「飲めよ、スティーヴン。今夜は消耗するんだぜ」 ニックがちらりとテレビを見やった。「おい ! 」突然、大声をだした、「一〇〇ドル賭けてもい 後半には、イーグルズも五〇ャード・ラインを越えられはしないさーーそれで、二〇点差で オークランドの勝ちだ」 アクセルが、カウンターから半分ほど残ったビールのジョッキを取り、ぐいぐいとひと息で飲 みほした。そして、ジョッキをカウンターへ置き、手の甲でロのまわりについたアワをぬぐい取 スタンが大声をあげた、「イーグルズのクウォータ ーバックはドレスを着てやがる。二〇ドル 賭けてもいい」 「まったくだぜ ! 」こう言うと、アクセルがどなりはじめた。 リンダは、花嫁付き添い用のドレスを着て台所にいた。 / 彼女は細長い卵のような青白い顔、真
「奴は苦労性なんだよ」アクセルが言った。 マイケルは頭を振った。「そんなことより、飲みにいこうぜ」 三人はスタンの車に乗り、近くにあるジョンの店へ向かった。 店は、すでに混み合っていた。誰もがマイケルと握手をしようとし、肩をゆすったり、腕を取 ったり、なんとか彼に触れようとした。みんなが彼を丁重に、暖かく迎えた。誰の口からも冗談 はとばなかった。 ジョンが彼を見つけ、カウンターからあわてて出てきた。マイケルに両腕をまわし、抱きしめ 「元気だ、ジョン」 「裏へ来いよ。この連中から逃げ出そうぜ。アクセル、スタン、来いよ」 ンがバーテンのひとりに何か指示し、四人はキッチンへ入っていった。ドアが閉まり、店 のざわめきが小さくなった。しばらくして、 ーテンがシーグラムのポトルと、ビールとグラス を持ってきた。 / 。 彼よマイクに笑いかけ、カウンターへ戻った。 「さあ、いこう」ジョンが酒を注ぎ、グラスをあげた。「マイクに乾杯 ! 」 「そうだ、いい そ ! 」アクセルが合づちを打った。 「そして、他の連中に」スタンが言った。 た。「やあ ! 帰ってきたな ! 元気か、マイク ! 」 164
えている。周囲の壁面には鹿の頭部がたくさん飾られ、そのまわりを葉巻やタバコの煙が層をな して漂っている。そして、ラッカーを塗ったマスや、、ハスがウォールナットやマホガニーの板に固 定され、キジやウズラやレッド・フォックスの剥製もある。その爪は木の枝にかかり、見ること のできないガラスの眼球は空虚な視線を向けている。赤いチェックのジャケットを着た男たちの 写真が、額に人れられて飾られている。彼らは銃をもって、車のフェンダーに結ばれて木に吊る されたシカの脇に立っている。そのステーション・ワゴンの屋根に取りつけられた荷台には、里 いクマが縛りつけられている。 マイケルと仲間たちが店へ入ってきた。 ジョン・ウエルシュが大声をだした、「よう、お出ましだな ! 」こう言うと、彼はカウンタ から出てきた。 / 。 彼よスティーヴンを抱きしめ、何度もかかえあげた。ウエルシュはスティーヴン よりいくつか年上ーー二十代後半だーーで、アクセルほどの背丈がある。彼がはやしたてた。 男たちがカウンターやテープルを離れて、集まってきた。彼らはスティーヴンの肩を叩き、背 年 中を突き、頭をこづいて、口々に彼を祝った。 スティーヴンは、まごっいたような顔つきでされるがままになっていた。ウエルシュが彼を放脈 山 すと、男たちが手に手にグラスをもって彼の方へかかげた。 「俺のおごりだ、スティーヴン。今日は、自由な男としての最後の日だからな」
