り写真を公表しなかった。ということで、原さんには伝えておきます。じゃあ、私はこ れで」 立ち上がって出て行こうとする阿部氏を、「ちょ : : : ちょっと待ってください ! 」と あわてて制した。 「そういうことであれば、私のほうも、きちんとお支払いします。今日は手持ちがあり ませんが、明日にでも、一千万円揃えて、現金でお持ちします」 阿部氏は、ふっと笑って答えた。 「それはできません。ほんとうにお金を受け取ってしまったら、あなたにすべてを話し た意味がない」 私は、呆然と阿部氏をみつめた。そして、「 : : : なぜ ? 」とつぶやいた。 「なぜ、こんな大切な話を : : : してくださったのですか ? 」 意を決したよ、つに、きつばりと一一一口った。 阿部氏は、一瞬、黙り込んだ。が、 「相馬凛子を守り抜けるのは、あなたしかいないからです」 その目に浮かんでいた。 私は、阿部氏の目をみつめた。本心から語っている熱が、 政治の世界を、裏に表に長らく追いかけて、面白いネタを、とっておきのスク ] プを と、血眼になって駆けずり回ってきた阿部氏。 政界に入り込めば入り込むほど、日本の未来を憂慮したくなる事実に突き当たる。
総理の夫 215 獲物に向かって急降下を開始する直前のハヤプサのように、きらりと目を光らせて、 ひるがえ 豊津副社長は身を翻して行ってしまった。兄は、私の肩を小突くと、 しい , 加 ( に 1 レろト、 と耳もとで文句を言ってから、会場の前方にある自分のテープルへと歩み去った。 まもなく、全員着席したのを見計らって、五所川原先生がマイクを握った。 「皆さん、おはようございます。今日は、まず、お詫びをしなければなりません。本日 登壇予定だった安岐史雅君が、急病のため、やむを得ず来会キャンセルとなりました。 まなでし が、責任感の強い彼のこと、ちゃんとピンチヒッターを立ててくれました。彼の愛弟子 であり、目下、国際政治学の分野ではめきめき頭角を現している頼もしい方であります 私は、手元のペー ーに視線を落とした。 真砥部凛子。ーーーあれつ、と私は即座に反応した。 : 女性なんだ。 この会が始まってから二十回以上を数えるが、女性スピーカーは初めてのことだった。 各界の重鎮をお招きするので、自然と男性になってしまうのだろう。逆にいえば、日本 は女性が元気だとか女性のほうが優秀だとかいうものの、政界であれ財界であれ、「重 鎮」のポストはまだまだ男性が独占しているということだ。 二〇 xx 年東京生まれ、とここでまた私は反応した。私の四つ上、ということは、
淹れてくれたコーヒー飲むと、しやきっとするわ。 そのつど、私は明るい気分になる。彼女の心のどこかに私がちょこっと座る場所を空 けてくれているのだ、とうれしくなる。 凛子は、今日も元気で、この国をよりよくするために奮闘する決意なのだ。ならば私 もがんばろ、つじゃないか、とカか湧いてくる。 凛子が第一一一代内閣総理大臣に指名されてすぐ、組閣が行われた。 もちろん、事前に、連立を組む与党となる五つの政党 , ーー民心党、新党おおぞら、革 新一歩党、新党かわる日本、そして直進党・ーーのあいだで、誰にどのポストを預けるか、 協議を重ねたらしい。凛子は決してそうは明言していなかったが、組閣の結果を見れば、 今回の連立内閣の仕掛人、民心党党首・原久郎が仕切ったとわかる。私がわかるくらい なんだから、国民のほとんどがそう感じるに違いない人事だった。 先頃まで与党だった民権党から離脱して民心党を立ち上げた原氏。政局をダイナミッ クに再編させた立役者である彼は、「この国の政治を抜本的に変えていく。というひと 言で、凛子を取り込んだ。 まさかの史上最年少・史上初の女性総理の誕生のために動いた政界の黒幕は、相馬内
