明日香 - みる会図書館


検索対象: QED : 鬼の城伝説
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1. QED : 鬼の城伝説

一一一一口う。「明日香。一旦、家の中に戻ろう」 の出来事のどこまでが現実で、どこからが悪夢なの 「健爾さん・ : か。それとも全てのことが夢なのか判断がっかな 「明日香 ! しつかりしろ。さあ戻るぞ ! 」 るいせん 巧実は明日香を無理矢理に引きずるようにして、 涙は出なかった。涙腺を司る神経が麻痺してしま 母屋に向かって歩き始めた。 ったのだろうか。それとも大脳辺縁系がーー感情中 圭佑はそれを後ろから後押しするように歩きなが枢が壊れてしまったか : でも ら、何度か土蔵を振り返った。 薄暗い陽射しの中で土蔵はますます暗く、そして 明日香は、つ・。 床の上に置かれている健爾の首も、やがて視界から何かがおかしくはないか ? おうとかん 消えた。同時に圭佑は、軽い嘔吐感を覚えた。 それとも自分の頭がおかしいのか 二人でやっと明日香を廊下まで運び終わると、巧 人の記憶は理論ではなく、 いつも感情に支配され 実たちの体は雨にぐっしよりと濡れてしまってい ている : どこで読んだのか : 。そんなあやふ た。自分の額に張り付く前髪をうるさそうに払いなやな「記憶」が頭の中に浮かび上がっては消える。 z がら圭佑は、じっと明日香を覗き込む。 そして明日香は、そのままふっと意識を失ってし料 まった。 巧実も手で顔を拭った。 明日香は相変わらず、魂が抜けてしまったよう に、べたりと廊下に座り込んだままだった。目の前

2. QED : 鬼の城伝説

「なるほどなるはど」 の状況を尋ねたいところだったが、この様子ではと 忍田は次に、笙子の前に寄り添うように腰を下ろても無理だろう。それにおそらく、その時の現場の している男女に問いかける。 細かい状況なども覚えていないに違いない。そこで 「妙見さんーーーとおっしやるのは、あなたたちです次の質問に移ることにした。 ね ? 「その後、皆さんは健爾さんの遺体を発見された明 忍田は、広い額のがっしりとした体格の男性と、 日香さんに呼ばれて、土蔵へ ? 」 その男性に肩を抱かれたまま魂が抜けてしまったよ「というよりもーーー巧実が答える。「明日香は、 うにただばんやりとソフアに腰を下ろしている女性あれが健爾くんの遺体だと確信したわけではなかっ を見た。 たようなんです」 あご 「妙見巧実です」男性は答える。角張った顎が、意「というと ? 志の強さを表しているようだ。「そしてこれが、妹「ただ何か、土蔵の中に変なものがあると : : : 」 「生首が いえ失礼。それらしきものが見えたと の明日香です」 「明日香さん : : : 」忍田は片岡を振り向いて確認を いうわけですか」 「はい・ ただもちろん、おそらく心の中ではあ 取る。「被害者ーー鬼野辺健爾さんの婚約者の」 る程度・・ーー。そうだね明日香」 巧実は、そっと視線を明日香の上に落とした。し 尋ねる巧実に明日香は、虚ろな視線のまま、 「はい かし明日香は、全く無表情のままだった。 : 」と軽く頷いた。 遺体の第一発見者であるからには、当然詳しくそ「なるほどなるほど : : : 」忍田は頭を掻く。「そし

