そしてその十数年前に、ばくがクレプスリーとはじめて出会った場所だ。 きっと そのとき、 なせ、ここに送りかえされたのだろう ? そうだ、まちがいない、 ・ほ、つと - っ いうものすごい音がした。ウルフマンがうなりをあげる。ショーの冒頭でくりひろげられる、お決まり しゅうとうけいさん のパターン。ウルフマンがあばれだすのはとっぜんでもなんでもなく、周到に計算された演出なのだ。 ひめい ウルフマンが悲鳴をあげるひとりの女性におそいかかり、女性がっきだした手をがぶりと食いちぎった。 しゅんかん つぎの瞬間、ミスター・トールがばくのとなりから消え、ウルフマンのそばにあらわれた。泣きさけぶ おり きや、せき 女性からウルフマンを引きはがし、おとなしくさせ、檻につれていく。客席ではダビナとシャーリーが、 かんきやく 観客たちをけんめいになだめている。 かなきごえ ミスター・トールが、金切り声をはりあげる女性のところにもどった。食いちぎられた手をひろい あいず ヒューツとロ笛をふく。ばくともうひとりのリトル・ピープルに、来いと合図したのだ。ばくはあいば 一つのリトル・ピープルとともに、フードがぬげないように気をつけながら、ミスター・トールにかけよ った。ミスター・トールが女性をすわらせ、なにか耳うちして、静かにさせた。そして血のふきだす手 首にきらきら光るピンクのこなをふりかけて、もげた手をぐいとおしつけ、ばくとあいばうのリトル・ ピープルにうなずく。ばくらは針と糸を取りだし、ちぎれた手を手首にぬいつけだした。 むかし ばくは針を動かしているうちに、めまいがしてきた。ああ、この女性も、なにもかもーーーその昔、ば くちぶえ じよせい えんしゆっ 2 う 4
かいてん きとばして立ちあがり、ぐるぐると回転する。フックでナイフの柄をつかもうとするが、つかめない そのまま、がくんとひざまずいた。地面にすわりこみ、首をそらす。 ぎん ・は、しばらくふらふらしていた。と、両うでをゆっくりと目の前に持ってきた。金と銀のフッ クを見つめ、うれしそうに顔をかがやかせる。 「手た : : : 」 ことば ・が、つぶやいた。血で声がくぐもっているが、言葉は聞きとれる。 「見える : : : おれの手だ : ・・ : 手が、もどってきた。ああ、もう、だいじようぶだ。おれは、もとどおり とっぜん、うでがだらんとたれた。笑みをうかべたまま、あわい赤色の目が動かなくなり・・ーーー・ たびだ の魂は、静かにあの世へ旅立っていった。 つか 142
はや ミスター・トールが目にもとまらぬ速さで手を動かした。気がついたら、日記帳のたばは消えていた。 きじゅく じき 「機が熟すまで、わたしがあずかっておこう。そして、時期が来たら : : : だれに送ればいいのだ ? 作 みらい 家か ? 出版社か ? 未来のおまえか ? 」 未来のおまえーーーばくはうんうんと、すばやくうなずいた。 「うむ、よかろう。未来のおまえがどうするかは、わからない。たたのいたすらと見なし、まともに読 まないかもしれない。おまえの意図が伝わらないおそれもある。それでもきちんとわたすことだけは、 やくそく 約束しよう」 と言って、ミスタ 1 ・トールはドアをしめかけたが、ふと手を止めた。 あゆ 「いま、この時点で、わたしはおまえを知らない。おまえが元の人生を歩まなくなる以上、二度と会う こともない。だが、わたしとおまえは友だった : : : そうだな ? 」 ミスター・トールがさしだしてきた手を、ばくはにぎりかえした。ミスター・ト 1 ルがあくしゅをす 祈 るなんて、かなりめずらしいことだ。 章 こううんいの 第 「わが友よ、幸運を祈る。おまえもわたしもみんなも幸せになるよう、祈ろうではないか」 ミスター・トールはそうつぶやくと、さっと手をはなし、ドアをしめた。さあ、あとは、どこか静か ない」 しゆっぱんしゃ
のうしんぞうかんぞうじんぞう しく。そしてそのまわりをべたっく灰色のひふでお ると、こんどは中に脳や心臓、肝臓や腎臓を人れてゝ ないぞうほね おい、内臓と骨がくずれないよう、ひふを縫ってい 内臓やひふは、どこから持ってきたのだろう ? 自分で育てているのか ? いや、きっとどこかからーーーーそう、人間の死体から持ってきたのだろう。 く。ミスター・タイニーの ミスター・タイニーが、新しい体に目玉をつけた。目玉と脳をつなげてい せいかく はや ゅうのうげか 手が、世界一有能な外科医のように正確に、しかもおどろくほどの速さで動き、目玉と脳をつなげてい ぎじゅっひつよう くのを感しる。かなりの技術を必要とする技だ。