ースをもってやってきた。 ニックが現われた。 / 彼女は、まるで一晩中 樽の脇で椅子にすわっている地味な女の子の前に、 をそこでじっとしていたようにみえる。ニックが何ごとかを話しかけると、彼女は顔を赤らめ、 につこり笑ってうなずいた。そして立ちあがり、彼といっしょにダンス・フロアへ歩いていった。 ふたりはくるくるまわって踊りはじめた。彼女は頭をのけそらせて笑い、顔にも輝きが現われ、 活き活きとしていた。 彼女は腰 マイケルはしばらくそういうふたりを見つめていたが、やがてリンダの所へ戻った。 , をおろしていた。彼女の脇へ椅子を引き寄せ、その端へすわった。あまり端にすわりすぎて、あ ゃうくひっくり返りそうになった。 「ごめん」彼が言った。 「マイケルったら」彼女が笑った。「あなた、酔ったのね ! 」 「どうも、そうらしい」ゆっくりと彼が答えた。 「かまわないわ。結婚式ですもの。大いにハメを外して楽しまなけりや」 彼女はもはや、少しも地味で ニックが、あの地味な女の子と踊りながらふたりの前を通った。 / はなくなっている。彼はリンダに軽く手を振り、通りすぎた所で派手なターンをしてみせた。 リンダは、彼が踊りながらむこうへ行くのを見つめていた。その目は優しい
た。遠ざかるにつれてまた音楽が聞こえはじめ、店のなかを満たしていった。 マイケルとニックが顔を見合わせた。マイケルのロに、得体の知れぬ笑みが浮んだ。彼は目を 閉じ、椅子の背もたれに寄りかかると、ジョンの。ヒアノに耳を傾けた。 91 山脈 1968 年
プラスティック張りのナイト・テープル。ビニール張りの椅子二脚。植木鉢に植えられたプ ラスティックの造花。壁にはおもしろくもない銅版画。 彼はべッドの脇へ椅子をもっていき、ダッフル ' ハッグを引き寄せた。そしてそのなかを探り、 スティーヴンとアンジェラのウェディング・ ーティの写真を取り出した。それは、サイゴンの 駐屯地売店で買ったアルミの枠に入っている。彼はアンジェラの横に立っている花嫁付き添い人 に目をやった。リンダだ。長いことその写真を見つめた。もう一度ダッフルバッグを探り、新し いポトルを引っぱり出した。シールを破り、キャップをひねってそれを床へ落とした。写真を枕 に立てかけた。両足をベッドにのせ、背もたれに寄りかかった リンダを見つめたまま、彼はゆっくりとウイスキーを飲んだ。 クレアトンの空に灰色の夜明けがやってきた。歓迎の旗は、夜明けまで吹いた風に引き裂かれ ている。残った部分はふたつに分かれ、一方はトレーラーから、もう一方は電柱から、それそれ ひらひらとはためいている。マイケルのキャデラックと。ヒックアップ・トラックのうしろには、 二台の車しか残っていない リンダの三年目になるシヴォレーと、新しいカマロだ。ビレび とケースがカマロの屋根にのっていて、風に舞いあげられた雪が積もっている。カマロのエンジ ンはかかっていて、エギゾースト・ パイプからは白い煙が出ている。 154
部屋が静まり返った。見物人がテープルのまわりに寄った。うしろの方に、身をこわばらせ、 こみあげる緊張を抑え、平然とした顔をした男が立っている。マイケルだ。 男が、最後の賭け率をポードに書きこんだ。あいさつの意味で、ポトルとグラスがかかげられ た。その中国人のレフェリーが、銃を高くあげて一同に示し、弾倉に弾丸を一発だけこめた。 ニックはじっと目をこらして見つめた。 「一発の弾丸で」レフェリーが言った。「勝負を決します。一分を過ぎたら権利を失います」 彼は、ふたりのヴェトナム人のあいだに銃を置いた。 ニックはジュリアンの脇を離れ、人をかきわけてテープルへ向かった。 , 。 彼よプレーヤーのひと りをつかまえると、椅子から放り出した。その椅子にすわった彼は、バーのカウンターにすわっ て酒を注文する男のようにテー・フルにひじをつき、銃を取った。 マイケルは思わす目をしばたき、物想いから覚め、頭を振ってもう一度見つめた。つまったよ うな叫び声が出た。 見物人が呆気にとられているあいだに、 ニックは弾倉をまわし、撃鉄を起こし、銃口を自分の こめかみに押しつけた。見張りの男たちが、人々を押しのけてテープルへ向かった。 マイケルも、人々を押しやって前へ進んだ。「ニック、やめろ ! 」 ニックが顔をあげた。そして穏やかな、しかも鋭い目をマイケルに向け、引き金を引いた。 142
火器、装備のたぐいが置かれ、壁際には粗末な食料が並んでいる。家具と呼べる唯一のものは、 。フラスティック張りのプリキの食卓と、それをはさんで置かれた二脚の椅子だけだ。 向かい合わせの椅子にすわっているのは、南ヴェトナム人の捕虜だ。ふたりの顔は傷だらけで、 目には恐怖が浮んでいる。ひとりはやっと十代を出たくらいだろうか。二十代の後半と思われる もうひとりの男は、激しく身を震わせている。ヴェトコンの将校が彼らの脇に立ち、大声をだし て早口にヴェトナム語で何事かをどなりちらしている。小屋には他に六人のヴェトコン兵がいた それそれがロ達者に喋り、賭け金となるビアストル紙幣や、アメリカの紙幣を見せびらかすよう に振り、盗んだ腕時計を見せ合っている。 将校が声を荒げて脅すようにまくしたて、ライフルの銃身で南ヴェトナム人を殴るそぶりをみ せた。ふたりは震える手で、将校がテープルに投げ出した赤い・ほろ布を取り、それを頭に巻きっ けた。ふたりのあいだには、象矛のグリツ。フにアメリカのワシ印の彫られたコルト・ パイソン三 五七口径マグナムが置かれている。 布が巻かれると、将校がそのリヴォルヴァーをつかんだ。弾倉を出すと、先端がくぼんだ短か めの弾丸を一発だけこめる。そして弾倉を戻し、回転させた。彼は、捕虜ににやりと笑いかけた。 アメリカ兵から盗んだアメリカ製のビールをがぶ飲みしつつ、ヴェトコン兵たちが興奮気味に 事の成り行きを見つめていた。 102
彼の真向かいに、うすい白いひげをはやしたヴェトナム人の老人がいた。その老人は、建物の 狭い裏庭に張りめぐらされた針金の柵に寄りかかって、椅子にすわっている。彼のまえに広げた 毛布には、白い陶製の象がいくつか並んでいる。そして手をあげ、その象を売ろうと通りがかり の人々に声をかけるのだ。 ニックは女の方へ振り向いた。「おい ! 」彼は大声で呼んだ。「おい、見ろよ。象だぜ ! 」頬を 涙が流れ落ちている。 赤ん坊が目を覚まし、泣きはじめた。ニックはあわててベビー ・べッドに目をやり、部屋をと び出した。 「待ってよ ! 」女が階段の上から叫んだ。「払ってちょうだい ! 」 「そんな所にはいられない」階段を大急ぎで降りながらニックが答えた。「泣いてる赤ん坊とい っしょの部屋にはいられない ! 」 136
んな厚手の地味なコートを着、オーヴァーシューズをはき、えりまきを巻いている。そのうちの ふたりは、新郎新婦の像がてつべんにのった、何段にもなったウェディング・ケーキをもってい た。他の四人はそのまわりを囲み、いろいろ注意を与えている。 「気をつけて」 「足元に注意してよ」 「傾けちゃだめ ! 」 女たちは部屋の中央のテープルにケーキを置き、一歩さがってため息まじりにほれぼれするよ うな顔つきでそれを見つめた。 「きれいだわ」 「涙がでちゃう」 「こんなに素敵なケーキにナイフが人れられるなんて、幸せね」 着いたばかりの人々は足踏みをしてプーツから雪を落とし、両手をこすり合わせ、頬をさすっ ている。突然、いちばん年老いた女がよろめいて倒れた。 誰かが椅子を持ってきた。みんながその女をすわらせ、コートのボタンを外し、手袋とプーツ を脱がせ、両手と足首をさすった。 「ほら。こいつを飲めば落ち着くそ」片眼の男が、タンブラーにワインをなみなみと注いで持っ 27 山脈 1968 年
