駆け - みる会図書館


検索対象: 石と笛 第1部
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1. 石と笛 第1部

分が森に入ってきたのか思いだした。祖父の和らぎの笛匠のことを、どうして忘れてしまっ たのだろう ? その人をたずねての旅だったのに。瞳石を失ってからというもの、祖父のこ とを考えたことがなかった。あるいは、サファイアをふところにたずさえることになってか ら。途中でとどまってはいけないと、母親はわかれるときにいった。でも、聞き耳はとどま り、バルレポーグの女領主とたわむれ、裁判官席にすわったりした。ほかのことなら笑って すませることができても、その日の朝、自分がくだした判決のことを考えると、さきほどま でのような気楽な気分には、とうていなれなかった。自分は魔法にかけられていたにちがい ない。聞き耳は思った。ギザは会った瞬間から、わたしに魔法をかけていたんだ。馬丁のこ とを思いだして、そっとした。あの男が真実を述べたからといって、舌を切りとらせたのは、 このわたしなのだ。いま、あの男は、この森のどこかを、さまよっていることだろう。 馬丁にでくわすかもしれないと思うと、急におそろしい不安におそわれた。いきなり聞き 耳が立ちあがったので、つぐみはおどろいて、はばたきしてとびあがった。ほんの一瞬、つ ぐみは聞き耳の頭上の枝にとまって、三連音をかなでた。それから中空にとびたって、空き こずえ 地の上を一周すると、梢の上をまっすぐ西にむかってとんでいった。 ひもくび 聞き耳は革袋をふところからとりだし、石をなかにおさめると、紐を頸にかけた。それか くらぶくろ ら残った食料を大急ぎでまとめて、鞍袋にしまいこみ、馬に鞍をつけて、またがった。もう はやあし 一度、ギザが消えた場所を一瞥した。それから馬のむきをかえ、速足で森に駆け入った。っ いちべっ やわ ふえしよう

2. 石と笛 第1部

聞き耳は、広間の壁ぎわにひかえている召使たちに目をやった。「さあ、皿をかたづけ ろ ! 」持ちまえの小声でいった。召使はおずおすと女領主に目をむけた。ギザは笑った。 「もうすこし大きな声をださなきや」ギザはいった。それから召使のほうにむかって、びし やりといった。「命令されたのがわからないのか ? いわれたとおりにするのた ! 今日か ら、この方の命令はわたしの命令とこころえよ すると、召使たちは急ぎ足でやってきて、せかせかと食卓をかたづけた。。。 : キサカ立ちあが って、いった。「おいで。おまえは、おぼえなければいけないことが、まだたくさんある。 バルレポーグの領主であることが、どんなに楽しいか、わたしが教えてあける」ギザは聞き 耳を寝室につれてゆき、なんのためらいもなく衣服をぬいだ。・ キザが裸で目の加に立ってい るのを見て、聞き耳は、こんなに魅惑的なものを見るのは、生まれてはじめてだと思った。 きよ、つ うっとりとしてながめていたら、ギザの笑いが聞き耳を忘我の境からひきもどした。「おま え、そんなふうに女を見るのは、わたしがはじめてなの ? 」ギザはたずねた。「それとも、 裸でわたしの前に立つのが、はすかしいのかい ? 」 両方ともあたっていると、聞き耳は思った。でも、それを白状したくなかった。ふるえる ひとみいし 手で、聞き耳は服のボタンや留め金をはずしてゆき、とうとう身につけているものは、瞳石 を入れた革袋だけになった。 「それも、とって」ギザはいった。「わたしたちのあいだには、腿のほかに、なにもあって

