テーブルや椅子は壁ぎわへ片づけられ、たくさんのカップルがぶつかり合いながら争うように自 トナーをかえ、くるくるまわって踊っている。中、老年の 分たちのスペースを確保しつつ、 女が飲み物や食べ物を給仕するふたつのテープルのところで、境界線のようなものができている。 彼女たちは大急ぎで空いたグラスや皿をいつばいにするのだが、それでも間に合わない。ホール の四隅には老人がかたまり、タ。ハコを吸ったり、大真面目に何ごとかを話したり、軽いわい談に 大笑いをしたりして立っている。 マイケルは踊っているカップルたちの脇で、罐ビールを片手に友達の踊りを見つめながらひと りで立っていた。アンジェラはスティーヴンに笑いかけ、リンダはニックにそっと身を寄せ、ス タンは赤く染めた髪を振り乱す丸ぼちゃの三〇がらみの女と踊り、ジョン・ウエルシュはくすく す笑ってばかりいるふつくらした女の子に鼻をすり寄せ、アクセルはプロンドの花嫁付き添いの 女の子 ( たしか名前はベスだったな、とマイケルは思った ) を、周囲の目などいっこうにおかま いなしに熱つぼく抱きしめている。マイケルは、素早くビールを飲みほした。 年 その曲が終わると、何人かの年老いた女たちがグラスをフォークで叩きはじめた。その音はあ っというまに広まり、すぐにホール中がその音に包まれ、他の音は何も聞こえないほどになって脈 山 - しノ スティーヴンはまわりを見まわし、にやっと笑うとアンジェラを抱きあげ、熱つぼくキッスを
。澄みきったーー空虚な目だ。 レインジャー隊員の死体へ近づいた。彼らは次第にリラックスし 十数人ほどのヴェトコンが、 ていった。だらしなく銃を抱え、冗談をとばし合う者もある。 死体のまわりに集まった彼らは、銃を背中にまわしたり、脇へ置いたりして、死んだアメリカ 兵から腕時計や指輪を抜き取り、ポケットを探った。 マイケルは一気に立ちあがり、火炎放射器のノズルについた栓を取ると、炎をあげるそれをか ついで藪のまわりを進み、敵兵に向かってすさまじい炎を放射した。 こ包まれ、その炎は振 彼らのかん高い悲鳴も、噴射する炎の轟音にかき消された。服と髪が炎冫 りまわされる手足にまつわりつき、のたうちまわるからだを包みこみ、彼らを抹殺していった。 焼死体からは、油が燃えるような黒煙が渦を巻いて立ちの・ほった。マイケルはひとりひとりを焼 きつくしながら進んだ。その目は空虚だった。 炎を止めると、ヴェトコンたちは円環状に倒れていた。グロテスクに背を丸め、くすぶり、黒 こげになり、あちこちに小さなオレンジ色の炎がちらちらしている。 西の耕地の方から、さらに村人たちが現われてきた。群をなし、両脚を開いてつっ立っている マイケルを、てんでに指さしている。彼のズボンとシャツからは、くすぶったような煙があがっ ていた。
にも火をともした。両側をロウソクのかすかな炎にはさまれた牧師が、両手をあげて参列者に向 かって言った、「悪を行う者は光りを嫌い、明るい所へはやってきません、その行いを非難され るのが恐ろしいのです : : : 」 話を終えると、彼はマイケルと花嫁付き添いの女の子の列に合図を送った。彼らは祭壇へやっ てきた。女の子たちはアンジェラのまわりに、男はスティーヴンのまわりにそれぞれ集まった。 牧師がアンジェラの頭に冠を載せると、彼女たちはそれに手を触れ、マイケルらもスティーヴン が冠をかぶるのを手伝った。 つづいて牧師が言った、「父なる神、イエス・キリスト、聖霊の御名において、神のしもベス ティーヴンは、神のしもべアンジェラのために冠をいだかん。アーメン」 彼はスティーヴンとアンジェラの手を結ばせ、ふたりの結びつきが永遠なものであることを示 すために、祭壇のまわりをまわらせた。花嫁の付き添い人と花婿の友人がふたりのあとにつづく。 みんなが輪を描くと、マイケルとリンダが顔を合わせる位置になった。彼はじっとリンダの目 - 女もマイケルに視線を返していたが、やがてためらいの表情を見せて目をそらせ を見つめた。彼 てしまった。 人に埋まったホールにはバンドが人り、耳をつん裂くばかりの大音響で演奏していた。