ソシッビー ソウ . レ . く ニックは肩を落としてあたりを見まわすと、ミ、 ーへ入っていった。赤 いプラスティックや紙をかぶった電球が薄暗く照らすその店は、人々でごった返していた。ビ ニやタイトでスリットの入ったドレスを着たヴェトナムの女が、耳をつん裂くようなサイケデリ ックなロックに合わせて兵隊と踊り、カウンターの両側のステージでは、く / タフライだけしか着 けていないふたりの女が肩をよじらせ、胸を揺らし、くるりとまわり、尻をぶつけ合っている。 ニックはカウンターへ向かった。思わず目を細めたくなるほど、 パイプやマリワナの煙がもうも うとたちこめている。 びったりしたセーターを着たかわいい女が彼に目をつけ、脇へやってきた。彼女はニックの耳 元で何事かをささやいた。 ニックは彼女を見つめた。「なんだって ? 」 「見せてあげる。いらっしゃいよ」彼女はニックの手を取り、隅の階段の方へ連れていった。 「アメリカの女とは、ひと味ちがうわよ」 なぜかわからぬが、彼の目には涙がたまった。 「特別の、狂いそうなのをしてあげる」こう言うと、彼女はニックを二階へ連れていった。「故 郷とはちょっとちがうわよ。 いらっしゃい。狂わせてみせるわ」 彼女はニックを部屋へ引き人れた。電球がひとっさがり、プラスティックの花で飾られたカー 134
カウンターの端では、スタンが胸の豊かな赤毛の女を口説いている。女はまぶしそうににこに こしてはいるが、その視線は彼を通りこしてマイケルに向いていた。マイケルは、その女には気 がっかない リンダが二投目の態勢に入るとき、スタンがマイケルの所へやってきて背中を叩いた。 「帰ってきた気分はいいだろう ? 」 「最高だ」リンダに気をとられたまま、マイケルが答えた。 スタンが赤毛の女の方へ顎をしやくった。「どう思う ? 」 マイケルがちらっと目をやった。「わからないね」 「きれいだと思うか ? 」 マイケルはじっと見つめた。「はっきり言ってほしい力」 「もちろんだ」 「きれいじゃない」 「知的に見えると思うか ? 」 「見えない」 「見えないって ? 」 マイケルは頭を振った。「見えないね」 1 ア 2
ニックはきちんとズボンをはき、のりのきいたシャツを着てソファーにすわっていた。タキシ トの上着は、脇にある椅子の背もたれに掛かっている。彼は、プーツにミンク・オイルを塗り こんでいた。 「王子様のように見せようとがんばってるのか ? 」彼がマイケルに訊いた。 「がん・はってるとは、ど , つい ) っ 意味だ ? 」 ニックは笑って返した。 「タベのうちに、防水の手を打っておくべきだったんだ」マイケルが言った。 「わかってる」 「いつもこうなんだから」 「ああ、わかってるさ、マイク」 マイケルは冷蔵庫の所へ行って罐ビールを出し、ロを開けた。台所と居間との仕切りにもなっ ているカウンターに寄りかかり、罐に口をつけた。彼はうずくようなノスタルジアを感じ、トレ かなりの ーラーのなかを見渡した。あと二日でそこからいなくなるのだ。帰ってくるまでには、 時間がたっていることたろう。 台所の流しの上には、鹿の頭部が飾ってある。イレヴン・ポインターだ。黄麻布のカーテンが ある。居間の壁にはラックに掛かったライフル。ふたりが、てんでに親戚や友達の所から失敬し 41 山脈 1968 年
「あいつらめ ! あの女郎ー タイヤの空気を全部 : : : 」 彼は大振りのパンチを外し、からだを泳がせるようにして床へ倒れた。ロのなかでは、わけの わからないことをつぶやいている。 リンダの頬を涙が流れた。 , 彼女は、泣きながらその場にじっと立ちつくしていた。 「女郎め。きさまら全部だ ! 」父親はカーベットに向かって早口にロばしった。 リンダはその部屋を出、自分の部屋へ入ってクロゼットからスーツケースを取り出した。 マイケル、ニック、スティーヴン、アクセルの四人がカウンターにのりだすようによりかかり、 その反対側からはジョン・ウエルシュが顔を突き出している。みんな、ジュークポックスでかか っているドリー ートンの歌にハモらせてうたおうとしているのだ。うまくハモっているのは きれいな声をしたジョンだけなのだが、みんな音程の違いなどわからないくらいに酔い、それそ れに十分楽しんでいた。 スタンは、玉突き台を使う順番のことで、太ったトラック運転手と言い合いをしている。口論 はだんだん激しくなっていった。 店はあいかわらず騒々しい男たちであふれている。 奥の部屋から金切り声が聞こえてきた。
