ばくはうでをわきにおろし、ロープの中のもののことは考えないようにした。ミスター・タイニーにか ぎつけられたら、まずい ーに声をかけた。 エバンナがもう一度ばくのようすをたしかめてから、ミスター・タイニ 「できましたよ、父上」 ミスター・タイニーが体をゆするようにして、近づいてきた。ばくを上から下までながめ、まあまあ だとばかりに鼻を鳴らし、小さなマスクをつきつけてきた。 「これをしていけ。マスクかいるほど長くは生きんだろうが、用心するにこしたことはない ばくがマスクをつけているあいだに、ミスター・タイニ 1 がゆかにかがみこんだ。一本の線を引いて、 しんぞう 後ろにさがり、心臓の形をした時計をにぎりしめる。時計が赤くかがやきだした。ミスター・タイニー の手や顔も赤くかがやきだす。地面に引いた線から、するするとすべるように門が出てきた。ア 1 チ形 印にくぐったことがある。 の門だ。門の中は、どんよりとした灰色にそまっている。この門なら、蔔 こうや キャットとともに未来とおばしき荒野の世界へ、ミスター・タイニーに送りこまれたときのことだ ( 未の しつばい 来とおばしき、と言ったが、エバンナの計画が失敗したら、ほんとうに未来はああなってしまう ) 。 章 第 門がせんぶ出てきたところで、ミスター・タイニーが門に向かってあごをしやくった。 「さあ、行け」 みらい
しず ニーズはめだたないよう、静かにたんたんと、自分たちの世界で生きていた。 そうぞう ノンパニーズにも これはばくの相」像にすぎないが、スティープはクレプスリ 1 にこばまれたように、ヾ こばまれたのではないだろうか。ハンハニーズは、バンパイアよりもかたくなに昔ながらのおきてにこ だわる。自分たちの世界をかきみだしかねないやっかい者を、わざわざ受けいれるとは思えない。 いちぞくなかまい だがスティ 1 プは、ある人物のおかげでバンパニーズ一族の仲間入りをはたすことができた。その人 テズモンド・タイニーは、「ミ 物とは、つねに世の平和をみだしつづける、デズモンド・タイニーだ。。 スタ 1 ・タイニー」とよばれることが多いのでびんとこないが、名前をデスとちぢめ、名字とくつつけ ( 連命 ) ー、ミスター・デスタイニー ると、ミスタ 1 ・デス・タイニ 「ミスター・デスティニー」となる。 そこし ふじみ ミスター・タイニーは、底知れぬ力を持った男だ。不死身と言われ、ありとあらゆる手を使って世の中 さず をかきみだす。数百年前、ミスタ 1 ・タイニーはバンパニーズに、あるひつぎを授けた。そのひつぎの や ほのお 中にだれかが横たわると、ひつぎが炎でいつばいになり、たちまちその者を焼いてしまう。しかしいっ よげん むきず の日か、ひつぎの中に横たわっても無傷で出てくる者があらわれると、ミスタ 1 ・タイニーは予一言した。 しさつらい その人物こそが将来のバンパニーズ大王であり、バンパニーズ一族はひとり残らず大王につきしたがわ なければならない ハンパニーズ大王につきしたがえば、バンパニーズ一族はこの世を思うままに動か ミスタ 1 ・タイニーは、バン。、 せる。だがしたがわなければ、バンパニーズ一族はほろびてしまう のこ
