やみ いよく車に乗りこむと、ダリウスのようすをたしかめ、エンジンをかけて走りだし、すぐに闇の中へ消 えた。残されたばくは悲しみにうちひしがれ、家の前に立ちつくした。 はいご アリスが、背後からすっとよってきた。 「ダレン、だいじようぶ ? 」 ばくは、涙をふいて答えた。 「ああ、立ちなおってみせるさ。ダリウスに、さよならを言いたかったよ」 「さよなら、しゃないわ。またね、でしよ」 「そうだな」 と答えたものの、ふたたび会えるとは思えなかった。ばくが勝とうが負けようが、アニーやダリウス わか よかん と二度と会うことはない そんな予感がする。ばくは心の中でふたりに別れをつげてから、向きを変 え、ふたりのことを頭の中からふりはらった。これからは気もちを切りかえ、目の前の問題に、そう、 なかま をうしゆっぜんり、 シルク・ド・フリ 1 クの仲間の救出に全力をそそぐのだ。 れ 章 いったん家の中にもどり、このあとどうするか相談した。アリスが、できるだけ早く町を出たほうが第 しいと言いだした。友だちも仲間もすてて、町を出ようという。 そうだん
し」にんずうせんばったい 「いや、まだだ。でも一時間ほど前に、少人数の先発隊が入った。ありゃあ、新しい特殊部隊たな。み んな頭をそって、茶色のシャツに黒のズボンをはいてたぜー さらに、そばにいた男の子が、せきこむようにさけんだ。 「目を、赤くぬってたんだ ! あれ、血だよ ! 」 こと・は 男の子の言葉を、母親らしき女性が笑いとばす。 「まったく、なに言いだすの。赤くぬっただけよ。ライトで目がくらまないように はい′」 ないしん 新しい特殊部隊ーーーばくらは内心あせりながら、ひとますさがった。背後で、さっきの男の子の声が する。 「ねえ、ママ、あの女の人、体にロープをまいてるよ ! こえ 母親が、きつくたしなめる声がした。 「ばかなことを言うんじゃないの ! 」 人ごみからはなれたところで、アリスが言った。 「ダレン、どうやらあなたのにらんだとおりのようね。バンペットがいるもの。バンペットは、いつも 大王のそばにいるでしょ ばくは、気になることを聞いてみた。 じよせい わら とくしゅぶたい 87 ー第 6 章夜のスタジアム
じゃあく やりかけたことはとことんやりぬく意志の強さがある。こうと決めたら、て えられないほど邪悪だが、 こでも動かない。タリウスもそうだ。 ばくはいすにすわったダリウスの前に腰をおろし、ダリウスの指の先につめをつきたてようとした。 そのとき、アニーがためいきをついてなげいた。 「信じられないわ。ついさっきまで、明日なにを買おうとか、ダリウスが学校から帰るまでにもどらな 。とっぜん、死んだはずのお兄ちゃんがもどって くちゃとか、そんなことしか考えてなかったのに : きて、しかもバンパイアだなんて言いだした。やっとなっとくできたと思ったら、すぐにまた死ぬかも むすこ しれないなんて。息子まで、死んでしまうかもしれないなんて : : : 」 いまにも、やめて、と言いだしそうだ。アリスが背後から歩みより、アニーにそっとっげた。 さつじんき それとも、父親とおなし殺人鬼として死なせるほう 「息子さんを、人間のまま死なせるほうがいいフ 力いいのかしら ? 」 ぎんこく こと・は 残酷な言葉だ。でもそのおかげでアニーは、ダリウスがどうなってしまうか考えて、あきらめがつい たらしい。体をはげしくふるわせ、声を出さずに泣きながらはなれていき、ようすを見守った。 りさって ばくはなにも言わず、ダリウスと両手の指先を合わせ、ダリウスのやわらかい指の先に、つめをぜん第 ひめい タリウスが悲鳴をあげ、すわったままのけぞった。血の出る指をくわえよう ぶ、いっきにつきたてた。。 こし
はや ミスター・トールが目にもとまらぬ速さで手を動かした。気がついたら、日記帳のたばは消えていた。 きじゅく じき 「機が熟すまで、わたしがあずかっておこう。そして、時期が来たら : : : だれに送ればいいのだ ? 作 みらい 家か ? 出版社か ? 未来のおまえか ? 」 未来のおまえーーーばくはうんうんと、すばやくうなずいた。 「うむ、よかろう。未来のおまえがどうするかは、わからない。たたのいたすらと見なし、まともに読 まないかもしれない。おまえの意図が伝わらないおそれもある。それでもきちんとわたすことだけは、 やくそく 約束しよう」 と言って、ミスタ 1 ・トールはドアをしめかけたが、ふと手を止めた。 あゆ 「いま、この時点で、わたしはおまえを知らない。おまえが元の人生を歩まなくなる以上、二度と会う こともない。だが、わたしとおまえは友だった : : : そうだな ? 」 ミスター・トールがさしだしてきた手を、ばくはにぎりかえした。ミスター・ト 1 ルがあくしゅをす 祈 るなんて、かなりめずらしいことだ。 章 こううんいの 第 「わが友よ、幸運を祈る。おまえもわたしもみんなも幸せになるよう、祈ろうではないか」 ミスター・トールはそうつぶやくと、さっと手をはなし、ドアをしめた。さあ、あとは、どこか静か ない」 しゆっぱんしゃ