フランケンシュタイン博士でも、こうはいかないので はないだろうか。 ミスター・タイニーは体を作りおえると、手を液体にーー・ばくの中に つつこんだ。つめたい手、 いた つめたい指だ。どんどん、つめたくなってい 池の液体がーーーばくが , ーー濃くなっていく。痛みはな あっしゆく い。ただ、ぎゅっと圧縮されるような、みような感じがする。 液体がほんの少しになった。バニラシェークのようにどろどろだ。ミスター・タイニーが液体から手 いっしゅんま をぬき、かわりに管をつつこんた。一瞬間をおいて、管が液体をーーーぼくをーーーすいこみはじめた。管 の中を流れていくのを感じる。池からすいあげられーー・なんだろう、この管は ? さっき池につつこま れた管とはちがう。でも似ている けつかん わかった ! 血管だ ! 「この緑の液体は、おまえの血となり、おまえの新しい体を動かすエネルギー わざ えきたい はかせ
ムの魂の一部も、いま、この世をはなれようとしている。液体の中に、サムの顔が見えたような気がし えがお た。おさなくて、いきいきとしたサム。熱くてつらいだろうに、笑顔でオニオンピクルスをひとつ、ロ にほうりこむ。サムがばくにウインクし、手をふってー・・・ー消えた。とうとうばくは、ひとりばっちにな しんけい ようやく痛みが消えた。体がかんぜんにとけてしまったのだ。痛みを伝える神経も、それにこたえる ふしぎかんかく げんし 脳みそもない。なにも感じない、不思議な感覚だ。ばくは、液体とひとつになった。ばくの原子が液体 / 、、つ′第っ とまざりあい、ひとつになっている。ばくは液体、液体はばくだ。 骨髄がとけ、空洞になったばくの骨 が、池の底にしずんでいくのがわかる。 しばらくして、池の中に ばくの中にーーー一一本の手がつつこまれた。ミスター・タイニ 1 の手だ。 さむ ミスター・タイニーが指を動かした。いまのばくには背すしなどないが、背すじが寒くなるような感じ がする。ミスター・タイニ 1 が、池の底から骨をひろいあげた。一本一本、ていねいにすくいあげてい ぶんし く。その骨を池の外においた。骨には、液体の分子がついている。液体の分子ーーーばくの分子だ。ミスの お ター・タイニーが骨をそろえるのを感じた。さらに骨を小さく折っていき、手の熱でとかしたり曲げた章 」っか′、 第 りねじったりして、ばくの一兀の体とはまったくちがう骨格を作りあげてい その骨格を、ミスター・タイニーはたんねんに何時間もいじくりつづけた。すべての骨をつなぎおえ そ」 せ くち
よし、起きてみよう。頭を持ちあげたとたん、はげしいめまいにおそわれたが、すぐにおさまった。 目が回ったり、気もち悪くなるたびに止まりながら、のろのろと体を起こした。ようやく、ちゃんとす しせい かんさっ われた。この姿勢たと、自分の体を観察できる。大きな手、大きな足、太いうで、太いもも、灰色のひ ふ。 ーキャットが言っていたとおり、 いまのばくは男でも女でもない。 というか、男でもあり、女で もあり リトル・ピ 1 プルの顔でなかったら、恥ずかしくて赤くなったところだ。 「立て」 りさって ミスタ 1 ・タイニ 1 が、 ばくに命じた。手につばをはき、両手を合わせ、緑の液体をこすり落として 「歩きまわれ。体を動かしてみろ。新しい体にすぐ直れるはすだ。リトル・ピープルは、すぐ動けるよ うにしてあるからな」 さいしょ エバンナの手をかりて立ってみた。最初はよろめいたが、すぐにバランスをとれた。元の体よりもが っしりとしていて、体が重い。さっき寝そべっていたときも感じたのだが、元の体ほど手足が速く動かの しんけい ない。指を曲げたり、足を前に出したりするのにも、神経をつかう。 章 から 第 向きを変えようとして、池に落ちそうになった。いまは空つほの池だ。 「ゆっくりおやりよ はや
こと。は ばくはエバンナをちらちらと見ながら、言葉を選ぶようにして話した。 「なんとなくだけど、スティープがいるような気がする。スタジアムで、ばくらを待っている気がする ほ、つほう けいさつりよう こ , っ′リき んだ。警察を利用して攻撃する方法なら、あいつ、もう使っただろ。アリスが、まだ警察にいたころに。 おも あいつが、おなじ手を二度も使うとは思えないんだ。おなじ手のくりかえしじゃ、つまらないだろ。あ ままでとはちがうスリルを味わいたがる。だから、スタジアムの外にい いつは新しいことが好きだ。い る警官隊は、カムフラージュじゃないかと思うんだ」 ひら ハンチャ元帥がばくの言葉をかみしめながら、ロを開いた。 げきじさっ 「あのやろうは、おれたちを劇場でわなにはめることもできた。