「あ ? ビールは酒だったか。忙しすぎて、すっか 「さっき、そう連絡が入った」 り忘れてた」 「何やってるの ? 」 いいかけんなことを一一一一口、つ・。 「もうちょっと遅れるみたいだな。ひょっとした 「いやとにかく、大変なことになっちまったような ら、到着は明日になるかも知れねえな」 んだ。俺はもう少ししたらーー」腕時計に目を落と「でも : : : 明日は、私たち美作に行く予定になって す。「もう一回出かけてくる。部屋に上がってる時るでしよ。盈泉に」 そうだな 間がもったいないから、荷物も運んでおいてもらう と小松崎はビールのグラスに口を ことにした」 つける。そして一息に三分の一ほど飲み干した。 「出かけるー・ー・つて、明日香さんの所 ? 「しかしどっちみち俺は、温泉旅行はちょっと無理 「そうだ。桃田さんや猫村さんたちは、彼女の所に かも知れねえな。それにタタルも、相変わらすこん まだいるんだ。県警も出たり入ったりしてるしな。 な調子だし : 。もしも俺たちがキャンセルになっ 俺も混ぜてもらう。また途中で連絡を入れるから」 たら、沙織ちゃんたちだけで行ってきてくれ。全員 z 分かった と沙織はコクリと頷く。 キャンセルしやもったいないし、またそんな必要も 「そういえば : : : 連絡っていえば、タタルさんから ないだろう」 は、まだ何も ? 」 「えー。そんなあ」 ああ、と小松崎は脱力したように答える。 不満の声を上げる沙織に、 「あいつは、まだ東京にいるらしい 「仕方ないさ . と小松崎は言い、次に奈々を見た。 「東京 ! まだ出発できないの ? 」 「そんなわけだ。もうちょっと我慢してくれ」 みまさか
ル、高さる城壁の連絡路なども発見されている」 いる。その規模はといえば、幅約七メート ル。城内には、食料貯蔵庫と考えられ「そんな妻い城が、一体いっ頃築かれたのか分かっ 推定六メート ためい そせき る礎石建物跡や、のろし場、溜井 ( 水くみ場 ) も発てないの ? 」 「うん : : : 。築かれた時期に関しては、五世紀から 見されている」 八世紀と、まだ特定されていないんだって」 「 : : : 凄い規模ね。しかも、そんな標高四百メート じゃあ、ど 「すいぶん幅があるみたいだけど どうしてそんな場所に ? ルの場所になんて うしてそんな立派なお城が、この場所に築かれた 「高い所が好きだったんしゃない。景色もいいし」 「まさか」 「その目的もね、 「半分冗談だけど、半分本当ー 一、大和政権に対する吉備の豪族の反抗拠点だった 「どういう意味よ」 とい、つ説。 奈々の言葉に沙織は、 一「渡来民族が自分たちの居住地の背後に築いたと 「そのままの意味だよ」とあっさり答える。「えー いう説。 っと、そして : : : 。鬼ノ城の西門と南門は、復一兀イ メージでは、正面三間ーー約五・五メート ル、奥行三、百済からの渡来集団の逃げ込み城だ「たのでは ないかという説。 一一間ーーー約三・六メートルという、これも大規模な しらぎ 物だった。その他、城壁の死角をなくすと同時に敵四、唐・新羅連合軍からの防衛に朝廷が築いたとい かく う説。 ルの『角 を攻撃することのできる、高さ六メート なんかがあるみたいだね。そしてこの中で一番有 楼』、石組みの排水溝、六カ所の水門、南北に連な ろ、つ
片手を挙げる小松崎に向かって、 ここから真っ直ぐに総社に向かってもらい、そこ 「仕事しつかりね。またあとでね」 沙織は明るく手を振る。そして、 で小松崎と、桃田・猫村コンビは降りる。明日香に 会って取材をするのだ。 「鬼ノ城はなかなか良い所なので、ごゆっくりと見 一方奈々は、沙織と一一人で仲良く鬼ノ城を目指す物を。景色を充分に楽しんできてください」 のである。 「もし良かったら、夕方にでも私のお店で。美味し 「取材が終わったら連絡してね」 い鳥料理を用意しますよ」 沙織か小松崎に念を押す。 という桃田たちの声に送られて、奈々たちを乗せ 「ああ、そうする。