3. 石と笛 第1部

くちびるせつぶん 唇に接吻した。 われにかえるまで、聞き耳はギザにしがみついていた。やがてギザの抱擁から身をはなす と、物思いに沈むように相手の目を見つめた。 「わたしの裁きは、これでいいのだろうか ? 」聞き耳はたずねた。 「裁くものは、まよってはだめーギザがいった。「さもないと、負ける。おいで、狩りにい こう。いい気ばらしになる」 から 広間をたちさる前に、聞き耳は空の革袋を机からとって、ふところに入れた。中庭で、二 りようけん 人は馬に鞍をつけ、狩りの弓矢をとって、馬に拍車をあてると、猟犬の群れをひきつれ、跳 橋をわたり、谷に駆けおりていった。 森のはずれで犬が一頭の鹿を狩りだし、わんわん呎えながら下生えのなかを追いたてた。 聞き耳はそのあとを追った。木の枝が顔にびしびしあたり、灌木のとげが服をひき裂くのも あ かまわず、馬に拍車を入れて、犬の吠え声が聞こえる森の奥へと駆けていった。小さな空き 地で犬どもが鹿を追いつめていた。鹿は角を沈めて、樫の古木の根もとを背にふんばり、 ましも一頭の犬を突き殺したところだった。聞き耳は矢を弦につがえ、弓をひきし・ほって射 った。矢は羽のように走って鹿の肩口にあたった。鹿は首をうしろにあえがせ、どうと倒れ えもの むち し、引き綱につないでいると、ギザが空 た。聞き耳が獲物にむらがる犬どもを鞭で追いはら、 しやじゅっかんてい き地に駆けこんできた。馬からおりると、その道の達人らしく射術を鑑定した。 はくしゃ たつじん かんぼく ほ、つよ、つ み はね

4. 石と笛 第1部

うだよ。自分の美しいサファイアのほうに、若者をひきつけようとしてね。ところが、そこ が魔法の石の魔法の石たるゆえんなんだが、人はこの石を、思いどおりにはできないのだよ。 捨てることさえできない。話によると、この石には自力があって、ギザがどんなに邪魔をし ても、つねに持ち主のもとにもどってくるんだそうだ。そういうわけで、ギザは若者を支配 する力を失ってしまった。ある日、女領主は若者と二人で馬ででかけたのだが、やがて馬を 乗りつぶしそうないきおいで駆けもどってきた。ひたいに青あざをつけてな。うわさによる と、若者がギザにもらった青石で、ギザの頭に魔法をかけた。そいつが、いまでは不治ので のうどく きもののように頭に巣くって、ギザの脳を毒しているということだ。それ以来、もう女領主 じようもん を城門から一歩もでないし、毛深い家来のほかには、だれにもすがたを見せんのだ。それが もとで、女領主は、石採り師をかたつばしから駆り集めて、そのような魔法の石をさがさせ ることになった。というのは、青あざをなおすにはこの石しかないと、ギザは思っているか きんと らなんだよ。ギザは国じゅうに 、バルレポーグでは山ほど金が採れるという、うわさをひろ 「めさせた。ところが実際は、ギザの家来どもに山に追いたてられて、魔法の石掘りをさせら 第 れるんだ。昼も夜も、死ぬほどくたびれはてて、ぶったおれるまでな。これでもまだ、やは とりバルレポーグへいきたいかね、笛吹きょ ? 」 バルロはうなづいた。そうして、老人がまたなにかいうよりはやく、聞き耳は革袋を手に とって、石をとりだした。「この石を身につけているかぎり、ギザはわたしに、なんの手だ じりき じゃま

5. 石と笛 第1部

さっと、つ 殺到する狼の群れに射かけた。 がんぜん ほとんど一矢ごとに一頭の狼が倒れたが、矢をまぬがれた狼どもは、はやくも眼前にせま ってきた。一頭の巨大な狼が聞き耳にとびかかった。そのときャルフが立ちはだかり、前足 のひづめで狼の頭骸をうちくだくと、すさまじいろばのおたけびを発した。この鳴き声に、 むち 殺到する狼の足がとまった。鞭の一をくらったように、狼どもは走るのをやめ、くるりと むきを変えると、算をみだして森に駆けもどっていった。 とんそう そのころになって、やっと羊飼いも息を切らせながら駆けつけてきて、遁走する狼の群れ すうしゅんご に二、三本の矢を射かけた。数瞬後には、狼さわぎはおさまった。 「あんたのろばがいなけりや、まにあわなかったところだ、聞き耳」息がもとにもどると、 羊飼いはいった。「なんてすごい群れなんだー こんなにたくさんの狼を見たのははじめて だ。わたし一人じゃなくて、よかったよ」 三人は、その夜は羊のそばですごして、狼の再度の来襲にそなえた。でも、そのあとはな にごともおこらず、朝の光がうっすらと丘の背に浮かぶころ、三人は狼の死骸をひきずって、 ひとところに集めた。しとめた狼は、全部で九頭だった。そうして、たんだん明るくなるに くびひも つれて、気味の悪いことに気がついた。狼どもが、いずれも革の頸紐をつけていて、そのさ あくりよ、つ きにサファイアが光っていたのだ。羊飼いはぎよっとして、悪霊ばらいのしぐさをすると、 つぶやいた。「ギザの毛深い家来たちだー ずがい さん けぶか さいど らいしゅう し力い