「あいつのことは、あとでいし ますは、アニーとダリウスをこの町から逃がすんだ。アリスにいっし ょに行ってもらおう。それから、おまえをシルク・ド・フリークで休ませる。ハンモックで一週間休め ば、ぐんと楽になる」 「そうだな」 ばくは、暗い顔でうなずいた。シルク・ド・フリークには、エプラとマーラがいる。あのふたりに、 なかま なんと言えばいいのだろう ? ミスター・トールのこともある。シルク・ド・フリークの仲間はみんな、 あい ミスター・トールを愛していた。そのミスター・ト 1 ルまで、ばくとつながりがあったばかりに、やら れてしまった。シルク・ド・フリークの仲間は、ばくをにくんでいないだろうか ? 「ミスター・トールのあとは、だれが引きつぐのかな ? 」 げんすい ばくは、バンチャ元帥に聞いてみた。 「さあ。ミスター・トールが死ぬなんて、だれも思ってなかったからな。こんなにとっぜん、亡くなる なんて : : : 」 「みんな、ちりぢりになるのかな。それぞれ、シルク・ド・フリークにくる前の仕事にもどってさ。も うスタジアムを出たやつも、いるかもしれないな。きっと : ふと、アニーが声をあげた。
きさつぼ、つ よげん なんとおそろしい予言だろう。だが予言のショックから立ちなおる間もなく、スティープの凶暴な手 下がシルク・ド・フリークにおそいかかってきた。トミーを亡きものにした・とモーガン・ジェ てき ひんしじゅうしさつお ひとじち へびしさつねん ムズだ。ダリウスもいる。敵はミスター・ト 1 ルに瀕死の重傷を負わせ、蛇少年のシャンカスを人質と だいしんゅう むすこ してつれさった。シャンカスは、ばくの大親友エプラ・フォンの息子だ。 まじよ ミスター・トールは、虫の息で横たわっていた。そこへミスター・タイニーと魔女のエバンナが、ど こからともなくあらわれた なんとミスタ 1 ・タイニ 1 はミスター・ト 1 ルの父親、エバンナはミス あね なきがら タ 1 ・トールの姉だったのだ。そのままミスター・トールは自 5 を引きとった。その亡骸をミスター・タ イニーにあずけ、ばくらは敵を追った。エバンナは、あとでばくらと合流することになる。ばくらは敵 に追いっき、はげしく戦ったすえにモーガンをたおし、ダリウスをつかまえた。そのあと、ばくは・ なかま とシャンカスを仲間に追わせ、少しのあいだ、ばくらを追ってきたエバンナとふたりきりで話をした。 うんめい みらい もしばくがスティープをたおした 未来を見通す力のあるエバンナは、ばくの運命を明かしてくれた かいぶつ やみていおう ら、スティープのかわりにこのばくが、闇の帝王になる。闇の帝王というおぞましい怪物になって、 げんすい ンチャ元帥やばくを止めようとする者をつぎつぎとたおし、バンパニーズ一族だけでなく、人間までひ ねりつぶす、という。 ばあい ばくは、強いショックを受けた。しかし、くよくよとなやんでいる場合ではない。ばくは仲間と合流 たたか いちぞく
ま、よ一つやノ、わか なぜエバンナが「ミスター・タイニーは本を読まない」としつこく言ったのか。い しよもっかんしん しさっせつ った。ミスター・タイニーは書物に関心がない。小説や作りものの話には目もくれない。だから、だい なんかん ぶ先の話になるが、おとなになった「ばくがノンパイアのことを何巻も続くような長い小説にして発 むちゅう 表しても、ミスター・タイニーは気づかなし。 ) 。まかのことに夢中になっているだろう。そのすきに本は えん つぎつぎと出て、読まれていく。そうすれば書物とあまり縁のないバンパイアにも、本のうわさがとど くはすだ。 きず ものい / きいちじていせん いちぞく 傷ある者の戦が一時停戦となり、バンパイア一族とバンパニーズ一族のリ 1 ダ 1 たちが平和な時代を きずこうとするころ、ばくの日記は本となって、世界中の書店に出まわるだろう ( バンパイアの神々が ほほえんでくれて、すべてが思いどおりに運べばの話だが ) 。そうすればバンパイアとバンパニーズが 本を読んで ( 字が読めない者は、だれかに読んでもらって ) 、ミスター・タイニーのたくらみを知るこ みらい とになる。ミスタ 1 ・タイニーがいかに世の中をかきみだし、未来の世界を荒らそうとしているかわか たんじさっ るはすだ。そうとわかれば、エバンナの子どもの誕生がかけはしとなって、バンハイアとバンパニ 1 ズ わる はともに手を取りあい、ミスター・タイニーの悪だくみをふせごうとするにちがいない。 たびだ で落ちついた場所、ひとりになれる場所をさがすだけだ。そこから、あの世に旅立とう。 かみがみ 274