しかしどっちみち、ホテルで会たタクシーは出発した。このまま総社市内から山道 うことになるだろうな。もしも見物が早く終了したを登り、一路、鬼ノ城へ向かう。 ら、先にチェックインしておいてくれ。もしかした 奈々は、急に広くなったシートに体を預けた。 ら、タタルも到着してるかも知れねえしな」 「到着してたら、小松崎さんのケータイに連絡が入 るでしよ、フ」 「ーーの予定だがな」 小松崎はとばけた顔で答えると、桃田たちと一緒 にタクシーを降りた。 「じゃあ、また後で」 103 CALCULATION
でも、しようがないよ。熊崎さん、仕 「残念ーー 事がんばってきてね。何かあったら、またケータイ によろしく」 「おう、承知した」 「ーーーとまあ、こんなところらしい」 小松崎は片手を挙げると、一一人に背を向けてホテ 小松崎は話を終えると、吸いかけの煙草を灰皿に ルを出て行った。 押しつけて消した。そして、 、ト型録音 「さて : : : 」と立ち上がり、デジカメ 「さあて : : : 」沙織は大きく伸びをした。「これか 機、メモ帳、携帯電話ーーと、持ち物を確認する。 らどうしようか、お姉ちゃん」 「しゃあ、そういうわけで俺はもう一度出かけてく 「そうねーー、。夕食はこのホテルで摂りましよう。 る。何か変わったことがあったら連絡するよ」 もしかしたら、タタルさんや小松崎さんから連絡が 「熊崎さん、夕食は ? 」 「適当に済ませる。沙織ちゃんたちは、折角だから入るかもしれないから」 いつまた予定変更 ゆっくりと食べてくれ。このホテルのレストランも「そうしようか。この調子しや、 になるかも知れないからね。というわけで : : : 取り 美味いらしいし、何なら近くにも店はあったぞ。こ あえすシャワーでも浴びて、旅の埃を落とすとしま んな事件が起こらなければ、桃田さんの勤めてる、 鳥料理を食わせてくれる小料理屋にみんなで行こうすか」 沙織が言って、奈々たちは席を立った。 と思ってたんだがな : ・ まあ、仕方ない。また次 の機会にしよう」 せつかく はな」り・ 162
「ああ : ・・ : そうですね。確か : ・・ : 妙見、とかいって いたような」 「本部と連絡を取って、確認を急がせてくれ」 鑑識たちの手によって、遺体引き上げの作業が開「分かりました ! しかし : : : 警部は、この後どう されるんですか ? 」 始された。 しかし、地下室の床までは地上から二メートル以「決まってるだろうが」忍田は片岡の肩を親しげに 叩いた。「お前と一緒に、地球の中心まで地底探検 上はある。しかも梯子は急で、穴も狭い。人がやっ と一人通り抜けられるような幅しかないために、作に出かけるんだよ」 「はあ ? ちょ、ちょっと待って下さい 業は困難を極めた。だが、鑑識や警官たちの必死の しいとも、ちょっとの間だけ待っていてや 「ああ、 努力によってーー最初は、クレーン車の応援も考え たのだがーー何とか遺体を無事に回収することがでるから、早く連絡を取って戻って来い。帰りに鑑識 きた。 に言って、でかいライトを借りてきてくれ。それと z ひど 幸い遺体は、後頭部以外の損傷はそれほど酷くな念のために長い紐も」 く、身元確認を急ぐためにすぐに司法解剖に回され「止めて下さいよ。本当に行くんですか : 「ああ」 「おい」と忍田は片岡に呼びかける。「そういえば「我々二人が ? 」 捜索願が一件出されていたぞ。ちょうど、この地域「うだうだ言ってないで、早く用意をしろ ! 地底 人が待ってる」 の家からだ」