3. QED : 鬼の城伝説

らこそ、間違ってもその笑顔を失いたくない。 「そうしたら、その時に良いものを見せてあげる。 約束だ。明日香も、きっと驚くよ 「考えすぎだよ。明日香の杞憂だ」 ひたい 自分の額にかかる長い前髪を掻き上げて笑う健爾それは何 ? と尋ねる明日香に、 を、明日香はしっと見つめた。 「当日のお楽しみ」 ほほえ いたずら もちろんそう・思しオカオし日 、 ) こ、つこ。 ) や月日香自・身か と、健爾は悪戯な子供のように微笑んだ。 一番それを望んでいた。でも、だからこそ心配して いるのだ。健爾の一一一一口うように、単なる取り越し苦労 そして先ほど健爾は、明日香の肩を軽く抱き寄せ であればそれに越したことはない。第一、あんな出ながら、 来事が一一度続いたからと言って、またもう一度起こ 「あと十五分ほどしたら、土蔵に来てごらん」 ささや るなどとい、つことは : こっそり と囁いた。隹に、も見つからないよ、つに、 でも とねー・ーと。 明日香は今まで自分に霊感があると思ったことは だから、その言葉通りにこうして独りでやって来 一度もなかった。でも、気にかかる。 た。今日、一緒に鬼野辺家にやって来ている、兄の そんな明日香に向かって、健爾は言った。 巧実にも黙って : 「そうだ。お袋の五十歳のお祝いで、家に来るだろ ガラリと大きな音を立ててガラス戸を開けると、 母屋の廊下の一番端ーー広縁に出る。そこもしっと う。そうしたらーーー」 ししっこ その日が今日だ。健爾の母親、笙子の五十歳の誕 りと濡れていた。明日香はつつかけに履き替え、傘 生日。 を広げて庭に降りる。春雨が音も立てすに、明日香 きゅ、つ か たくみ ひと

4. QED : 鬼の城伝説

まだ寝たり起きたりの生活が続いていた。そうなれ りようきち ば当然、父の良吉と巧実にその負担が掛かってく る。今日も父は、早めの夕食を摂って休んでしまっ ている。明日も早朝から忙しいのだ。 兄妹の会話ーー 「早いな。もう、あれから半年か : : : 」 「そう言えば、そろそろ健爾くんの新盆だな」巧実巧実は金目鯛の煮付けに箸を伸ばす。明日香の手 が兄妹一一人だけの夕食の席で、まるで独り言のよう料理である。以前は「こんな味付けしや、これから 毎日食べさせられる健爾くんも可哀相だな」と明日 に呟いた。「お前も、顔を出すんだろう」 ええ、と明日香は頷く。 香を冷やかしていたけれど、もちろんそれは嘘であ 「もう、そのように鬼野辺さんに連絡を入れましる。明日香は確実に料理の腕を上げていた。 「しかし、あんなに派手な事件だったのに、まだ犯 た。お兄さんは ? 」 人の見当もっかないとはな 。県警は一体何をや 「もちろん、仕事の区切りがっきさえすれば行く ってるんだ」 よ。ただ、今の状況しゃちょっと厳しいが : : : 」 ぶどう 「 : : : 一所懸命に捜査をしてくれてはいるんでしょ 代々、葡萄農家を営んでいるこの家では、ここ一 うけれど : : : 」 カ月が一年で一番忙しい時期だ。しかもとても楽し みにしていた明日香の結婚話が、あんな状況で消滅「だが彼らは最初、お前のことまでも疑っていたん してしまい、母のタケ子はショックの余り入院してだぞ しまった。そしてようやく家に戻ってきたものの、 これは事実だった。事件から数日後、再び事情聴

5. QED : 鬼の城伝説

とを凄く・ : : ・」 「こういう言い方も変だが」崇が口を開く。「圭佑「あっーー」 さんは、通路を鐘楼側まで走らなくて正解だった」 何人かの声が上がる。 「て、フい、フ一」 ) か。 「そ、フいうことだな」忍田も頷く。「そうしたら、 蓋を開けられすに、外に出られなくなっていた。 悪 だから、最初は明日香のフィアンセの健爾が。 運が強かったというべきか : : : 」 そして次は、明日香のただ一人の兄の巧実が。 確かにそうだ。 「なんだと ! ー忍田が叫んだ。「そいつが、今回の へたをすれば、あの地下道に閉じこめられてしま事件の動機だったってわけか ! 明日香さんを、他 っていただろう。 の人間に取られるのが嫌で ! 」 「しかしそれにしてもーー」小松崎が唸った。 「それもーー」風見子は小さく笑う。「表向きの一 きなり殴り殺したり、首を切り落としたり : つの理由だったと思います。少なくとも、圭佑兄さ し感情的すぎるぜ、そいつは。ヒステリーだ んを、あんな残酷な行為に走らせた原因の一つには 「そうなんです」風見子は淋しそうに答える。「だ 違いないでしよう : それほどに圭佑兄さんは : : : 健爾兄さん「じゃあ、他にはどんな理由があるっていうんだ ね ? のことが憎かったんでしよう」 「どうして ? 「それは : ・ いえ、その前に、巧実さんの事件の 「なぜなら : : : 」風見子は、恨めしそうな目つきでお話を」 ・明日香さんのこ 明日香を見た。「圭佑兄さんは : 「お、おうーーー。分かった。続けてくれ」

