目 - みる会図書館


検索対象: ディアハンター
184件見つかりました。

1. ディアハンター

かりだ , ーー不慣れな玄関にまで漂ってくる実家とはちがった匂い、自分のからだにはなじみのな いクッション。とにかく、すべてが違っていた。まったく未知の物ばかりなのだ。しかも、彼女 は妊娠している。アンジェラはおどおどし、動転し、混乱していた。 彼女はすでにウェディング・ドレスに身を包んでいる。ヴェールを手にとって頭につけ、ドレ ッサーの上に二本の棒でつけられている鏡のところへ行った。 きれいかしら ? 彼女はスティーヴンの目、彼の母親の目、彼の友達の目で、自分を見ようとした。 わからないわ。 そして、すでにはっきりとした丸味をおびている腹を平らに見せようと、息を吸い込んだ。効 果はなかった。 「困ったわ、どうしよう」彼女がつぶやいた。 彼女は腹から視線を外し、自分の目に見入った。 「しかたないわ」ごまかしを捨てて、彼女は言った。 頭を振り、しつかりと目を閉じ、やがてその目を開いた。 「しかたないわ」決心したようにつぶやいた。 顔をしかめた。 29 山脈 1968 年

2. ディアハンター

カ表情は空ろなまま変わらない。 ニックが目をあげ、マイケルを見つめた。 ; 、 マイケルは大急ぎでテープルをまわり、ニックに近づいた。「おい、ニック ! 」彼は大声を出 ニックは、退屈した男が窓から外の雨をぼんやり眺めるような目を、マイケルに向けた。 「ニック何か一 = ロってくれ ! 」 ニックは彼の目を見つめたが、何も答えなかった。 二、三人のギャンプラーがふたりの方へ目を向けたが、何事もないのでまた勝負の方へ注意を 戻した。 「おまえはいつも、この俺が気違いだと言っていたな ! 」マイケルが叫んだ。「なぜこんなこと をしているんだ ? いったいどうしたというんだ ? 」 ニックは、・ほんやりしたままだ。 「俺は、目的もなしにこんな所へ戻ってきたわけじゃない ! 」マイケルが言った。「 の街はもうおしまいなんだ。今すぐ脱出しなければならない ! 」 マイケルの背後で。小さなはじけるような音がした。ニックの目がゆっくりと動いた。マイケ ルも振り返って見た。 勝負師のひとりが、床にころがっていた。左側頭部は血まみれで、白い骨の破片が散っている。 した。「俺と会っても、何も感じないのか ? 」 しし、刀」 208

3. ディアハンター

マイケルはその札束をひとっ取り出した。全部一〇〇ドル札だ。スティーヴンに目を向けた。 スティーヴンはまごっいて、おびえている様子だ。目には涙がたまっている。 「マイケル、毎月一個、サイゴンから送られてくるんだ。俺には何が何だかさつばりわからな サイゴンは、もはや陥落寸前なんだぜ ! 」 車椅子に乗った男たちが、部屋を出入りしている。マイケルは彼らに目をやり、肩を落とした。 「こいつを送っているのは、ニックだ」マイケルが、がつくりと声を落として言った。 「どうしてわかる ? 」 マイケルは答えなかった。彼は札東を元へ戻し、ふたを閉め、錠をかけた。 「あそこはもうすぐ大変なことになるんだそ。ニックみたいな奴が、いったいどうやってこんな カネを手に人れるというんだ ? 」 マイケルは立ちあがった。あたかもそのトランクには恐ろしい、人を突き動かすような何かが 年 入っているかのような目で、それを見つめている。やがて視線を外した。 カードだろう、きっと。俺が奴を捜すよ、心配するな。もう時間だ、スティーヴ 「そうだな ン。アンジェラに電話をしなけりやいけないし、みんなも下で待ってる。おまえを連れて帰るの郷 を手伝ってもらうんだ」 マイク、俺はいやだ スティーヴンが狂ったように言った。「いやだ ! 俺にはできないー

