娘 - みる会図書館


検索対象: 石と笛 第1部
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1. 石と笛 第1部

ひろう このような姻戚関係にふさわしいようなものを、自分自身はなにも披露できないのだから。 けっこん 「すると、まだ生きているわけだね」農夫はいった。「あのころ、わたしは、また結婚して そうしそうあい いなかった。でも、好きな娘がいてね。わたしらは、もうかなり前から相思相愛ってやつだ けんか ったんだが、喧嘩しちまったんだよ。きっかけは、ばかみたいなことなんだがね。でも、こ ういうことはおうおうにして、ばかみたいなことからはじまるものなんだよ。原因は、娘が いつも、わたしのことを『わたしの農夫ちゃん』と呼んだことなんだ。というのは、娘の父 りようし じまん 親は猟師でね、そうして、このへんの猟師は自分らの自由な生活が自慢なもんだから、わた しはてつきり、娘がわたしをからかっていると思いこんだんだよ。それに、娘がわたしをみ んなの前でそう呼ぶたびに、友だちはわたしを笑いものにするようになったんだ。『おまえ こうまん はもう、あの高慢ちきな女猟師のものになったのかい ? 』なんてね。『ついにしとめられた か ? 』なんて。 れいあいしよう そんなこんなで、むしやくしやしていたもんだから、娘がまたまた、わたしを例の愛称で いっかっ 呼んだときに、一喝してやったんだよ。すると娘はきげんをそこねて、こういったね。『あ んたがわたしのものになりたくないのなら、わたしはもう知らないからね』それからという もの、わたしらはおたがいに避けあって、会ってもそっ。ほをむくようになったんだ。でも、 わたしはあいかわらず、その娘が好きだったし、娘だけじゃなくて、自分自身にも腹がたっ たよ。まったくつまらないことで、好きな人を失っちまったんだからね。とはいうものの、 いんせき す さ

2. 石と笛 第1部

かの娘たちは、どうなったんですか ? 」それから、聞き耳はたずねた。 「それが、不思議なことには」ラゴシュはいった。「うるわしのアグラが緑様に接吻した日 の夜が明けて、湖に日がのぼると、娘たちがもどってきたということです。どうやってもど ってきたのか、だれも見ていないのですが、ともかく、娘たちが岸辺に立っていて、しかも、 娘たちの黒衣は、水に一度もっかったことがないかのように、乾いていたそうです。でも、 とりわけ不思議なのは、娘たちがだれ一人として、年をとっていなかったことです。娘たち は、湖水におしやられたときと、まったく変わらぬ若さのまま、湖畔に立っていて、それま でになにがあったか、おぼえているものも、一人もいませんでした」そこでラゴシ、は笑っ た。「その年は、嫁入りどきの娘が村じゅうにあふれて、嫁をもらえずに老けてしまった連 中も、花嫁にありついたそうですよ」 バルロと聞き耳は、湖畔の村でのんびりと時をすごした。冬に入るまでは、二人は漁夫と いっしょにでかけて、網をひいたり簗をしかけたりするのを手つだった。バルロはまた、よ く笛をとりだしては、湖畔で吹いていた。緑のものが聞いていれば、きっとよろこんだこと 。バルロはすぐに、村でうたわれている歌を、すべて吹けるようになったし、その数 も少なくはなかったのだから。 あたたかい晩秋の一日、二人はアグライアの島もおとずれた。そこはイエロシが妻を見 ばんしゅう あみ ゃな とき かわ せつぶん

