあることが明らかになれば、『サイエンス』誌は先見の明があったとその〃誌価〃を洛 陽ならず全世界に高からしめるだろう。そしてその時には押しも押されもせぬ′人学者とな ったかっての新人はかならずや会う人ごとにこういうはずだ。「オレの大発見を最初、か の『ネイチャー』は認めなかったんだ」と。 フェルマーの最終定理を証明したアンドリュ ・ワイルズの業績は、メディアがそのよ うに報道したことによって初めて一般の人々に大発見てあることが認知された。それはあ くまても二次情報による二次的な価値判断てしかない。 ワイルズの発表を聞いて当時その 意味が理解てきた人間はほとんどいなかったのてあり、現在てもほとんどいないのてあ このような事態は今や細分化されたすべての専門領域て起こりうる。そして間題なの は、ある研究成果の価値を判定てきるのはプライド高き本人を除くと、ごく少数の同業者 てしかないとい - フことてある。 そこて、『ネイチャー』や『サイエンス』など著名な科学誌のみならす、論文発表の場 となっているほとんどすべての専門誌ては、ピア・レビュ (peer review) という方式て 掲載論文採択の決定を行っている。ピアとは、同業者ということてあり、ある専門分野の 論文が投稿されてくると専門誌の編集委員会は、その分野の専門家、すなわちピアに論文 101 第 6 章ダークサイド・オプ・ DNA
クリンはあらん限りの成果を詰め込んて詳細な報告書を作り上げた。 こだし、これは学術論文はない。 したがって厳密なビア・レビュー、すなわち専門科 学者による論文価値審査を受けることはなく、公表されることもない そのかわり、研究 者は未発表データや研究途上の試験的データも盛り込むことがてきる。とはいえ、英国医 学研究機構の予算権限を持っメンバー達がこの報告書に目を通すことになる。その意味て は、この報告書もまた研究論文と同様、ピア・レビューに晒されることになる。 そのレビューアーの中に、マックス・ベルーッカしオ 、、。、ご。ベルーツは機構の委員てあり、 かっ、クリックの所属するケンプリッジ大学キャベンディッシュ研究所ては、彼の指導教 官にあたる立場にいた。フランクリンが英国医学研究機構に提出した報告書の写しはまず ベルーツに行き、そこからクリックの手に護った。クリックはフランクリンのデータを見 ることがてきたのてある。じっくりと、隹にもじゃまされることなく。 この報告書はワトソンとクリックにとってありえないほど貴重な意味をもっ文書だっ た。そこには生データだけてなく、フランクリン自身の手による測定数値や解釈も書き込 まれていた つまり彼らは交戦国の暗号解読表を入手したのも同然だったのてある。そこ には Z 結品の単位格子についての解析データが明記されていた。これを見れば ラセンの直径や一巻きの大きさ、そしてその間にい くつの塩基が階段状に配置されている 1 2 7 第 7 章チャンスは、準備された心に降り立っ
図表の改良や追加実験の必要性があることを指摘した回答文を編集部に戻し、てきるだけ 時間を稼ごうとする。そして一方て、自分の部下たちに必要なデータと緊急命令をえて 自らの研究の完成を急がせる。これを別の専門誌に提出すれば、うまくすれば ;-v 教授を出 し抜くことがてきるかもしれない。最亜の場合ても、「ほば同時に独立して」同じ結ム刪に ~ 迂し宀にし」壮衣 , フこし」が′し、さる」ろ、フ : ひょうせつ こんなことはもちろん端的にルール違反てあり、データの剽窃てある。しかし、ピア・ レビューが同業者による同業者の審査システムてある以上、まったくの中立てあること や、レビュー中に知りえた情報の影響を完全に排除することは不可能てある。そして過 去、さまざまな形て顕在化するか潜行するかを間わず、ビア・レビューに付随する不公正 一丁してきたことも事実てある。 か横イ これをてきるだけ防止するために、ピア・レビューアーを複数任命したり ( こうするこ とによって論文執筆者と利害関係者が直接対立しても、それを希釈することが可能とな る。多くの場合、ピア・レビューアーはひとつの論文に対して三名程度設置され、編集委 員会はその意見分布を見ることがてきる ) 、論文執筆者が「直接の競争相手のだれそれだ けはピア・レビューアーに指名しないてほしい」との要望を述べられる ( それが編集委員 会に受け入れられるかどうかは別として ) などの措置が取られている。もちろんこれても 0 1 0 4