はや ミスター・トールが目にもとまらぬ速さで手を動かした。気がついたら、日記帳のたばは消えていた。 きじゅく じき 「機が熟すまで、わたしがあずかっておこう。そして、時期が来たら : : : だれに送ればいいのだ ? 作 みらい 家か ? 出版社か ? 未来のおまえか ? 」 未来のおまえーーーばくはうんうんと、すばやくうなずいた。 「うむ、よかろう。未来のおまえがどうするかは、わからない。たたのいたすらと見なし、まともに読 まないかもしれない。おまえの意図が伝わらないおそれもある。それでもきちんとわたすことだけは、 やくそく 約束しよう」 と言って、ミスタ 1 ・トールはドアをしめかけたが、ふと手を止めた。 あゆ 「いま、この時点で、わたしはおまえを知らない。おまえが元の人生を歩まなくなる以上、二度と会う こともない。だが、わたしとおまえは友だった : : : そうだな ? 」 ミスター・トールがさしだしてきた手を、ばくはにぎりかえした。ミスター・ト 1 ルがあくしゅをす 祈 るなんて、かなりめずらしいことだ。 章 こううんいの 第 「わが友よ、幸運を祈る。おまえもわたしもみんなも幸せになるよう、祈ろうではないか」 ミスター・トールはそうつぶやくと、さっと手をはなし、ドアをしめた。さあ、あとは、どこか静か ない」 しゆっぱんしゃ
それだとめんどうだからねえ。このほうがてっとり早いのさ。あたしたちを信じておくれよ、ね 信じろと一一一口われてもこまる。しかし、いまさらどうしようもない。それにエバンナは、ミスター・タ 一つら、きら イニーにだまされたとくやしがるようすも、ばくをだましてほくそえんでいるようすもない れたという思いや、戦いたいという思いをぐっとこらえ、心を落ちつけた。ひとます、エバンナとミス ター・タイニ 1 の出かたをみよう。 エバンナが、池のそばにおいてある青いロープを持ってきた。 「おまえさんのために用意しておいたんだよ。さあ、着せてあげようねえ」 み 自分で着られる、と身ぶりで伝えようとした。しかしエバンナがばくをじろりとにらみ、目で止めた。 せ から いま、エバンナは、ミスター・タイニーに背を向けている。ミスタ 1 ・タイニーは、空つほになった池 の底をながめていた。ミスター・タイニ 1 がよそを向いているあいだに、エバンナがばくにロープをか ぶせ、うでを通させた。ロープのうらになにかある。腹のところがかさばる。なにか縫いつけられてい るよ一つた。 エバンナが、ばくの目をのぞきこむ なるほど、わかった。ロープのうらのもののことは、知ら ーにないしょで、なにかしようとしている。 ないふりをしろということか。エバンナはミスター・タイニ ロープになにをかくしたのかわからないが、きっとたいせつなものにちがいない ロープを着たあと、 そこ たたか はら ぬ 248