サラリとシャワーを浴びて、髪を整えて時計を見「なんだ、意外に朝寝坊だな、きみたちは」 聞き慣れた声がした。 れば、もう九時を回っていた。そこで棚旗姉妹は、 奈々の胸が、ドキンと波打つ。 揃って少し遅い朝食に出発した。 驚いて足を止め、振り返る二人の前には、ロビー 「熊崎さんから連絡なかったね」エレヴェータの中 で、沙織が髪を直しなから心配そうに呟いた。 「大のソフアで新聞を広げてくつろいでいる男。 寝癖のままかと見間違えるほどポサポサの髪に、 丈夫だったのかなあ・ : まっげ 「大丈夫だから連絡がないんでしよう。何かあれ色白の顔、高い鼻、切れ長の目、長い睫 ば、また大急ぎで知らせてくれるわよ。それに、チ桑原崇がいた ェックアウトまでは、まだ充分に時間はあるし」 「タ、タタルさん : : : 」 そうだね、と沙織は微笑んだ。 絶句する奈々たちに向かって崇は、 「きっとまた、バタバタと走って来て、いきなり 「乗り遅れないように朝まで飲んで、東京駅六時発 z 『事件だ ! 』なんて、人目も気にせすに叫んでね」 の『のぞみ一号』に乗ってきた」新聞をパサリと閉 「そうそう」 奈々たちは笑いながらエレヴェータを降りて、ラじ、ゆっくり立ち上がると、相変わらすぶつきらば うに呟いた。「きみたちも、これから朝食か。俺も ウンジに向かう。そこが朝食バイキングの会場にな あさがゆ 一緒に、朝粥と日本茶でももらおうかな」 っているらしかった。すでに朝食を終えて戻ってく る人たちに逆行するように、一一人は歩く。 そしてフロントの前を通り過ぎようとした時、
・ : 間違いじゃないんですか ? 」 かそうけん 「非常に残念ですが 先ほど科捜研の方から、 確認が取れたという連絡が入りました」 それを聞いた途端に風見子は、 忍田の前には、再び鬼野辺家の人々がいた そして横には、メモ帳を広げた片岡が立ってい 「ああ : : : 」という泣き声ともため息とも取れない 声を上げると、自分の両手の中に顔を埋めた。 る。場所は例によって広い応接間である。 目の前のソフアには左から、今日も遠童医師に付 そして久蔵は、膝の上に載せた両手の拳をプルプ き添われた笙子が。そして順番に、圭佑、風見子、 ルと震わせたまま、ただしっと俯いていた。 久蔵が腰を下ろしている。誰もが例外なく居心地悪「今、明日香さんの方にも連絡が入っていると思い そうで、そわそわとしていた。 ますが : こちらでも、皆さんに少し確認したい ことと、お尋ねしたいことがありましてーー」忍田 「今日は、お忙しいところをお呼び立てしまして、 申し訳ありません」忍田は頭を下げる。「もうすでは、ゆっくりと全員を見回した。「ちなみに、巧実 z にお聞き及びかと思いますが : 。ます、裏の廃寺さんの死因なんですが、健爾さんと同様に、後頭部盟 のうざしよう で発見されました遺体は、妙見巧実さんであること打撲骨折及びそれに伴う脳挫傷。廃寺の境内に於い が判明しました」 て、何者かに後ろから殴打されたものと思われます駅 そこで皆さんにお訊きしたいんですが、ここ 「そんな ! 」圭佑が息を呑む。「しかし、どうして 数日、巧実さんがこちらの家に顔を出されたという またーー」 「嘘でしよう : ようなことはありませんでしたか ? 」 ? 」笙子が弱々しい声で尋ねる。 「何かの : こぶし
義務なのか ? へですか ? 」 「それは ! 」沙織が身を乗り出した。「何か今回の 「決まってるじゃないか。当初の予定通り、美作へ 事件と関係があるんですか ? それならば私たちも 「美作 ! 今すぐにですか ? 」 「事件 ? 何の ? 」 「そうだよ。何か ? 」 「何のーーってー 「だって、まだ小松崎さんから何の連絡も入ってこ つやま 「岡山から津山線に乗って金川で降り、タクシーを ないし、それに事件も 「その事件については俺の関与するところではない飛ばして行けば『石上布都魂神社』がある。と崇は すさのおのみこと し、熊っ崎とはいすれ沙織くんの携帯で連絡が取れ話し出す。「この神社は祭神が素戔嗚尊だ。きみたち やまたのおろち るだろう。ゆえに、ここにしっと座っていても、全も知っている通り、素戔嗚尊は出雲の国で八岐大蛇 む を退治した。酒を飲ませて酔わせた大蛇を斬ってそ く無為な時間を過ごしてしまうだけだ。