ふとあることを思って、ばくはロをつぐんだ。シャンカスは、人の気もちや考えかたや、ほかにもい ろいろなことを、もう学べない ひら しばらくして、ダリウスが口を開いた。 「ばく、どうすればいいのかな ? ばくは、ためいきまじりに答えた。 「家に帰れ。ぜんぶ、わすれろ。なかったことにしろ」 「ええつ、じゃあ、バンパニーズはどうなるのさ ? パパは、まだ逃げてるんだよ。ばく、 つかまえたい」 ばくは、ダリウスをつめたく見すえた。 「おまえ、本気か ? あいつをしとめる手伝いをしたいのか ? ばくらを、あいつのもとにつれてい しんぞう っていうのか ? あいつのくさった心臓をつかみだすのを、その目でたしかめたいのか ? ダリウスが、きまり悪そうにもぞもぞしながら、つぶやいた。 「パパは、悪いやつだろ」 「ああ、そうさ。でも、おまえの父親であることにちがいはない。ダリウス、おまえは手を引け」 「じゃあ、ママは ? ママには、なんて言えばいい ? っしょに
ことば ろす。そんなダリウスを、アニーは言葉もなく見つめた。、 タリウスが、つらそうな顔で続けた。 むすこ あい 「あいっ 、パパなんだろ。だから、信したんだ。息子のばくを、愛してくれてると思った。だから、 ノ ンパイアの話を聞かされたときも、すなおに信じた。あいつ、こう言ったんだ。バンパイアの話をした しんばい のは、ばくを守りたいから、おまえたちのことが心配だからって。ばくとママを守りたいって。それか なかま ほうほうおそ らなんだ、ばくが仲間になったのは。ナイフの使いかたや、ポーガンの撃ちかた、人をたおす方法を教 わった : ・ せ アニ 1 は一一一一口葉をうしなったまま、いすにすわり、背にもたれた ダリウスが、続ける。 へびしさつねん 「ぜんぶ、スティープなんだ。こんなことに、ばくをまきこんだのも、蛇少年の命をうばったのも、ダ レンおじさんがママとこんな形で会うことになったのも : ダレンおじさんは、ママに会いたくなか きず ったんだよ。ママを傷つけることになるからって。でもあいつのせいで、会わなきゃならなくなったん ダレンおしさんが言ったこと、ぜんぶ、ほんとうなんたよ。ママ、ばくたちを信じて。ぜんぶ、あ いつの : ・・ : スティ 1 プのせいなんだ。あいつ、もどってくるかも : ・・ : ママを : ・・ : ママをねらって : ・・ : だ から : : : 信じてよ : : : 」 ダリウスが、だまった。言葉につまってしまったのだ。でも、伝えるべきことは、きちんと伝えた。 う 1 ー第 2 章家 , 、
えら レンならどうするだろうって。なんたっておまえさんは、あの父上をだしぬいたんだから。そうしたら、 ばっとひらめいたのさ。 だからあたしは父上の提案を受けいれたうえで、こう言ったんだよ。バンパイアの子どもと、バンパ 。いと言ったので、あたしが ニーズの子ども、どちらにするかまだ決めてないって。父上がどちらでもゝ りさつかい 選んでも ) しいかたすねて、了解をとった。で、あたしはますガネン・ ーストと、つぎにバンチャ・マ ほ , っ」′、 ーチといっしょにすごした。そのあと父上のところにもどって、心が決まったから身ごもったって報告 した。父上は、飛びあがらんばかりに喜んだよ。どちらの子を身ごもったか、あたしががんとして言わ やくそく なかったのに、おこらなかったほどさ。で、あたしをここに送りこんでくれた。約束どおり、おまえさ やくそく けいかく んを救いだすために。約束さえはたせば、さっさとつぎの計画にとりかかれると、父上は考えたようだ ねえ」 エバンナが口をつぐみ、腹をさすった。まだ恥ずかしそうにほほえんでいる。 「どっちの子どもなんだ ? どちらの子どもかによって、どう状況が変わるのか、ばくにはわからないが、やはり知りたい。 エバンナが、答えた。 「ふふつ、りようほうの子どもだよ。双子なのさ。ひとりはバンチャの子、ひとりはガネンの子だよ」 はら ふたご 22 ろー第 15 章エバンナの子