せいれいみつみと 書きたしてくれた。また、ばくが長いこと精霊の湖に閉しこめられて、頭かおかしくなりそうになり、 湖からエバンナに助けられ、リトル・ピープルに作りかえられることや、さらにそのあとおこることま よそう で、予想して書いていた。ば くがこの時代にもどってきて、少年の「ばくをおどかして追いはらうこ とや、さらに エバンナが最後の数ベージになんと書いたのか、ばくは知らない。そこまで、読まなかった。自分が じぶんじしん 最後の最後になにをするか、なにを思うか。それは先に読むのではなく、自分自身でたしかめたい。 あいよう げきじさっ スティープが劇場を飛びだし、クレプスリーが地下にある愛用のひつぎに向かうのを待って、ばくは でん中っせいり ミスター・トールをさがしにいった。ミスター・トールはトレーラーの中で、伝票の整理をしていた。 たんじゅんさきっ につか でんびさっせいり ショーのある日はそうするのが、ミスター・トールの日課なのだ。伝票整理のように単純な作業を、ミ スター・ト 1 ルはけっこう楽しみながらこなしている気がする。ばくはトレ 1 ラーのドアをノックして、 まった。 「なんの用だ ? リトル・ピープルのばくを、ミスタ 1 ・トールはうさんくさそうに見た。ミスタ 1 ・トールのトレ ラーをとっぜんたずねてくる人など、めったにいない。相手がリトル・ピープルとなれば、なおさらだ。 あいて 270
「おまえのもの ? まさか。ダリウスのむは、おまえのものなんかじゃなかった。おまえはただ、ダリ ウスをだまして手なずけただけだ」 スティープはなにか言いかけたが、ふいに顔をしかめ、いらいらと首をふった。 しい。ガキなんざ、どうでも : 。ガキと母親のことは、あとだ。そろそろ、お楽 「くそっ、どうでも ) よげん しみといこうぜ。予言のことは、知ってるよな」 ほのお と、ミスター・タイニーのほうを見る。ミスター・タイニ 1 は、炎をあげるテントやトレーラーをな がめわたし、こちらを見ようともしない スティーフが、続けた。 きず 「おまえらがおれをやるか、それとも、おれがおまえらのどちらかをやるか。いずれにしろそれで、傷 ものり」けっちナ、 ある者の戦は決着がつく」 な げんすい ハンチャ元帥が、鼻を鳴らした。 「ミスタ 1 ・タイニ 1 の予言が当たってるならな。うそをついてるのかもしれねえぞ」 スティ 1 プが、まゆをひそめた。 「ミスタ 1 ・タイニーを、信じないのか ? ああ、とバンチャ元帥がうなずいた。 109 ー第 8 章攻撃開始
あじ ゝ、いたたまれなくなる。 苦しみと悲しみを味わわせることになるか、つい考えてしまし ショーの後半、ガーサ、シーサとシープ、エプラの三組が出ているあいだ、ばくはロープのうらのも しいたろ一つ。ロ のを見てみることにした。そろそろ、エバンナが持たせてくれたものをたしかめてもゝ さいしょ プの中に手を入れ、最初に手がふれた角ばったものをつかんで、ひつばりだしーーーばくは歯のない口を わら 大きく横に広げ、につと笑った。 せいれい - つみ なるほど、さすがはエバンナだ ! 精霊の湖からミスター・タイニーのねじろに向かうとちゅう、エ ハンナはこう言っていた。おきてしまったことは変えられない。でもだれがかかわるかは、変えられる たまレい A 」 しいから、ばくが半バンハイアとして生きてし 。ばくの魂を自由にするだけなら、どの世界でもゝ る世界に送りかえせばよかった。でもエバンナはさらに一歩ふみこんで、ばくの魂だけでなく、ばくの すく やくそく 人生も救おうとしてくれた。それが、ミスター・タイニ 1 との約束だったわけだ。おそらくミスタ 1 ・ タイニーはしぶったが、しかたなくしようちしたのだろう。 しかも、だ。エバンナはミスター・タイニ 1 にかくれてこっそりと、べつのチャンスもあたえてくれの あ こ。ばくの人生を自由にすることよりも、はるかに意味のあるチャンスを エバンナのたくらみを 章 第 知ったら、ミスター・タイニーは怒りくるうにちがいない ! ぬ ロープに縫いつけられていた残りのものもひつばりだし、じゅんばんにならべ、いちばん新しいもの かく