スティーヴンはコルトを手にしたまま身動きひとっしなかった。口を、何が何やらわからない まますぼめている。頬を血が流れた。やがて、彼は泣きはじめた。 ヴェトコン兵たちが怒りの声をあげた。ひとりが、ライフルの銃床でスティーヴンの胸を殴り、 椅子から殴り倒した。彼は泣きながら、ポールのように身を丸めた。将校が、怒ったように何事 かをつぶやいた。ふたりの兵士がスティーヴンを小屋から引きずり出した。 彼らは、十七歳にもなっていないような南ヴェトナム兵を連れて戻った。そして、少年をマイ ケルの向かいにすわらせた。彼は、恐怖におののいた目でマイケルを見つめた。 年 夕方になると雨足は激しくなり、翌朝まで降りつづいた。雨水は滝のように斜面を流れ落ち、 小屋の床下の収容所を直撃した。スティーヴンは泥水のなかで横になり、ひざを胸に当て、それ林 を両手で抱えている。マイケルが自分のシャツのそでを破いた布で、傷を受けた彼の頭を巻いて やった。 : 、 カ何の答えも返ってはこなかった。スティーヴンは恐怖におののいた表情のまま、じ
ニックはきちんとズボンをはき、のりのきいたシャツを着てソファーにすわっていた。タキシ トの上着は、脇にある椅子の背もたれに掛かっている。彼は、プーツにミンク・オイルを塗り こんでいた。 「王子様のように見せようとがんばってるのか ? 」彼がマイケルに訊いた。 「がん・はってるとは、ど , つい ) っ 意味だ ? 」 ニックは笑って返した。 「タベのうちに、防水の手を打っておくべきだったんだ」マイケルが言った。 「わかってる」 「いつもこうなんだから」 「ああ、わかってるさ、マイク」 マイケルは冷蔵庫の所へ行って罐ビールを出し、ロを開けた。台所と居間との仕切りにもなっ ているカウンターに寄りかかり、罐に口をつけた。彼はうずくようなノスタルジアを感じ、トレ かなりの ーラーのなかを見渡した。あと二日でそこからいなくなるのだ。帰ってくるまでには、 時間がたっていることたろう。 台所の流しの上には、鹿の頭部が飾ってある。イレヴン・ポインターだ。黄麻布のカーテンが ある。居間の壁にはラックに掛かったライフル。ふたりが、てんでに親戚や友達の所から失敬し 41 山脈 1968 年
と読める。 ふたりの白髪の男が、赤と白と青の飾り布を手にはしごへのぼり、写真のヘりにテープでとめ ようとしている。 小柄で節くれだったもうふたりの老人が、それを下から見上げている。ふたりとも度の強いメ ガネをかけ、ひとりの方の片方のレンズは真っ黒だ。 「もう少し上だと思うが」黒メガネの男が口を出した。「おまえ、どう思う ? 」 彼といっしょにいる男もそれに同意した。「上だ」 はしごにのぼっているふたりが、飾り布を高くあげた。 白いものの混じった髪の女たちが、架台式のテープルに白い紙のテー。フルクロスをひろげ、折 りたたみの椅子を並べている。 「もっとスティーヴンの写真の方へ寄せて」黒メガネの退役老軍人が言った。 その友人が口をはさんだ、「もうちょっと下がいい 「そうだな」 「もうちょっと下だ」 はしごのふたりが飾り布を下へさげた。 外のドアが開き、雪を舞わせて冷たい風が吹き込んだ。五、六〇代の女が六人入ってきた。み どう・だ ? 」 -6