岡山まで、 くさなぎつるぎ の尾から、草薙の剣を取り出したという、あの有名 一体何をしに来たのか分からなくなってしまうしゃ な話だ。そしてその時に大蛇を切ったのが『十握 ないか」 つるぎ この場合『一握』が小指から人さし指まで 「でも : : : 美作まで行って、どうするんですか ? 」剣』 いそのかみふつの 「決まってるだろう。備前国一の宮の『石上布都の長さといわれているから、約八センチメートル強 なかやま みたまじんじゃ くらいだろう。とすれば、この剣は八十センチメー 魂神社』と、美作一の宮の『中山神社』をまわらな トル以上の長さがあったことになる。またこの剣 くてはならない」 あまのははきり おろちあらまさ からさい ならない ? まわらなくては は、別名『蛇の麁正』『蛇の韓鋤』『天蠅斫』とい とっかの 172
力視されているのは最後の、朝廷が国土防衛のため「それは : : 記録していた人が、ただ単に書き落と に築いたとする説」 しただけなんじゃないの ? 」 「なるほどね。説得力はあるわね」 「まあ、素直人間の奈々ちゃんらしい真っ当な意見 でもね、と沙織は眉根を寄せた。 だけどね。そこらへんはど、フでしよう。分からない 「この『唐・新羅連合軍からの防衛』っていうのはみたいだね」 ねーーお姉ちゃんは絶対に知らないと思うから説明 沙織はノートをめくる。 てんじ しておくけどーー天智一一年 ( 六六一一 l) に起こった、 「今の話と連動しそうな説としてね、もともと鬼ノ 朝鮮半島での唐・新羅連合軍対、百済・大和連合軍城はそれ以前からここに存在していたんしゃないか はくすきのえ の戦いに関してのことなのよ。いわゆる、白村江の っていう説も有力なんだよ。つまり、記録に残って 戦い。この戦いで大和朝廷ーー、天智天皇ーーは、百 いないのは、その時に築城した訳しゃない証拠って きしつふくしん 済の鬼室福信からの援軍の要請を受けて大軍を送り いうわけ。もっと昔からあったから、別に改めて書 込んだんだけれど、結局大敗を喫してしまったの。 き一 = ⅱす必要もなかった そのために、唐や新羅が攻め込んでくることを恐れ なるほど、と奈々は頷く た天智天皇は、西日本の要所に、金田城、大野城、 「とい、フ一」 A 」は : やつばり、すっと昔 高安城などの朝鮮式山城を築いたのよ。これは『日津彦命の頃からあったっていうこと ? さかのぼ 本書紀』に記されてる。でもそこには、鬼ノ城の名「さすがにそこまで遡れるかどうかは分からない けどね : 前どころか、それらしき物の名前も出てこないの。 でも、白村江の戦い以前っていう説に かなり不思議くんでしよう」 は可能性あり」 吉備
向かっているのだろうか ? こんな時こそ、そばに盟 連絡が入ったらしい。そこで小松崎のインタヴュー いてくれたら、い強いのに。 はキャンセルになったのだが、桃田たちと一緒に明 日香の家に向かっているという。 奈々は急に心細くなる。 「でも : : : 死体つて : : : 」奈々も顔をしかめ、声を確かに崇がそばにいてくれたとしても、あっとい う間に混沌が収束に向かうとは限らない。かえって 落とす。「どこで見つかったの ? 」 ややこしくなってしまう時も : : : あったような気が それがね、と沙織は一瞬唇を噛んだ。 する。 「変な場所だって」 でも、奈々にとっては崇がいてくれるだけで、な 「 : : : 変な場所 ? 」 「うん。例の邸の近くらしいんだけれどーーー」沙織ぜか心が安らぐ。気持ちが楽になるのだ。 はチラチラと運転手を気にする。「これ以上の詳し緑の森を後にしながら、 / 早く会いた , い話は、会ってからにしようって、熊崎さんが」 素直にそう思った。 「・ : : ・分かった・・ 奈々は頷いて、シートに身を沈めた。 でも 今「事件」という一言葉を耳にして、一番先に奈々 の頭の中に浮かんだのは、崇の顔だった。 今、ど、フしているんだろ、つ ? きちんとこちらに