じんるいれきし あたしはねえ、人類の歴史よりも古いさためにしばられてるんだよ。ハイバーニアスもそうだし、父 げんざい 上だって、あたしたちよりは力があるけど、やはりしばられてる。もしあたしが現在の世界をいじくっ よけん みらい すかって て、予見した未来を好き勝手に変えようとしたら、そのさだめをやぶることになる。そんなことをした みらいえいごう さつりく かいっ ら、怪物たちがこの世に飛びだしてくる。未来永劫、血で血をあらう殺戮がくりひろげられ、この世は じごくか 地獄と化しちまうんだよ」 こた ばくは、ふてくされて答えた。 「もう、地獄じゃないか」 エバンナが、うなすいた 「ああ、おまえにとってはねえ。でも、ほかのおおぜいの者にとっては、地獄じゃない。ダレン、おま え、ほかの者たちもおなじ目にあわせたいのかい ? 自分よりひどい目にあわせてもいいのかい ? 」 やみ 「いいわけ、ないだろ。でも、あんた、言ったじゃないか。どうせ、みんなつらい目にあうって。闇の ていおう 帝王は、人間をほろばすんだろ きぼうめ 「ああ、闇の帝王は、人間をたたきのめすさ。でも、根だやしにするわけじゃない。希望の芽は、残る。 ふつかっ はるか先の話になるけど、人間が復活する望みがないわけしゃない。でも、あたしがみようなちょっか じゃあくかいぶつ ことは いを出して、邪悪な怪物たちを解きはなしちまったら、希望なんて一言葉はどこかにふっとんじまうさ」 のぞ のこ
ミスター・タイニ ーになど、なにがあろうと、ぜったい会いたくない ! かかった。なぜ会わなければならないのか ? なんのために会うのか ? いじよう こわい 知ったいまは、これまで以上にミスター・タイニーがにくゝ ばくは、大声でうったえた。 「あいつが地球のおもてにいるなら、正反対のうらに行く , 「ああ、そうだろうとも。でもねえ、いくらいやでも会わなきゃならないのさ せいれいみつみ 「あんた、あいつに言われてここに来たのか ? ばくを精霊の湖から引きあげろって言われたのか ? 引きあげて、つれてこいって言われたのか ? ばくの人生を、まためちゃくちゃにするために ? 」 「会えばわかるさ」 エバンナが、そっけなく答えた。い 第 + 五章エバンナの子 せいはんたい まのばくは、だまってしたがうしかない。したがわなかったら、 うちゅう 行けるものなら、ちがう宇宙にだって行 ばくは、エバンナに食って ほんしす ) - ミスター・タイニーの本性を 207 ー第 15 章エバンナの子
ばくは首をふり、そそくさと立ちさった。このあとスティープは少年の「ばくーに、なぜ字が読めな せつめい いふりをしたのか、説明するはずだ。ふらふらしていた頭が真っ白になった。子どものころの自分の目 まぢか むてつぼう をのぞきこみ、おさなくて、無鉄砲で、まぬけな自分のすがたを間近でたしかめることになるとは そっとう 卒倒してしまいそうだ。自分がどんな子どもだったか、きちんとおばえている人など、たぶんいないだ ろう。おばえているとおとなは言うが、うそだ。写真やビデオにうつった自分は、そのころの自分をあ りのままにとらえてはいない。そんなものを見ても、昔の自分をそっくりそのままは思いだせない。昔 かこ の自分をたしかめたければ、過去にもどるしかない。 しゆっえん ぶたい みやげものを売りきり、舞台のうらに引きあげ、つぎに出演するトラスカやハンス・ハンズなどにち やみ ゅうれい なんだみやげものを用意した。やがて夜の闇にうかぶ幽霊のように、クレプスリ 1 がマダム・オクタと ともに、舞台うらにふっとあらわれた。 クレプスリーの芸は、ぜったい見のがすわけにいかない。ばくはジェッカスの目をぬすんで、舞台の いどう ゞ、ばくの師のクレプスリーが、舞台に出ていく そでヘ、移動した。ばくの友人のクレプスリーカ しんぞう いしさっ ばくは、心臓が止まりそうになった。赤いマント、えんじ色の衣装、青白いはだ、オレンジ色の髪、左章 きず とれだけ第 のほおの傷ーー・なにもかもが、まぶしい。ああ、クレプスリーに走りよって、だきっきたい。。 そんざい 会いたかったか、クレプスリーがどれだけたいせつな存在たったか、伝えたい。大好きだよ、ばくにと かみ