「政治屋」は誰もが私利私欲に走り、選挙に有利に働くことばかりを優先する。きのう 失業だか までは「先生」と呼ばれてちやほやされていた国会議員も、落選すれば、即、 らだ。与党の議員は、よりいっそう必死だ。野党に転落すれば、世の中を牛耳ることも できなくなる。保身のために、財界と癒着し、選挙のために地元の有力者となあなあの 仲になる どいつもこいつも、腐ったヤッばかりだ。ほとほと嫌気が差していたが、唯一、原久 にだけは気になる存在だった。 政界における身の処し方も、立ち回りもうまい。政策にはうなずけることも多い。何 より、その容貌と相反する腹黒さが面白い。阿部氏は、あえて原氏の懐に入って、政界 の動向を注意深く探っていた。 そんな中で、めきめきと頭角を現した、 , 従来の「政治屋」たちとはひと味もふた味も 違う人物がいた。それが、相馬凛子だった。清廉潔白、どこまでもまっすぐ。ジャン 夫ヌ・ダルクのごとき闘う女性政治家。これは面白いタマが出てきたぞ、と阿部氏は凛子 理 を追跡した。ほどなく、原氏から、連立の計画を聞かされる。まずは相馬凛子を傀儡に 総 しんかん し、自分が頂点を極めるのだと。阿部氏は、この計画に震撼した。とてつもなく面白い ショーが、日本の政界を舞台におつばじまるぞ。一も二もなく、阿部氏は、原氏の計画 に乗った。 271 くさ ふところ
着席させた。 : ど、つして、ここに・ 「ど : 私が口をばくばくさせていると、あとから入ってきた母が、 「だから言ったでしよ。こう見えても、わたくし、政界財界の皆さまがたに顔が利くの 得意満面で、そう言った。 「いや、実は私のほうから、ご母堂にお願いしたんです。ぜひ、日和さんと凛子さんに お引き合わせいただきたい、 ってね」 原氏は、あの「どうしても憎めない」笑顔を私たちに向けた。 さきの総選挙で、敗北を喫した原久郎。その後、すっかり影を潜めていた。 あの手この手で政権を狙ったが、かなわなかった。もはや自分もこれまでか、と、一 時は政界引退も考えたという。しかし、なんとか思いとどまった。 夫それは、なぜか。 理 「私はね、凛子さん。あなたという総理大臣を、もう少しのあいだ、見ていたいので 原氏は、凛子を正面にみつめながら、そう言った。 日本初の女性総理大臣。それを誕生させたのは、確かに自分の策略もあってのことだ。 4 引
258 にたどり着いた コロンポ阿部に直接会って、交渉するしかない。 そうだ。それがいちばんいい。お金を払うにしても、どうにか足のつかない方法で払 いたいと訴えるのだ。とにかく凛子を追い込むようなことは今後一切しないでほしいと 頼むのだ。 面と向かっての陳情を受け入れるタイプの人間なのかどうかわからなかったが、とに ( ししアイデアが浮かばなかった。フルネームも かく、もはや彼と直接対決するほかによ ) 、 事務所名も、何もわからなかったが、とにかくネットで調べてみることにした。 『阿部』『フリー』『政治ジャーナリスト』『政界』『黒幕』『精通』と、思いつくままに キーワードを入力して、検索する。 ・ : 出た。一発で。『阿部久志フリーの政治ジャーナリスト。政界の黒幕に精通し て : : : 』ってキーワード全部入ってるじゃないか。 早速『政治ジャーナリスト阿部久志公式ホームページ』にアクセスしてみる。 やつほう☆政治の裏話ならなんでもお任せ☆あべびよんのホームページだよっつつ。 テヘペロ D つか、まじ相馬凛子やべえー ハねえ ! そ 5 りん美女すぎい D 、消費税率 引き上げ法案、このままブッチ↓で来年の国会で可決じゃね ? ゃべやべ、ヤべえー
も、そこまで一言うならと納得するだろう。それが総理大臣としてのけじめである。たと え短命の内閣であっても、あなたの名前は日本初の女性総理大臣として、永遠に人々の 記億に残るだろ、つ 阿部氏の告白に、文字通り、私は絶句した。 まさか : : : あの原久郎が、そんな腹黒いことを : : : ? いや、彼ならやりかねない。政界のウラも表も知り尽くし、流転する政局の潮目を確 実に読むことができる人物なのだから。自分が頂点に立つべスト・タイミングを、おそ こしたんたん らくは民権党時代から、虎視眈々と狙っていたのだ。 : ムよ、 「私は・ いったい、どうしたらいいんでしようか」 凛子の背後に忍び寄る黒い影の存在を突如知らされてしまった私は、動揺を隠せなか った。 お金を払って解決するものなら、どうにかできると思っていた。しかし、ことの甚大 さはそのレベルではない。 力いらい 原久郎の捨て石だったのだ。 凛子は、傀儡にされていたのだ。 「身辺に気をつけてください、日和さん。相馬凛子の急所は、実はあなたなのだと原久 郎は見越している。あの男、ハゲで下戸で一見お茶目なおっさんですが、実際、政界最 強最悪の怪物ですよ。あなたの周囲に、色々とよからぬことを仕込んでいるはずですか