「まるでだめだ」 「おまえが、だめだったって ? 」 「一頭追ったんだが。大物だった。あれは美しさそのものだった」マイケルは穏やかに言った。 スティーヴンがひざに目をおとした。「アンジェラに頼まれてきたのか ? 」 「いや、ちがう」 「それならいい」 マイケル。 / よ型トランクに腰をおろした。それには南京錠がいくつかかかっている。マイケル がものめずらしそうにそれを見つめた。 「アンジェラは、俺にソックスを送りつづけているんだ」 マイケルが大きな鋼鉄製の南京錠に手を触れた。 「そうさ : : : ここに入ってるのはソックスなんかじゃない」 スティーヴンは、車をまわしてトランクの脇へ来た。必死で前かがみになり、首から吊るした 小さな鍵でそれを開け、ふたをあげた。 そのなかには、少なくとも十数個の白い小さな陶製の象が入っていた。そのそれぞれに札が詰 めこんである。そこに人っている下着や洗面具のまわりにも、輪ゴムで束ねられた札が見える。 「おまえだって、気に人ったにちがいない」 192
男はにつこり笑い、彼女を放すとうしろへさがった。女の方は尻をつき出し、にやにやしなが ら事の成り行きを見ている。スタンが左フックを放った。それは彼女の顎をとらえ、小麦粉袋の ように床へ倒れた。 彼女と踊っていた男は、即座にその場を去ってしまった。 スタンは顎をつき出して、まわりを見まわした。そして、パンチを出したときに乱れた自分の 髪を、なでつけて整えた。 柱の脇にビールの罐が並び、ニック、スティーヴン、マイケルの三人が立って、特殊部隊の軍 曹を盗み見ている。 「奴は戦地から戻ったばかりだな」マイケルが口を開いた。 「そうだ」 「たいした殺し屋風だな。左側の勲章が見えるか ? あれは 「強そうだぜ」マイケルが言った。 クワン・サン章だそ」 「すごいな」スティーヴンが言った。「すごいぜ」 「来いよ」マイケルが言った。 彼は、ふたりをその軍曹のところへ連れていった。 「やあ。俺たちは、その、俺たちもむこうへ行くんだ」 61 山脈 1968 年
き出した。間に合った。皿にトーストをのせ、バターを出してテープルへ戻った。スタンはその 場に残り、唇を震わせてその場に立ちつくし、あたりを見まわした。 トーストにバターを塗るジョンを手伝った。スタンがキッチンから戻ってきた、目 リンタが が赤い 「おい」彼が声をかけた。「ビールからはじめようぜ」 「俺が取ってくる」こう言うと、アクセルがカウンターの裏の樽のところへ行った。 「俺は卵にかかる」ジョンが言った。 「手伝うわ」リンダが彼に言った。 「いや、きみはすわっていてくれ。そうだ、コーヒーを注いでもらおう」 スティーヴンは息子をひざのうえにのせ、笑顔をつくろうとしている。 「あなた、大丈夫 ? 」アンジェラが訊いた。 口を固く結んで、スティーヴンがどうにかうなずいた。 : うっとうしいお天気ね」アンジェラが言った。それ以上のことは口から出てこない 「へマ日は・ のだ。 アクセルがビールを注いだグラスを運んできて、ひとりひとりのまえに置いた。マイケルがテ ー・フルのまわりのみんなに目を向け、それからグラスを眺め渡した。目に涙があふれ、頬を流れ 217 故郷 1973 年
前の男が振り向いた。 ニックは札入れをしまい、受話器に近づいた。しばらくそれを見つめていたが、やがて向きを 変えると明るく暑い通りへと出ていった。 彼は夕方まであてもなく歩きまわった。・ とこを通り、何を見たかなど覚えてはいなかった。気 がついてみると、人混みのする細い通りこ、 ーのけばけばしいネオンが、その両側を派手 に照らしている。制服や私服の兵隊たちが、何人かずつにかたまって歩いている。あらゆる年齢 のヴェトナム人が、電気攪拌器から女まで、ありとあらゆるものを売りつけようと声をからして いる。ニックには、その声もほとんど聞こえなかった。 そのプロックの中央で彼は急に足を止め、まわりもよく見ずに車で混雑する車道へとび出した。 車のホーンがけたたましい音をたて、自転車やスクーターに乗った男たちは、拳を振りあげた。 彼は縫うようにして車道を渡った。歩道を数歩走り、前を歩く兵隊の肩を軽く叩いた。 「マイケル ! 」 そのが振り返った。 ニックが一歩あとへさがった。「すまん : : : 人ちがいだ」 兵隊はうなずいて歩いていった。 「いいそ、あんたの番だ」 133 密林 1970 年