6. QED : 鬼の城伝説

人形の首 ? しいや違、つだろ、つ。でも、まさか、 て、明日香と二人、土蔵まで走る。やがて土蔵に到 % そんな : : : しかし・・ 着するなり巧実は、 明日香の背骨の中心を、冷たい恐怖が走る。 「これは : ・ : ・」 窓越しに中を覗き込んで絶句した。 土蔵の扉を何度も叩いた。しかし、明日香のカで はびくともしない そして何度か扉に体当たりする。しかし、大きな あきらめて明日香は、土蔵に背を向けた。そして南京錠の掛かったその扉はびくともしなかった。 そこで巧実はあわてて取って返すと、鬼野辺の次 一目散に母屋へと走り込もうとした。しかし、その け・いす . け ひざ わすかな距離の途中で何度か転んだ。膝から下にカ男の圭佑と、長女の風見子を呼ぶ。一一人はまだ一一階 し / が入らないのだ。 それでもようやく広縁までたどり着いて、廊下を「どうしたんですか、そんなにあわてて ? 」 と、のんびりマニキュアを乾かしながら姿を現し 転がるようにして応接間まで行く。 あくび ねぐせ その明日香の余りにあわてふためいている姿に驚た風見子と、欠伸混じりにムースで寝癖を直してい いて「どうした ? と血相を変える兄の巧実に向かる横顔が健爾そっくりの圭佑に向かって、巧実は手 って明日香は、 短に今の状況を伝えた。 「何だってーー」 「土蔵に土蔵にーー」 とだけやっと答えた。その短いセンテンスを口に 圭佑は一瞬絶句した。しかしすぐに玄関に行き、 するだけなのに、息苦しい 南京錠の鍵を手にする。そして、土蔵に取って返そ 巧実はすぐにソフアから立ち上がると部屋を出うとする巧実に向かって、 おもや ふみこ

7. QED : 鬼の城伝説

て巧実さん、それに圭佑さんと風見子さんが、土蔵も結構ですが」 しいえ、と明日香は首を振った。 へ行かれた」 「大丈夫です。健爾さんは、後で , ーーそう、十五分 「はい」 「あなた方全員は、この部屋にいらしたんです くらいしたら土蔵に来てごらん、と言いました」 「土蔵に ? 」 か ? 」 「はい。面白いものを見せてあげるからーーと」 ・ : 」と巧実は他の二人を見た。「ばくは一 人でこの部屋にいました。最初は明日香たちと三人「面白いもの ? それは ? 」 「分かりません : : : 」 でこの部屋にいたんですけれど、健爾くんと明日香 まさかそれが、自分の生首というわけではないだ は打ち合わせがあると言って、この部屋を出て行っ ろ、つ と忍田は心の中で思ったが、もちろん口に たんです」 やわ は出さない。 「差し支えなければ : : : 」忍田は意識して声を和ら 「それから、あなたは ? げながら尋ねる。「明日香さん。その用事というの 「はい 健爾さんとその場で別れて、雨のお庭 z を教えていただけますかな」 ・ : 」明日香は、絞り出すように返事をしなどを十分ほど眺めて時間を潰しました。一度兄の もと た。そして焦点の定まらない瞳のまま、忍田に答え許に戻ろうかとも思いましたけれど、何となくその まま : 。「健爾さんに、呼ばれていたんです : : : 」 そして健爾さんに言われた通り、直接土Ⅵ 「健爾さんに ? もしもよろしければ、そのお話の蔵までーーー」 消え入りそうな声だった。その場面が、再び頭の 内容など え、もちろん今すぐにここでなくと