輛ろう。たくの息子は総理の夫ですのよ、と誰にともなく見せびらかしたいような。 私の母は、そういう人だ。悪くいえば世間知らず。よくいえば、邪気がなく、天然な のだ。 ってどっかで聞いたような気がするな。 結局母に付き合わされて、実家で食事をするはめになった。実家には、お祝いの花や 祝電が山と届いていた。もちろん、「相馬凛子さまの総理大臣ご就任を祝して」だ。血 縁関係はなかろうと、とにかく「相馬」家から総理大臣が世に出たのは間違いない 母は上機嫌でお礼の電話を次々にかけ、私はその電話口に引っ張り出されて、政界財 界各位に礼を申し述べさせられた。さらにはお祝いに駆けつけた母と仲良しの政界財界 関係者と一献ということになり、いっしか相馬家の客間で祝宴ということにあいなって しまった。その間、何度も、ポケットの中で携帯電話が震えていた。電話はすべて富士 お偉い方々を前に電話に出ることはかなわなかった。 宮さんからだったが、 母の運転手に送られて自宅に帰り着いたのは午前零時近かった。 玄関の電灯はつけつばなしになっていた。家政婦の下村さんが防犯のためにつけて帰 ったのだろう。驚いたのは玄関先の光景だ
少乱暴な手法も取るかもしれない。しかし、それは信念あってのことです。彼女は選挙 で選ばれた議員たちによって正当に選ばれた総理大臣です。従って、いうまでもなく、 民主主義国家日本の代表です。色んな意見をまんべんなく吸い上げる、とおっしゃいま まさしくその通り。彼女はいま、まさにそれを実践しているんです」 したが、 日本国民、ひとりひとり、さまざまな意見をできるだけとりこばさすにすくい上げる。 それを熟慮の上、政策に反映させる。それこそが、凛子が総理大臣としてまっさきにや りたいことだった。メディアを駆使し、マスコ、ミを利用し、多にな時間の合間を縫って タウンミーティングに出かける。政界財界の大物ではなく、若者や、幼い子供を持っ両 親や、お年寄りや、病気に苦しむ人々。庶民の声をこそ、彼女は何より聞きたがってい るのだ。 「凛子の中では、優先順位はいつもはっきりしている。いま、彼女の胸中では、国民の 暮らしを守ることが何より優位なんです。国民の暮らしと、それ以外。そのくらいはっ 夫きりしている。相馬内閣はまだ始まったばかりですが、国民は総理の胸の内をちゃんと わかっている。だからこそ、発足後二ヶ月経過しても驚異的な支持率を保持しているん ですよ」 相馬政権は、政界財界の意見を優先してきた従来の政権とは明らかに違うんです。も う一歩踏み込んでそう言ってやろうかとも思ったが、我した。私の話を聞くうちに、
274 二〇 x x 年十一一月二十一日曇り 政治ジャーナリスト、コロンポ阿部と私とのあいだで「密談」が行われてから、氷の ように冷たく緊張した三日間が過ぎた。 いや、私が緊張していたわけではない。私の周辺が緊張していたのだ。『総理の夫・ 相馬日和氏の浮気現場をスクープ ! 相馬凛子首相、政界退場へのカウントダウンの始 まりか』とかなんとか、思い切りあおった見出しで、絶大な売り上げと大衆への影響力 を誇る某週刊誌に、私と同僚の伊藤るいさんのいわくありげな写真がいまにも掲載され えじき るんじゃないかとーーー緊張して「その日 . を待っていたのは、盗撮の餌食になったはず の伊藤さん本人だった。 阿部氏いわく、彼女は原久郎の一派に抱き込まれて、わざと盗撮されるべく、私を巧 みに誘ったのだと。週刊誌に掲載される「 >< デー」が近付くにつれて、日増しに伊藤さ