3. 石と笛 第1部

てくれる、娘をさしだすのだ。娘がわたしのもとにいるかぎり、日が湖に沈むまで、おまえ たちの網には、たっぷりと魚が、かかることだろう」このことばのおわらぬうちに、緑のも あわ うず のは、ふたたび肩を波間に沈め、やがて泡だっ渦のなかに消えました。 しよ、つげ・き みう′」 漁夫たちは、岸辺に立ちつくして、衝撃のあまり身動きもできず、たがいに見かわしてい ました。やがて、長老がいいました。「みんなをおこして、村の広場に集めるんだ。湖に日 がの・ほるまでに、これについて話しあわなきゃならん」 あんたん 村人たちは、緑のものの要求を聞いて、暗澹たる気持ちになりました。「そんな化けもの に、あたしらの娘をさしだすっていうのかい ? 」一人の女がさけびました。でも、長老は、 おだやかにいいかえしました。「みんなを飢え死にさせるつもりか ? 」それだけで、村人た ちはさとりました。ほかに手だてはないのです。みんな、だまりこんで、じっとうつむいて ちんもく いました。沈黙をやぶって、だれかがこうたずねました。「では、だれが娘をささげるん ぼ、つ 「くじに当たった娘が、いくことにする」長老はいいました。長老は、ほそい木の棒を前に しるしきざ 積みあげて、一本ずつ手にとっては、この一年のうちに十七歳になった娘のいる家の印を刻 みつけました。それから、印をつけた棒の上に布をかぶせて、かたわらの漁夫に、棒を一本 ひきだすようもとめました。でも、その男はことわりました。ほかの漁夫たちも、緑のもの にひきわたすことになる娘のくじをひこうというものは、一人もいませんでした。「たれも っ あ う じ ぬの

4. 石と笛 第1部

やりたくないのなら」それを見て、長老はいいました。「おまえがくじをひくんだ、イ = ロ シュ。おまえはことわるわけにはいかんそ。おまえのせいで、わしらはこんなことになった のだからな」 そこで、イエロシ、は長老の前に進みでて、布の下から、くじの棒をひきだすと、長老に っ 手わたしました。長老は、さきほど自分が棒に刻みつけた印を見て、大声で娘の名を告げ、 こういいそえました。「もう、あまり時間はない。東の空が明るくなってきている 女たちが、泣きさけぶ母親をおさえているうちに、男たちは父親とともに、娘の住んでい る家にむかいました。ほどなく、男たちはもどってきました。そのうちの二人は、娘の両わ きをかかえていました。娘は黒い衣をまとい、雪のようにまっ白な頬が、涙に濡れていまし た。村人たちの先頭に立って、二人の漁夫は娘を湖につれてゆき、そのまま湖水に入ってい むね って、水が三人の胸まで達したところで立ちどまりました。すると、目の前で水が渦巻き、 ひめい 泡だちはじめました。娘はかん高い悲鳴をあげると、二人の漁夫の手で、前におしだされま した。たちまち娘は、足もとの大地にひきずりこまれるかのように、渦巻く湖水に沈みまし この年は、大漁にめぐまれ、冬になっても燻製魚が充分にあったので、村人たちは飢える ことはありませんでした。ですから、つづく年々も、緑のものとのとりきめは守られました。 まいしゅん 毎春、アグライアを村につれてきた日になると、イ = ロシ = はくじを引かされましたが、さ たいりよう たっ ころも くんせいざかな としどし ほお ぬ

5. 石と笛 第1部

240 ずねました。 「魚人だって ? 」イエロシュは聞きかえして、さっと青ざめました。 によ・つ・はう 「夜どおし、おまえの死んだ女房を呼んでいたやっさ」三人めの漁夫がいいました。「こう なったら、話してもらうそ、おまえがアグライアをどこで見つけたのか。今度のことが、ど ういうことなのか、わしらは知っておかなきゃならん」 きょぜっ はじめのうちは、イエロシ、はアグライアの身もとについて話すのを拒絶していましたが、 きよ、つはく とうとう漁夫たちはイ = ロシを脅迫して、これ以上だまっていたら、アグライアの子供を 湖に投げこむそというものもでてきたので、イ = ロシは屈服して、妻と出会ったしだいを 語りました。 あしぐんらく あのとき、おれは、とイエロシはいいました。あのとき、おれは、むこう岸の葦の群落 で、小さな島にでくわした。この島は湖からは見えない。そこで、おれは舟からおりて、鴨 すなじ たまご の卵をさがした。籠いつばいひろい集めてから、砂地に腰をおろして、なんの気なしに歌を うたったんだ。うたっていたら、島のふちに、一人の娘が湖水からすがたをあらわして、お じようず れの歌に聞き入った。「歌が上手なのね」と、その娘がいったので、おれは娘に、島にあが って、こっちにこないかといったんだ。すると娘は、生まれたままのすがたで湖水からあが ると、おれのそばにすわって、もっとうたってくれとせがむんだ。うたいながら、娘の目を 見つめているうちに、おれは、この娘を自分のものにしたいってことのほかには、なにも考 か′」 くつぶく かも