十分てはない。編集委員会自体が同業者の互選て構成されることが多いのて、この中にも し利害関係者がいればさまざまなバイアスが生じる余地がある。 読者の中には、ピア・レビューアーにとっても、論文執筆者が誰かわからないようにし てレビューをさせれば少しは公正が保てると思う方がいるかもしれない。たとえば、大学 の入試採点ては、採点官に受験生の氏名がわからないような処置が取られている。ところ が論文ほど研究者の個性が現れるものもないのてある。たとえ著者名の部分が墨塗りされ ていたとしても、用語の使い方や主張、引用文献リストなどからすぐに当人が割れてしま うのだ。なんといっても世間が狭いのが研究者なのだから。 ニ十世紀最大の発見にまつわる疑惑 ここに非常に徴妙な間題を含んだケーススタディがある。そしてこれは実に、二十世紀 最大の発見にまつわる疑惑なのてある。ワトソンとクリックによる Z の二重ラセン構 造の発見がそれだ。 私は先に、生命の定義として、それは「自己複製しうるもの」とのテーゼを記した。そ の基盤をなすものは、互いに他を相補的に写し取っている z << の二重ラセン構造てあ る。が細胞から細胞へ、あるいは親から子へ遺伝情報を運ぶ物質的本体てあること 105 第 6 章ダークサイド・オプ・ DNA
やすいことてはない。 大学に入ってまず 対象の本質を明示的に記述することはまったくた 、刀し J しロ 私が気づかされたのはそういうことだった。田 5 えば、それ以来、生命とは可、 を考えながら、結局、明示的な、つまりストンとむに落ちるよ - フな答えをつかまえられな いまま今日に至ってしまった気がする。それても今の私は、二十数年来の間いを次のよう に ~ のし J つけるこし J は′し当」る」ろ、フ。 生命とは何か ? それは自己複製を行うシステムてある。二十世紀の生命科学が到達し 一九五三年、科学専門誌『ネイチャー』にわずか千語 ( 一 たひとつの答えがこれだった。 ページあまり ) の論文が掲載された。そこには、 Z が、互いに逆方向に結びついた一 生命の神秘は二重ラセンをとっ 本のリポンからなっているとのモデルが提出されていた。 ている。多くの人々が、この天啓を目の当たりにしたと同時にその正当性を信じた理山 は、構造のゆるぎない美しさにあった。しかしさらに重要なことは、構造がその機能をも 明示していたことだった。論文の若き共同執筆者ジェームズ・ワトソンとフランシス・ク この構造が直ちに自己複製機構を示唆すること リックは最後にさりげなく述べていた。 にムごちは気がついていないわけてはない、 Z < の二重ラセンは、互いに他を写した対構造をしている。そして二重ラセンが解け るとちょうどポジとネガの関係となる。ポジを元に新しいネガが作られ、元のネガから新
ごけにいそしんていれよ、。 目て見ながら研究だ ポスドクは、独立研究者がグラントて雇いいれる傭兵だ。米国の研究室は基本的にこの 単位、ポスとポスドク、て成り立っている。ポスドクは即戦力の人員として、研究戦争の 最前線に立つ。鵜匠と鵜の関係といってもよい。ポスとの関係は、純粋に期限付きの雇用 契約だけてある。 ポスドクの賃金は安い。私が雇われていた頃て二万数千ドル程度てあった ( もちろん年 俸てある ) 。今てもそれほど変わっていないはずだ。ニューヨークやボストンといった都 会にいれば、まずレント ( 家賃 ) だけて給与の半分は飛ぶ。 それてもポスドクが日々ポスのために研究に邁進てきるのは、次に自分がボスになる日 を夢見てのことてある。ポスドクの数年間に重要な仕事をなして自らの力量を示すことが てきれば ( 成果は論文として表れ、筆頭著者にはポスドク、最後の責任著者にはボスの名 前が記される ) 、それはそのまま独立した研究者へのプロモーションの材料となる。科学 専門誌の巻末には必ずおびただしい数のポスドクの求人広告がある。そしておびただしい 数の応募があるはすだ。つまりここに存在しているのは、少なくともたこつばてはなく流 動性のある何か、あるいは風なのだ