スティーヴンの手が現われた。必死にまさぐり、竹を握った。「やめろ ! 」彼が叫んだ。「ヒル がいるぞ、死んじまうー やめろ、やめてくれーー・たのむ ! 」 兵隊が戻ってきた。将校が指でマグナムをぶらぶらさせて床下を覗き、ひとりひとりに目をや 「いまだ」マイケルが言った。彼は = ックの腹を殴りつけ、まえかがみになったその胸へひざ打 ちを食わせた。 「こいつ、俺にかかってきやがった ! 」彼が叫んた。「俺に手を出しやがった ! 」 ニックが、すっかり度胆を抜かれたような顔つきで、やっとひざまづいて身を起こした。 マイケルは、大声をあげてまた彼を殴りつけた。「俺に手を出しやがって、この野郎 ! 頭が ぶち抜かれるのを見てやりたいぜ。俺に手なそ出しやがって ! 」 ヴ = トコン兵がふたりのアメリカ兵のすわるテーブルのまわりに集まり、興味しんしんといっ年 た様子で見つめていた。床下では、残ったふたりの南ヴ = トナム人までもが、興奮ぎみに事の成 り行きを見守っている。 林 密 拳銃を手にしているのは = ックだ。からだ全体が震えている。彼は弾倉をまわし、撃鉄を起こ
マイケルはキッチンを歩きまわった。裏のドアの所で足を止めると彼らの方を振り返り、やが てドアから通りへ出ていった。 スティーヴンの母親がマイケルを二階へ案内し、廊下の端の部屋へ連れていった。彼女がノッ クをしたが、返事はない。彼女はドアを開け、マイケルに入るように促した。マイケルにひどく もの悲しげな視線を向けてうなずくと、彼を置いて廊下を歩いていった。 部屋は薄暗かった。アンジェラはべッドにすわりこんでいた。部屋着を肩からかけ、枕により かかっている。視線は、窓の外に向いていた。近くの溶鉱炉の白熱光が、その顔をぼーっと照ら し出している。べッドのまわりには、新しい電気器具がたくさん置かれているーーープレンダー テレビ、ステレオ、スチーム・アイロン、ポップコーン・ポッパ それと、まだいくつかある。 そのうちのいくつかは、まだ箱に入ったままだ。べッドの脇では、まるまると太った四歳になる 男の子が、 ト ! スターで遊んでいた。 マイケルは、アンジェラからその電気製品へ目を移した。その多くが、結婚祝いのプレゼント だということがわかった。やがて視線は男の子へ、そして再びアンジェラへ、と戻った。彼女の 目はマイケルに向けられてはいたが、彼を見てはいなかった。その目はまばたきひとっしないの 166
マイケルは、そのテールライトが闇に消えるまで車を見つめていた。 彼は、ポケットからアンジェラに渡された紙切れを取り出した。それを平らにのばして電話の 下に置き、受話器を取って耳に当てた。一〇セント硬貨を入れた。受話器から発信音が聞こえる と一瞬ためらったが、やがてダイアルに指をかけ、それをまわしはじめた。 いソフアなどが置いてある。 在郷軍人局病院の娯楽室は派手な色彩で色どられ、すわり心地のい 明るく、活気のある部屋だ。 ビンゴが行われている最中だ。車椅子に乗った何十人もの男たちが、台のまわりに集まってい る。台の上では、ひとりの男が箱から番号札を取り出すたびに、その番号をマイクに向かって言 っている。番号が発表されるたびにどよめきが起こった。 電話のメモをもった看護婦が人ってきた。何人かの男たちが、期待するような顔つきで見あげ 彼女は慰めるような笑みを見せて彼らのあいだを通り抜け、まっすぐひとりの若者の方へ向か った。彼の脚は両方とも、胴から下、数インチのところから義足で、ガウンで覆っている。片方 の腕はねじ曲がり、脇に固定されている。彼は、看護婦が人ちがいでもしたというような、困惑 した顔つきで彼女を見つめた。 188