6. 石と笛 第1部

がくね わたしがこれまで耳にしたものとは、まったくちがった響きの楽の音だった。その調べは、 最初の節から踊り手たちを熱狂させたね。わたしも席にすわっていられなくなって、立ちあ がって踊りの相手をさがしたよ。そのとき部屋のむこう側に、あの娘が立っているのが見え たんだ。例の高慢ちきな女猟師さ。娘もわたしを見ていて、わたしらは踊り手をかきわけて、 けんか まんなかでいっしょになった。まるで喧嘩なんそなかったみたいにね。わたしは娘の手をと って、わたしらは踊って、二人のあいだにあったことなんか、みんな忘れてしまった。『わ たしの農夫ちゃん』と娘に呼ばれても、ちっとも腹がたたない。それというのも、わたしに はわかったんだよ。これは高慢なんじゃなくて、愛がそういわせているのだと。そうして、 娘がわたしを自分のものにしたいのは、わたしが娘を、この高慢ちきな女猟師を自分のもの にしたいのと、まったく変わりはないってこともね。それから、わたしの邪魔をしていたの は、わたし自身の高慢さと、友だちに笑われたくないという、つまらん心配だったってこと せいちょう にも気がついた。楽の音がわたしを成長させてくれたんだな。わたしは踊って踊って、それ かべ まで越えられない壁みたいに思っていたものが、なにもかも、気にもとめずに蹴っとばした 石ころみたいなもんになっていったんだよ。自分がそんなことを気にしていたのかと思うと、 おかしくなって、わたしは笑いだした。笑って笑って、笛吹きが演奏をおえても、まだ笑っ せつぶん ていたよ。わたしの高慢ちきな女猟師も笑っていて、わたしの頸にすがりついて接吻したも んだ。その冬のうちに、わたしらは結婚したよ。わたしはそれを、くやんだことがない。ち せつ じゃま

7. 石と笛 第1部

わらず、アグライアを待っているの ? あたしを、よく見て ! アグライアの娘が、大きく なったのよ。そうして、母親とそっくりの、ほがらかな娘よ」 「そうだな」緑のものはいいました。「おまえは、ほがらかな娘た。だが、これまでわたし に送られてきた娘たちは、みんな悲しげだった。たれ一人、わたしの心を、よろこばせてく れるものは、 いなかったよ」 「いらっしゃい、緑様」アグラはいいました。「あなたに、ロづけさせて」 すると、緑のものは湖水をわけて、アグラに近よってきました。そうして、緑のものが自 くちびるせつぶん 分のすぐそばにきたとき、アグラは両手を相手の肩において、はばのひろい唇に接吻しま 「いまでも、まだ悲しい、緑様 ? 」うるわしのアグラはたずねました。 「いいや」緑のものはいいました。「わたしの悲しみは、とんでいったよ。鴨が湖をとびた いっしょにいって、わたしのところで、くらさないか ? つように。わたしと、 「それは、できないの」うるわしのアグラはいいました。「だって、わたしの父親は人間な んですもの。わたしは、人間のなかで、くらさなきゃいけないの。人間といっしょでなけれ ば、ほがらかになれないの。でも、わたしは、あなたのためにうたうわ。いつでも、あなた のぞ が望むときに」 。いいました。「では、 「それなら、わたしは、もう、悲しくならないだろう」緑のものよ、 かも

