ないことは、あなたにもご理解いただけるはずです。そのために私はこれから乗客に対し 一つの状況を設定して説得するつもりです。そこであなたの協力を求めます , 「いいでしよう。どんな作り話でもやってください。あなたのお好きな話を ! ただ一つ 二、三時間たって列車の通路で乗客が死んだり吐いたりしている 約東していただきたい。 ところへ、大佐、あなたが乗り込んできて、その作り話とやらの続編をお聞かせていただ たきいものですな」 「そういうおっしやりようは感心しませんな、博士ー 「勝手にしなさい ! 」 チェンバレンは腹立ちまぎれに電話を切った。 マッケンジーは考えこみ、指でテープルをとんとんと叩いこ。 「コンビ = 1 タ 1 は彼を正しく判断したとお思いですか、大佐 ? ーとスタックは訊ねた。 「彼は少し激しやすいように私には思える : : : トラブルの種になりかねない」 「彼がわれわれの頼みの綱です」 「博士以上の人など、望めませんわ」とエレナは言った。「もしもあなたの心配している ことが、あの病気でしたら」 8
X/2 ~ 27 P. 戔 . 赤十字の旧式なヘリコプター、ウエストランド・ウィールウインドの操縦士は、翼の表 面積を広くするように操作し、飛行速度を時速三二〇キロ以上に上げた。彼は眼下を見お ろした。大陸縦断列車は、シャンバ ーニュ地万のブドウ畑をぬって走っていた。列車は、 緑のビロード地に映えるきらきらと輝く首飾りさながらだった。ヘリコプターは、たちま ち列車の上空に達した。そこで彼は、降下の角度を強めるために、翼を傾けた。 操縦士は、頑丈な白い防護服に身をかためた副操縦士にちらっと目配せすると、ジュネ ープに話しかけた。「列車が見えています。指示をお待ちします」 チェンバレンは全身から汗を流しながら、人込みの通路を押しわけ、一つおきにコンパ ートメントのドアを開けていった。ジェニファーは、彼を追いこしたり、 追いぬかれたり
マッケンジーはスタックを振り返った。 「やつに話させろ、少佐 ! スタックは命令に従って、知っているかぎりのわずかなスウ = ーデン語をあやつってマ イクにしかけた。 瀕死の男は、蒼ざめた唇を開いた。力を振りしば「て、彼は枕から頭をもたげ、低い、 だが、やはり意味不 くぐもった声で話した。それらは、言葉のような響きをもっていた。 明の言葉でしかなかった。間もなく、彼の首は、がつくりと後ろに倒れた。 スタックはマッケンジ 1 に向かって、だめですと首を振った。エレナはうなずいた。 「あなたはあそこで、なんらかの手を打っているべきではないでしようか、博士 ? 」とマ 午ッケンジーは訊いた。 「せつかくのお言葉ですが、これは非常に感染力の強い呼吸器系の病気ですわ。そうなる 堋と効く薬はありません。それから、もし私が想像しているとおり、アメリカ政府が、秘か 一にこのバクテリアを国際保健機構の内部に貯蔵していたとすれば、それは国連決議 816 曜項に対する違反であることは明白 : ・ 「その決議というのは、有害バクテリアの開発・培養を禁じているだけです。われわれは
たので、気が狂ったように彼女の名前を呼びながら、コンパートメントを一つすっ探しは じめた。 「カテリーナ ! 」彼は怒隝った。 返ってくる答は、銹弾のヒューツという音ばかりだった。スコット大尉が、通路の向こ う端から姿を現わした。彼はガスマスクをつけ、催涙銃を持っていた。彼は発砲した。ガ ス弾が炸烈し、催涙ガスが噴出する。有害な煙が車内に充満し、チェンバレンは発作的に 激しく咳込んだ。彼はドアのなかに身をすべらせた。カテリーナがなかにいた。キャプラ ンに抱かれておびえている。チェンバレンは少女をせき立てて立ち上がらせると、キャプ ランに叫んだ。 「くるんだ ! 俺たちはポーランドへは行かん ! 」 キャプランはうなずき、チェンバレンに従った。 「わかりました。何事も神様の意思に従います」彼は言った。 彼らは煙のなかを走った。スコット大尉の背後に保安要員が続々と集ってきた。 ハーレーは、彼らに発砲した。チェンバレンは、食堂車に乗り移ったときに、足を取ら れつまずいた。その拍子にカテリーナは彼の腕から落ちた。食堂車は、すでにプロバンガ 210