6. 石と笛 第1部

168 、・ハルレポーグの谷を徘徊する狼が見えた。 気さが消えて、聞き耳が聞いていると 牧羊地での夏のできごとについては、ほかにとりたててお話しするほどのことはない。。ハ けんり てっていてきこうし じゅうしゃ ルロは従者にたいする主人の権利を徹底的に行使して、羊の群れの世話はほとんど聞き耳に まかせつばなしで、自分はあちこちの木の下にすわりこんでは笛を吹いていた。おまけに羊 飼いまでが、新米羊飼いのバルロを自分と同等とみなして、その従者にたいして・ハルロと同 じ権利があるかのようにふるまった。おかげで聞き耳は大いそがしだった。掃除をするのも、 すいじ 洗濯をするのも、谷底の小川から水を小屋に運びあけるのも、炊事をするのも、みんな聞き じんじよ、つ かっ・はう 耳の役目だった。どれをとっても、尋常ならざるできごとを渇望している聞き耳にとっては、 くそおもしろくもない仕事だった。たしかに料理は技芸のうち、そう、真に冒険をともなう こなあぶらみ 仕事といえるかもしれないけれど、手に入るものが水と粉と脂身と、ときには少量の羊の乳 、、。よここもまして、こ一つい、つ のチーズだけというのでは、腕のふるいようもないではなしカオ冫冫 ことには楽しさが必要なのに、聞き耳にはまちがいなく、それが欠けていた。 聞き耳のたった一つのなぐさめは、ろばのヤルフだった。名前を呼ぶだけで、はやくもャ はなづら ルフは草地のかなたから駆け足でとんできて、やわらかい鼻面を聞き耳の頬にすりよせるの だった。聞き耳はヤルフに鞍をつけずに乗るのに慣れてきた。ほかにすることもなく、 口が羊の群れを見る気になったときには、聞き耳はヤルフに乗って丘を駆けまわった。ろば は低い藪など一とびにとびこえ、聞き耳が背から落ちると、その場にもどってきて、ふたた せんたく ゃぶ しんまい ど , っと , っ な ほお そうじ

7. 石と笛 第1部

、をしの意味をはかりかねるようにいった。「なにも。一人は、 「なにを手に入れる ? ー汗ま、、 もう一人に仕えねばならぬ」 「それでは、二人が争うのも、不思議ではありますまい」ウルラはいった。「あなたの選択 の仕方はまちがっています。二人に一つずつ、目的を示してやらなければいけません。二人 が自分の望みの矢を、同じ的にむけないように」 たみ 「わたしは一つの目的しか知らぬ」汗はいった。「それは、掠騎族の民にたいする支配権な のだ」 「あなたがほかの目的を知らないのは、それがつねに、あなた自身の唯一の目的でもあった からです」ウルラは問いかえした。「この世には、自分が想像できることのほかには、なに も存在しないと、あなたは思っているのですか ? まだまだ、それがすべてではないのです 「では、二人のあいだに決着をつける用意があると、あなたはいわれるのか ? 」汗は緊張し てたずねた。 、え」ウルラはいった。「それはフンリとアル = が、自分できめなければなりません」 しな ながもち ウルラは立ちあがり、長持を開けると、二つの品をとりだして、双子の前の食卓においた。 ひとつは、なめらかにみがかれた、まるい石で、すきとおった表面の奥に、色どりゆたかな 光の環が、ほのかに光っていた。その石のことは知っているね、聞き耳や、おまえはいま、 のぞ