4. ディアハンター

マイケルの声が穏やかになった。「おい、俺たってそうさ」 スティーヴンがうなずいた。 「俺を信じろ」マイケルが言った。「おまえなら大丈夫。大丈夫さ。俺たちがふたりともうまく やれば、放郷へ帰れる、わかるか ? おまえも、俺も、 = ックもだ」 将校が弾丸を装填し、銃を回転させた。スティーヴンには、他の何も目に入らなかった。銃は 彼の方を向いている。彼はそれをじ 0 と見つめた。目には涙があふれている。頭を振った。だめ だ。ヴ = トコン兵たちが、わけのわからぬことばを彼に浴びせかけた。マイケルが手を伸ばし、 彼の肩を叩いて、固い信念を表わす笑みを送った。 「やれ」彼が言った。「大丈夫だ。俺が約東する」 スティーヴンがマイケルの目にじっと見人った。マイケルの勇気を汲み出して、自分の恐怖心 を埋めようとするかのようだ。マイケルの目に見入「たまま、彼は銃を取 0 た。弾倉を回転させ、 撃鉄を起こし、頭に当てた。 マイケルが、勇気づけるようにうなずいてみせた。スティーヴンは引き金に掛かる指に力を入 れはじめた が、最後の一瞬、頭から銃口を外したのだった。 マグナムは大音響をけたてた。かすめ飛んだ弾丸は頭皮を引き裂き、熱風が皮膚を焼いた。 マイケルの顔がひきつった。 106

5. ディアハンター

・プラウン。ニュース、南シナ海の とばを切って、髪をかきあげた。「こちらはヒラリー 航空母艦ハンコックからでした」 マイケルは目を閉じ、こめかみに手を当ててゆっくりとなでた。やがて目を開き、右舷に目を 向け、灰色の海のかなたを見つめた。海岸線がぼんやりと見える。彼は決心したようにうなずく と、少尉の方へ向かって歩きはじめた。 寒い日だった。クレアトンの周囲の山々は、凍てついたようにどんよりしている。 セント・デイミトリアス教会の外に、霊柩車が停まった。エンジンはアイドリングをつづけ、年 排気管からは白い煙を吐いている。 教会のなかでは、聖歌隊のうたが次第に大きく強くなり、暗い聖堂のなかにふくれあがってい郷 った。しばらくそれがつづくと、最後の音を出しつづけるひとりを残して、合唱は終えるのをい やがりでもするようにゆっくりと、少しずつ消えていくのだった。

6. ディアハンター

ヴンの手が放れた。 / 。 彼よ叫び声をあげて落下した。 マイケルはその様子をすべて目撃していた。「スティーヴン ! 」彼は思わず叫んだ。彼自身も 手を放し、それにつづいて落下していった。ふたりの姿が、二本の水柱と入れかわりに消えた 砂州から三〇〇ャード下流で、マイケルは小さな人り江の平地へスティーヴンを引きあげた。 スティーヴンの両脚がねじ曲がっている。ぎざぎざになった骨の折れ目が、ズボンを突き抜け てとび出していた、 マイケルは彼のうえへひざまづいた。胸が苦しく、涙が頬を流れた。 「・はか野郎ー しつかりしろ ! 」彼は叫んだ。 スティーヴンの顔には苦痛の色がにじみ出ている。目を開け、痛みに涙が浮んでいる。が、そ 年 こには狂気にも似た、確固たる信頼の目があった。 「こんなジャングルは、俺たちのいる所じゃないぜ、マイケル」彼が蚊の鳴くような声で言った。四 林 「これから、故郷へ帰るんたろう ? 」 とんどん進まなけれ マイケルは鈍くうなずいた。「そうとも。もちろんた。故郷へ帰るんだ。 ' ヾよ

7. ディアハンター

電 一気 . が と も り 、近 ァ ン の 向 う に は 薄 明 力、 り が 見 ん る 、走 か へ 人 っ た 川 い 、ら ば ん 近 い は ず れ の 軒 を い て ど の 敷 も 真 暗 だ っ た ド ア の 目リ 彼 は 塀 を み ゆ っ く り と 通 り を 渡 ナこ 少 し の あ し、 だ 門 の 目リ に 立 ち や が そ れ を リ目 け て な 本反 に 囲 ま れ 軒 と 屋 根 カ ; そ の 塀 し に 見 え て し、 る 歓 と や じ が 聞 ナこ ヴ 工 - ト ナ ム 衄 だ な し、 尸 は 通 り の 向 か い 建 ち 並 ぶ 木 の 屋 敷 の ど か か ら 聞 ん の 屋 敷 は 波 状 鉄 ビ ス ト ル の 鋭 い 銃 大口 に 彼 は 回 転 し て か が み だ 両 手 を あ げ 目 ま た い た 誰 も 見 イ イ 雪 カ : 降 っ て る ぜ イ イ 雨 が 降 つ て 抑 も つ け ず に 彼 0 よ 何 度 も 何 度 も ぶ や く よ う に う た イ イ 風 が て る ぜ か ら だ を 縮 め る の だ た ッ ク の 0 よ 空 虚 だ っ た 汗 を 力、 き 顔 は 紅 潮 て る が 寒 身 を わ せ も し お も わ る 影 は な し、 カ : あ ち ち 力、 ら 丘 隊 を の せ た 輪 ク か な り て る ッ ク は の く の 細 い く ね く ね と 曲 が 通 を ら ぶ と い て た ほ か て ン が む せ よ に 聞 ん る 夜 の 北 西 の 空 が と ど き 砲 火 照 ら し 出 さ れ る 大 砲 の 日 忍 び み く イ レ 137 密林 1970 年