: ーハはよ一つ一何けない . 「正直言って、私もそこへ行く予定ではなかったんだ、しかし : : : 」 「分かるものか ! と彼は叫んだ。「あなたは分かっちゃいないんだ ! 」キャプランはい ィッヒ カン ニヒト ナッハ きなり物みついオ 想像もできないほどの大声をはりあげた。「おれはポーランドへは戻 ーレンゲーエン らないぞ ! 彼はドアに駆けよると、金切り声で叫んだ。「おれは絶対ポーランドへ戻らないぞ , 列車を停めろ ! もちろん、列車は停まって、 した。ジェニファーと同じように、チェンバレンもキャプラ ンは完全に錯乱してしまったのだと思い込んだ。彼は強力な鎮静剤が入っている注射器を 握りしめた。一方、ジェニファーはキャプランが通路へ出ていくのを止めようとした。 明 夜チェンバレンは注射器を手に、彼に組みついた。二人は床に、どっと倒れた。拳でチェ 、カ ンバレンのからだを殴りつけるときにも、ドイツ語の発表が鳴り響いていた。 夜 ィッヒカンニヒトツーリュッグゲーエン 一「おれは絶対に戻らないぞ ! 曜「腕を、腕を抑えつけてくれ ! 」チェンバレンはジェニファーに怒鳴った。 土 ジェニファーはキャプランの右腕の肘に膝をあて、床に抑えつけた。キャプランは、激 143
ろして、坐禅を組んでいる。その隣でナバロは、バンツ一つになり、逆立一ちをしている。 スポーツで鍛えたらしい引きしまったからだは汗で光っていた。当世流行のヨガの真似事 に暇をつぶしているらしい。 「あら、ジェニファー」ニコルは顔をあげて言った。「あの謎は解けた ? 」 ジェニファーは室内に忙しく目を走らせると、なにも言わずに姿を消した。ナバロは息 「せめてお愛想の言葉を一つくらいかけ をはずませながら、不思議そうに立ち上がった。 てくれてもよさそうなものだがなあ」彼は一人ごちた。 通路にいたチェンバレンは、絶望感を味わっていた。彼は疲労していた。額から汗がし たたり落ちた。コンパートメントを一つおきにのぞき込んで追ってみたところで、骨折り 損のくたびれもうけにすぎない。 首を突っ込むと、当惑して迷惑顔をされるのはまだしも、大声で怒鳴られることすらあ った。怒りに満ちた噛みつかんばかりの血相をしたさまざまな顔が一つになって、醜く得 体の知れない塊となって彼に迫ってきた。自分は目撃した男をいまでも識別できるだろう か、と彼はいぶかった。あの男があるいは人違いということも、また問題の〃容疑者〃が ネズミ一匹漏らさぬ鋭い追及にもかかわらすのがれてしまった可能性だってありうる、と
し式の座席を奪い合うほうをえらんだ。実際の話、この日の大陸縦断列車は非常に込んで いたせいか、車掌の日常業務に支障をきたし、珍しく定刻より五分遅れて出発した。 ベストセラー作家として有名なジェニファ ー・リスポリは、その時、列車に乗り込んで いるはずであった。ところが彼女は、プラットフォームを懸命に走ってし ンズの上にコートを羽織り、耳に快くひびく趣味のよい首飾りとプレスレットを身につけ た彼女は、小さな旅行鞄二つに大きな革のハンドバッグをさげていた。三十代半ばすぎの、 若々しい女性だった。 からだ全体からは、しなやかなバネが感じられた。化粧したてのジェニファーの肌は、 つややかに輝いていた。走り方は動物のように優美で、腰がせわしなく上下したり、 胸が 不格好にゆれ動、 したりはしなかった。確かに彼女の胸ははずんでいたが、彼女を見ている 者がみな気づいたように、そこには一つの調べが、 えもいわれぬ調べがあった。 数人の乗客が窓からからだを乗りだして、ジェニファーに声をかけ、励ました。彼女が 列車を追いかける様子を、もつばら楽しんでいる者もいた。 「このいまいましいドア、開けて頂戴 ! ジェニファーは列車に沿って走りながら、ものすごい見幕で叫んだ。彼女の顔は焦りと