8. 石と笛 第1部

150 こうしよ、つ のエ匠のところへいけば、もっともっと学ぶべきことがあると聞いてね。それで、わたしは おやかた 旅にでて、鍛冶屋をやっていたリッカのおじいさんのところで修業を積んだんだ。親方はあ のころ、もう七十歳になっていたが、毎日かわらず鉄床の前に立っていたよ。リッカがタベ、 あんたがたに話した、ウルラの娘というのが奥さんでね」 てつべん 鉄片を打ち延ばして、まげてゆくうちに、まっ赤に焼けた鉄が色あせてきて、灰色の表皮 におおわれると、フッロはそれを金槌で打って、はぎ落とした。それから、もう一度、鉄片 を火にくべると、ふいごを動かしながら、鍛冶師は話をつづけた。「親方はヘファスといっ まごむすめ てね、家には二人の孫娘もいっしょに住んでいた。リッカとアッカ、石持ちのアルニの娘た ちだよ。二人の母親は、この鍛冶屋夫婦の一人娘で、アルニとはウルラの家で知りあったん だ。わたしはね、ウルラが二人の結婚に、ひと役かったんじゃないかと思ってる。ウルラは アルニをとても愛していたし、アルニには、ともに話しあえる人間が必要だってことも、わ かっていたからね。しかし、アルニのしあわせは長くつづかなかった。双子の娘がまだ十歳 になったばかりだというのに、妻が死んだんだよ。そこでアルニは、二人を義理の両親のも とにあずけたんだ。移動生活をくりかえしている父親では、充分に娘たちのめんどうをみら れないのでね」 聞き耳は、鍛冶師の話のいちいちに、自分がかかわっているような感じがした。自分自身 にもまだ見通せないやり方で、聞き耳は、これらのできごとのつながりのなかに、入ってい かなとこ っ ふなこ ひょうひ

9. 石と笛 第1部

あしぐんらく か よ、つき つまり、アグラもやはり、こんなふうな陽気な目をしていたってことだ。ひとつ、客人に語 ってくれないか、ラゴシュ ? 」 ラゴシュは客人を、茶色のほがらかな目で見つめると、もうひとくち梨酒を飲んで、喉を しめして語りはじめたのは、 うるわしのアグラと緑様の物語 ずっとむかしから、わたしらの先祖は、この湖のほとりに住んでいました。そのころ、イ ェロシュという名の若者がおりました。イエロシ = はいつも、ちょっとみんなからはなれて いて、いっぷう変わった若者でした。ある春の朝、イエロシはずっと遠くの、むこう岸の 葦の群落まで、舟をこいでゆきました。そこまでゆけば、大漁はまちがいないと思ったから です。そうして、夕方になってもどってきたとき、イエロシュの舟に一人の娘が乗っていま ふしぎ した。まだ村ではだれも見たことのない娘です。不思議な美しさをたたえた娘で、肌は湖の 、っちがわ の内側のようにほのかにかがやき、茶色の髪は長くてなめらかで、茶色の目はいまにも笑 あさうわ いだしそうに見えました。娘は古い麻の上っぱりのほかには、なにも身に着けていませんで かわ した。これはイエロシュが、なにか乾いたものを着る必要が生じたときにそなえて、いつも 漁に持っていくものです。このことで、すでにあのころから、イエロシュがその日、もどっ せんぞ たいりよ - っ っ のど

10. 石と笛 第1部

からわずにやりました。以前はイエロシのほうが、自分の意志でみんなからはなれていた やくびようがみ としたら、いまでは村人たちが、イロシを厄病神のように避けました。乳母でさえ、子 ちち 供が乳ばなれすると、そうそうにイロシの家をでていったので、それからは、父親が娘 の世話をすることになりました。イエロシ、は、まだ自分のなかに残っていた愛情を、すべ ぶあいそう て娘にそそぎました。でも、髪の毛ははやくから灰色に変わり、不きげんで無愛想な顔をし て、だれともっきあわず、人が漁をしない辺びなところで、網をうってくらしました。 こんな境遇にありながら、村人たちの目をひいたのは、アグラが父親とはうって変わって、 笑ったりうたったりするのが好きな、ほがらかな娘に育ったことでした。村人たちには、ア グラとっきあいたくない理由がいつばいあったのに、アグラのほがらかな茶色の目に見つめ ′」 , つい られると、つい、その陽気さにひきこまれてしまうのでした。だれもがアグラに好意をもっ て、村でゆきあえば親しくことばをかけました。ただ、村人たちはアグラとことばをかわし ても、父親のことにふれるのは避けました。村の若者たちが、アグラをふりかえってながめ るようになると、アグライアの娘は、うるわしのアグラと呼ばれるようになりました。とい めん ふな」 うのは、アグラは母親の目をうけついだだけでなく、そのほかの面でも双子の姉妹のように、 母親とそっくりだったからです。これは、イエロシュにとって、なぐさめになったでしよう。 うす でも、こんなふうに、アグライアの思い出が、いつまでたっても薄れないのは、苦しみでも あったかもしれません。 きよ、つぐう