8. ディアハンター

あのアメリカ人とやりたい ! 今すぐにだ ! 」 「な・せだ ? 」 マイケルはポケットを探り、もっているカネすべてを出してテープルに置いた。「こいつのた めさ ! 」 中国人はそのカネに目を向けた。彼はジ = リアンに手招きした。ジ = リアンが彼のところへ行 き、頭を近づけた。ふたりは二、三分協議をしていたが、やがて中国人が手を振り、食事をつづ けた。 ジュリアンがマイケルのところへ戻った。「許可がおりたそ」 ふたりは部屋を出た。 = ックの向かいに、ヴ = トナム人がすわっている。レフェリーが弾倉に 弾丸を一発装填し、みんなの目に触れるように高々とかかげた。 ジュリアンが話しかけると、レフリエリ ーが肩をすぼめた。彼がヴェトナム人に何事かをささ やくと、その男は椅子から立ちあがり、脇へどいた。 マイケルがすわった。彼を見つめるニックの額に、困惑のしわが入った。 レフェリーが拳銃をまわした。銃は、 = ックを指して止まった。 = ックはそれを手に取り、銃 口を頭に当てた。彼はマイケルの目を見つめ、何かを思い出そうとするかのように口をすぼめて 210

9. ディアハンター

き出した。間に合った。皿にトーストをのせ、バターを出してテープルへ戻った。スタンはその 場に残り、唇を震わせてその場に立ちつくし、あたりを見まわした。 トーストにバターを塗るジョンを手伝った。スタンがキッチンから戻ってきた、目 リンタが が赤い 「おい」彼が声をかけた。「ビールからはじめようぜ」 「俺が取ってくる」こう言うと、アクセルがカウンターの裏の樽のところへ行った。 「俺は卵にかかる」ジョンが言った。 「手伝うわ」リンダが彼に言った。 「いや、きみはすわっていてくれ。そうだ、コーヒーを注いでもらおう」 スティーヴンは息子をひざのうえにのせ、笑顔をつくろうとしている。 「あなた、大丈夫 ? 」アンジェラが訊いた。 口を固く結んで、スティーヴンがどうにかうなずいた。 : うっとうしいお天気ね」アンジェラが言った。それ以上のことは口から出てこない 「へマ日は・ のだ。 アクセルがビールを注いだグラスを運んできて、ひとりひとりのまえに置いた。マイケルがテ ー・フルのまわりのみんなに目を向け、それからグラスを眺め渡した。目に涙があふれ、頬を流れ 217 故郷 1973 年

10. ディアハンター

ねてくれてありがとう、マイケル」 彼は、トレーラーへ向かって坂を登りはじめた。片手をポケットに入れ、あの紙切れを握りし めている。少し雪が舞っていた。セント・デイミトリアス教会を過ぎた。ミサが行われている。 聖歌隊がうたっている。深みのある、なめらかな声だ。 角に電話ポックスがあった。ドアが半分開き、雪が吹きこんでいる。紙切れをいじりながら、 マイケルはためらった。その場で立ち止まって目を閉じ、風を避けるようにコート、 のえりをす・ほ めた。目を開き、電話ポックスに目を向けた彼は、やがて、歩きはじめた。 マイケルは、トレーラーの闇のなかにすわりこんだ。椅子の脇に、猟の装備を引き寄せた。通 りの向こう側の街灯の明かりが窓から忍びこみ、長椅子の脇のテープルを照らしている。その上 には、電話が置かれていた。 マイケルはそれを見つめた。右手の関節を、ひとつずっぽきつ、ぼきつ、と鳴らし、右手が終 えると左手にも同じことをした。 ドアの外の階段で、がさがさという音が聞こえた。シルエットになったリンダが人ってきた。 食料品の袋を抱えている。彼女が電気のスイッチを入れた。 「マイケル ? 」 168