いた。二、三の乗客は、常時、 列車全体が完全に神の御心に身をゆだねた心境に包まれて 姿を見せている保安要員の姿をまねて、鼻と口をハンカチで覆い、多少は役に立つかも知 1 こ。ごゞ、ほとんどの人は緊急状態に対処しうる強力な機関が、や れない望みを託してしオナカ っと自分たちの不幸に手をさし伸べてくれたので、ほっとして力が抜け、素直に従う気持 になっているよ一つだった。 一瞬も無駄にせず、あらたな儀式もいっさいおこなわ ついに最後の発表分が終わった。 れずに、大陸縦断列車はふたたび動きはじめた。ニュールンベルグを後にすると、たちま ちのうちに速度を上げた。 保安要員は、煙草の火が全部消されたかどうかを確認するために車内をまわっていた。 換気装置から高圧酸素をふくんだ空気が列車内に送り込まれる音がする。作業が本格化す 明 夜 るにつれ、シュ 1 シューという音が大きくなっていった。 夜 深 ナバロがバスルームから出て、コンパートメントに入ってきた。ニコルの姿は見えない。 日 曜彼は大きな化粧箱を手にさげていた。箱は彼の震える手から落ちて、床にころがった。全 身を緊張させている。なんとかして彼は自分のカで自分を律しようとしているようだった。 14 フ
終わって、二人はまた、煙草に火をつけた。それからほとんど一時間近く、黙りこんで いた。とうと , つ、ジェニファーが口を開いた。 「あなた分かっていて ? この道には励んでいたようね」 チェンバレンの部屋のドアにノックの音がした。彼は起きあがると、自分の部屋にとっ てかえした。彼女は聞き耳をたてた。ドアが開き、閉まる音が聞こえた。戻ってきた彼の 顔はくもっていた。彼女は先程までの甘い雰囲気を呼び戻そうとしていたのに。 「ドレスラー夫人はきっと、謎が解けたかどうか知りたがっているんでしよう」 チェンバレンは首を振り、彼女に一枚の紙片を渡した。彼女はそれにちらっと目を走ら せた。そこには、ポ 1 ランドへ行く列車の通過地点が記されていた。高タトラ山地、ヤノ フ、カサンドラ・クロスなどの文字が読める。 ジェニファーはまた、見上げた。 「車掌からだよ。彼が言うには : : : あのスウェーデン人は死んだ。乗客のなかに、寒気や 発汗を訴えている者が何人かいるそうだ」 彼は服を着はじめた。ジェニファーは彼の動き一つ一つを、目で追った。 「さあ、行きましようか ? 」と彼女が訊いた。 112
しながら、おなじことをしていった。二人は狙いを特定の一つの顔にしばっていたが、た とえジェニファーと車掌の助けがあるにせよ、乗客でたて込んでいる列車のなかで、じか に接触することなどほとんど不可能だった。通路の幅は九〇センチしかなく、どの通路も 程度の差はあれ、込み合っていたので、二人の″捜索〃は遅々として進まず、いらいらす るばかり - だった。 チェンバレンは推理してみた。自分は間題の男が調理室から出てくるのを見たーーとす れば、彼は多分、食事をする金を一銭も持っていないのだろう。彼が二等車にいる可能性 がもっとも高い。一つおきにコンパートメントに首を突っ込んで捜しながら、ベスト患者 は切符を買うことすらできずに、からだを隠す場所を探し求めてうろついているのではな いたろうか、とチェンバレンは思いついた 深 だが、可能だろうか ? トイレ ? トイレは自分たちが念入りに調べつくした。食堂 車 ? 自分がくまなく調べた。通信室 ? ありえない。荷物車 ? 間違いなく鍵がかかっ ーオオカ : : : 彼は通路のずっと先にいるジェニファーを見やった。二人は、互 一ているよずご。ごゞ 曜いに首を振った。いままでのところ、手掛りなし。 ジェニファ 1 はニコルのコンバ 1 トメントのドアを開けた。ニコルは、べッドに腰を降 8