8. 石と笛 第1部

わらず、アグライアを待っているの ? あたしを、よく見て ! アグライアの娘が、大きく なったのよ。そうして、母親とそっくりの、ほがらかな娘よ」 「そうだな」緑のものはいいました。「おまえは、ほがらかな娘た。だが、これまでわたし に送られてきた娘たちは、みんな悲しげだった。たれ一人、わたしの心を、よろこばせてく れるものは、 いなかったよ」 「いらっしゃい、緑様」アグラはいいました。「あなたに、ロづけさせて」 すると、緑のものは湖水をわけて、アグラに近よってきました。そうして、緑のものが自 くちびるせつぶん 分のすぐそばにきたとき、アグラは両手を相手の肩において、はばのひろい唇に接吻しま 「いまでも、まだ悲しい、緑様 ? 」うるわしのアグラはたずねました。 「いいや」緑のものはいいました。「わたしの悲しみは、とんでいったよ。鴨が湖をとびた いっしょにいって、わたしのところで、くらさないか ? つように。わたしと、 「それは、できないの」うるわしのアグラはいいました。「だって、わたしの父親は人間な んですもの。わたしは、人間のなかで、くらさなきゃいけないの。人間といっしょでなけれ ば、ほがらかになれないの。でも、わたしは、あなたのためにうたうわ。いつでも、あなた のぞ が望むときに」 。いいました。「では、 「それなら、わたしは、もう、悲しくならないだろう」緑のものよ、 かも

9. 石と笛 第1部

聞き耳は、あの瀕死の掠騎族から瞳石を贈られた日から、とめどもない夢のなかに生きて いるようで、帰還してからも、なかなか夢からさめることができなかった。あてもなく道を ぶらっき、家の前の薪わり台にすわって、あらぬかたをぼんやりとながめていた。ときどき、 石をふところからとりだして、じっと見つめた。そうすると、このひんやりとなめらかな石 やす から、なにか安らぎのようなものが得られるような気がした。そのたびに、老人の息たえる 目冫いったことばが、思い浮かぶのだった。 ある日、聞き耳は父親のところへいって、こういった。「馬一頭と食料を少しわけてくだ さい。わたしは。ハルレポーグの森のむこうの国へいって、おじいさんに会いたいのです」 「もともとわしは、おまえをしこんで、わしのあとつぎにするつもりでおった」大音声はい った。声をおさえて。そうするのが、いまでは息子と話すときの習慣になっていた。 「わたしは、自分が裁判官にむいているかどうか、わからない」聞き耳はいった。「わたし は大声はだせないし、争いごとにもたえられない。それに、わたしが大声をだせるようにな るには、まだまだたくさんのことを聞かなければならないでしよう」 ふえしよう やわ 「わかっとる」大音声はいった。「おまえの性格は、たしかに和らぎの笛匠の血をひいてお る。では、会いにゆけ。馬と旅に必要なものを用意してやろう」 かわ 翌日の朝には、もう聞き耳は馬に鞍をつけ、鞍袋に食料をつめこんでいた。革をぬってつ ひもくび くった袋に瞳石を人れ、袋の紐を頸にかけた。いよいよ両親にわかれをつけるとき、母親は まき

10. 石と笛 第1部

しい条件さ ! 」ギザはいった。「いいとも。そんな約東なら、いくらでもしてやる」 えいえん 「よし」狼はいった。「そんなことになったら、おれたちも永遠に狼に逆もどりしなくちゃ やみとおぼ ならんのだからな」それから、狼は身をおこすと、群れを呼び集めるために、闇に遠吠えし た。まもなくギザは、狼たちが森を駆けぬけてくるのを耳にした。でも夜の闇があまりにも 深かったので、ギザには輪になって自分をとりまく目の光しか見えなかった。 たんとう 「さあ、おまえの血を飲ませてくれ、ギザよ」頭の狼はいった。そこで、ギザは、短刀をと きずぐち ると、左腕を切って、血をしたたらせた。つぎつぎに狼たちが歩みよって、傷口をなめた。 かしら そうして、群れはその場で眠り、ギザは頭の狼を腕に抱いて、毛を撫でた。 ひげ 翌朝、目をさますと、ギザは一人の男を腕に抱いていた。その髪と髭は狼の皮のように毛 けがわ 、、 - キサカあたりを見まわす 深く、ギザの手は、その男が着ている毛皮の胴着にからんでした。・ ' : と、五十人の男たちが輪になって寝ていた。いずれも灰色がかった茶色の髪と髭、身に狼の 毛皮の胴着をまとっていた。そこで、ギザは立ちあがって、さけんだ。「おきろ、わたしの 狼たちょ ! バルレポーグにむかって走るのだ ! 」 十二日間、連中は森を駆けぬけて、夜になると、ギザは頭の狼のかたわらで毛を撫でてや った。十二日めの夕方、連中は森のはずれに立って、バルレポーグのひろい谷を見おろした。 畑と牧草地のまんなかの丘に、そびえ立っ城が見えた。森の下の斜面で、羊たちが草を食ん でいた。 かしら かしら