ボウラドロームは混み合っていた。リンダは、スラックスにセーターを着ていた。両手にポー ルを抱え、足をそろえて立って。ヒンを見つめている。三歩の助走をすると、右手のポールが大き 年 くスウイング・バックし、次の瞬間には腕が前へ振りおろされてポールが転がっていく。 マイケルは、レーンを転がるポールではなく、リンダを見つめていた。彼女はしなやかで足が四 長く、とても美しい 故 ピンが七本倒れた。リンダが振り向いてマイケルに笑いかけた。カウンターに腰かけた彼も、 彼女は、ボールが戻ってくるのを待っている。 笑い返した。 / リンダはべッドの脇へ行き、飢えたような目で彼を見おろした。思わず彼女の唇から小さな声 がもれた。バスタオルを床へ落とし、彼の横へすべりこんだ。べッドの脇のスタンドを消し、彼 彼女はマイケルに腕をまわし、窓 に毛布をかけてやると、リンダはびったりと彼に寄りそった。 , の外を眺めた。製鋼所の炎が、夜の闇に舞っていた。
き出した。間に合った。皿にトーストをのせ、バターを出してテープルへ戻った。スタンはその 場に残り、唇を震わせてその場に立ちつくし、あたりを見まわした。 トーストにバターを塗るジョンを手伝った。スタンがキッチンから戻ってきた、目 リンタが が赤い 「おい」彼が声をかけた。「ビールからはじめようぜ」 「俺が取ってくる」こう言うと、アクセルがカウンターの裏の樽のところへ行った。 「俺は卵にかかる」ジョンが言った。 「手伝うわ」リンダが彼に言った。 「いや、きみはすわっていてくれ。そうだ、コーヒーを注いでもらおう」 スティーヴンは息子をひざのうえにのせ、笑顔をつくろうとしている。 「あなた、大丈夫 ? 」アンジェラが訊いた。 口を固く結んで、スティーヴンがどうにかうなずいた。 : うっとうしいお天気ね」アンジェラが言った。それ以上のことは口から出てこない 「へマ日は・ のだ。 アクセルがビールを注いだグラスを運んできて、ひとりひとりのまえに置いた。マイケルがテ ー・フルのまわりのみんなに目を向け、それからグラスを眺め渡した。目に涙があふれ、頬を流れ 217 故郷 1973 年
カウンターには六本の空びんが並んでいる。明かりはほんの少ししかついていない。 たちはグラスを前にして、ぐったりと疲れ果てたように静かにテープルを囲んでいる。 「ちくしよう、信じられないが」真っ赤な目を半分閉じて、スタンが口を開いた。「もう一滴た りとも飲めないぜ。水でさえな」 口を閉じたまま、他の四人がうなずいた。 外からは、製鋼所のさまざまな音が聞こえてくる。 マイケルは、その音に聴き人るようにドアの脇へ立った。 彼よ。ヒアノに向かい、鍵盤 突然ジョンが立ちあがり、。ヒアノの所へ行ってカヴァーを開けた。 , に指を置いた。 彼が弾きはじめたのは、ショパンのノクターンだった。他の四人にはわからない曲だったが、 心を洗われるようなメランコリックな曲想にひかれ、彼の方 それでもみんな、そのやわらかい、 を向いてじっと見つめていた。 ジョンは目を閉じていた。曲に合わせて、ほとんどそれとは気づかない程度にからだを揺らし ている。 店の裏を通る線路から、近づいて来る列車の音が聞こえてきた。その音は次第に大きくなり、 音楽をかき消し、建物を揺るがし、棚のガラスを震わせた。列車は轟音とともに通りすぎていっ