8. QED : 鬼の城伝説

鳴りという不気味な出来事が、明日香にとってはも か。とすればそれらの事象間に何の因果関係もない といったところで、それはただ単に我々がその因果う他人事ではなくなっているのである。 そして二つめは、つい最近もこの釜が鳴ったとい 律に気づいていないだけという可能性はないだろう か ? そして、他の誰か 神と定義しても良い から見れば、それらは明らかに同方向の因果系健爾が自分の耳ではっきりその音を聞いたとい う。それは地を這うような、長い波長の重低音だっ 列を持っている出来事だったとしたら : まゆね たらしい。まるで不吉な地鳴りのようでもあったと 明日香は一人、眉根を寄せた。 そしてーー早春の寒さのせいかも知れないけれど話していた。ということは るつ、と一つ身震いする。 もしもまた「偶然」によって、この家で死人が出 こんな、他人から見たら取るに足らないような些たら。しかもそれがこの鬼野辺の主人、つまり愛す 細な問題に悩むのには、二つ理由がある。 る健爾だったりしたならば : けんじ 鬼野辺の釜が鳴ると、主が死ぬ 一つは、鬼野辺の長男の健爾が明日香のフィアン なまり そんなことを考えると、鉛を飲み込んだように胃 z セになったということ。同し職場ーー市役所で知り の辺りが重くなる。喉がっかえて胸が苦しくなる。 合って、まだたった二年だけれど、今年の初めに一一 ゆいのう しかし、そんな明日香の話を、 人は結納を交わしていた。 一目見た時から明日香 こころひそ は、この人ならと心秘かに感した。それは健爾も同「バカな」 じだったようで、やがていっしか二人は交際を始と健爾は一笑に付した。その明るい笑顔が、今の め、正式に婚約したのだ。ということは、つまり釜明日香にとっての全てだ。生きる意味なのだ。だか あた ひとごと

9. QED : 鬼の城伝説

言葉が止まる。 巧実の顔が険しくなった。 「 : : : ど、フしました ? 」 唇を固く噛み締める兄に、明日香は微笑みながら 尋ねる。しかし巧実は、一言も口をきかすに、じっ 「でも、それと鬼野辺の釜とは違うでしよう」 と視線を宙に泳がせていた。 「釜は釜だ、大差ない。確かに、設置されている環 しばらくす・ると 境は違うけれどもね」 巧実は俯いたまま、独り言のように口を開いた。 「しゃあお兄さんは、鬼野辺の釜も本当に鳴った 「もしかしたら : : : 」 と ? ・ 「どうしたんですか ? 」 「そうなんしゃないか」 尋ねる明日香の声が耳に入らないかのように、巧 : だとしたら、鳴るためのどんな理屈が考えら実は小さく呟いた。 れますか ? 」 「そうか : いや、しかし・ : : ・まさか : : : 」 そうだね、と巧実は眉根を寄せた。 「何がですか ? 「たとえば : : : ちょっと馬鹿らしいかも知れないけ しかし、明日香がそれ以上尋ねても巧実は、それ れどーー」 以上は答えずに、ただ首を振るばかりだった。 明日香は諦めて、夕食の後片づけに入る。 がんこ 兄はあれで、とても頑固なところがある。今夜は もうこれ以上は無理に違いない。自分から話してく れるのを待っしかない と明日香は肩を竦めて立乢 ち上がった。

10. QED : 鬼の城伝説

ええ・ : と不安げな顔で頷く明日香に向かって ば、また別の機会を狙った方が格段に安全でしょ 崇は続ける。 「しかし、皆さんが土蔵に入られた時は、首は中央 ふむ : ・ と腕を組んで唸る忍田の横から、 に置かれていた」 「し、しかし !. 片岡が尋ねる。「しゃあ、圭佑さ 「単なる見間違いだろうーー、」 んが、健爾さんの首を切り落とした理由は何だとい という忍田の言葉を遮るように、 うんだ ? わざわざそんなことまでする理由は ? 」 「俺はーー」崇はゆっくりと答える。「全ての話を「ああっ」と明日香が声を上げた。「今、やっと分 かりました ! 」 聞いて、最初から引っかかっていたことがありまし 「な、何がですかな ? 」 尋ねる忍田を、そして片岡の顔を、明日香はしつ 「それは ? 「明日香さんが最初に土蔵を覗いた時と、その後皆と見つめた。 「私ーーーあの時から、何かがおかしいとすっと思っ さんが土蔵に入った時とで、違っていたものがあっ ていたんです。そうです ! すっと思ってた : たんではないか と」 何か違和感が心から離れすにいたんです。その理由 「何が ? 」 が分かりましたー 「首の置かれていた位置ですー 「そ、それは ? 」 「え ? 」 「最初、明日香さんが土蔵を覗かれた時、首は土蔵「今、この方がおっしやったように、私が最初見た 時、健爾さんの首は土蔵の中央よりも後ろにありま の中央よりも後方にあったんですよね」 224