でもあそこは、前に戦った場所ほど手 ほ、つふく がこんでない。報復の間ほど、しかけがこってない そうなんだ、と、ばくはうなすいた 「あいつにとっても、ばくらにとっても、大づめの一大決戦だろ。スティ 1 プなら、ぎよっとするよう げいにん なしかけで、はでに幕を引きたがるんじゃないかな。あいつは、シルク・ド・フリークの芸人に負けな こだい ぶたい えんしゆっ やくしゃ いくらい役者だし、はでな演出も大好きだろ。スタジアムという舞台は、もってこいじゃないか。古代 ひら のコロセウムで開かれた、戦いの見せものみたいで : アリスは、なっとくしきれないようだ。 いちだいけっせん あじ たたか 81 ー第 5 章別れ
てるのはまちがいないわ」 げんすい しつもん ハンチャ元帥が、アリスに質問した。 「中に入れてくれとは、たのめなかったのか ? 」 アリスが、答える。 「たのむまでもないわ。勝手に人れるようになってるんだもの。うら手の入り口がひとつだけ、かんぜ けいさっ んにあけてある。入っていけるように、道もあけてある。そこから入ろうとする者がいても、警察はい っさい手を出さないんですって」 しきかん 「ええつ、その指揮官、そこまでしゃべったのか ? 」 ばくは、おどろいた。 めいれい 「聞かれたらだれにでもそう答えろって、命令されてるのよ」 どく アリスが答え、いまいましげにつばをはいて、毒づいた。 「ふん、こしぬけめ ! 」 ハンチャ元帥が、ロのはしをゆがめてばくに笑いかけた。 「おう、やつは中にいるな」 ぶたい 「ああ、あいつなら、これだけの舞台に かって 、いないはずがない」 わら 0 0 ノ
よち 橋の下はせまく、入れかわる余地がない。だから向きあったまま、たがいにナイフでつき、刺し、切 ふじゅう っ先をよけあうしかない。不自由だが、ばくにはかえってありがたかった。広い場所だと、互角に戦う いまのばくは、すぐにカつきてしまう。でもここはせま には、すばやく動きまわらなければならない いので、動きまわらなくてすむ。どんどんなくなっていく体力を、ナイフを持つ手に集中させればいい。 むごん ばくもスティープも無一言で、すばやく、はげしく、がむしやらに戦った。うでを切られた。やりかえ はらむね した。腹と胸をあさく切られた。また、やりかえす。敵のナイフが、鼻先をかすめた。ばくのナイフが、 スティープの左耳をわすかにそれる。 こう、げき ふいにスティープが、ばくの左がわを攻撃してきた。けがで左うでが動かないのを、見こしてだ。ス ティープがばくのシャツをつかみ、 ぐいっとひつばった。同時に、もういつほうの手のナイフを、ばく いた きず の腹に向ける。ばくは、スティープにたおれかかった。ナイフで腹を刺された。深い傷だ。痛い。はす お みで、さらにつつこんでい スティープと折りかさなって、たおれた。スティープが地面にたた ひら ナイフが、ほちゃんと川に落ちた。あ きつけられ、思わす右手を開いた。ナイフが、飛んでい っという間に、流されて見えなくなる。 スティープが右手をつきだし、ばくをおしのけようとする。その手をめがけて、ばくは自分のナイフ ひめい をつきだし、右ひじと手首のあいだをつき刺した。スティープが、悲鳴をあげる。ばくは、ナイフをう はら てき はら ごかくたたか 148
と一一一口って、エバンナがばくをふりかえり、にやりとした。 じゅうようそんざい 「自分がそんなに重要な存在だなんて、ゆめにも思ってなかったんじゃないのかい」 ばくは、うんざりした。 「ああ。そんなもの、なりたくもない しんばい 「心配しなさんな」 と、エバンナが、こんどはやさしくほほえんだ。 「おまえさんは、スティープに自分をころさせた時点で、その運命からぬけだした。ハイバーニアスや あたしが思いっかないようなことをしてのけた。どうあがいても変えられないと思ってた未来を、その 手でみごとに変えたんだよ」 こと・は という言葉に、ばくは飛びついた。 未来を変えた やみていおうしゆっげん 「じゃあ、ばくは闇の帝王の出現をふせげたんだ。そうなんだろ、な ? そのために、ばくはスティー ほ、つほ、つ プに命を投げだしたんだ。それしか方法が思いっかなかった。ばくは、闇の帝王になどなりたくない はかい この手で世の中を破壊するなんて、考えただけでぞっとする。ミスター・タイニーは言ったよな。ばく か、スティープか、どちらかが闇の帝王になるって。でも、ばくもスティープもいなくなったら : : : 」 エバンナが、うなずく。 21 ろー第 15 章エバンナの子